京都の雪の風情を楽しむ ―雪餅(千本玉壽軒)、下萌(聚洸)、雪華(塩芳軒)[京の和菓子探訪 #9]
- 栗本 徳子
- 小池 ひかり
- 高橋 保世
- 瓜生通信編集部
毎月京都の和菓子を季節の話題とともにお伝えする「京の和菓子探訪」。2月は京都の雪景色を切り口に、千本玉壽軒製の「雪餅」、塩芳軒製の「雪華」、聚洸製の「下萌」をご紹介します。ナビゲーターは、歴史遺産学科の栗本徳子教授にお願いしました。
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なつかしき京の底冷え覚えつ丶 高浜虚子
京都盆地は1月中旬から2月中旬の時期、「底冷え」という独特の寒さに包まれます。
雪などは、それほど降るわけでなく、ひと冬に何度か粉雪や牡丹雪がちらつき、1、2回は街が白く覆われる日もあるといった冬模様です。立春を迎えてもなお、2月の京都は、他府県の方々からも「寒すぎる」と評されるほど、体感的な「寒さ」が身に沁みます。
けれども、京都の和菓子好きの間では、この季節ならではのお菓子がいただける、心待ちの季節でもあります。それが「雪餅」です。
「餅」と言いながら餅粉を使ったお菓子ではなく、薯蕷饅頭などにも使われるつくね芋(大和芋)のきんとんです。つくね芋がもっとも美味しい旬の時期に当たる1月中旬から2月中旬にのみ調製される特別なきんとん。底冷えの季節が始まると、「ああ、今年も雪餅の季節」と思えてしまうくらい、きんとんの中でも絶品の一品です。
お菓子についてはのちほど詳細をお伝えするとして、さてさて、年に数回の雪とはいえ、その非日常のゆえか、いっそう京都では雪を愉しみます。
雪の京都といえば、思い起こされるのが与謝蕪村の《夜色楼台図》です。ご存知の方も多いと思いますが、縦28.0cm、横129.5cmという細長い絵巻のような画面には、墨で表された夜空を背景に白く長い山並みが続き、その麓に雪を頂いた屋根を連ねる街が広がります。そうなのです。まさに雪の東山とその前に広がる京都の町の風景を思わずにはおれない絵なのです。
ご参考画像: <与謝蕪村《夜色楼台図》(「artscape」2016年8月15日号アート・アーカイブ探求欄より)>
蕪村は、摂津国毛馬村に享保元年(1716)に生まれました。ちょうど生誕300年の記念として一昨年から昨年には展覧会なども方々で行われていました。
20歳頃に江戸へ出て、早野巴人(夜半亭、宗阿)に入門して俳諧を学び、寛保2年(1742)師の巴人の没後、下野結城へ移り住み、北関東、東北にも旅し、この頃には本格的な絵画を描き始めていました。そして宝暦元年(1751)京都へ上ります。宝暦4年(1754)から3年間、丹後宮津に滞在し、宝暦7年(1757)京都へ帰ります。これ以降、絵画作品も多く残し、その後は讃岐へも再三出向いていますが、京都で晩年を暮らします。明和5年(1768)3月刊の『平安人物志』には画家の部に掲載され、都で画家としての地位を得ていました。そしてその最晩年、謝寅(しゃいん)と号して描いた時期、彼の代表作とされる名品が続々と生み出されていったのです。そのひとつが先ほどの《夜色楼台図》です。決して東山の景色を写実的に捉えたものではないのですが、写実を超越した、しかし京都でこそ感じる冬の情感を見事にあらわしています。
その墨の空は滲みによる濃淡のむらが玄ぐろとして、雪雲の厚さを感じさせます。この空が画面上部を覆うがゆえに、その下にある白い山と街には、冷え冷えとした静謐さが満ちています。夜半降り積む雪に、おそらく街を行く人もいないでしょう。ところが門口を閉ざした家いえにあって、そこここにあかいとばり火が点じられています。雪中の家の中にある人の温もりが、夜の雪ならではの詩情を湛えています。
蕪村は、先に明和7年(1770)、師を継いで「夜半亭二世」となり、俳諧でも充実の時期を迎えていたのですが、この年の作とされるものに、まさに《夜色楼台図》を彷彿とする句があります。
うづみ火や我がかくれ家も雪の中
そして、雪が降ると、いてもたってもおられなくなる様子がわかる手紙が残されています。
