REPORT2021.03.30

教育

鑑賞者の創造性を引き出し共に創り上げていく。― 京都市京セラ美術館の新しい取り組み [収穫祭 in 京都]

edited by
  • 京都芸術大学 広報課

 通信教育課程では全国津々浦々に在学生や卒業生がいることを生かして、2000年度より在学生・卒業生・教員の交流と学びを目的とした「秋の収穫祭」という催しを開いています。その名のとおり、2018年度までは実りの秋に各地より厳選した4会場において実施されてきましたが、2019年度からは秋だけでなく1年を通して8会場で開催しています。

 収穫祭では、全国様々な地域の特色ある芸術文化をワークショップや特別講義を通して紹介することや、公立私設を問わず美術館や博物館の社会への取り組みや発信、また開催中の展覧会を鑑賞することなどを行っています。

 芸術とはいわゆる美術、すなわち絵画・彫刻・建築といった造形的な創作物のみを意味するものではありません。地域の風土の中で人間がより良く生きるために生み出してきた文化的な営みは、幅広く芸術とみなすことができます。収穫祭は、私たちの身の回りにあるそうした実践を発見し、芸術のあり方の多様性にふれ、その地域的な取り組みを実地に観察・考察することによって、みずからの生き方の参考にすることを目的としています。そのために、日本の各地に出かけてユニークな芸術活動を体験できる機会を設けています。

  • 2018年度「秋の収穫祭」リーフレット(表面)
  • 2018年度「秋の収穫祭」リーフレット(裏面)

 

2020年度最後の収穫祭

 今年度は全国8カ所で実施する予定の収穫祭のうち前半4カ所を新型コロナウィルス感染予防のため中止せざるを得なくなりました。すでに参加募集の告知があり楽しみにされていた卒業生や在学生もおられましたが、社会情勢を鑑み残念ながら断念いたしました。今年度後半10月以降の開催については様々な感染防止対策を講じ、第2波、第3波、緊急事態宣言下でも開催が実現されました。今回の収穫祭も京都市京セラ美術館のご理解とご協力を得られたことと、本学の感染防止対策の実施で開催することができました。

 2020年度最後の収穫祭は、約3年の休館を経てリニューアルした京都市京セラ美術館を選びました。京都市美術館から新たな通称を得たこの美術館は、従来の美術館機能に加え、新たな現代美術の発信基地としての役割を加えられており、新装美術館の現状と今後の方向性についてお話を伺いたいと考え企画しました。

 そして2月20日(土)13時より、新装された京都市京セラ美術館の講演室をお借りして、美術館の新たな取り組み、教育普及活動の「ラーニング」と、この時期に開催中の「平成美術:うたかたと瓦礫(デブリ) 1989–2019」展の解説、そして解説の後、展覧会の鑑賞を行いました。今回は展覧会図録をテキストとして図録を片手に展示スペースを巡りました。

 

 

新しくなった京都市京セラ美術館

 京都市京セラ美術館は、耐震工事と新たな展示スペース新館「東山キューブ」のほか、入口を地下に新設するなど大規模リノベーションがおこなわれました。外部からスロープに沿って自然に入場する構造を持ち、「ガラス・リボン」という新たなファサードを越え、以前の美術館の玄関扉の地下部分から入場するようになっています。

 入場すると左右にそれぞれミュージアムショップとカフェがあり、地下1階メインエントランスのロビー階段から中央ホールに入る導線になっています。この中央ホールには新設の螺旋階段とエレベーターがあり、これも新設のバルコニーへ登り2階の展示スペースを観覧できるようになっていて、そのほかにも改修されたところが沢山あります。百聞は一見にしかず、どうぞ一度訪れていただきたいと思います。美術館は同時にいくつかの展覧会が開催されますが、それぞれに入場口があり自由に楽しめるスペースも設けられております

 

正面入り口「ガラス・リボン」 撮影:来田猛

 

エントランスロビーの階段から「中央ホール」へ 撮影:来田猛
「中央ホール」 撮影:来田猛

 

 もう一つ、「東山キューブ」の屋上は京都市動物園側からも入れる入口があり、外部からの通り抜けも想定される広いテラスとなっています(2021年3月現在は感染防止対策のため閉められています)。また、本館北回廊の中庭にガラス屋根をかけ、「光の広間」としてイベントの開催やインスタレーションの展示などを鑑賞できるスペースも作られています。東玄関は以前は搬入口としての機能を果たしていましたが、解放的なガラス張りのロビー空間が新設され、東山を望む庭と共に東側の顔になっています。ここの2階部分は談話室となっていて、この美術館が力を入れる「ラーニング」の実践の場として活用されています。

