
2025年、日本青年会議所主催 JCI JAPAN TOYP2025(The Outstanding Young Persons/第39回青年版国民栄誉賞)において、京都芸術大学通信教育部・大学院芸術研究科修了生の水上卓哉さんがNHK会長奨励賞を受賞しました。
「ONENESS(ワンネス)」という創作テーマを軸に、作品を描き続ける水上さん。その表現の根底にあるのは、「真剣に遊ぶ」というシンプルで力強い信念です。
本記事では、絵との出会いから本学通信教育部との出会い、大学院での探究、そして現在の活動まで、水上さんご本人とご家族の語りを交えながら、その歩みをたどります。

「絵を描くことは、自由に遊ぶこと」——幼少期の原体験
——水上さんが絵を描くようになったきっかけを教えてください。
「5歳の頃から、地域の絵画教室に通っていました。その教室では、先生が“作品を完成させること”を目的にせず、自由に遊ぶように描くことを大事にされていました。絵を描くというより、『自由に発散できる場所』だったように思います」
当時の水上さんにとって、その教室は特別な空間でした。机の上を駆け回っても怒られない、思いつくままに絵を描ける、好奇心の向くままに探究できる感覚で、自然と絵を描くことに夢中になっていったそうです。
「小学生のときは写生大会にも出させてもらって、小学6年生のときに賞をいただいたこともあります。絵は、心のなかを発散できる場所でした」
しかしその後、交通事故に遭い、一時は意識不明になるほどの大怪我を負いました。リハビリを経て、再び絵を描くことに向き合えるようになった水上さんにとって、「表現すること」はますます大切な意味を持つようになっていきます。
運命を変えた通信教育との出会い―京都芸術大学通信教育部へ入学
水上さんが画家を志すようになったのは、幼い頃から絵を描くことが好きだったことに始まります。しかし、通信教育という学習方法との出会いは、人生の大きな転機となりました。
——京都芸術大学通信教育部に入学されたきっかけを教えてください。
「高校卒業後、美術系の大学を何校か受験したのですが、すべて不合格で……。正直なところ、すごく落ち込みました。その当時は、身体状況に応じた介助や支援を柔軟に受け入れてくれる進学先が限られていたこともあり、“自分が学ぶ場所はあるのだろうか”と不安になった時期でもありました。そんなとき、知り合いが『京都に通信で絵画を学べる大学があるみたいだよ』と教えてくれて。それが京都芸術大学通信教育部との出会いでした」
水上さんは19歳のとき、京都芸術大学通信教育部 洋画コースに入学します。愛知県在住の水上さんにとって、「京都に通わずに学べる」というスタイルは大きな希望となりました。
「わたしが大学に進学したいと強く考えたのは、絵の描き方だけじゃなくて、もっと広い世界を知りたかったんです」「入学後のことを相談するための面談では、今まで描いた自分の作品を車いっぱいに積んで向かいました。とにかく『学びたい』という気持ちをちゃんと伝えたくて・・・。
通信教育での学びは、教材やレポートを通じて一人で進める部分もありますが、水上さんはスクーリング時など介助者としてお母さまに同行してもらいながら、時間をかけてひとつひとつ丁寧に取り組んだといいます。

「最初は戸惑いもありましたが、先生方がとても丁寧で、試験や課題にも時間がかかるわたしに対し、配慮をいただきました。試験では、文字数よりも内容を重視してくださって、1時間で書ける分量や、矢印など記号を使った表現にも柔軟に対応してもらえたんです」
水上さんは、通信教育ならではの「マイペースで学べる」という利点を最大限に活かし、卒業に必要な単位以上の科目を履修しながら、自分の関心を深く掘り下げていきました。
「学べることがあるなら、時間がかかってもいいから、ちゃんと知りたい。その気持ちを、通信教育部は受け止めてくれる場所でした」
——水上さんにとって、印象的だった授業や先生はいますか?
「たくさんありますが……洋画コースでの制作課題や、スクーリングで出会った先生方、学友との交流などすべてが刺激的でした。なかでも、原田憲一先生との出会いは、わたしの制作に対する考え方を変える大きな出来事でした」
「ONENESS」──世界をつなぐテーマとの出会い

