REPORT2021.12.23

歴史教育

俳句の聖地・松山で ― 尾池和夫先生と句会を ― [収穫祭 in 愛媛]

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  • 京都芸術大学 広報課

 通信教育課程では全国津々浦々に在学生や卒業生がいることを生かして、2000年度より在学生・卒業生・教員の交流と学びを目的とした「秋の収穫祭」という催しを開いています。その名のとおり、2018年度までは実りの秋に各地より厳選した4会場において実施されてきましたが、2019年度からは秋だけでなく1年を通して8会場で開催しています。

 収穫祭では、全国様々な地域の特色ある芸術文化をワークショップや特別講義を通して紹介することや、公立私設を問わず美術館や博物館の社会への取り組みや発信、また開催中の展覧会を鑑賞することなどを行っています。

 今回、10月31日に松山市で行われた収穫祭について、担当した歴史遺産コース・栗本徳子教員からの現地報告をご紹介します。
 

  • 2018年度「秋の収穫祭」リーフレット(表面)
  • 2018年度「秋の収穫祭」リーフレット(裏面)

 

 松山での収穫祭は、じつは当初2020年度5月に実施する予定でした。当時、本学学長でいらした尾池和夫先生は地球科学の専門家でありますが、今回は俳人としても著名である先生を囲んで、ぜひ、俳句の街・松山で句会をしようという企画でした。

 尾池和夫先生と私が下見のために松山を訪ねたのは、その年の1月のことでした。句会の会場の打ち合わせのほかにも、夜の懇親会や翌日のオプショナルツアーまで、現地下見を元に尾池先生と色々ご相談しながら、段取りをはじめていたのですが、2月に入ってから徐々にコロナの感染が拡大しはじめ、ついに4月には緊急事態宣言が発出され、結局2020年度前半の収穫祭は、すべて中止となってしまったのでした。

 尾池先生は、2021年3月で本学学長を退任されたのですが、学生委員会では、今年度こそ松山での収穫祭をぜひ実現したいと、現在、静岡県立大学学長に就任されておられる尾池先生に、改めて松山にお出ましいただいての実施をお願いしました。

 残念ながらウィズコロナの中での今年度の収穫祭では、当初予定しました収穫祭後の懇親会などを開くことは叶わなくなってしまったのでしたが。

 

松山市立子規記念博物館


 10月31日(日)、松山は気持ちの良い秋日和となりました。道後温泉にある松山市立子規記念博物館を会場として、20人の様々な学科、コースの在学生、卒業生の参加を得て、尾池先生の主宰による句会がようやく実現したのでした。

 収穫祭の会場入りまでに、各自が自由に松山を散策して、先に俳句を作っておいてくださいとお願いしてあったので、博物館内の会場では、まず俳句各2句を受け付けいたしました。これを句会では投句と言います。

 

尾池先生による開会のご挨拶


 そして開会に際して尾池先生からご挨拶をいただき、このあと、先生と参加者の皆さんには、博物館の展示を観覧していただきました。

 正岡子規、高浜虚子など松山出身の俳人や彼らとも交友があり、松山中学の英語教師として赴任した夏目漱石など、近代文学とも関係の深い当地の歴史を改めて学ぶ機会になったことと思います。

 


 その間、事務局の趙圭泰さんと私は、投句を整える役目を担当していました。句会で皆さんに配る選句集は、作者名を伏せて作品を一覧にします。句会の面白さは、誰の作品かわからないものから、皆が自分の好きな句を選ぶというところでもあります。ですから、名前や筆跡のわかる皆さんが書いた投句用紙をそのまま使うことができないのです。

 趙さんに一から入力していただき、私が誤記などがないかをチェックし、完成したデータを近くのコンビニで、参加者に配るために必要枚数コピーして完成です。

 裏方ふたりがバタバタしているうちに皆さんが展覧会場から戻ってこられました。

 一息ついてから、いよいよ句会の開始です。

 会場に選句集を配り、尾池先生から選句のルール「自分の句はいくら好きでも選ばない!(笑)」などのご解説を頂いてから、各自3句を選んでいただき、その中で一番良いと思うものを特選としてもらいました。

 

選句集から好きな俳句を選句する


 集まった句の多くは、みなさんが松山のさまざまなところに出かけられたことや、そこで新鮮な感動を受けられたことがよくわかるものでした。

 松山を詠まれた句の一部を、前日入りして各所を撮られた事務局の趙さんの写真と、松山市のフォトギャラリーの写真を添えて、ご紹介します。

 なお、句会中で尾池先生が添削されたものは、その添削後の句を取り上げました。

 

松山城


  城山の天守際立つ秋の空

  松山城そらいつぱいの秋の雲(添削後)

  石垣の石のけ反りて秋の空

 

松山の路面電車


  城北線軒すり抜けて秋の風(添削後)

 

坊ちゃん列車と道後温泉の駅舎


  湯の町の駅舎抜けるや秋の風(添削後)

 

伊佐爾波神社 (松山市フォトギャラリー)


  伊佐爾波神社へ百の石段天高し(添削後)

 

萬翠荘(松山市フォトギャラリー)



  茶の花の迎えるがごと萬翠荘


 選句が終わったところで、参加者ひとりひとりが選んだ俳句を発表してもらいますが、私が選句の皮切りを務めました。「のりこ選 特選で 29番 枯芝に〜」という具合に、選んだ俳句をよみあげていきます。

 また、なぜこの句を選んだのかなどの選評も、皆さんからいただきました。

 こうして選句されたものを並選1点、特選2点として集計をいたしましたところ、高得点句は以下の7句となりました。

 

