REPORT2021.03.10

教育

世の人々の楽しみと幸福のために。― 久留米市美術館の挑戦 [収穫祭 in 久留米]

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  • 京都芸術大学 広報課

 通信教育課程では全国津々浦々に在学生や卒業生がいることを生かして、2000年度より在学生・卒業生・教員の交流と学びを目的とした「秋の収穫祭」という催しを開いています。その名のとおり、2018年度までは実りの秋に各地より厳選した4会場において実施されてきましたが、2019年度からは秋だけでなく1年を通して8会場で開催しています。

 芸術とはいわゆる美術、すなわち絵画・彫刻・建築といった造形的な創作物のみを意味するものではありません。地域の風土の中で人間がより良く生きるために生み出してきた文化的な営みは、幅広く芸術とみなすことができます。収穫祭は、私たちの身の回りにあるそうした実践を発見し、芸術のあり方の多様性にふれ、その地域的な取り組みを実地に観察・考察することによって、みずからの生き方の参考にすることを目的としています。そのために、日本の各地に出かけてユニークな芸術活動を体験できる機会を設けています。

  • 2018年度「秋の収穫祭」リーフレット(表面)
  • 2018年度「秋の収穫祭」リーフレット(裏面)

久留米の芸術・文化

 昨年11月に、久留米市美術館と石橋文化センターを訪れました。久留米は、明治、大正、昭和を代表する洋画家、青木繁、坂本繁二郎、古賀春江らの生誕の地です。絵画でもとくに洋画と縁が深いまち、そして美術館とも縁のあるまちです。東京にブリヂストン美術館を創設し、東京国立近代美術館の建物を作り寄付したことで知られる、ブリヂストンの創業者・石橋正二郎も久留米の出身です。そして今回訪れた久留米市美術館のある石橋文化センターもまた、石橋正二郎から久留米市へ寄付された施設なのです。

久留米市美術館

 久留米会場では、「石橋正二郎と久留米市美術館」というテーマで、同館学芸課長の森山秀子氏よりお話をいただきました。講義の後、久留米市美術館で「鴨居玲展」を見学、さらに石橋正二郎記念館、坂本繁二郎アトリエなど、石橋文化センター内各所を見学しました。日本の芸術・文化に大きな足跡を残した洋画家と実業家、そして彼らを育てた久留米について学ぶ半日になりました。

 

久留米の洋画家

 今回も九州をはじめ、東京・大阪など各地域から卒業生と在校生の参加がありました。まず、会のはじめに本学と久留米とのご縁について、洋画コース奥田輝芳先生からお話しいただきました。実は本学名誉教授で洋画家の藤田吉香も久留米市の出身です。奥田先生は、藤田先生との思い出の中に、郷里久留米に関わる話題があり、以前からその土地柄に興味を抱いていたそうです。この話を受けて、森山氏からは、藤田先生の古い知人から作品寄贈のお話があることを教えていただきました。いつか、久留米市美術館で藤田先生の作品に出会えるかもしれません。

 

美術館のリニューアル

 講義の前半は、美術館及び石橋文化センターのキーパーソンである、石橋正二郎について年譜資料をもとに、実家と生い立ち、商売の成功と西洋画のコレクション、坂本繁二郎・青木繁との関係、ブリヂストン美術館創設の経緯などのお話をうかがいました。配布資料の年譜は、石橋正二郎の生涯とともに、明治時代以降の日本人による西洋絵画コレクションと近代美術館のあゆみが一目でわかる、森山氏自慢の一品です。私が担当する博物館学芸員課程においても参考になる内容ばかりで、とても勉強になりました。

森山秀子氏の講義


 ところで、私が出会った久留米の方々は、石橋正二郎氏のことを「正二郎さん」と呼びます。せっかくですので、ここからは久留米風に、「正二郎さん」と称します。さて、正二郎さんが石橋文化センターを久留米市に寄付したのは1956年のことです。石橋文化センター内には美術館のほかに、プール、体育館、テニスコートなどがあったそうです。現在の同センターは、美術館、音楽ホール、庭園という構成です。時代ごとに少しずつ施設は変化していますが、いつも市民の健康と文化的な活動を支える場として存続してきました。1956年頃の日本は、公立の博物館が地方都市にあることはまだ珍しく、ましてや美術館はそのほとんどが東京や大阪・京都など大都市にしかないような時代です。つまり久留米市美術館(当時は石橋美術館)は、日本の公立美術館の中でも歴史の長い美術館であるということになります。

バラやツバキなど四季折々の花が彩る広大な庭園を有する石橋文化センター

 正二郎さんが最初に作ったブリヂストン美術館は1952年の開館です。ブリヂストン美術館は、昨年アーティゾン美術館としてリニューアルオープンし話題になりました。このことからも正二郎さんが、戦後日本の美術館を支えた人物のひとりであることが分かります。日本の公立美術館の建設ブームは1990年代にやってきました。近年はこの時期に建設された美術館のリニューアルオープンが目立ちます。私も美術館業界の末端にいますので、業界のコソコソ噂話が聞こえてくることがあります。それによると「美術館のリニューアルはとっても大変」だそうですよ。

 

