SPECIAL TOPIC2025.06.25

アート

「宇宙猫」から始まる芸術の歴史とAI時代の創造力 ヤノベケンジ「宇宙猫の秘密の島」

edited by
  • 京都芸術大学 広報課

「生命の種」を運んだ「宇宙猫」と生命の歴史

GINZA SIX中央の吹き抜け空間で空前絶後の規模で、宇宙空間を現出させ、命が地球に運ばれる架空のストーリーの「瞬間」を描き出したヤノベケンジ(美術工芸学科教授、ウルトラファクトリー・ディレクター)の《BIG CAT BANG》(2024)は、GINZA SIXの歴代のアーティストの展示の中でも大きな話題となっている。

《BIG CAT BANG》は、地球に命が誕生した理由は、ミッションを持った「宇宙猫」が、宇宙船に乗って地球に「生命の種」を持ち込み、育てたというストーリーがもとになっている。その宇宙船は、岡本太郎の《太陽の塔》(1970)に似ているが、LUCA号と名付けられている。LUCAとは、Last Universal Common Ancestorの略で、現生生物の最終共通祖先のことである。その宇宙船LUCA号の上に巨大な「宇宙猫」が乗り、内部からは無数の小さな「宇宙猫」が四方八方に爆発するように飛び散っている。それぞれが星に乗り込んで「生命の種」を運ぶのだ。

ヤノベケンジ《BIG CAT BANG》2024 GINZA SIX(東京)撮影:Yasuyuki Takaki

その瞬間を表現するために巨大バルーンと400体ものフィギュアが吊り下げられている。荒唐無稽に思えるストーリーとインスタレーションに、鑑賞者が共感するのは、おそらくそこに真実が含まれているからだろう。「ビッグバン」から宇宙が膨張し、銀河系や太陽系、地球が生成されて、生命が誕生するまでの間にはミッシングリンクがある。生命がどこから来たのかー。地球の物質から生命が発生したというアビオジェネシス(自然発生)説が有力である一方、宇宙から「生命の種」が運ばれたとされるパンスペルミア説(宇宙汎種説)もある。2022年には、小惑星探査機「はやぶさ2」が小惑星「リュウグウ」から持ち帰ったサンプルを分析した結果、生命に必要なアミノ酸が含まれていることが発見され、宇宙から「生命の種」がもたらされた可能性も高まった。

かつて岡本太郎は《太陽の塔》が内部に「生命の樹」をつくり、樹と枝に原生生物からクロマニョン人までの292体の生物を取り付け、40億年に及ぶ進化の過程を追体験できるようにした。地下には3つの空間をつくり、生命が誕生し、人が自然の中で芸術を創造する過程を示したが、そこに隕石から「生命の種」がもたらされるような空間はなかった。ヤノベは、今回《太陽の塔》から遡り、生命の起源のストーリーを創出した。

それが「宇宙人」ならぬ「宇宙猫」がもたらしたということにヤノベならではのユニークさがある。もともとは、ヤノベが2017年から開始した「船乗り猫」をモチーフにした《SHIP’S CAT》シリーズの延長線上にあるものだ。「SHIP’S CAT」とは、古代オリエント時代からネズミ退治のために船に乗らせられ、地中海沿岸を航海し、大航海時代以降は、世界中を旅した猫のことである。ネズミは船体をかじったり、食料や荷物を食べたり、疫病を流行らせる厄介者で、猫を乗せておくことでそれらの被害から防ぐことができた。

《SHIP'S CAT (Muse)》(2021)

古代エジプトでは猫の頭部を持つ神様バステトが崇拝されていたが、大航海時代においても猫は、長い航海の中で心を癒すマスコットになったり、天候などの予知能力があるため、守り神のように扱われてきたりした。ヤノベは、福岡の若者向けのホステルに取り付けるパブリックアートの依頼を受けたとき、世界中の若者を見守る「旅の守り神」として、「SHIP’S CAT」をモチーフにしたというわけである。

そこから想像力を拡張し、ビッグバンから始まる「生命の旅」にも猫が守り神としていたのではないか? そして、「宇宙猫」が宇宙船に乗って地球に降り立ち、「生命の種」を植え、「ビッグファイブ」と言われる5度の大量絶滅も乗り越え、人類の誕生を見届けた―。そのような空想が広がったのである。「宇宙猫」は力尽きていなくなってしまったが、現在、私たちのそばにいる猫は、「宇宙猫」の子孫かもしれない。そして、千里丘陵に立っている《太陽の塔》は、宇宙船の遺構なのではないか―。