——「ONENESS」というテーマは、水上さんの作品の中心にある言葉ですね。どのように出会ったのでしょうか?
「大学で原田先生の『自然学』の授業を受けたのがきっかけでした。地球はあと5億年は生きられる。でも、人間の活動によって、その未来が変わってしまうかもしれないという話がとても印象的でした」
原田先生は授業の中で、「7代先の子孫のことを考えて、今の私たちが判断しなければならない」と話していたそうです。その言葉が水上さんの心に深く刻まれました。
「それまで私は、自分が何を描くべきなのか、どんなテーマで表現すればいいのかずっと探していました。でも“ONENESS”という言葉に出会って、『これだ』と思ったんです」ONENESS=ひとつであること。ヒトも花も虫も動物もたった一つの地球に住むたったひとつの命に過ぎない。人間だけがとりすぎていないか…一緒に考えようという先人の知恵。これを伝えるためには、ただ自然を描くということではありません。人と自然、過去と未来、自分と社会といったあらゆるものがつながっているという意識をもって描くことが大切だと思っています。
「“ONENESS”は、誰かから与えられたテーマではなく、自分で感じて、自分で決めた表現の軸です。2012年からずっと、このテーマで描き続けています」
まだ学びたい──大学院での探究と深化
——学部での学びを終えた後、さらに大学院への進学を選ばれた理由を教えてください。
「学部で学ぶなかで、“もっと知りたい”“もっと描きたい”という気持ちがどんどん強くなっていったんです。大学院には、まだ学びたい先生がたくさんいらっしゃったので、迷わず進学を決めました」
大学院芸術研究科では、「ONENESS」という創作テーマをさらに深く掘り下げるだけでなく、作品制作を体系的に捉え、自分のオリジナリティを追求する力が育っていきました。
「大学院では、“感覚だけで描く”のではなく、“どう描くか”という工程も意識するようになりました。たとえば、10枚の作品を同時進行で進めるときにも、自分なりの制作の流れをつくって、どの段階でどのような手を入れるかを整理しています」
日々の創作においても、「真剣に遊ぶ」ための“仕組み”が必要だと感じるようになったといいます。
2017年の修了時には、「研究室優秀賞」を受賞。指導教員から「あなたほど勉強した人はいない」と言葉をかけられたときの喜びは、今も鮮明に覚えているそうです。
——大学院での学びが、制作の根本にも影響を与えたのでしょうか?
「そうですね。制作って、“思いつき”や“才能”だけで続けられるものではないと思うんです。ちゃんと考えて、構成して、自分で自分のやり方を確立していく力と勇気を持つことができた。それが大学院で得られた一番の財産です」
また、この時期に出会った先生からの言葉も、水上さんの支えになっているそうです。
「線がまっすぐじゃなくてもいい。揺れていても、それはあなたにしか描けない線なんだと、先生に言っていただいたことがありました。それがとても嬉しくて。ずっと探していた“自分にしかないもの”に出会えた気がしました」 その言葉は、進むべき道を照らしてくれたようだったと、水上さんは穏やかに語ります。
社会へ羽ばたく──作家としての第一歩と挑戦
——作家としての水上さんの活動についてお聞かせいただけますか?
「2018年に、愛知県清須市に自身のアトリエ『Galeria 卓』を開設したことが作家としての活動をするうえで、大きな変化でした。創作と発信の拠点として、日々の活動を積み重ねていきました。以前はスペースがなくて、大きな作品を描くときは分割した何枚ものキャンバスを一度に並べることができずに毎日写真を撮ってコンビニでプリントしたものをつなげて全体像を確認してから制作していました。でも、アトリエができてからは、思いっきり絵を描けるようになりました。」
在学中の2010年から個展をされていた水上さん。初めての個展「はじめの一歩」を行い、それから数々の個展やグループ展を開催された水上さんにとって、自身のアトリエができたことは、大学での学びや試行錯誤の集大成を、はじめて社会に向けて発信する自分だけの場所ができたということ。その意味は、水上さんにとって大きなことだったでしょう。
また、水上さんは個展と並行して、シェル美術賞やFACE2019 損保ジャパン日本興亜美術賞など、全国規模の公募展にも積極的に挑戦。在学中から様々な美術展で入選を重ねてきました。