 11点 32番 晩秋の道なお遠し老遍路
 10点 26番 あと少し見上げる天守いわし雲
  6点 29番 枯芝に小さき足跡いくえにも
  5点  9番 蓑虫が足湯にボッチャン夏目かな
  5点 14番 石手寺の石畳避け落葉道
  5点 16番 松山の鯛の甘さや秋うらら
  5点 21番 秋風や市電の音を吹き拡げ

 

 ここで初めて作者に名乗っていただきました。

 最高得点は、歴史遺産コースの卒業生、日浅忠行さんでした。それぞれの作者に作品について語っていただきましたが、日浅さんはご出身が愛媛県で、今回の収穫祭のために久しぶりに帰郷されたとのこと。そこで前日に見かけたお遍路さんと、かつてご自身が八十八箇所巡りをされた折の実感を重ねて、「道なお遠し」と詠まれたそうです。 

 晩秋という季語と老遍路という語句がとても似合っていると、多くの選者が評しての最高得点でした。

 

日浅さんに「晩秋の道なお遠し老遍路」について語ってもらいました


 なんと、次点である10点を獲得した俳句「あと少し見上げる天守いわし雲」と5点句の「秋風や市電の音を吹き拡げ」は、どちらも芸術教養学科の荒木広美さんの作でした。二句とも高得点を挙げられるとは、ほんとうに素晴らしいことです。

 私は特に「秋風や市電の音を吹き拡げ」が好きで、選句させていただきました。

 

作者から作品についてコメントをいただきました


 斬新でユニークだったのが芸術教養学科の卞幸一(べん・こういち)さんの作「蓑虫が足湯にボッチャン夏目かな」ですが、川柳とも違う独特の作品は尾池先生を少し悩ませながらも、この句の語呂合わせの語調に惹かれた方が多かったのでした。

 

石手寺 (松山市フォトギャラリー)


 同じく5点句の「石手寺の石畳避け落葉道」は、陶芸コースの松村俊幸さんの作で、松山にある八十八箇所第五十一番の札所である石手寺を詠まれたものです。晩秋に差し掛かったこの季節と地元を代表する名刹の情景が浮かび上がります。
 

 じつは食べ物の句がお好きな尾池先生も取られた5点句「松山の鯛の甘さや秋うらら」は、芸術教養学科の細見昌代さんの作品です。旅先の夜、一人で食事のお店に入るのも…と、デパートの地下で「松山の鯛」と書かれたお刺身を求めて、ホテルで食べられたそうです。その鯛のなんとも甘く美味しかったことと言ったらと、松山の海の幸にすっかり惚れ込んでの一句だったようです。

 愛媛県といえば「鯛飯」が有名ですが、新鮮で美味しい鯛があったればこその名物なのですね。

 

鯛飯(松山市フォトギャラリー)


 そして栄えある6点句となった「枯芝に小さき足跡いくえにも」は、何を隠そう事務局の趙さんの作品だったのです。

 彼も投句するようにと、尾池先生と私に強く迫られて、「中学生以来、俳句は作ったことがないので…」と全く自信なさげに言っていたのでしたが、子どもが駆けたり、飛んだりして遊んだ後の枯芝の小さな足跡に目を留めて、こんな愛らしい句をものにしたのです。彼の写真の中にありました。お城の下に広がる芝の広場が。

 

城下に広がる芝の公園


 高得点句以外でも、尾池先生はできるだけ全部の俳句を作者と対話しながら、句意を確かめた上で、評したり、丁寧に添削をしたりしてくださいました。

 尾池先生の手にかかると、俳句としての格調が整い、なるほどこう詠めば良いのかと納得の作品に仕上がるのでした。

 

尾池先生の解説と添削


 あっという間に予定の時間が来てしまいましたが、最後に高得点をとられた6人は、各自が好きなものを選ぶ形で、尾池先生がご用意くださった先生の句集(自註現代俳句シリーズ『尾池和夫集』)、風呂敷などの賞品を手にされました。

 

皆さんの拍手を持って閉会を迎えました


 日浅さんは、子規記念博物館の中に設置されている短冊プリンターで尾池先生がその場で制作された短冊を選ばれました。博物館の庭には、子規庵を再現するようにヘチマが植わっていたのですが、それをご覧になって詠まれた一句です。

 

   子規庵のいづれ束子となる糸瓜

 

 博物館の売店では、庭の糸瓜製と思われる束子が売られていたのでした。

 

日浅忠行さん 賞品の短冊とご持参された尾池先生のご著書『季語の科学』にサインも貰われて
尾池先生を囲んで


 閉会後も、皆さんが尾池先生を囲んで、しばし歓談の時を過ごされました。懇親会ができない中でも、今ではなかなかお目にかかる機会のない尾池先生と、近くでお話をしたかった方々が大勢いらしたことに、コロナによる制約のある収穫祭でしたが、こういう機会を持てたことが何よりよかったと思いました。

 私も休学中の学生さんから復学についてのご相談などを受けましたが、収穫祭が卒業生、在学生、そして休学中の学生さんにも広く開かれている意義を、改めて実感する機会となりました。

 最後になりましたが、静岡からわざわざお出でいただき、楽しくまた学びの多い句会を催してくださった尾池先生と、様々なご便宜を図っていただきました松山市立子規記念博物館の皆様には、改めて心より御礼申し上げます。

 

(文:歴史遺産コース 教員 栗本徳子)

 

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