このように《太陽の塔》の構想を遡り、岡本太郎の「芸術は爆発だ!」という言葉は、すべての創造の原点である「ビッグバン」まで含まれていると再解釈し、再び現在の《太陽の塔》まで回帰する循環構造をしたストーリーをつくったのだ。《太陽の塔》に影響を受けたアーティストは多いが、ここまで深く洞察し、自身の作品とつなげて展開できるアーティストはヤノベしかいないだろう。
 

飯能市の宮沢湖畔につながる「宇宙猫」と芸術の歴史

《BIG CAT BANG》が「生命の起源」「生命の誕生」をテーマにしたものならば、北欧ライフスタイル体験施設「メッツァ」内に開館した、ハイパーミュージアム飯能で開催されている展覧会「宇宙猫の秘密の島」は、「芸術の起源」「芸術の誕生」をテーマにしているといえる。メッツァとはフィンランド語で「森」を指す。館長は編集者・クリエイティブ・ディレクターの後藤繁雄(京都芸術大学名誉教授)である。

左:ヤノベケンジ、右:後藤繫雄 《SHIP’S CAT (Ultra Muse / Red)(2024)》と。

メッツァは埼玉県飯能市に位置し、秩父山地の東端の裾野にあたる自然豊かな地域で、関東平野の西縁に接している。人工湖である宮沢湖の周辺を取り囲むように、北欧をテーマにした複合施設「メッツァビレッジ」があり、レストランやカフェ、ドックラン、ボート、アクティビティの施設が集積している。そこに中核施設として「ムーミンバレーパーク」があり、フィンランドの国民的作家、トーベ・ヤンソンの姪であるソフィア・ヤンソンがクリエイティブ・ディレクターを務めるムーミンキャラクターズ社と連携し、ムーミンの物語を追体験できる施設や世界観が再現され、原作の大きな魅力である「文学性」や「アート性」を感じることができる。

「メッツァビレッジ」の入口付近に、「自然とデジタル」「キャラクターアート」を組み合わせた現代美術館として開館したのが「ハイパーミュージアム飯能」で、その開館記念第一弾のアーティストとして選ばれたのがヤノベケンジである。入口前には、羽のついた巨大な《SHIP’S CAT (Ultra Muse / Red)(2024)》を置いた。大階段を昇るとワンフロアがミュージアムになっていて、一室全体にヤノベケンジの虚構と現実を往還した世界観が展開されている。

それだけではない。今回ヤノベは、《BIG CAT BANG》の世界観を拡張して、現実の空間に展開した。現実の空間といっても普通の場所ではない。宮沢湖の湖上に浮島をつくり、そこに巨大な「宇宙猫」のバルーンを設置したのだ。

この展覧会を開催するにあたりヤノベは、「生命の起源」を表した《BIG CAT BANG》の続編として、宇宙船から地球の各地に「生命の種」を植えるために飛び散った「宇宙猫」の中で、偵察船に乗った一匹が、不時着した場所が飯能というストーリーを着想した。そして一人はぐれてしまった宇宙猫は特に創造性にあふれていて、手慰みとして様々な芸術作品をつくり、後にそれを発見した人類が触発されて、ラスコーやアルタミラの洞窟壁画といった芸術の起源となる作品をつくり出していく―。さらに、人類に「創造の種」をもたらした偵察船が、飯能で発見され、宇宙猫の芸術作品が見られるグランピング施設をメッツァビレッジにつくった。それが今回の「宇宙猫の秘密の島」というわけである。

「宇宙猫の島」と題されたその島には、足こぎボートで上陸しなければならない。波が立たない湖を水平に漕いでいくと、湖の端の方に「宇宙猫の島」が見えてくる。そのプロセス自体が作品ともいえるし、作品を体験するための演出ともいえるだろう。その水平のシークエンスは映像的、映画的といってもよいものだ。GINZA SIXの展示が、両端のエスカレーターで昇降しながら、まるで3DCGに入り込んだ映像空間体験ができるように、メッツァにある宮沢湖のボートも、回遊しながら様々な角度のバルーン見られるようになっており、新たな視覚体験の可能性を拓いているといえるだろう。