久留米市美術館は何が変わったのか

 それはさておき、お話は「石橋美術館」から「久留米市美術館」への移行へと進みます。久留米市美術館は2016年に石橋美術館と同じ場所で開館しました。その時のキャッチコピーは「1956年久留米から始まる。2016年再び久留米から始まる」。開館当初とリニューアルオープン後の写真をスライドで比較したのですが、建物で変わっているところがほとんど見当たりませんでした。外観は何も変わらずに、中身が変わるとは一体どういうことなのでしょうか。
ひとつは、運営者が石橋財団から、久留米市美術館の指定管理者である久留米文化振興会へ引き継がれたということ。森山さんも石橋財団から文化振興会へ籍を移されたそうです。

 次に、美術館のコレクション、すなわち収蔵品の構成が変わりました。久留米市美術館として新たに作品の収集を始めました。これまではブリヂストン美術館と姉妹館であり、石橋財団の所蔵作品を取り扱うことが主でした。2016年以降は、地域に根ざし、久留米、九州、筑後地方ゆかりの美術作品、しかも洋画に絞った資料収集を始めました。
さらに、展覧会活動も変わりました。石橋財団のコレクションから離れたことで、幅広いジャンルの美術展が開催できるようになりました。これまでは財団所蔵作品を中心とした、あるいは所蔵作品に関連するという縛りの中で展覧会をやってきたのですが、音楽や絵本原画などこれまでとは異なる分野の展覧会を市民へ届けることができるようになりました。今回見学した「鴨居玲展」も特に九州にゆかりのある洋画家ではありません。しかしながら、青木繁や坂本繁二郎らの時代と鴨居玲の時代による表現の違いを楽しむことができました。久留米で観ることにも意義がある展覧会だと感じました。

「鴨居玲展」


 「美術館のリニューアル」と聞くと、設備の改修や施設の建て替えなど、ハード面の変更を想像する方が多いと思うのですが、活動方針やコレクションの活用方法、教育普及活動など美術館のソフト面をリニューアルすることもあります。久留米のリニューアルで特徴的なのは、ソフト面での転換もそうですが、地域ゆかりの作家の資料をゼロから集めはじめたところにあります。

 

今、そしてこれから

 さらに久留米市美術館の挑戦は続きます。アウトリーチや地域の施設・団体との連携事業について可能性が広がったと言います。これまでは石橋文化センターの施設の中で美術館だけが運営者が別でした。しかしこの移行によりセンター内全てが同じ指定管理者の運営となり、各施設間での連携がしやすくなりました。これからは、市内での様々な文化施設・団体との連携事業にも挑戦したいとのこと。今後美術館の活動はまちなかへと広がるのかもしれません。

 久留米市美術館は、新たな市民のための美術館、九州の芸術文化を顕彰する美術館を模索し、変化しようとしています。もちろん、リニューアルにはメリットもデメリットもあります。運営者が変わることによる不都合も、もちろんあったそうです。特にお金の使い方などは自治体と企業で大きく異なるために、移行期にはかなり工夫なさったようです。

 そして運営者が変わったと言っても、石橋財団との関係性が失われたわけではないというお話もありました。展覧会開催のための助成金、新たに収集する資料購入のための基金設立など、現在も財団の協力があり、運営の一部に活用しているそうです。いま日本のミュージアムの5割以上が、予算削減のなか資料の新規購入ができないという状況の中にあります。久留米市美術館では、これまで培ってきた民間企業の財団と自治体の関係性の中で、活動を続けていることに感銘を受けました。

 

久留米、またきてみらんね

 久留米市美術館は、時代と共に変化を続けています。これまでの石橋美術館の実績があったからこそ、今の久留米市美術館がある。良い意味での踏襲がなされ、どちらの美術館も久留米の人々に愛されるように、という森山氏の思いがお話から伝わってきました。

 「世の人々の楽しみと幸福のために」。これは正二郎さんの言葉です。久留米市美術館がいま挑戦していることは、正二郎さんの想いを久留米の人々が受け継いでいることの証なのではないでしょうか。

 今回訪問した、石橋文化センターは敷地も広く、見所が多いのですが、坂本繁二郎生家、青木繁旧居など久留米市内にある洋画家ゆかりの地を訪ねるのもおすすめです。百聞は一見にしかず、ぜひまた久留米を訪れてください。

石橋文化センター内
坂本繁二郎 旧アトリエ

 

 今回の講座は、コロナ禍もあり参加人数を縮小しての実施となりました。このような状況にもかかわらず、久留米市美術館のみなさまには、とてもあたたかくおもてなしいただきました。森山氏には質疑応答も含め、そこまで言って大丈夫なのかしらと心配になるほど、貴重な美術館の裏話をしていただきました。久留米市美術館 総務課 後藤氏には、普段公開していない坂本繁二郎アトリエを、参加者のために急遽開放するというお心遣いをいただきました。改めてお礼申し上げます。

 

(文:芸術教育資格支援センター 教員 田中梨枝子)
収穫祭@京都市京セラ美術館

「石橋美術館から久留米市美術館へ、石橋文化センター探訪」

開催:2020年11月7日(土)
会場:久留米市美術館
担当:田中梨枝子(博物館学芸員課程)奥田輝芳(洋画コース)
現地講師:森山秀子氏 久留米市美術館副館長兼学芸課長

 

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