REPORT2021.09.30

教育

「和紙の里」越前・五箇を訪ねて ― 紙漉きの現在 [収穫祭 in 福井]

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  • 京都芸術大学 広報課

 通信教育課程では全国津々浦々に在学生や卒業生がいることを生かして、2000年度より在学生・卒業生・教員の交流と学びを目的とした「秋の収穫祭」という催しを開いています。その名のとおり、2018年度までは実りの秋に各地より厳選した4会場において実施されてきましたが、2019年度からは秋だけでなく1年を通して8会場で開催しています。

 収穫祭では、全国様々な地域の特色ある芸術文化をワークショップや特別講義を通して紹介することや、公立私設を問わず美術館や博物館の社会への取り組みや発信、また開催中の展覧会を鑑賞することなどを行っています。

  • 2018年度「秋の収穫祭」リーフレット(表面)
  • 2018年度「秋の収穫祭」リーフレット(裏面)

 福井県越前市の東部にある五つの集落(不老、大滝、岩本、新在家、定友)は五箇と呼ばれ、1500 年前から始まったとされる永い歴史と最高の品質を誇る越前和紙の産地です。地域内では、国指定重要文化財の大滝神社や卯立(うだつ)の町並など、紙漉きの文化や産業だけでなく歴史、自然、数多くの遺産が現在も地域の人々によって守り継がれています。

 日本画では、昔も今も多くの作品がこの地で生まれた和紙に描かれています。真っ新な紙面の自然な色合いや風合いは、そのままで美しく、一筆を入れる前には常に緊張感が伴うほどです。既に紙漉き職人による“作品”であると感じます。日本画に限らず国内外の様々な作家がその品質を頼り、作品に用いてきた越前和紙。今回は、その和紙の生まれる現場を訪ねてきました。

 

越前の和紙を知る

 まずは、越前和紙の歴史や和紙の基礎的な知識を学ぶべく、「越前和紙の里 パピルス館」にて五十嵐康三氏にご講話いただきました。特別講師の五十嵐康三氏は、京都・妙心寺退蔵院と本学共同で文化財の保存と若手芸術家の育成を目的に行われている「退蔵院方丈襖絵プロジェクト」の襖紙を担われている、本学とも所縁のある方です。
 和紙の原料となる素材の魅力や様々な技法など、興味深いお話を伺っているうちに、すっかり越前和紙の世界に魅了されてしまいました。

 

お話をしてくださる五十嵐康三氏
「越前和紙の里 パ ピ ルス館」にて事前学習

 

 次に、私たちは紙漉き体験教室へ。職人のような気持ちになって、実際に紙漉きを肌で感じてきました。水中から、桁(けた)という道具で紙の繊維をすくい上げていきます。繊維を水中に浮遊させるため、水には植物の粘液によるとろみがつけられており、そこに腕を通す感覚や汲み上げる重み、繊維が均等になるよう桁を揺り動かす難しさなど、すべての工程が貴重な経験となりました。

 

これからの工程説明に聞き入る参加者のみなさん
楮(こうぞ )を原料とした繊維をすくう
繊維同士が絡み合うことで増す紙の強度
色とりどりの葉も散らして
上手く繊維と馴染ませるのにも技術が要ります

 

 参加された皆さんは、もはや表現者の顔つき。それぞれの個性が出た紙が、次々と漉かれていきました。今回漉いた紙を使用したご自宅での創作を見越して、あえて多くは手を施さなかった方もおられました。この後どのような作品になっていくのか、是非また拝見してみたいものです。

 

葉も一枚一枚吟味して、楽しみながらも真剣な制作のひとときに

 

工房の息吹を感じに

 体験の後は、いよいよ工房見学へ。密を避け2グループに分かれての見学となりました。今回見学させていただいたのは、いずれもこの地区を流れる岡本川沿いに位置する、五十嵐康三氏 の(株)五十嵐製紙と岩野市兵衛氏の工房です。

 上質の紙を漉くには、紙漉きをする人の技術と良質の水が必要であり、水が変われば紙が変わってしまうと言います。この地の水、岡本川に沿って紙の業者が軒を並べる街の風情を味わいながら、工房まで歩いて向かいました。

