REPORT2021.12.16

教育

アートによる魅力ある地域づくり ― BEPPU PROJECTの試み [収穫祭 in 別府]

edited by
  • 京都芸術大学 広報課

 通信教育課程では全国津々浦々に在学生や卒業生がいることを生かして、2000年度より在学生・卒業生・教員の交流と学びを目的とした「秋の収穫祭」という催しを開いています。その名のとおり、2018年度までは実りの秋に各地より厳選した4会場において実施されてきましたが、2019年度からは秋だけでなく1年を通して8会場で開催しています。

 収穫祭では、全国様々な地域の特色ある芸術文化をワークショップや特別講義を通して紹介することや、公立私設を問わず美術館や博物館の社会への取り組みや発信、また開催中の展覧会を鑑賞することなどを行っています。

  • 2018年度「秋の収穫祭」リーフレット(表面)
  • 2018年度「秋の収穫祭」リーフレット(裏面)

 

 秋晴れの10月30日に大分県別府市で開催した収穫祭では、この地を中心にアートを介在させた地域づくりや地域文化の創造に取り組まれているNPO法人 BEPPU PROJECT(ベップ・プロジェクト)の活動について、同プロジェクト代表理事の山出淳也(やまいで・じゅんや)氏をお招きしてお話をうかがいました。その講演に引き続き実施した別府八湯語り部の会による別府の裏路地を巡る街歩きの様子とともに、今回の収穫祭について報告いたします。

 

BEPPU PROJECT

 このアートNPOが別府市で誕生したのは2005年4月。若くしてヨーロッパに渡り現代美術家として活躍していた山出淳也氏によって、彼の故郷大分市に隣接する世界的な温泉観光地別府に、アート(芸術)を活用した地域づくりをおこなうために設立されました。別府の町は幸運にも良質な温泉に恵まれたことで明治以降になると観光地として大きな発展をとげます。また第二次世界大戦による被害からまぬがれたことにより、同地を訪れる観光客は戦後ますます増えることになりました。そのなかでもとりわけ多かった男性団体客をターゲットにしたさまざまな観光ビジネスとともに別府は昭和の時代に繁栄を極めます。

 

BEPPU PROJECT(ベップ・プロジェクト)代表理事・山出淳也氏による特別講義

 

 しかし、昭和から平成へと時代が移り変わるにつれて経済の状況は停滞し、さらにはレジャーの多様化や価値観の変化によって、観光地としての別府の人気は徐々に陰りをみせはじめることになり、21世紀に入るころには従来の観光資源だけに頼った町の振興は停滞を迎えることになりました。

 BEPPU PROJECTの目標は、美術館がおこなうような教育普及活動だけではなく、アートのもつ可能性を地域社会に根づかせ、地域のもつ人的・文化的な資源を再発見し、それらを育成・発信することによって地域社会を発展させることです。今回の特別講義では、とくに世界的に名を知られた温泉地・観光地の別府を拠点にして、同プロジェクトがどのようにアートと市民を結びつけ、アートによる地域振興を実現してきたのか、詳しく説明していただきました。

 

アートを活用したまちづくり

 山出氏が考えたのは、単に別府の温泉を宣伝して男性の団体観光客を誘致することではなく、2000年以降に別府が苦手としていたターゲットである20代前半の女性を呼び込むために、別府という町の魅力を掘り起こし、そしてあらたに築き上げることでした。その際に有力なツールとなったのがアートです。なぜなら、アートは驚きや感動あるいは五感と深い関係をもった世界の共通語ともいうべき存在だからです。そうした活動が実を結び、BEPPU PROJECTは小学校や障がい者施設・高齢者施設・福祉施設などにアート体験を提供し、さらにアーティスト・イン・レジデンスを実施してアーティストの移住・定住を促すなどの活動をすることによって、アートに対する市民の理解を育みました。

 

資料提供:BEPPU PROJECT (山出淳也氏)

 

 その上で国際芸術フェスティバル「混浴温泉世界」(2009年から2015年の間に3度開催)や、2016年からは1人のアーティストを取り上げて作品を紹介する「in BEPPU」を毎年実施しています。

 2009年に開催された「混浴温泉世界」では、東京や大阪そして福岡はもちろん全国各地から20~30代の比較的若い女性を中心とした芸術に関心をもった観光客が9万人以上訪れ、多くの人びとのなかでアートと別府が結びつけられることになりました。さらに、その際に発生した来訪者による宿泊需要が、地元経済に影響を与えたとのことです。

 

梅田哲也 イン 別府『O滞』2020年 撮影:Yuko Amano (C) 混浴温泉世界実行委員会

 

 2018年の秋に開かれた「in BEPPU」では、インド出身の著名な彫刻家アニッシュ・カプーアが取り上げられ、直径5メートルのステンレス製の円盤を鏡のように磨き上げ、まるで巨大なパラボナ・アンテナのように空に向けたインスタレーション作品《Sky Mirror》が会場である別府公園の芝生の上に設置(期間:2018年10月6日~11月25日)されました。移り行く空と雲をたんたんと映しつづけるその美しい作品は、美術に興味をもった一部の者だけではなく、たちまち話題となりインスタグラムなどのソーシャルメディアを介して、別府の名と共に全世界へと情報発信されたのです。

