通信教育課程では全国津々浦々に在学生や卒業生がいることを生かして、2000年度より在学生・卒業生・教員の交流と学びを目的とした「秋の収穫祭」という催しを開いています。その名のとおり、2018年度までは実りの秋に各地より厳選した4会場において実施されてきましたが、2019年度からは秋だけでなく1年を通して8会場で開催しています。
収穫祭では、全国様々な地域の特色ある芸術文化をワークショップや特別講義を通して紹介することや、公立私設を問わず美術館や博物館の社会への取り組みや発信、また開催中の展覧会を鑑賞することなどを行っています。
2021年度最初の収穫祭
2021年度はじめての「収穫祭」は、6月6日(日)に長野県塩尻市南部の山岳地帯にある木曽平沢と奈良井宿にて開催しました。この地域では毎年この時期に、「木曽漆器祭・奈良井宿場祭」が開催されます。
「木曽漆器祭」は木曽平沢で行われる年に一度の大漆器市で、町並みには100店舗近くの店が軒を連ね、漆職人の作品をはじめ、この日しか出ない蔵出し物や若者向けの創作漆器などが店先に並びます。
「奈良井宿場祭」は江戸時代徳川将軍家御用のお茶を毎年京都宇治から中山道、甲州街道を経由し、江戸まで運んだ道中行列を再現した「お茶壺道中」をメインイベントとした、お祭りです。
この二か所のお祭を巡りながら漆工の歴史や作品に触れる機会にしようと収穫祭を計画しましたが、残念ながらコロナウイルス感染拡大により中止となってしまいました。そこで今回は、親子二代に渡り漆器を作り続ける「北原漆工房」の北原進氏を特別講師に迎え木曽漆器館で漆にまつわるお話を伺い、奈良井宿場の町並を散策しました。
木曽漆器館にて
特別講師の北原進氏は、父である北原久氏が設立した「北原漆工房」で、漆による作品について企画、デザイン、設計、木工、漆工の全行程を一貫して自分の手で行い、自らデザインした作品をかたちにするという独自のスタイルで制作をされています。また、北原久氏は本学通信教育部開設当初よりスクーリングでお世話にもなっていた方で、進氏とともに本学とは所縁のある方です。
最初に訪れた木曽漆器館では、制作に必要な道具や工程、漆工の作品から人間国宝の作品が展示されています。また、1998年長野オリンピックではメダルのデザインに漆工が用いられ、この地域の職人が携わったこともあり、その工程やメダルも展示されています。
この漆器館では、北原さんに制作工程や道具の用途や使用方法などを解説していただきながら、見学をしました。
木曽漆器の特長は欠けたり割れたりしにくく頑丈で質が高いことです。その強さを生み出しているのは、「錆土(さびつち)」にあります。この「錆土」は下地の材料に使用され、この地域で採取されるものは鉄分が多く含まれており、漆との混ざりが良いのが特徴で、漆とこの「錆土」を混ぜ合わせて下地をつくることによって、木曽漆器の強度を生み出します。北原さんもこの「錆土」を使用しており、「下地の強度が全然違うのですが、今では採取量が減り、この地域の「錆土」はとても貴重なものになっている」という話をされていました。
その他、回転室(かいてんむろ)という設備についても触れられました。漆器の美しさは黒と朱色の美しさがありますが、朱の顔料は、染料系と、顔料系があり、顔料系は水銀朱やベンガラという比重の重い鉱物です。その鉱物が漆の硬化途中に塗った漆が流れるのを防ぐのと顔料が沈まないようにするために、塗ったものを固定して回転させて発色を良くする設備で、これのおかげで美しい朱色の漆器ができるとのことでした。
奈良井宿での散策
木曽漆器館での見学を終え、奈良井宿へ移動します。移動には木曽平沢と奈良井宿をつなぐ周遊バス『重伝建周遊バス』を利用しました。うっかり写真を撮り忘れてしまったのですが、バスの内装の一部にも漆塗が施されているので、木曽に行く方は是非この周遊バスに乗ってご覧になってみてください。
奈良井宿では街中を自由に散策しました。この奈良井宿は、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されていて、江戸時代の面影を残した情緒ある町並みが1kmほど続く日本最長の宿場です。この通りは電柱が撤去され、歴史的な宿場の景観が保たれています。
散策前には、この収穫祭を企画した松井利夫教授より「漆器に触れるも良し。食事をしても良し。買い物をしても良し。どんな小さなことでも、この地の息吹を感じてほしい。そして、メモをとること、記録を残すことをしてください。僕は若いころ、芸術家はそんなことをするべきではないと思っていたけれど、今になってメモや記録を残すことの重要性に気付きました。それをやっていれば今頃『人間国宝』になっていたはずです。でもそれをしなかったから『人間国宝』ではありません(笑)。だから皆さんは、記録してくださいね」と冗談をまじえながら話されていました。
さて、奈良井宿の街中を散策すると漆器はもちろんですが、宿場町というだけあって民宿や喫茶店などが建ち並んでいます。また、南北1kmの間には南北の端と街中に神社が点在し、山裾には五つの寺院が配されており、神社仏閣を回ることもできます。御朱印集めをされている方にはもってこいかもしれませんね。
