REPORT2022.08.18

教育

「ライフスペシフィックな創作的表現」ってなんだろう? ― 鞆の津ミュージアムの活動[収穫祭 in 広島]

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  • 京都芸術大学 広報課

 通信教育課程では全国津々浦々に在学生や卒業生がいることを生かして、2000年度より在学生・卒業生・教員の交流と学びを目的とした「秋の収穫祭」という催しを開いています。その名のとおり、2018年度までは実りの秋に各地より厳選した4会場において実施されてきましたが、2019年度からは秋だけでなく1年を通して8会場で開催しています。

 収穫祭では、全国様々な地域の特色ある芸術文化をワークショップや特別講義を通して紹介することや、公立私設を問わず美術館や博物館の社会への取り組みや発信、また開催中の展覧会を鑑賞することなどを行っています。

 今回、6月4日に広島県福山市で行われた収穫祭について、担当した写真コース・勝又公仁彦教員からの現地報告をご紹介します。
 

  • 2018年度「秋の収穫祭」リーフレット(表面)
  • 2018年度「秋の収穫祭」リーフレット(裏面)


 

健常/障がい という二項対立的な枠組みから距離をとり、人それぞれの幸福を成り立たせる創作的表現の多様さを共有する活動としての展示
 

 広島県福山市の鞆町にある「鞆の津ミュージアム」の活動について学芸員の津口在五さんにお話を伺いました。演題は「ライフスペシフィックな創作的表現を伝える 鞆の津ミュージアムの活動について」です。なんだか聞き慣れない言葉が並んでいますね。

 鞆の津ミュージアムは、「アール・ブリュット」と呼ばれる表現を紹介する美術館として2012年に開館しました。アール・ブリュットとは1945年ごろにフランス人画家のジャン・デュビュッフェによって提唱された「生の芸術」を意味するフランス語です。その解釈は様々ですが、「正規の美術教育を受けていない人による芸術」「既存の美術潮流に影響されない表現」などと説明されることが多く、英語の「アウトサイダー・アート」という名称がよく知られています。また、その中の一部分である「障がい者の表現」を指すこともあります。

 それらと「ライフスペシフィックな創作的表現」とはどう違うのでしょうか?伺う前から興味津々です。

 

 

鞆の浦

 レクチャーの会場となった鞆公民館は、国立公園第一号の瀬戸内国立公園の中でも格別の景勝地である鞆の浦に面しています。いきなり変なことを言うと思われるかもしれませんが、到着してすぐに入った公民館の横の公衆トイレには何故か麗しい琴の音が響いていました。それは日本に暮らしていれば、毎年お正月に、デパートなどの商業施設やテレビ・ラジオなどで耳にする曲です。なぜ、公衆トイレに琴の音が?しかも6月にお正月によく聞く曲??などと訝しく思うこと数分。私は思い出しました。ここ鞆の浦は箏曲「春の海」の作者宮城道雄の父親の出身地だったのです。宮城道雄は七、八歳の頃に失明し、音楽の道を志しました。既存の曲の演奏に飽きたらず、自ら作曲を行い、クラッシックなど西洋音楽と邦楽を融合させた「新日本音楽」創設の中心人物となり、教育者としても後進を育成しました。このように盲人からは琵琶法師や八橋検校、瞽女などが音楽や芸能の世界で歴史的に活躍の場を得、同様に文学ではホメロス、学問では塙保己一などの第一人者を輩出しています。

 

 

鞆の津ミュージアムの活動

 「鞆の津ミュージアム」は社会福祉法人が運営するギャラリーです。そう聞くと心の病や宮城道雄のように身体に不自由のある方の作品を収集し展示するミュージアムのような先入観を持たれるかもしれませんが、実際にはそればかりではありません。もちろん、館内では母体となる障害福祉施設のメンバーさんたちが創作活動をしていることからもわかるように、そのような方々の作品や製品も扱うのですけれども、津口さんのお話によると、障がいのあるなしに関わらず、また有名無名も問わずに作家を紹介しているそうです。

 そもそも「障がい」と「健常」の境界はスペクトラムなつながりの中でのグラデーションであって、豁然(かつぜん)と区別されうるものではありません。日常生活の中で何かをうまくできないことが、障がいの社会モデルで言われるところの4つの社会的障壁(物理的・制度的・情報的・心的)に起因されるシステムの問題である場合もあるからです。また、人は誰でも生来の特性や家庭環境など何らかの「困りごと」を抱えながら生きています。