 

本館北回廊の中庭「光の広間」 撮影:来田猛
本館 東側 撮影:来田猛

 

 教育普及活動改め「ラーニング・プログラム」は美術館の機能のひとつであり、多様な価値を持つ人が互いに学び合い、皆が新しい価値を生み出して行く、ということを目的としています。パブリック(共創)、青少年育成、地域連携、多様性の尊重という4つのテーマで構成され、ワークショップや講演等を通して実践しています。

 

 

リニューアルした美術館とその教育普及活動について

 前半に行われたラーニング・キュレーター富塚絵美氏の講義では京都市美術館の沿革から始まり、2020年春の新たなスタートは建物だけでなく、美術館のあり方や発信方法もリニューアルしたことの説明がありました。

 建物と合わせて変化した「ラーニング(教育普及活動)」は、展示作品の情報を鑑賞者へ提供するだけでなく、鑑賞者の創造性を引き出すことで人々と共に創り上げていく。そんな美術館を目指されていることがわかりました。また、「日本語字幕+手話通訳付き」解説を動画で作成・配信し、アクセシビリティの向上という今日的な問題にも取り組んでおられます。手話もわたしたちの「言語」であることを学びました。

 京都市京セラ美術館は歴史的建築である本館を文化財として保存することを視野に入れ、外観を残しながら、多くの人々を引き付けるための運営をしていくために、かなりの意識改変があったことを伺わせました。

 

富塚絵美氏による講義

 

 

 

現代美術を特集する空間と開催中の展覧会

 続いて、リニューアルのトピックである現代美術へのアプローチについて興味のある参加者も多かったのではないかと思いますが、現代美術への取り組みの一つとして、この時期に開催されていた「平成美術:うたかたと瓦礫(デブリ) 1989–2019」展について、キュレーターの野崎昌弘氏に解説していただきました。この展覧会は美術評論家・椹木野衣氏が企画・監修し、事業企画推進室キュレーターの野崎昌弘氏が担当して開催が実現した美術展で、欧米の美術史とは違う視点で日本のここ約30年を振り返り、様々な価値観への見直しや問いかけをテーマに、アーティスト個人ではなく、集合的な活動による芸術作品を取り上げ、14組と1組の資料展示にまとめています。

 

野崎昌弘氏による「平成美術:うたかたと瓦礫(デブリ)1989–2019」展の解説

 


 本展は、バブルの崩壊や2つの大震災、原発事故、異常気象による自然災害などの社会事象と作品発表を、相互に確認できる巨大な年表と発表当時の作品の再制作や資料や記録、映像をアトラクションのように配した展示で構成されていました。

平成美術:うたかたと瓦礫(デブリ) 1989–2019

2021年1月23日-2021年4月11日
会場[ 新館 東山キューブ ]

 現代美術というと難解な芸術と思われがちですが、実際に今生きている我々が遭遇する現実社会には、常に新たな問題が生じています。それらに注目しそこに問題を提起すること、その提起は政治的経済的な社会性を持つものや、人間の内面や人間存在そのものに問いかけるものです。ある意味、社会のあり方まで変えてしまうような新たな価値観を提起することが現代美術の特質です。つまり美術・芸術という言葉の概念が以前とは違うところにあります。既にある美術品・芸術品という価値とは別の、社会で起こる様々な事象や変化を、視覚的にあるいは体験的に具体化することが、現代美術と呼ばれる芸術の発信方法です。西欧の美術を振り返ってみても、例えば「印象派」は当時の社会をむき出しにしました。科学的に光のあり方に目を向け、当時の日常をさらけ出し、絵画の価値観を一変させたように。

 

「平成美術:うたかたと瓦礫(デブリ)1989–2019」展の観覧
「平成美術:うたかたと瓦礫(デブリ)1989–2019」展の観覧

京都京セラ美術館の初訪問に心躍る


2020年春、京都市京セラ美術館のリニューアルオープンは大きな話題となり、今回の収穫祭はとても楽しみにしていた。

ラーニング・キュレーターの富塚絵美氏とキュレーター野崎昌弘氏からご講話を頂いた後、美術館を見学。
やはり、80年以上の歳月を重ねた建築には目を奪われる。帝冠様式の重厚感はそのままに、エントランスの前に出現したスロープ、ガラス・リボンなどが新たな光と開放感をもたらしている。そして中央ホールや談話室、東広間、中庭といったフレキシブルな空間は、より多くの人を惹きつけると共に、アクセシビリティの向上へとつながるであろう。
屋上から景色を見た後、東山キューブで開催中の「平成美術:うたかたと瓦礫(デブリ) 1989-2019」を鑑賞した。展示室入り口の平成の年表は、幾多の災害や事件、事故が記録された高く大きな壁であった。その記録は各作品を見ながら当時の記憶や感情と結びつき、作り手の心境をも想像させる。
戦争のない時代「平成」は、果たして平和を築けたのだろうか。

 

( 羽鳥 比登美 芸術教養学科2016年度生 )

リニューアルの京都市京セラ美術館と開催中の現代芸術展


コロナ禍で藝術学舎やフラカフェ(フライングカフェ)などの中止が相次ぎ、最後の収穫祭も半ば諦めていたが、嬉しい開催案内が来ました!