もちろん浮島に着いて上陸すると、巨大な眠り猫タイプの「宇宙猫」のバルーンに入ることができる。周辺には後藤繁雄による植栽が丁寧に飾られており、中に入ると、グランピング施設のように、特製の風呂に水が流れている。隣の部屋をのぞくと、「宇宙猫」のアトリエのようになっており、創造の軌跡が見られるようになっているのだ。そこに古代エジプト風、ダ・ヴィンチ風、ミケランジェロ風、モネ風、モンドリアン風、抽象表現主義風、ポップアート風、あるいはヤノベの「トらやん」のシリーズといった彫刻や絵画が描かれている。つまり、芸術の歴史を一匹で創造している。もちろんそれはフィクションに過ぎないが、「宇宙猫」が生命と同じように芸術も導いていたというストーリーは、創造物として生命、人類、芸術を捉えている。

ビッグバン(爆発)から始まる宇宙が最大の創造物であると捉えれば、その過去からの爆風の中に生命も、人類も、芸術作品もあるのではないか。そう考えると、「芸術は爆発だ!」という岡本太郎の言葉の真意も解けてくるように思える。実は、《太陽の塔》の地下展示には、「ラスコーの壁画」も再現されていた。地下展示は、モノから命の世界へつながる「カオスの道」を通り、生命の分子構造を表す「いのち」の空間、その次に自然と共に生きる人を表す「自然」の空間であり、そこに洞窟壁画がある。最後に人間の知恵と祈り、出会いを表した「心の森」の空間に至り、「生命の樹」のある塔内展示に移動するのだ。その意味では、岡本太郎も、生命、人類、芸術の誕生を一つの流れとして捉えていたと考えられるだろう。

《太陽の塔》や「宇宙猫の島」のようにダイナミックな動線をつくるのは美術館展示においては難しい。また、地域芸術祭の規模でも難しいだろう。メッツァがボートなどのアクティビティを運営しており、このような難易度の高いオペレーションの経験があるということも大きい。実際、浮島の上には常時、添乗員が一人ついており、定期的にカヌーで乗り付けて交代している。しかし、ヤノベは遠くからの観客を最大限もてなすために、どのような場所でも驚くような仕掛けで作品を展示してきた。2010年に開催された元水力発電所の美術館、下山芸術の森 発電所美術館では、1トンにも及ぶ水甕をつくり、それを吊り上げて定期的に9メートルの高さから8トンの水を一気に放水、落水するというダイナミックなインスタレーションをしたこともある。それらはウルトラファクトリーのスタッフやプロジェクトに参加した学生と一緒に制作されている。その場所や組織、人のポテンシャルを最大限使うというのもヤノベによる創造性の爆発が伝播したものといえるかもしれない。

現実と空想をつなぐ芸術とAI時代の創造力

ミュージアム内部では、「SHIP’S CAT」シリーズの巨大眠り猫《SHIP’S CAT(Mofumofu22)》(2022)や米山舞(通信教育部 イラストレーションコース講師)との共作《SHIP’S CAT (Sun Carrier)》(2024)、《⾚⿊漆⽣命樹猫》(2024)、《BIG CAT BANG》のストーリー映像などに加え、腹話術のキャラクター「トらやん」のシリーズの一作である《青い森の映画館》(2006)、ビキニ環礁沖の水爆実験で被ばくした「第五福竜丸」をモチーフにした《ラッキードラゴン》(2009)のシリーズの一作である《ラッキードラゴン構想模型》(2009)を中心に、それらの背景を絵本にした『トらやんの大冒険』や『ラッキードラゴンのおはなし』の原画が展示されている。

《青い森の映画館》(2006)や『トらやんの大冒険』は、1997年にヤノベが自作の放射線感知服《アトムスーツ》を着用して、原発事故後のチェルノブイリ(チョルノービリ)を探訪した経験が元になっている。原発事故後も強制退去された住民が、住み慣れたチェルノブイリの森に戻って住んでおり、高濃度放射線地帯が多く点在するにもかかわらず、離婚して戻って来ていた女性の3歳の子供に出会い衝撃を受けている。機能する彫刻をうたいながら、美術館や制度に守られていた自身の作品に限界を感じて飛び出したものの、現実を舞台にすることの厳しさを突き詰められた経験でもあった。それ以来、現実の社会の中でどのように芸術が存在できるか問い続けてきた。

帰国後、3歳になった自身の子供とチェルノブイリの子供のことを思い、幼児用の《アトムスーツ》を制作したが、それを腹話術人形を趣味にしていたヤノベの父親が着せて、自分のダミ声に合うように髭を生やし、髪をバーコード状にしたのが、「トらやん」誕生のきっかけである。