 

各工房までの途中、「美しい日本の歴史風土 100 選」にも選ばれた街並み
移動中は参加者同士の交流の場にも
幽玄な佇まいの大瀧神社・岡太神社

 

 今回は時間の都合で訪れることが出来ませんでしたが、道を一本逸れて進むと、「大瀧神社・岡太神社」に辿り着きます。「大瀧神社・岡太神社」は、日本で唯一の紙の神様である川上御前が祀られている神社です。私は別日に参拝したのですが、今回ご参加の皆さんにもまた機会があれば是非訪れてほしいところです。

 その大瀧神社の「朱の一の鳥居」近くに鎮座する岩本神社の目の前が、工房見学一つ目の(株)五十嵐製紙です。伺った際は、襖紙を製造されているところでした。広い工房に所狭しと紙や道具がひしめき合う中で、職人の方々が洗練された所作で作業されている姿を拝見できました。
 

工房見学一つ目の(株)五十嵐製紙
工房には紙製造の様々な機材も
建物の表からは窺い知れない規模

 

 五十嵐製紙では、見学の際に漉かれていたものよりも格段と幅の広い、大きな紙も漉かれているそうです。ここ越前で大正時代に画家・横山大観の求めに応じて大判の和紙が漉かれたのは、日本画では大変有名な話なのですが、五十嵐製紙では更に手漉きの技術を向上させて大きさの更新を続けています。
  
 また、これまでにない原料を用いて、新たな紙の可能性を模索されてるというお話も大変興味深いものでした。本来紙として漉くのには向かないものでの試み。その中においても品質を高め製品化にまで至ることができている背景には、やはり永く伝承されてきた技術力や経験則があるのだと感じました。
 

職人お二人で行う大きな桁での手漉き作業
飛沫をあげ迫力がありました
職人の方に直接お話も伺え貴重な機会に

 

 見学の二つ目は、岩野市兵衛氏の工房です。岩野市兵衛氏は、1978 年に九代目岩野市兵衛を襲名され、2000年に国の重要無形文化財「越前奉書」の保持者(人間国宝)に認定された方です。越前奉書紙を継承され、越前和紙古来の紙漉きをされています。

 

漉かれた紙の強靭さをご説明されている岩野市兵衛氏(写真右)
出番を待つ原料の楮
チリ(白い繊維以外の部分)を取る作業の実演

 

 工房は、紙漉きの工程ごとにいくつかの棟に分かれています。各棟での作業内容や使い込まれてきた道具の数々について、実演も交えて丁寧にご紹介くださいました。

 どれだけやっても本当に納得のいくものは少なくて、だけれど、たとえほとんどが無駄になっても妥協はできないのだというお言葉が印象的でした。「岩野市兵衛」と名がついた越前奉書紙の品質へのこだわり、紙漉きへの熱が私達に伝わってきました。

 

岩野さんが作られた楮の繊維をほぐす機械
美しく漉かれた紙が重ねられていく
漉いた紙は一枚ずつ板に張り乾燥の室へ
紙を裁ち切るための板にも作業跡の趣

 

何気ないところからも学びを

 実際にその地に赴いてお話を伺ってみないと知りえないこと、何気ない中にも様々な学びは隠れていて、この度の収穫祭を終えてその魅力を改めて感じることができました。

 これは事前に打ち合わせで伺った際にお聞きした話なのですが、五十嵐製紙の片隅には紙の原料となる樹木が育てられていていて、そこに大きく育った楮2本はもともとは越前のものではないそうです。那須の楮と土佐の楮を植えたものなのだそうですが、何年かして育ってくるうちに、どちらも越前の風土に馴染んだ同じ質のものになるそうです。この話も何気ない会話の中で伺えた、赴いてみないと伺えないことだったように思います。

 

原料の楮や三椏(みつまた)、雁皮(がんぴ)
次に向け育てられている雁皮の苗

 

 このコロナ禍、普段どうしても画面を通して物事を見たり知ったりすることの多い状況ではありますが、感染対策を講じながら、和紙が生まれる現場の雰囲気を肌で感じ、紙漉きの現在を学ぶ貴重な機会となりました。そして、様々な気づきや学びを在学生・卒業生・教員が一緒に共有できたこと、それが私にとっての一番の収穫でした。

