REPORT2022.10.06

教育

この夏、ウポポイ(ウアイヌコㇿ コタン:民族共生象徴空間)に浸る[収穫祭 in 北海道]

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  • 京都芸術大学 広報課

 通信教育課程では全国津々浦々に在学生や卒業生がいることを生かして、2000年度より在学生・卒業生・教員の交流と学びを目的とした「秋の収穫祭」という催しを開いています。その名のとおり、2018年度までは実りの秋に各地より厳選した4会場において実施されてきましたが、2019年度からは秋だけでなく1年を通して8会場で開催しています。

 収穫祭では、全国様々な地域の特色ある芸術文化をワークショップや特別講義を通して紹介することや、公立私設を問わず美術館や博物館の社会への取り組みや発信、また開催中の展覧会を鑑賞することなどを行っています。

 今回、8月6日に北海道白老町で行われた収穫祭について、担当した洋画コース・奥田輝芳教員からの現地報告をご紹介します。
 

  • 2018年度「秋の収穫祭」リーフレット(表面)
  • 2018年度「秋の収穫祭」リーフレット(裏面)

 

 本州では今年、梅雨明けが6月末という異例の早さで、その後の暑さには流石に体力を削られました。北海道を訪れたのは、梅雨明けから1ヶ月と少し経った頃。 ウアイヌコㇿ コタン 民族共生象徴空間(愛称ウポポイ)は、北海道白老の抜けるような空の下に広がっていました。一昨年、2020年7月にポロト湖畔に開設され、アイヌ文化の復興と発展を目指し民族共生象徴空間として出発しました。ウポポイは「多くの人が一緒に歌う」という意味を持っています。多くのさまざまな人が集って共に歌い、共にその存在を認め合い共生する空間として作られました。その中でもアヌココㇿ アイヌ イコロマケンル(国立アイヌ民族博物館)は、アイヌの歴史と文化の紹介、そして未来へその継承と発展を図るために造られています。アイヌとは「人間」を意味するアイヌ語です。多くの人がアイヌ民族を知りその文化を残し将来につなげるためのさまざまな取り組みが、博物館はじめ体験施設において映像や体験型ワークショップなどで紹介されています。

 

ウポポイ入口

 

 北海道の自然をイメージしたウポポイへのアプローチは鹿や鳥、樹木がシルエットのように描かれ、我々をエントランス棟へと誘います。エントランス棟ではウポポイへの入場の前にカフェやレストランで食事をすることもできます。ウポポイはポロト湖に面した伝統的コタン(集落)や工房のある東エリア、体験学習館や体験交流ホールのある西エリア、入場口正面から見える国立アイヌ民族博物館のある博物館エリアで構成されています。今回の収穫祭では国立アイヌ民族博物館で笹木一義氏(国立アイヌ民族博物館 研究学芸部 研究主査)による特別講義をメインに据え、自由時間をそれぞれのエリアや体験型のワークショップで過ごしていただき、アイヌ民族の文化に触れることと民族博物館が持つ意味について再考することが目的です。

 

ウポポイ アプローチ
アヌココㇿ アイヌ イコロマケンル(国立アイヌ民族博物館)
笹木一義氏の講義


 

アイヌ民族の視点で語られる「6つのテーマ展示」を見学して

 アイヌ文化ゆかりの地を訪ねるロードマップでは北海道全域に様々な施設の紹介があります。その関連施設は道内でも51箇所を数え、中でも国立アイヌ民族博物館はアイヌの歴史や世界観を知る上で最も重要な施設として建設されました。その概要とこれから目指す博物館の役割について特別講義を拝聴し、特別展を含め博物館を見学・鑑賞し、ウポポイにある様々な工房の見学、シアタープログラム、伝統的コタンでの体験学習を参加者が自由に体験鑑賞しました。

 

国立アイヌ民族博物館展示風景

 

 「アヌココㇿ アイヌ イコロマケンル 国立アイヌ民族博物館の基本展示と概要」と題する笹木一義氏の講義では、博物館の沿革と展示概要をご教授いただき、簡単な基礎知識を身につけ館内の展示フロアに向かいました。博物館の基本展示は、「itak イタㇰ 私たちのことば」「inomi イノミ 私たちの世界」「urespa ウレㇱパ  私たちのくらし」「upaskuma ウパㇱクマ 私たちの歴史」「nepki ネㇷ゚キ 私たちのしごと」「ukoapkas ウコアㇷ゚カㇱ 私たちの交流」という6つのブースからなり、「アイヌ語」「カムイとの関わりと世界観」「衣食住」「アイヌの歴史」「仕事」「伝統と交流」について、展示物を使った具体的な解説や紹介をしています。

 

特別展「知里真志保〜アイヌ語研究にかけた熱意」より

 