 ちなみに今年の「in BEPPU」のアーティストは、服飾デザイナーであり、身体や衣服にかんするクリエイティヴな活動をおこなっている廣川玉枝氏です。会期は2021年12月18日~2022年2月13日となっています。

 

2021年度「in BEPPU」

 

 

町にアートを根づかせる

 ここまで紹介してきたように、大規模なアート・フェスティバルを実施して名を知られたアーティストの作品を展示するといったことだけではなく、普通の市民が自分の関心事や携わっていることを自由に発表できる場の創造も試みられています。それが「ベップ・アート・マンス」です。山出氏によると、それは「誰でも参加できる」、つまり無審査の開かれたイベントで、市民が主体的に文化に参加することへの支援と同時に文化事業を企画運営できる小規模団体を育て鍛えるところとして位置づけられています。

 



 アートを先鋭的な思考や感覚あるいは超絶的な技術をもった一部の人間だけに許された知的な遊戯・趣味と考える人も世の中には存在しますが、アートとは本来われわれの生活と密接に関係したものです。「ベップ・アート・マンス」は、アートを人びとの日々の暮らしのなかに溶け込ませることによって、立派な美術館や劇場のような施設に出かけなくても、町のいたるところでさまざまな文化的な取り組みに気軽に参加できるようにすることを目的にしています。また、このイベントで注目すべきポイントは、発表者たちがみずから相互に関係を構築してお互いに学び合い刺激し、それをあらたな創造につなげていることでしょう。

 

アートと産業振興・地方創生

 地方の産業や自治体が抱える問題の解決にアートがどのような役割をはたせるのかについても山出氏からお話しいただきました。中小企業・地方自治体とクリエイター・アーティストを結びつけ、アーティスト・クリエイターと一緒に地域の問題について向き合い、その解決にクリエイティブな目線で取り組むことが、BEPPU PROJECTの重要な仕事のうちの1つとなっています。

 


 たとえば、空き店舗の活用がそうです。それを負の遺産ではなく、逆に資産として考えて、アートギャラリーや地場の伝統産業である竹工芸のアンテナショップとして利用するなど、それらにさまざまな役割をもたせた上で拠点として整備することが進められています。ユニークなのは、お店のファンではなく場所のファンをつくるために、あえてお店を季節によって変える工夫がなされていることです。これは、新しい魅力を次々と紹介することで人びとの関心を引きつけることが重要だからです。広告を入れないフリーマガジン『旅手帖beppu』を使って地域の楽しみ方を提供することもおこなわれています。また、大分県産の物品を主原料とし手仕事によって産み出された品物をみずから販売する6次産業のOita Made(オオイタ・メイド)も、地場産業の振興と特産品のブランディングに寄与しています。


 このようにBEPPU PROJECTの試みは設立以来16年を迎え、着実に別府市そして大分県に根づき、人びとの意識を変化させながらアートのある生活、アートによる生活の改善を実現しつつあることを今回の特別講演で理解することができました。山出氏のお話はデータ等をまじえたとてもわかりやすく丁寧なもので、90分があっという間に過ぎ去ってしまいました。アートやアート・フェスティバルによって地域を活性化しようという試みは現在各地で実施されており、今日的な関心事でもあるため、本学通信教育課程の学生さんのなかにもとくに興味をもたれているかたが多いと思います。そうしたかたすべてにお伝えしたい講演でした。

 

別府の裏路地を巡る街歩き

 後半は別府八湯語り部の会による街歩きです。同会による街歩きツアーには複数のコースが設定されていますが、今回は「竹瓦かいわい路地裏散歩」をガイドさんに案内していただきました。別府の街に残る古い共同湯はもちろん、昭和に栄えた懐かしくも怪しげな歓楽街のなごり、あるいは人気のパン屋さんや和菓子屋さん、もとは電話局であったレンガ造りの歴史的建築物、さらにはBEPPU PROJECTが運営する居住・アトリエスペース「清島アパート」も敷地外からではありますが見ることができました。

 

別府八湯語り部の会よる竹瓦温泉のガイド
友永パン屋さんも街歩き中に楽しむ
塩月堂のゆずまんじゅうも
レンガ造りの歴史的建築物
「清島アパート」

 

 約2時間30分の街歩きは、一人では見落としてしまう、一人では入りづらいという通りを覗くことができ、別府という観光地の今昔を体験することができました。ガイドを務めてくださった別府八湯語り部の会のかたの説明も行き届いており、参加者一同たいへん充実した時間を過ごすことができました。次回はまた別のコースを体験してみたいです。

BEPPU PROJECTを『情熱大陸』に!

