通信教育課程では全国津々浦々に在学生や卒業生がいることを生かして、2000年度より在学生・卒業生・教員の交流と学びを目的とした「秋の収穫祭」という催しを開いています。その名のとおり、2018年度までは実りの秋に各地より厳選した4会場において実施されてきましたが、2019年度からは秋だけでなく1年を通して8会場で開催しています。
収穫祭では、全国様々な地域の特色ある芸術文化をワークショップや特別講義を通して紹介することや、公立私設を問わず美術館や博物館の社会への取り組みや発信、また開催中の展覧会を鑑賞することなどを行っています。
今回、9月10日に兵庫県西宮市で行われた収穫祭について、担当したグラフィックデザインコース・上原英司教員からの現地報告をご紹介します。
大人から子供まで多くの市民に愛される美術館を目指して
わずかに秋の気配を感じる9月初旬、快晴のなか兵庫県の西宮市大谷記念美術館「2022イタリア・ボローニャ国際絵本原画展」を訪れました。まずは、講堂にて学芸員の作花麻帆(さっか・ まほ)氏から西宮市大谷記念美術館の紹介とボローニャ国際絵本原画展について解説していただきました。
公益財団法人西宮市大谷記念美術館は閑静な住宅地にたたずむ小規模な美術館です。本美術館は、元昭和電極(現SECカーボン)社長、故大谷竹次郎氏より建物と美術作品のコレクションを西宮市が寄贈されたことを受け、1972年(昭和47年)に開館しました。横山大観や上村松園、小磯良平をはじめとする日本近代洋画、近代日本画、フランス近代絵画コレクションに加え、阪神間を中心とする地元作家の作品など1,100点以上の作品を収蔵しています。本展の絵本原画展示や、次回開催の「開館50周年記念特別展 Back to 1972 50年前の現代美術へ」など、ジャンルにとらわれない展覧会を通して、新しい美術作品の紹介もおこなっています。和風邸宅の風情そのままに、美術館を包み込むようにひろがる四季折々の表情豊かな庭園も美術館のもうひとつの魅力です。「子供たちが優れた美術に触れる機会を」とワークショップや講演会など美術教育活動にも力を入れ、地元に根づいた、市民から愛される美術館を目指しています。親子連れも多く訪れる「イタリア・ボローニャ国際絵本原画展」もそのひとつといえるでしょう。
実験的な絵本表現への試み、そして絵本作家への第一歩を踏み出すために
「ボローニャ国際絵本原画展」は、1964年、児童書専門の見本市として、イタリア北部の町ボローニャで始まった「ボローニャ・チルドレンズ・ブックフェア(BCBF)」が主催する児童書のイラストレーション展コンクールです。自身が考えた物語のための絵本原画5点があれば誰でも応募できることもあり、実験的な表現を積極的に受け入れ、多彩な表現、テーマ、技法が見られることが特徴です。審査員は毎年世界中の編集者や大学の教授、絵本作家などの専門家で構成され、2022年度は過去最多の92カ国、3,873件の応募のなか、1次、2次審査で318名のファイナリストが選出。最終審査の結果、29カ国、78名の作品が選ばれました。本展ではその入選作品全てが展示されています。1976年に始まった本展は、絵本原画展としては世界最大級規模のコンクールで、このコンクールで入選することは世界中の出版社にアピールできる絶好の機会となり、絵本作家としての第一歩を踏み出す登竜門となっています。入選者のなかから選ばれた1名には、スペインのSM出版から絵本を出版する機会が与えられます。2019年度受賞者のサラ・マッツェッティ氏と2021年受賞者のチュオ・ペイシンの新作絵本の特別展示もあり、審査の様子や入選作家へのインタビュー映像の上映もおこなわれていました。
作花氏の講義に続いて、今回の収穫祭にご参加いただいた先生方から絵本にまつわるお話、お気に入りの絵本の紹介をしていただきました。
視覚的なイメージと言語の関係性『とき』(加藤志織先生)
まずは、芸術教養センター(リベラルアーツセンター)の加藤志織先生のお話です。加藤先生のご専門はイタリア・ルネサンス美術史です。
「私と絵本の出会いは5、6歳の時、親が買ってくれた絵本がはじまりです。『きかんしゃ やえもん』(阿川弘之(文)、岡部冬彦(絵))や『とらっく とらっく とらっく』(渡辺茂男(文)、 /山本忠敬(絵))です。いずれも良質のストーリーで、子供のころ、わくわくしながら読んだ記憶があり、今も実家にある大切な絵本です。加古里子さんの『だるまちゃんとてんぐちゃん』も忘れられない一冊ですが、加古里子さんというとやはり『海』や『人間』、『地球』、『宇宙』など子供たちに科学的な興味を誘うような絵本が有名で、海が近くにない岐阜県で育った私にとってはとても興味のわく絵本でした。これらは福音書店から出版された「福音館の科学シリーズ(かがくのとも絵本)」で、子供の関心を科学にむける目的で発刊されていました」。
「そのなかでみなさんにご紹介したい一冊は谷川俊太郎(文)、太田大八(絵)の『とき』という絵本です。“いつ”という言葉から始まるこの絵本は、恐竜が誕生するもっと大昔からどんどん時間が経って今私たちが生きている時代までを大人を意識したような太田さんのイラストレーションで構成されています。絵本は視覚的なイメージが中心になっているように思いますが、実は言語と視覚的なイメージの関係性がとても重要になります。私は大学院のときから視覚的なイメージと言語の関係性についての研究に取り組んでいますが、谷川さんの鋭い言葉と太田さんのイラストレーションが見事に組み合わさっている作品です。このタイトルからもわかるように普通は“時間”という言葉を使いそうなのですが、あえて“とき”という、つまり人間が認知できるようなものとして、この時間の中に我々はいるのだということを谷川さんと太田さんは絵本をとおして伝えたかったのでしょう。今回読み返してみて、やはりこの『とき』という絵本はすごいな、とあらためて思い、ご紹介させていただきました」。