 鞆の津ミュージアムでは、このような認識を展示へと反映させるためのひとつの方法論として、作者の属性にとらわれることなく様々な人たちの暮らしに根ざした独学・自己流の創作物を紹介している、ということでした。そのようにして障がい/健常という二項対立的な社会の枠組みから距離をとることにより、私たちがお互いを他者化しないですむような文化へとつなげていけるのではないかとも考えているそうです。

 

津口在五氏。

 

鞆の津ミュージアムで試みられていることは
・表現物を媒介にして、作者の人生に根ざした<Life-specific>な創作的表現の来歴を聞き取ることで、そこに埋め込まれた価値観や「普通」の様々なあり方や、ひそかな愉しみや心の拠り所となる営みの多様さを顕在化し、共有すること
・現在の「私たち」のあり方を問い、別の「私たち」へ編み直す
・私たちそれぞれの生が肯定される文化づくり

ということで、レクチャーではこれまで展示してきた様々な作家と作品の実例を10組以上ご紹介いただきました。

 

1943年に有珠山麓で始まった火山活動によって生まれた昭和新山が生成する様子の一部始終を、絵画や日記の形式で克明に記録した元郵便局長 三松正夫の作品。
警備会社に勤める佐藤修悦が、工事で混雑する駅の交通整理をするために生み出した書体。ガムテープで作られた独特のレタリングは「修悦体」と呼ばれています。

 

「きょうの雑貨」展

 その後、実際の展示と空間を見学するため、ミュージアムへと移動しました。鞆公民館からは徒歩で10分ほど。その間には、万葉集にも歌われ、古代からの潮待ちの港として知られる鞆の街路が残り、風情ある街並みを堪能できます。また、1867年に鞆沖合で海援隊の船「いろは丸」と紀州藩の船が衝突し、積み荷もろとも沈没した後に坂本龍馬が滞在・潜伏した商家など歴史の舞台がそこかしこに残されています。

 

鞆港は日本で唯一、江戸時代の港湾施設が全て残っている貴重な港です。

 

 鞆の津ミュージアムは築150年ほどの元・醤油の蔵を改装して生まれた建物で、民家の造りを残しているため、いわゆるホワイトキューブの空間ではありません。作品を所狭しと並べるところにも特徴があるそうです。鴻池朋子や折元立身など現代美術の作家との協働も数多く行ってきました。

 

「きょうの雑貨」展ポスター。web site https://abtm.jp/2021/11/きょうの雑貨/
ポストも手作り感ありあり。ミュージアムは入場無料です。皆さんもぜひ!
古民家の梁が剥き出しになった展示室内。
身振り手振りを交えて熱く語る津口氏。ミュージアムと展覧会への情熱がみて取れます。

 

 津口さんにご解説いただき、「きょうの雑貨」展を見学しました。全国の福祉施設で作られている様々な製品を紹介する展覧会です。

 

館内の「受付」や「休憩所」などの案内板は「秀悦体」。過去の出品作の一部を残しています。
展示室はこのような小部屋もある複雑な構造。鑿跡の残る床材にも注目。裸足で歩くのも気持ち良いのです。

 

 全国各地にある障害者支援施設や家庭では、日々、仕事や日課として創作活動が行われています。そこでつくられるのは絵などの「作品」だけではなく、それらを意匠的素材に用いた手づくりによる服飾品・食器・文房具、お菓子やおもちゃなど、日常的に使い味わうことのできる品々も生み出されています。近年は、PCとインターネットを介したオンライン製造・販売の一般化、郷土の伝統文化やデザイナーとの協働といった動きを通じて、多様な商品が自在に姿を現すようにもなりました。また、その工程には、作者の興味や特性をよく知る共同製作者としての支援員によるアイデアや手作業が欠かせず、ものづくりをするケアの現場で作者/作品の強みや可能性をうまく生かしながら、遠くに届ける媒介者の重要性が高まっています。

 

共同製作者とのコラボレーションについて説明する津口氏。

 

 そのようにして生み出された、アクセサリー・バッグ・食器・文房具・お菓子などなど、身につける・ものを入れる・食べる・綴る・飾る・遊ぶ・贈る...ことのできる様々な雑貨。絵画/刺繍/木工/陶芸/紙物/版画/染色/など、全国にある64の施設や家庭からは、約1,000点の多彩な製品が届き、館内のショップスペースでは販売もされていました。それらは買う人と作者を密接に結びつける縁(よすが)となり、暮らしを豊かにし、お互いに親しみを生むばかりでなく、作者の喜びや経済的還元にもつながっていきます。心に響く雑貨をつくることは、買う人と作者の間に橋を渡し、その関係をより近しいものへと編み直す営みでもあるようです。