いつもとハ申ながら、この節季(年末)かね(金)ほしやと思う事に候。
(中略)されども此雪、只も見過しがたく候。二軒茶屋中村屋へと出かけ申すべく候。いづれ御出馬下さるべく候 是非是非。以上
二十七日
佳棠(かとう)福人 蕪村
年越しで手元不如意の中にあっても、祇園八坂神社の南門脇にあった料理茶屋中村屋へ、ウキウキと雪見に出かけようと門人を誘い出している手紙です。「されども此雪、只見過しがたく」にこそ、たまさかに京に降り積む雪を、見逃せぬという思いが伝わります。
今年1月15日、京都は雪に埋もれるような朝を迎えました。前夜からの降りように、まさに「此雪、見逃しがたく」、本企画の写真を担当してくれている3回生の高橋保世さんを誘って、まだ明けやらぬ街へ出かけました。降り続く雪の中、やはり東山の山麓へ。祇園、建仁寺、八坂の塔、三年坂、そして八坂神社、蕪村が愛したに違いない東山の雪景色をたどりました。カメラをかまえる高橋さんは赤く凍える手をさすりながらの撮影行でしたが、見事な雪の京都を切り取ることができました。降りしきる雪の八坂の塔に、
美(うるは)しの塔に風花かぎりなし 岡田日郎
の句などを思いつつ。
さて、京都の雪の情感を味わっていただいたところで、もう一度雪餅をご覧いただきましょう。
うまさうな 雪がふうはり ふわりかな 小林一茶
そのとけそうなほど繊細、真っ白なきんとんをお店で受け取る時、「お平らに、お平らにお持ちやしとくれやす」と声をかけられ、大事に大事に持ち帰る雪餅です。
さらに雪のお菓子として美しいのは、和三盆の干菓子です。子供の頃、ふうわりと落ちてくる雪を、手袋の手のひらに受けて、そこに雪の結晶を発見した時の驚きと、瞬く間に消えるその美しい形をもっともっとと手をかざしたことを思い出します。六方晶系の結晶となる雪は、また六花(むつのはな)という異称も持つのです。消えゆく雪の結晶をとどめるように、花のようなその形を象った、これも雪を愛でる和菓子です。
先週末からまた雪のちらつく京都ではありますが、二月にもなれば、その雪の下から萌え出ずる若草を思う時期でもあります。今は、正月七日の七草粥にスーパーで買ってきた温室栽培の七草を使うのが当たり前になっていますが、本来の旧暦の正月七日とは、今の二月に入った頃、まさに萌え始めたばかりの春の七草を摘んで粥にしたものです。この雪の下に緑の葉を蓄える大地の春の息吹を捉えたものが「下萌え」と名付けられる上生菓子です。凍てた大地をあらわすように、つくね芋を交えた練り切りを茶巾絞りにし、その中から透けて見えるような緑をあらわすこの季節ならではの和菓子と言えます。
そういえば、我が大学の山の端にも、三月末頃には愛らしい花をつける貝母(ばいも)の芽が、はや萌え始めています。
<文:栗本徳子(歴史遺産学科 教授)>
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それでは、雪を表現した京都の和菓子3種を瓜生通信編集部の小池ひかりさんに紹介してもらいましょう。
千本玉寿軒の「雪餅」は、つくね芋をふんだんに使い、漉し目が細かい真っ白なきんとんに包まれて、まるで触れるとすぐに溶けてしまいそうな、ほわ〜と柔らかい新雪のようです。そして、この真っ白なきんとんの中から現れるのは、甘くてうまみがぎゅっとつまった黄身餡です。白い雪に覆われたその下で、声をひそめて雪解けの春をじっと待つ生きとし生ける物たちすべての存在が、ここにこめられているよう。一口食べると、口の中につくね芋のかおりがいっぱいに広がり、また黄身餡ととても良いバランス。栗本先生が、この季節が近づくと「雪餅」が楽しみになるという気持ちがよく分かります。
また、同じ雪でも、キラキラ舞い降りてくる雪の結晶を和三本糖で象ったのは、塩芳軒の「雪華(ゆきはな)」。口に入れると、上品な甘さが広がりながら、舌の上でほんの数秒のうちに溶けてなくなってしまうそのはかない感じが、積もらず溶けていく雪一片の切なさを感じます。