儀礼の際の祭具(イナウ)
アイヌ刺繍の入った民族衣装(登別アイヌ協会蔵)
触れる展示(探究展示 テンパテンパ)

 

 写真ではその詳細を紹介しきれないのが残念ですが、アイヌ文化の歴史や民族学的な資料、また人間観や世界観が、継承された伝統や残された遺物、交易品などを通して展示されています。加えてその場にいるスタッフの丁寧な説明を聞くことができ、展示されたものについて理解を深めることができました。
 しかし、これはあくまでアイヌ民族の漠然とした概略で、理解を少し進めて解釈しようとすると底の無い淵を覗き込むような気持ちになりました。それは日本という国家が明治以降に行った同化政策によって、アイヌ民族の置かれた立場やその地位回復に尽力された方々の努力や取り組みに敬意を払うこと無しに、こういった施設を見ることはできないという思いに至ったからです。

 

特別展「知里真志保〜アイヌ語研究にかけた熱意」

 今回、この時期の特別展ではアイヌ文化の継承と復興に尽力されたお一人「知里 真志保(ちり・ましほ)」の生涯をかけた研究や活動、後世に残された業績が紹介されていました。文字を持たないアイヌ語の調査は、言葉の聞き取りをローマ字で表記し、その言葉に対応する日本語の意味を加える、という方法で行われアイヌ語の辞典編纂をはじめとする研究に結実していきます。

 

アイヌ語ローマ字筆記1 国(文化庁保管)
アイヌ語ローマ字筆記2 対訳 国(文化庁保管)

 

 写真はハガキにアイヌ語の発音をローマ字で記したもので、言葉の意味を日本語に対応させて訳したものです。このハガキは知里真志保の叔母にあたる金成マツが記したものです。。

 

目に見えない精神性を他者と共有し、相互に認め合う

 ここで博物館の展示について個人的に心に残ったものを記します。「ukoapkas ウコアㇷ゚カㇱ 私たちの交流」のブースに、交易品の一つであり母系に受け継がれるシトキ(アイヌ玉首飾)の展示がありました。タマサイと呼ばれる首飾りも何点かありましたが、いわゆるガラス製のとんぼ玉を首飾りにしたものです。トンボ玉の中でも特に青くて大きいものがアイヌ玉として有名ですが、実際に作られたのは北海道ではありません。交易品の一つですので本州などから持ち込まれたものでしょう。江戸トンボ、オランダトンボ、ロシアトンボ、中国トンボやインドからの請来(しょうらい)品を、おそらくアイヌの人々がこの地で組み合わせ、この地の風俗や好みに合うよう作り上げたのでしょう。

 

とんぼ玉首飾り(シトキ)

 

 展示物の首飾りはおおよそが江戸玉と呼ばれる17〜19世紀に作られたトンボ玉が使用されていました。江戸玉はオランダから輸入されたものをもとに長崎で制作されたのがその始まりで、その後は現在の大阪で多く作られたとされています。このような物品が美術館に展示される経緯を考えると、それだけでもアイヌ民族と日本社会の関係や、展示空間としての博物館の意味を考えさせられました。ただ、ここでの展示物の一つは持ち主の承諾を得て借用していると伺い、そういった方法での展示は、美を共有するという意味で、我々のような鑑賞者を含め誰もがそれぞれ利益のある方法ではないかと思いました。

 交易品のひとつであったトンボ玉が、アイヌ民族の美意識を直接我々に伝えるものとして存在していることはとても大切なことです。このような美しさを共有できるものを生み出すために、芸術を志す人間がいるのです。それは物質的な存在を介しますが、本当はそういった形にするための精神が、ものを作る人にとって最も重要で、その精神性を継承していくことが人間の最大の役割ではないかと考えています。人間として何かを作ることは、その人間の考え方や思想、精神性を形にすることです。我々は目に見えない精神性をさまざまな様式で他者と共有し、相互に認め合うために創造しているのではないでしょうか。

 

ウポポイの地で在学生や卒業生と集えて

 博物館だけでもここでは紹介しきれないほどの展示やシアタープログラムが準備されています。是非白老まで足をお運びいただき、さまざまな体験施設や工房、伝統的コタンでの伝統的踊りやムックリの制作体験や演奏、アイヌ語学習プログラムなどなどを、満喫していただきたいと思います。

 

伝統的コタンの広場
伝統的コタンのひとつ。ポンチセ内部
伝統的コタンの一部

 