 

 

福祉/welfareと「良き生」

 福祉/welfareは「幸せ」を意味します。語源的には「いい旅」「争いなく共に在る」といった〈よき生〉を意味する言葉だそうです。作者に喜びをもたらす創作と支援者の手仕事とが重なり生まれる楽しい雑貨の数々は、作品鑑賞とはまた異なる仕方で「福祉」を世にひらくメディアでもあるのかもしれません。私も「よき生」を思いつつ、ついあれこれと買い込んでしまいました。

 

淀川テクニックによる、海岸に漂着した漁具を再利用したハンモックというか吊り椅子。背後の絵はエクセルによる絵画を制作している作家のもの。

 

 レクチャーでは近代から現代に至る美術の流れについても概観していただき、美術界(ART WORLD)におけるインサイドとアウトサイドについてもお話いただきました。インサイダーとアウトサイダーの境界は確定しておらず、歴史によっても変わります。ゴッホやカミーユ・クローデル、アントナン・アルトーのように精神障害を発症したアーティストは多数おりますし、フリーダ・カーロや片山真理のように身体に欠損や不自由がありながらインサイドの作家として活躍しているアーティストもおります。繰り返しになりますが、福祉という言葉は「福」も「祉」も共に幸せを意味しています。その意味での「福祉」は誰にとっても無関係ではありません。もちろん、福祉/welfareはあくまで本人にとってよく生きることであり、倫理や道徳とはまた別の基準をもっています。その人にとってだけの幸福を成り立たせる営みとしての「ライフスペシフィックな創作的表現」の多様なあり方を展示で共有する鞆の津ミュージアムの実践は、誰もが追い求める「よき生」について考えるきっかけとなる活動でもあるということがよく理解できました。

 

鞆の津ミュージアムの背後に鎮座する延喜式内社の沼名前神社からの光景。京都の八坂神社と同じく江戸時代までは祇園社と呼ばれる時代がありました。

 

 今回の収穫祭に参加された写真コースの卒業生・岩﨑恵さんからもライフスペシフィックなアートについて感想をいただいていますので、ご紹介します。

『ライフスペシフィックなアートについて考える』

6月4日(土)、収穫祭@広島県福山市『ライフスペシフィックな創作的表現を伝える〜鞆の津ミュージアムの活動について』に卒業生として参加してきました。私は、写真コースで学び、学芸員資格を取得し、医療機関で技術系スタッフとして働いており、これら3つの立場で講義を聞くことができ、アートと福祉について考える機会となりました。

鞆の津ミュージアムは、通所介護施設が母体の企業ミュージアムとのことで、だからこそ出来ることもある。けれど、しっかり理念・定義を持って収集しないと、ミュージアムとしてはぐだぐだになる懸念もあると最初に感じました。勝又先生が仰っていた、範囲が広いのでは?という質問はまさに感じるところでした。病気、障がい、精神疾患、犯罪、家庭環境、生い立ち…アートと共にプラス面だけでなくマイナス面も出てくるし、周りの手助けがない人や発信するという手段を思いもしないアーティストをどう見つけるのか?

「目新しいアート」というセレクト(収集理念)では“話題性”みたいで個人の見解も入ってるように感じるので、観る側には偏見がつきまとわないか?などは慎重に考えていかなければと思いました。「何がアウトサイダーで何がインサイダーか、今は障がいへの排斥がフラットになっている中で”魅力で観る”ということに尽きるかと。教育を受けたかどうかについても、学校に行ったからといって、アート自体は自分も独学です」と藤田先生が最後に仰った言葉は曲がりなりにも芸術・美術を大学で学んだ身として刺さります。