シネマティックな演出が魅力『トリゴラス』(上原英司先生)
つづいて、私、上原英司が紹介します。私の専門はグラフィックデザインです。
「私が紹介するのは、長谷川集平さんの『トリゴラス』。主人公の男の子が想像する鳥の怪獣“トリゴラス”が、街を破壊し、好きな女の子を連れ去ってしまうというお話で、特撮映画のような作品は出版当初から男性の熱狂的なファンが後を絶たなかったといわれています。一見単なる怪獣ものの絵本のようですが、物語の内側には少年のなかに目覚めつつある異性や性への関心が描かれています。そこには時間の流れを表現するための構図やズームイン・ズームアウト、少年と怪獣をオーバーラップさせたページ割りなど、映画のカメラワークを彷彿とさせるような巧みな演出がうかがえます。さらには表紙や裏表紙、見返しや扉、細部に至るまで、作品の世界を演出するアイデアがちりばめられています」。
物語のちから『おおきな木』(吉川左紀子学長)
さいごに、今回の収穫祭に特別参加いただきました吉川左紀子学長のお話です。吉川左紀子学長のご専門は認知心理学です。
「私が紹介するのは、シェル・シルヴァスタインさんの『おおきな木』という絵本です。これは、主人公の少年と仲良しのリンゴの木のお話です。毎日のようにリンゴの木と一緒に遊んでいた少年ですが、時は流れしだいに遊ぶこともなくなって、ときどきやってきてはいろいろなお願いをするようになります。リンゴの木は大好きな少年のために、実も枝も、そして幹さえも与えて続けて、さいごは切り株だけになってしまうという、ちょっと胸が詰まるような物語です。愛は与えることなのか、与えることとは何なのか、読むたびに新たな感動があり、考えさせられます。読む側の年齢とともに受ける感動も変わるので、人生のなかで何度も読み返したい作品です。シェル・シルヴァスタインさんの作品にはほかにも『ぼくを探しに』があります。いずれもシンプルなイラストレーションで描かれた作品ですが、“物語のちから”を強く感じることができます。日本語版も出版されていますが、ぜひ原文(英語版)で読んでみてください」。
作品鑑賞の時間では学長との懇親も
講義のあと、いよいよ作品の鑑賞です。展示会場は著作権の都合上あまりご紹介はできませんが、みなさん多くの作品を興味深く鑑賞されていました。ベンチでは吉川学長と談笑されているところをお見かけしたりと、なごやかな時間はあっという間に過ぎていきました。
今回の収穫祭に参加されたグラフィックデザインコースの在学生・山根喜代浩さんから感想をいただいていますので、ご紹介します。
インターネット公募が可能となり郵便事情に問題があるエリアからの応募も可能となった今回のコンクール。応募数が92カ国3,873点と大幅に増え、その中から日本人4人を含む29カ国78人の入選作全てが展示されていました。5枚1組の作品のどれもが魅力あふれる絵柄だっただけでなく、大胆さ、緻密さ、様々な技法から溢れ出る作者の思いや社会問題への意識が伝わってきて、見学時間はあっという間に過ぎてしまい、気が付けば残り15分。最後は駆け足の見学となってしまいました。
1964年から続くコンクールで入選した作品を紹介する「ボローニャ国際絵本原画展」を、1978年から毎年恒例の展覧会として41回開催してきているとの話しを学芸員よりお聞きし、驚きを隠せなかった。「継続は力なり」と簡単に言葉にはするけれど、実際に続けていくことの苦労は大変であったと想像します。
「また、ボローニャの季節が来たね」との声をよく聞くとの言葉からも地域に根ざした美術館の理想の在り方がここにあると感じました。40数年、毎年同じ時期に開催されることで、月日の流れの中で原画展が地域に当たり前の年間行事として溶け込み、季節の風物詩として根付くことは、その地域に芸術を愛でる心が育っているということでしょう。
子どもたちを始め、住んでいる人たちの心に溶け込み、人々が絵本という芸術を生活の一部として親しまれるようになるまで原画展を継続されていることの素晴らしさを実感した。そして、千差万別なテーマと絵のタッチから自分に無い大胆な発想に驚かされたことで卒業制作への糸口が少し見えてきたことも大きな収穫でした。
帰りに展示されていた中で特に心を揺さぶられた作品『ぼくの木、プルミ(MyTree)』(作:韓国ナ・イルソン)と『あの子はぼくらのスーパースター』(作:スペインラクウェル・カタリーナ、日本語版せなあいこ訳)の2冊を購入し、美術館を後にしました。
(山根喜代浩 デザイン科グラフィックデザインコース 2021年度生)
さいごにサプライズとして、吉川学長より学生のおひとりに絵本のプレゼントがありました。贈られた絵本(『かっぱくん』3部作)は、本学こども芸術学科2020年度卒業生、さかもとわかなさんの作品です。
絵画とはひと味違う絵本の世界、みなさんも一度「イタリア・ボローニャ国際絵本原画展」を訪れてみてはいかがでしょう。
(文:グラフィックデザインコース 教員 上原英司)
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