通信教育課程では全国津々浦々に在学生や卒業生がいることを生かして、2000年度より在学生・卒業生・教員の交流と学びを目的とした「秋の収穫祭」という催しを開いています。その名のとおり、2018年度までは実りの秋に各地より厳選した4会場において実施されてきましたが、2019年度からは秋だけでなく1年を通して8会場で開催しています。
収穫祭では、全国様々な地域の特色ある芸術文化をワークショップや特別講義を通して紹介することや、公立私設を問わず美術館や博物館の社会への取り組みや発信、また開催中の展覧会を鑑賞することなどを行っています。
今回、12月4日に愛知県豊田市で行われた収穫祭について、担当した建築デザインコース・殿井環教員からの現地報告をご紹介します。
12月の収穫祭は日本屈指の美術館のひとつ豊田市美術館を舞台に実施いたしました。新型コロナウイルスの状況が落ち着いている状況もあって47名の在校生、卒業生が参加されました。
豊田市美術館は1995年の竣工です。谷口吉生さんによる設計の美術館本館、高橋節郎館、茶室のある童子苑に加え、元々敷地にある江戸時代に築城された挙母城跡、又吉亭といった名跡と同じ一画にあります。設計解説に「敷地の自然や都市や空間と一体となった環境としての建築を意図する」とあるように、3つの美術館施設同士の関係のみならず、既存の名跡と美術館との関係も大きな見どころの美術館です。
一帯の施設をつなぐように、美術館周辺にあるいくつかの広場に展示されたアート作品や、美術館の周囲をめぐりながら紅葉した木々の下を歩く散策路、お城の石垣のような大きな縁石に沿う水辺の散策路など、美術館エリア一帯が文化的な体験に満ちています。「日常的に散策路にしています」という学生さんの声も聞かれ、竣工から20年以上経った現在では、元々あった環境と、設計された環境が一体となっていることを強く実感できます。
美術館の講堂に集合すると、通信教育部 芸術教養学科の卒業生で豊田市美術館に勤務されている吉兼有紀子さんが迎えてくれました。吉兼さんには収穫祭の運営を終始サポートしていただきました。
2022年1月23日まで、豊田市美術館では企画展:ホー・ツーニェン「百鬼夜行」と美術館所有の作品によるコレクション展が開催されていました。初めに、その企画展についての作品解説を聴講しましたが、奇遇なことに解説者は豊田市美術館で作品解説ボランティアとして活動されている本学通信教育部 芸術教養学科在籍の髙木美樹子さんでした。集合時間前に私が講堂を覗いた際には本番さながらのリハーサル中でしたが、丁寧で聞き易い作品解説をして下さいました。作品解説の甲斐あって、限られた時間の中でも作品の背景に思いを馳せながら観覧することができました。
企画展の作品解説の後は、豊田市美術館と設計者:谷口吉生の新旧の作品を起点として、歴史的な建築や近現代の建築に話を広げながら建築デザインの見方についてレクチャーをしました。豊田市美術館の水平、垂直や比例関係を基調としたデザインや、今や谷口建築の象徴的な要素となっている庇を用いた建築の構え方について、その背景を探ってみる機会とし、皆さんにデザインの意味を考えながら美術館を観覧してもらいました。
ところで、美術館と茶室のある童子苑はどちらも谷口吉生による設計です。現代的な材料や手法でデザインされた美術館と、木造で数寄屋建築の系譜にある茶室は一見全く異なる建築ですが、そのデザインには通底する要素があったと思いますが、皆さん感じることはできたでしょうか?
立礼式の茶室では一服と茶菓子をいただき、庭園の紅葉を眺めながら建築を体験することができました。限られた時間の中で一般の利用客もいらっしゃる中、入れ替わり立ち替わり50名程度で利用させていただきました。さながら大茶会のような雰囲気でしたが、落ち着いた所作で見事に対応していただき、贅沢な時間を過ごすことができました。
今回、豊田市で行われる収穫祭へ参加したきっかけは、私(自身は卒業しているのですが)と同じ建築デザインコースで学ぶ友人からのお誘いがあったからでした。友人に詳しく話を聞いてみると、私の第二の恩師と言っても過言ではない殿井先生に、豊田市美術館の建築について語っていただけるとのこと。少し遠方でしたが、同期の近況報告や建築士試験の結果報告も兼ねて応募することにしました
収穫祭が行われる豊田市立美術館は、国内で多くの美術館・博物館を手がけた谷口吉生の設計で、モダニズム建築の主要作品の一つとして高く評価されています。この作品は挙母城跡にある公園内に建っており、高低差のある公園内から博物館の正面へと進んでいくと、目前に広がる景観が一変し、博物館と周辺の景観があたかもひとつの作品であるかのように、訪れる人の視線を引きつけます。しかし、私達は駅から案内看板の指示通りに歩いて訪れたのですが、どうやら裏門から入ってしまったらしく、この感動はしばらくおあずけとなりました。博物館へのアプローチについてのアナウンスがあれば良かったな、と思いました。
さて、殿井先生による解説ですが、ブルネルスキ孤児院(ルネサンス様式)など他作品との水平・垂直性に関する指摘や、美術館正面で存在感を主張する薄い庇の意匠など、感じてはいてもうまく表現できない印象を明確に解説していただき、とても聞き応えのあるものでした。また、解説を聞いた上で改めて友人達と作品を見て回ると、最初には気付かなかった発見や疑問があり、建築の奥深さを改めて感じることが出来ました。その一例として「目地」を挙げておきます。私は測量士として20年以上建築に携わっているのですが、ここまで存在を主張し印象に残る目地は記憶にありません。
美術館の展示についてですが、ホー・ツーニェンさんによる百鬼夜行をテーマとした映像展示が行われていました。事前のボランティアスタッフさんによる解説は、映像を豊かに体験できるような内容で、とても興味深く見ることができました。もう少し時間があれば良かったのですが、映像展示ということもあり、残念ながらすべてを見る時間はありませんでした。また、美術館から徒歩15分ほどの場所では、とよたまちなか芸術祭の特別展示として、大正期の町家建築を保存した旅館「喜楽亭」にて「旅館アポリア」の展示が行われていたそうです。建築デザイン生としてはこちらも観たかったのですが、収穫祭が終わった後ではすでに閉場時間を過ぎていたので、観ることはできませんでした。
いくつか思い残すことはありましたが、先生や友人と再会し、建築についてより深く考えることができる、とても有意義で楽しい時間を過ごすことができました。
最後になりますが、最近では落ち着いて来たとはいえ、コロナ禍の中でこのような場を設けていただいた大学の方々、受け入れ人数を増やして対応していただいた豊田市美術館の方々、現地でお世話になりましたスタッフの方々、現地でお会いした同窓の方々、全てに感謝したいと思います。
(佐々木智 デザイン科建築デザインコース 2019年度生)
最後に、再度講堂に集まって感想や質疑の時間をとりましたが、みなさんが学ばれている分野から建築を考えてみる時間になったかなと感じることができました。また、建築やデザインの質問に留まらず、美術館の運営や地域に対する取り組みにまで話が及び、卒業生の吉兼さんから現場の声を聞かせていただく機会も生まれました。
異なる分野で学ぶ学生さんが集まった今回でしたが、卒業生や在校生が美術館の現場でいきいきと活躍されている姿を見ることができたことは、何よりの刺激と収穫になったのではないでしょうか。吉兼さん、髙木さんを始め、収穫祭の運営にご協力いただいた皆さん、ありがとうございました。
(文:建築デザインコース 教員 殿井環、写真:写真コース 教員 勝又公仁彦)
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