通りには水場が点在しており、湧き水を飲むこともできます。この水場は古くから生活用水、宿場の飲料水、防火用の水場として用いられていたようです。また、構造もそれぞれ違っており、その違いを楽しむことも出来ます。
水場の構造にふれましたが、奈良井宿の建築様式は出梁造りが特徴的です。出梁造り(だしばりづくり)とは、一階よりも二階が街道側に張り出た構造のことを言います。屋内一階の天井に梁を外まで突き出し、せり出した部分を支えています。そして黒くすすけた格子や、その両脇を支える白漆喰の「袖うだつ」、軒の庇をおさえた「猿頭(さるがしら)」など、江戸時代から残る奈良井宿ならではの建築様式も見どころです。
仲間との学びや発見
このように、町を散策する中で様々なものに目を向けてみると、新たな発見や学びがたくさんあります。コロナ禍でなければ、参加者同士がもっとコミュニケーションをとりながら散策することができ、自分とは違った視点での発見や感想を共有しながら学ぶこともできるでしょう。今回得たものを違う場所で生かすこともできるし、また、この状況が落ち着いたとき、もう一度この場所を訪れると違った見え方ができるかもしれません。
長野県で開催された収穫祭に参加する機会に恵まれた。訪れたのは塩尻市南端に位置する木曽平沢と奈良井宿。そこはまさに木曽路、山あいの集落だ。木曽平沢にある木曽漆器館には漆工芸の名品が並び、道具や制作の工程が展示されている。今回の講師である松井利夫先生と木漆芸家の北原進先生から木曽の漆工芸の強みや特徴について話を伺った後、向かったのは江戸時代の軒並みを今に残す奈良井宿。現地で知り合った学友と共に一軒の蕎麦屋に入った。以前は旅籠だったというその店は350年の歴史を持ち、屋号の由来となる徳利をはじめ数々の「お宝」を公開している。黒く太い梁、高い天井、囲炉裏のある居間。江戸時代に建てられた家屋の中で、今なお日々の暮らしが営まれている。タイムスリップしたようなこの街の空気をもっと深く感じていたかった。もっともっと、見たい、知りたい、味わいたい。そして誰かに伝えたい。そんな想いに掻き立てられる収穫祭だった。
(宮坂美保子 芸術学科アートライティングコース2020年度生)
全国10都道府県が非常事態宣言下の6月初旬、小雨上がる新緑の長野県奈良井宿にて収穫祭が開催された。運良く抽選を経て、各地から集った在学生、卒業生は木曽漆作家の北原進氏による説明を受けながら、まず木曽漆器館を見学した。木曽の銘木の香り漂う館内には、人間国宝の漆器作品の展示及び漆掻(漆の木から樹液を採取)から始まり上塗までの一連の木曽漆器の製作工程が詳細に展示されている。とりわけ木曽漆器は奈良井のマキヤ沢でのみ採れる錆土を漆と混ぜ下地に塗ることでその堅牢さが際立っていると興味深い説明を受けた。この錆土は現在では産出量も激減しているという。近年、漆は生活用品のみならず腐食性が高く堅牢なため、建築材料への応用も広がっている。
木曽漆器館見学後は奈良井宿を自由散策した。ここは中山道の34番目の宿場で重要伝統的建造物群保存地区である。雨後の新緑まぶしい山々がせまる中、2キロも続く町並みは行き交う人こそ現代であるが、そこに流れる時間や空気の匂い、木々の香り、水の音は往時と何ら変わらないのであろう。宿場町に飛び交う人々のにぎやかな声が聞こえるような気がした。交流の盛んな宿場町であったことが木曽漆器を全国へ流通させた要因の一つであろう。コロナ渦で過ごす不自由な日常をしばし忘れ、眠っていた五感を刺激された収穫祭であった。
(小口泰子 大学院芸術環境研究領域 文化遺産・伝統芸術分野2018年度生)
本来の予定である漆器祭は中止となったが、それでも古くからの文化を色濃く残す木曽平沢、奈良井宿は非常に魅力的である。まずは木曽漆器館を見学。江戸時代からの重要文化財や近代の名工の作品、昔からの日常的な漆工を目にし、作業工程の解説を受ける。見学を終える頃には、薄曇りだった空は晴天で汗ばむ位であった。入口前に昭和ノスタルジーな周遊バスが到着すると次の散策へ期待が高まる。
奈良井宿は、中山道の木曽十一宿中、最も賑わった宿場町で、江戸時代から続く街並みは国の重要伝統的建造物群保存地区である。散策を開始すると様々な物が視界に入る。土産物屋の漆工食器の類、古道具屋の昭和を感じるアルミの弁当箱、 五平餅に蕎麦屋の看板。蕎麦を食べよう。地酒はお預けだが。店内は落ち着いた雰囲気で、外観通りに古いが手入れが行き届き、壁板同様、テーブルや椅子も磨きあげられた居心地よい空間であった。接客や蕎麦も申し分無かった。
駅前に戻り、名残惜しい中、自己紹介を終えると先生が「夏蝉」の声が聞こえると言われる。 聞き慣れた蝉とは違う耳に心地よい鳴き声が聞こえる 。初夏を告げる音であった。
(数川明 芸術学科アートライティングコース2019年度生)
2時間程度散策をした後、集まって総括がありましたが、松井教授の発案で、なぜか最後に自己紹介をし、「来年以降、漆器祭が開催され、漆塗りのワークショップができると良いですね」という締めの言葉で今回の収穫祭は幕を閉じました。
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