私は、もともとアウトサイダーアートと言われる中で、ヘンリー・ダーガーが好きです。しかし、彼はずっと掃除夫として真面目に働いて誰とも関わることなく孤独のまま亡くなり、亡くなった後で発見されアウトサイダーアートとして評価されてきた…という経緯だったはずで、作品を見つけた唯一の知り合いがよく捨てなかったなと思います。たとえ障がいや病気や精神疾患に対して施設がオープンフラットになったとしても、やっぱり実質面は閉鎖的であり、性質が孤独で、ヘンリー・ダーガーのように絶対に誰にも見せないアート活動(本人はアートと思ってない、など)をミュージアムで定義して収集することは不可能だと思うし、生きている間に奇跡的にアーティスト発掘となったら、もうその時点で作家本人を壊してしまうのではないか、と感じます。それくらいライフスペシフィックとは閉鎖的なものであり、まだまだ日本では本当の意味で受け入れられない人も多いのではないか、など思いました。

質疑応答で意見を仰っていた方々は、やっぱりさすが通信コースの方が多いので、いろんな人生経験とか様々な立場でしっかり学ばれているからこその質疑応答だと感じました。津口先生は、一生懸命に熱く長々と喋る方で、このミュージアムの取り組みへの意志が強い方だと感じました。

この先、こういった活動が広がっていくにつれ、新たな差別やマイナス面の問題が生じるかもしれない。けれど、通所介護施設に学芸員が入社しミュージアムが出来た、ということがまず、すごい事だと思いました。講義を受けたことで、過去の時代には秘密とされるようなライフスペシフィックなものを作品として発表する機会がある、と言うのは『ありのまま』の時代の個々として生きる権利(よすが)みたいなものであると感じています。

 

(岩﨑恵 美術科写真コース 2015年度生)

私自身は「範囲が広い」ことを肯定的に捉えています。

 

選択の中に表現がある

 お話とご活動に感銘を受けつつも、私には一つの疑念がありました。それは、ものを作りたくても、その意欲やインスピレーションはあったとしても、身体的欠損や激しい痛みや協力者の不在などにより物理的・環境的に無理な人は表現から疎外されたままなのではないのか、という疑問です。それへの回答として示されたわけではないのですが、「きょうの雑貨」展に先立つ「私物の在処」展に大きなヒントがあるように思いました。

 それは様々な人の私物を集めた展覧会で、web site(https://abtm.jp/2020/11/私物の在処/)によれば「どこにでもある何でもない物なのに、他をもって代えがたい。捨てるに捨てられず、家の中に長年とっておいてあるようなもの」「物それぞれの来歴を知らない人にとって、何の変哲もないただの物」「しかし持ち主にとっては、ここにしかない宝物だということさえある」ものを集めたものです。「「作品」は誰もがつくるわけではありませんが、身のまわりの日用品に固有の意味を持たせるという営みは日常に遍在し、誰もがいつのまにか行っています。それは、ありふれた物に特別な居場所を与え、ごく私的に価値あるものへ変質させるひとつの表現術にほかな」らず、同時に「外を外たらしめている内、すなわち「普通」とは一体どのようにかたちづくられているのでしょうか。誰かのくせや人生にねざした〈ライフ・スペシフィック〉とでもいうべき私物の中に、私たちのばらばらな「普通」とその尺度をのぞいてみる。自分の中にこそ「外」はひそんでいるのかもしれません。」と結んでいます。物を選び、それを持ち続けることを表現と捉えれば、誰もがある種の表現を日々なしており、そのどれもがかけがえのないもので、蔑ろにされるべきではありません。

 

参加者たちからは熱心に質問が寄せられていました。
スタジオジブリの映画「崖の上のポニョ」の舞台のモデルともなった鞆が浦の夜景。通称「ポニョの丘」より遠望。

 

「私たち」のあり方を問う

 今年、生誕110周年を記念して神奈川県立近代美術館で回顧展が開かれた洋画家の松本竣介は13歳の時に聴覚を失っています。その不自由のために日中戦争や対米戦争において「普通」の同年代の男性のように徴兵されることがありませんでした。透徹した眼で時代を見つめ、当時の「普通」の画家やその他の芸術家たちが行った戦争協力に加担せず、軍部をあからさまに批判していました。個人の幸福追求が否定される時代において「普通」の人たちの中のリーダーやエリートたちが行う判断や施策が誤っていることがあり得ることを松本の事例は示しています。21世紀の先進国では起こり得ないと思われた戦争が勃発した本年、改めて人それぞれの幸福を成り立たせる創作的表現の多様さが担保された社会であるかどうか、芸術の学舎にあるものの1人として考えさせられ、同時に鞆の津ミュージアムの活動に、大きな期待と希望を見た訪問でありました。

 

(文・写真:写真コース 教員 勝又公仁彦)

 

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