 この日は博物館のほかウポポイにある施設を自由鑑賞、自由体験後にまとめとして、再度参加者が博物館内の講演室に集まり笹木一義氏へ質問をしました。17時の終了時間を30分以上も延長するほど多くの質問が寄せられ、参加者の熱量が伝わるまとめになりました。丁寧に質問にお答えいただいた笹木一義氏にお礼の拍手が贈られ、「収穫祭 この夏ウポポイに浸る」は終了いたしました。
 しかし、午後からの半日では、この空間ウポポイ(ウアイヌコㇿ コタン)に浸り、満喫することは到底できませんでした。収穫祭を計画する際、会場にウポポイが決まり、芸術教育資格センターの田中梨枝子先生が立てた計画を引き継ぎ、ウポポイを調べ始めて現地での時間があまりに無いことに気が付きました。それでも北海道に住む在学生や卒業生は沢山おられます。ウポポイは国家を上げてアイヌ文化の復興と発展の拠点とし、将来に向けて先住民族の尊厳の尊重し差別のない多様で豊かな文化を持つ社会を作るための象徴空間です。ここで多くの在学生や卒業生が集い、収穫祭の目的の一つ、在学生卒業生、 教職員の親睦を図ることができれば、と考え運営実施に至りました。

 今回の収穫祭に参加されたアートライティングコースの在学生・山田雄司さんと後藤和葉さんから感想をいただいていますので、ご紹介します。

アイヌ文化について熱く語り合った日

 今回、初めてウポポイを訪れ収穫祭に参加しました。遠くない町で生まれ育った自分は前身の白老ポロトコタンに十代から何度も通い、ここ数年は白老に行ってないこともあり懐かしい気分もあります。
 中心施設である国立アイヌ民族博物館の研究主査・笹木一義先生から全国各地から集まった皆さんに講義がありました。アイヌ民族の先住権復興運動とその中で国立博物館構想が出てきたこと、2015年から具体的にウポポイの構想が生まれた経緯を丁寧に説明してくださいました。博物館、各施設見学を挟んで質疑応答の時間がありましたが、アイヌ民族が現在おかれた状況に関心を持つ方が多く、差別問題などのテーマにも、講師、学生が一体で真剣に語り合う姿がとても貴重だと思いました。

 博物館ではアイヌ民族出身の言語学者である知里真志保特別展の時期と重なり、真志保の偉業が今日のアイヌ文化学習においていかに大切かを間近で感じました。はじめてアイヌ文化に触れた学生の方とも熱く語り合うことができ、これからの学びに多くのことが活かせそうです。

 

(山田雄司 芸術学科アートライティングコース 2021年度生)

「まず、行ってみる」ことの大切さを感じた収穫祭

 収穫祭が行われた北海道白老町の「ウポポイ」は、私の住む街から車で1時間程の場所にあるものの、観光客が行くところと捉えており、これまで訪れたことはなかった。
 「ウポポイ」はポロト湖に面した広大な敷地に、アイヌ民族の歴史や文化に関する博物館や、体験施設などが点在している。収穫祭では博物館内の見学も含め、2時間の自由時間があった。博物館は、基本展示室と特別展示室がそれぞれワンフロアで構成されていたため、博物館以外の場所も見て回ることができるだろうと考えていた。しかし展示室を出たところで、時計は集合時間の5分前を指していた。ことばに関する展示が、私の心を捉えたのだ。入学してから文章を書く機会が増え、今までいかに無造作にことばを使っていたかを痛感していた。同化政策により失われつつあったアイヌ語や文化をアイヌ民族自らが救い出し、記録して残そうとする取り組みの歴史に関する展示を夢中でたどった。また、キャプションボードなどの最初に記されたアイヌ語からも、アイヌ民族の視点から語る、そして今後もその取り組みを続けていくという気概を感じ、身が引き締まる思いがした。
 今回の収穫祭に参加していなければ訪れることはなかったであろう「ウポポイ」。すっかり魅了され、先日再訪し年間パスポートを作った。「まず、行ってみる」ことの大切さを身に染みて感じた。

 

(後藤和葉 芸術学科アートライティングコース 2021年度生)

 この時期コロナの急増に伴いキャンセルが出たこと、収穫祭終了後の親睦会が行えないことなど、残念な点はありましたが、2年越しの思いで開催できたことは、大学としても本当に感謝しております。参加された卒業生や在学生の皆様、博物館の佐々木史郎館長、特別講義を快くお引き受けいただきました国立アイヌ民族博物館 研究主査 笹木一義氏をはじめ、博物館スタッフやウポポイ関係者のみなさまに心より御礼申し上げます。

 

参考文献:とんぼ玉美術博物館1996年発行 『館蔵 世界のトンボ玉』

国立アイヌ民族博物館webサイト
https://nam.go.jp/
特別展示「CHIRI MASHIHO 知里真志保 ― アイヌ語研究にかけた熱意 ―」
https://nam.go.jp/exhibition/floor2/special/chirimashiho2022/

 

(文:洋画コース 教員 奥田輝芳)

 

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