いざ会場へ着くと、80名の人が一部屋に集まる状況さえ久々で、さすがに緊張感が走る。
キュレーターさんからはラーニングプログラムの取組みや歴史的建屋を魅力ある空間へと実現のためのアプローチと保存利用された部分の説明を、また「平成美術:うたかたと瓦礫(デブリ) 1989-2019」展は手の込んだ図録で解説を頂いた後に自由鑑賞した。
入口にそびえる巨大な壁に平成の事件や出来事年表が荒っぽく書かれ、そのボリュームに圧倒されつつ自身を年表に投影してしまう。平成時代は時の流れさえ芸術か。作品達ももはや美しさは求めず、あらゆる手法を駆使し造形・表現をして感性に訴える。これぞ現代芸術の醍醐味だ、ひそかに汗ばむ。オンラインではありえない臨場感を得てやはり収穫祭は素晴らしい。
コロナ禍に負けず次回の無事開催を祈った。

 

( 湯谷 耕治 芸術教養学科2016年度生 )

 京都市京セラ美術館の新しい取り組みは、従来の美術館の役割に加え、多面的な芸術のあり方や我々一般市民との共存について新鮮な提案をしてくれるものでした。それは日本の美術館がその機能を変えつつある現状を示してくれました。我々はこれからも様々な美術館を訪れると思いますが、美術館そのものに目を向けて見るだけでも、いまの美術や芸術がどのように価値付けされているのかが分かります。リニューアルされた京都市京セラ美術館に足を運んでいただいて、これからの芸術や美術に思いを馳せながら、自身の美術・芸術との関わりを考えるのも良い時間の持ち方になると思います。

 

 

今年度の収穫祭を終えて

 2020度の収穫祭は10月に岡山県立美術館にて、ワークショップを交えた教育普及活動、美術館機能の拡大、意識改革についてのレクチャーと「赤松麟作」展鑑賞。11月は久留米市美術館の創設から石橋美術館との関わり、そして社会貢献と「鴨居玲」展の鑑賞。12月は外苑キャンパスにて「神宮の森100周年」のレクチャーと現地へ移動してのフィールドワーク。そして2月にこの京都市京セラ美術館での収穫祭を実施し、今年度の収穫祭はすべて終了しました。

 通信教育課程の生涯教育の活動の場として、在学生の授業の場として、そして卒業生と在学生、学科を超えた交流の場としての収穫祭は、次年度も新たな8カ所で実施される予定です。2020年度に中止となった福島、長野、愛媛の3ヶ所も含め、兵庫、愛知、福井、島根、大分と、新しい収穫祭の開催地が出揃っています。この時代、秋ばかりが実りのシーズンではありません。年中色々な実が成り、我々は養分とすることができます。新しい年度が始まり少しずつではありますが、新しい暮らしにも慣れ外への出方も定着してきました。卒業生、在学生問わず、収穫祭に多くの方が参加されますことを願います。

 

(文:洋画コース 教員 奥田輝芳)

 

収穫祭@京都市京セラ美術館

開催:2021年2月20日(土)
会場:京都市京セラ美術館
担当:奥田輝芳(洋画コース)、加藤志織(芸術教養学科)
講師:野崎昌弘氏 京都市京セラ美術館 事業企画推進室 キュレーター
富塚絵美氏 京都市京セラ美術館 事業企画推進室 ラーニング・キュレーター

 

京都芸術大学 Newsletter

京都芸術大学の教員が執筆するコラムと、クリエイター・研究者が選ぶ、世界を学ぶ最新トピックスを無料でお届けします。ご希望の方は、メールアドレスをご入力するだけで、来週水曜日より配信を開始します。以下よりお申し込みください。

お申し込みはこちらから

  • 京都芸術大学 広報課Office of Public Relations, Kyoto University of the Arts

    所在地: 京都芸術大学 瓜生山キャンパス
    連絡先: 075-791-9112
    E-mail: kouhou@office.kyoto-art.ac.jp

お気に入り登録しました

既に登録済みです。

お気に入り記事を削除します。
よろしいですか?