一方、2月を迎えて、雪の下から萌え出ずる息吹を表現するのは、聚洸の「下萌(したもえ)」。求肥練切(ぎゅうひねりきり)につくね芋を混ぜた薯蕷煉切(じょうよねりきり)で粒餡を包み、柔らかい雪の間から、新芽が芽吹く風情が表現されています。なめらかな練切の食感と一粒一粒が大きくしっかりした粒餡との違いも、また雪と大地の関係性を感じる所以でしょうか。
<文:小池ひかり(情報デザイン学科1年生)>
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詩歌や絵画、和菓子にまで、「雪」への思いが込められた京都。これまでは、「寒さ」や「冷たさ」ばかりが気持ちの先に立つ「雪」でしたが、与謝蕪村よろしく、「雪」を愛で楽しむことといたしましょう。
<写真:高橋保世(美術工芸学科3年生)>
菓匠 千本玉壽軒「雪餅」
住所 | 京都市上京区千本通今出川上る上善寺町96 |
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電話番号 | 075-461-0796 |
営業時間 | 8:30~19:30 |
定休日 | 水曜日 |
価格 | 「雪餅」 480円(税抜) |
※ご購入の際は、事前の予約が必要になります。
御菓子司 塩芳軒「雪華」
住所 | 京都市上京区黒門通中立売上ル飛騨殿町180 |
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電話番号 | 075-441-0803 |
営業時間 | 9:00~17:30 |
定休日 | 日曜・祝日・月1回水曜日(不定) |
価格 | 「雪華」 500円(税抜) |
ホームページ:http://www.kyogashi.com/
※ご購入の際は、事前に予約を入れることをおすすめします。
御菓子司 聚洸「下萌」
住所 | 京都市上京区大宮通寺ノ内上ル筋違橋町548 |
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電話番号 | 075-431-2800 |
営業時間 | 10:00〜17:00 |
定休日 | 日・水曜、祝日 |
価格 | 「下萌」350円(税込) |
※ご購入の際は、事前の予約が必要になります。
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栗本 徳子Noriko Kurimoto
1979年、同志社大学文学部文化学科卒業。1980年より3年間、社団法人 日本図案化協会 日図デザイン博物館学芸員として勤務。『フランス染織文化展 ―ミュルーズ染織美術館コレクション―』(1981年)などを担当。1985年、同志社大学文学研究科博士課程前期修了。1988年、同博士課程後期単位修得退学。1998年より京都芸術大学教員。著書に『文化史学の挑戦』(思文閣出版、2005年)(共著)、『日本思想史辞典』(山川出版、2009年)(共著)、『日本の芸術史 造形篇1 信仰、自然との関わりの中で』(藝術学舎、2013年)(栗本徳子編)、『日本の芸術史 造形篇2 飾りと遊びの豊かなかたち』(藝術学舎、2013年)(栗本徳子編)など。
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小池 ひかりHikari Koike
1997年広島県生まれ。京都造形芸術大学情報デザイン学科2016年度入学。主にグラフィックデザイン全般を学んでいる。好きな事は週に1度の映画鑑賞。
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高橋 保世Yasuyo Takahashi
1996年山口県生まれ。2018年京都造形芸術大学美術工芸学科 現代美術・写真コース卒業後、京都芸術大学臨時職員として勤務。その傍らフリーカメラマンとして活動中。
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瓜生通信編集部URYUTSUSHIN Editorial Team
京都造形芸術大学 広報誌『瓜生通信』編集部。学生編集部員24名、京都造形芸術大学教職員からなる。