 

一瞬だけマスクを取って撮影。皆さんご参加ありがとうございました

いい紙は笑っている

 紙漉は大変な仕事です。この度の企画で実際に紙漉工房を見学させていただき、和紙を愛おしく思う気持ちが深まりました。

 最初にパピルス館で五十嵐康三氏の越前和紙の説明がありました。全国で紙漉の存続が危ぶまれる中、越前和紙はその伝統を守り継承するための職人や環境に問題はないということですが、和紙の原料となる楮、雁皮、三椏、またトロロアオイなど自然の材料が手に入りづらくなっているという話が気になりました。

 パピルス館で紙漉き体験の後、人間国宝の岩野市兵衛氏の工房に伺う。市兵衛氏の楮100%の生漉奉書紙は、全懐紙一枚2000円ぽど。原料の楮の価格のせいです。市兵衛氏は紙漉き過程を丁寧に説明くださり、昔ながらの手作業で漉く紙は温もりが違うと、「いい紙は笑っている」と言ったことが印象的でした。

 次に五十嵐氏の工房では襖紙の制作工程を見学、和紙はいろいろなところで日本の暮らしにしっかりと根付いていることを実感しました。

 私たちの作品制作にも欠かせない和紙。原料希薄の現在、生漉きの紙とパルプなどとの混合紙、それぞれの特徴を知った上で作品に活かしたいと強く思いました。

 コロナ禍でありながらこの企画に参加できたのは有り難いことでした。お礼申し上げます。

(鳥井美知子 大学院 美術工芸領域 日本画分野 2017年度生)

越前和紙の今に触れて

 この収穫祭に参加したいと思ったきっかけは、洋紙を扱う仕事をしている中で、紙の原点である“和紙”の文化についても知りたいと思い立ったことです。

 最初に、「越前和紙の里 パピルス館」で和紙について映像と講義を受けた後、体験施設で実際に「漉き入れ」という技法の和紙漉き体験を受けました。実際に体験してみると、軽々と作業している係の方からは想像もできないほど桁(けた)は重いものでした。紙の厚みが均一になるようにゆっくり振動させながら水切りをすることがとても難しく感じました。初めて漉いた和紙は表面がゴツゴツしてしまったけれど愛着が湧きました。

 五十嵐製紙様では普段は間近で観ることができない職人技を見学。「伝統的な紙漉き」+「新しいものづくり」を行っている製紙工場で、中でも昨今話題の持続可能な循環型社会を反映した商品”food Paper(廃棄される野菜や果物から作る紙を使用)”は、和紙漉きの伝統的な技法も守りつつ、新しいものも産み出し続けることが、すごいことだと感じました。
 
 次に訪れた、岩野市兵衛氏の工房では、代々受け継がれてきている『越前奉書』の紙漉きの伝統的な工程をひとつずつ丁寧に優しく紹介してくださいました。話の最後に、後継者の問題に「代々受け継いできたものを自分の代で終わらせてしまってよいものか…」と寂しそうにお話ししてくださったのがとても印象的でした。昔ながらの伝統と技法を守りながら受け継がれてきた技や技法を守っていくことの大変さを改めて考えさせられました。
 
 また、この収穫祭にひとりで参加したので最初は不安と緊張しかなかったですが、参加されてるみなさん、引率の奥田先生、後藤先生、事務局の笠谷さんがとても気さくな方ばかりで、ほっと和んだ雰囲気で終始楽しかったです。ありがとうございます。
 
最後に、この収穫祭に参加して感じたことは、越前和紙の現状を知る良いきっかけが持てたことです。私にできることは限られていますが、和紙を使用したパッケージが再度見直されていくような、きっかけ作りができたらとひっそりと考えています。

(井石香緒里 芸術教養学科 2013年度生)

 開催にあたり、快く受け入れてくださいました越前市の方々に、心より御礼申し上げます。 ご参加いただけなかった皆さんも、「越前和紙の里」では普段から体験や見学が可能ですから、この状況が少し落ち着きましたら是非訪れてみてください。

 

(文:日本画コース 教員 後藤吉晃)

 

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