《森の映画館》(2004)は、ビキニ環礁沖で被ばくしたマグロ漁船、第五福竜丸を保管している都立第五福竜丸展示館のオファーを受けて制作したもので、戦後の核攻撃を受けたときのアメリカの教育アニメ番組と父親が操る腹話術人形「トらやん」が、子供たちのために核攻撃を受けたときの心得を話す映画を見るためのシェルターが型の映画館である。外には《トらやん》が樽の上で、ガイガーカウンターが放射線を10回カウントすると、歌って踊り出し核攻撃の危機を知らせる。《青い森の映画館》は、奈良美智とgrafが企画した青森の展覧会「Ato Z」用に小さくしたものだ。流れている映像は、絵本『トらやんの大冒険』を映像化したものである。『トらやんの大冒険』では、暗い森に住む「トらやん」が、降って来た小さな太陽を共に旅をする話で、途中様々な自身の作品をキャラクターにして登場させ、最後に大洪水の中でノアの箱舟のようになった第五福竜丸の形をした船に乗って、太陽を元に戻して平穏な世界が訪れるといったストーリーになっている。

絵本に出てくる「第五福竜丸」をモデルにした船を立体にしたのが《ラッキードラゴン構想模型》であり、《トらやん》や《ジャイアント・トらやん》(2005)、チェルノブイリ近郊で見た観覧車などが乗せられている。東日本大震災後は、子供たちのぬいぐるみを集めて、船の上に乗せたり、黄色い風船を付けて飛ばしたりするワークショップを行った。さらに《サン・チャイルド》の構想模型や、今回は《SHIP’S CAT》のフィギュアが置かれるなど、ヤノベの創造の箱舟にもなっている。

2009年には、官民一体の博覧会「水都大阪2009」に際して、大幅にアートの予算枠が削られる危機的状況に立ち向かうために、実際の連絡船に全長9メートルの龍の昇降する首とボディを取り付けた新たなイメージの《ラッキードラゴン》を制作し、火や水を噴いて、大阪都心を流れる水路を縦横無尽に回遊し、大きな話題となった。それもウルトラファクトリーでわずか1か月で制作されたものだ。その際、子供たちに想像力によって世界を変えることができることを伝える絵本『ラッキードラゴンのおはなし』を描いた。今回、『トらやんの大冒険』と『ラッキードラゴンのおはなし』の原画も展示され、ヤノベの作品が、強い物語性が背景にあることと、彫刻だけではない描写力の高さを示したといえるだろう。

また、《アトムスーツ》を着て《太陽の塔》の登頂の眼の部分まで登る、《太陽の塔、乗っ取り計画》(2003)や、《ラッキードラゴン》の制作のドキュメント、《BIG CAT BANG》のドキュメント、そして「宇宙猫の秘密の島」のインタビューなど全2時間の映像を上映した。「SHIP‘S CAT」や「宇宙猫」に至るまで、現実と空想が、芸術作品によって融合しているのだ。

展示の最後には、飯能に不時着した「宇宙猫」が描いたという設定の様々な様式の絵画が飾られている。実はそれらは生成AIによってつくられたものだ。近年、ヤノベは生成AIを多用している。《BIG CAT BANG》のストーリーの映像も生成AIを使用しているし、今回、ハイパーミュージアム飯能の展覧会のためにつくられた様々なイメージ画像やデザインも生成AIを駆使している。

生成AIによって、アーティストやクリエイターの仕事もとられてしまうという懸念もささやかれているが、ヤノベは生成AIを人類の知恵や集合無意識として捉え、自身の想像力をさらに膨らませているといってよい。まさに、現在の生成AIの創造の爆発も、生命、人類、芸術の歴史につらなるものであり、ヤノベはすべてを取り込みながら、現実に影響を与える根源的な創造力を証明したのではないだろうか。                     

ハイパーミュージアム飯能オープニング企画展
ヤノベケンジ
宇宙猫の秘密の島

KENJI YANOBE EXHIBITION
SHIP’S CAT ISLAND

2025年3月1日[土]ー8月31日[日]

開館時間:午前10時ー午後17時(入館は閉館の 30 分前まで)
休館日:無し

(文=三木 学)

京都芸術大学 Newsletter

京都芸術大学の教員が執筆するコラムと、クリエイター・研究者が選ぶ、世界を学ぶ最新トピックスを無料でお届けします。ご希望の方は、メールアドレスをご入力するだけで、来週より配信を開始します。以下よりお申し込みください。

お申し込みはこちらから

  • 京都芸術大学 広報課Office of Public Relations, Kyoto University of the Arts

    所在地: 京都芸術大学 瓜生山キャンパス
    連絡先: 075-791-9112
    E-mail: kouhou@office.kyoto-art.ac.jp

お気に入り登録しました

既に登録済みです。

お気に入り記事を削除します。
よろしいですか?