 「芸術は爆発だ」。有名すぎるこの言葉の本意は置いといて、山出氏の講演の後に思い浮かんだのはこの言葉でした。アートの力で地域を“変える”という壮大なビジョンが作り出した世界には美しさがあります。つながれたもの同士の魅力がそれぞれ生かされているからだと思います。誰も思いつかなかったことをアートな視点で変えていく想像力と行動力に“爆発力”を感じた時間。皆が前のめりになって聞いていたことがとても印象的で、思わず『情熱大陸』に取り上げられたらいいのに、と思ってしまいました。

 その後、私たちは4つのグループに分かれ、ガイドさんと別府の街歩きをしました。この大学の仲間と共に歩くと、日常の場所がアートな場所になります。いつもは目に留まらない塀に埋め込まれた石ころですら話の中心になるのです。歴史ある建物が取り壊され「松下金物店がなくなっちゃのよねぇ」とガイドさんの一言から切なさも感じる散歩でした。

 地域らしさを守りつつ新たな世界を作り出す人の話と、同じ場所と変わっていく街並み。別府が地元の私にとって、日常の景色がアート色に塗り替わった収穫祭となりました。

(出口聡子 芸術教養学科 2014年度生)

盃の形をした石が埋め込まれた石垣にもアートを感じる

温泉+αな別府

 収穫祭in大分県別府市は、温泉地ということもあり旅行気分で参加した。BEPPU PROJECT 代表理事山出淳也氏から、今までの活動やアートを活用した地域づくりなどの話を伺った後、竹瓦アート路地裏を散歩した。

 BEPPU PROJECTでは、この地域に合わせた活動を模索し実行している。町のファンを増やし旅行客から定住者を増やすため、別府版ときわ壮の清島アパートに住むアーテストの活動支援や町民自身の創造性・多様性を高めた。この活動を一時的なものとせず、行政を動かし、町民と他業種とのパイプ役となり、循環する地域振興を行っている。

 路地裏散歩では、五感をフル活用する時間となった。京都を模した碁盤の目の路地を語り部さんの話をお聞きしクイズに答えて、清島アパート、竹製アーケード「竹瓦小路」、唐破風造屋根の竹瓦温泉、ふすま絵のあるセレクトベップ等を巡った。途中、有名店のおやつを食べ、温泉水を試飲した。時折、硫黄、きな粉、金木犀の香りがしていた。

 今回、山出氏や語り部さんから直接話を伺えたことで、温泉だけでない別府を知ることのできた収穫祭だった。

(奥屋幸子 芸術教養学科 2016年度生)

現存する日本最古の木造アーケードがある「竹瓦小路」
ふすま絵のあるSELECT BEPPU
アーティストのマイケル・リン氏によるふすま絵

ディープでカオスな路地裏散策

 別府へはこれまで何度となく訪れましたが、車で観光地とホテルを往復するのみで町歩きをしたことがありませんでしたので、路地裏散策を楽しみに参加しました。

 BEPPU PROJECTの山出淳也代表理事から2005年からこれまでのアートを通じたさまざまな取り組みや成果を伺った後、少人数に分かれて地元ガイドの案内で散策となりました。

 戦災にあっていない別府は、碁盤目の路地に明治・大正の歴史的建造物と昭和レトロな歓楽街が混在していて、なんともカオスな雰囲気に最初からワクワクです。路地を歩いているといくつもの共同温泉を見かけますが、温泉の2階には必ず集会所があり、さすが別府ならではのコミュニティのかたちとみんな感心しきり。

 初めて歩いた別府は、レトロな温泉街とBEPPU PROJECTによるアートのある空間が自然に溶け合う魅力ある町でした。ディープな路地裏散策に興味が尽きず、次の日もあちらこちらと一人歩き回ってしまった楽しみのつきない収穫祭参加でした。

(前田啓子 芸術教養学科 2018年度生)

 このように今回の収穫祭の内容はとても盛り沢山でした。普通では聴講することができない貴重な講演をしてくださった山出淳也氏、街歩きをガイドしてくださった別府八湯語り部の会の皆さん、そしてBEPPU PROJECTと京都芸術大学との間を取り持ってくださったBEPPU PROJECTの月田尚子氏に心よりお礼申し上げます!

 

(文:リベラルアーツセンター 教員 加藤志織)

 

京都芸術大学 Newsletter

京都芸術大学の教員が執筆するコラムと、クリエイター・研究者が選ぶ、世界を学ぶ最新トピックスを無料でお届けします。ご希望の方は、メールアドレスをご入力するだけで、来週水曜日より配信を開始します。以下よりお申し込みください。

お申し込みはこちらから

  • 京都芸術大学 広報課Office of Public Relations, Kyoto University of the Arts

    所在地: 京都芸術大学 瓜生山キャンパス
    連絡先: 075-791-9112
    E-mail: kouhou@office.kyoto-art.ac.jp

お気に入り登録しました

既に登録済みです。

お気に入り記事を削除します。
よろしいですか?