その情熱は、大学時代に学んだ“システマチックな創作”と、“真剣に遊ぶ”という原点の両方に支えられているのかもしれません。
社会からの評価とTOYP受賞──アートが伝える希望

——2025年には、TOYP(The Outstanding Young Persons/青年版国民栄誉賞)でNHK会長奨励賞を受賞されました。受賞の発表をきいたときの気持ちはいかがでしたか?
「とても嬉しかったです。でも応募してから正直、本当にできるか不安もありました。プレゼンテーションの発表があったのですが、私は話すスピードがゆっくりなので、決められた時間内に言いたいことを伝えられるかどうか、すごく心配でした。毎日練習して、何分で話せるかを何度も確認して……当日は本当に全身が緊張で固まってしまって、後でリハビリの先生に『筋肉がこわばってますね』と言われるほどでした」
それでも、発表を終えたときには伝えることができて幸せだと感じました。
水上さんはプレゼンテーションで、「人の心をとかすのは感動です。私の作品を見た人の心が優しくなって、世界が平和になることを夢見ています」と語りました。
水上さんの作品は、ご自身が感動したものを作品に落とし込むと同時に、地域の人々と交流しながらその生き方に思いを寄せたり、地域の歴史や生活、食文化を学び作品に反映させている点が高く評価されました。
その表現は、単なる技巧にとどまらず、見る者の内面に静かに問いかけてくるようです。
近年では、東山動植物園などへの取材をもとにした作品や、「地層」や「泥火山」といった自然の構造に着目したシリーズにも力を入れています。
「動物園では絶滅危惧種の表示を見るたびに、今見られているこの命が、いつか消えてしまうかもしれない。その事実を、作品を通して伝えていきたいんです」
「人間が自然から取りすぎてしまっている現状に、“いらないものはないのかな”と問い直す気持ちもあります。たとえば、パーム油って本当に必要?といったことまで、描く中で考えるようになりました」
環境への視点、未来への問い、そして見る人の心を動かす表現。
そのすべてが、“ONENESS”というテーマに結びついています。
通信教育だからできたこと──ゆっくり、でも確かに進む力
——京都芸術大学の通信教育部での8年間、どのような経験が印象に残っていますか?
「“ゆっくりでいい”という感覚を持たせてもらえたこと。それが一番ありがたかったです」
水上さんは卒業に必要な単位数をはるかに超えて履修し、「学べることがあるなら、時間がかかっても納得するまで学びたい」とじっくりと学びを重ねてきました。
「私は記憶力に不安があるので、昨日やると決めたことを次の日には忘れてしまうこともあります。でも、先生から『それは悪いことじゃない。毎回新鮮な目で見られるということは、すごくいいことなんだよ』と言っていただいたことがあって。その言葉に本当に救われました」
また、試験でも柔軟な対応を受けたといいます。文字数ではなく「中身」で評価されること、図や矢印での表現も受け入れてもらえたことなど、「理解度や準備の丁寧さ」を見てくれる大学の姿勢に、心から感謝していると語ってくれました。
「そして通信の良いところは全国に友人ができたこと。彼も頑張っているから私も頑張ろうと、友人の活躍も励みになります。また、一人で計画を作って日々淡々と制作し、作品を梱包し送り展示する・・・。作家としての仕事は通信での勉強の仕方にとても似ています。私の制作スタイルが通信での学びによって培われたと思います。
通信教育では、誰かと並んで授業を受けることは少ないかもしれません。けれど水上さんにとって、その“ひとりで学ぶ”空間は、時にもっとも自由で、深い学びの場でもありました。
通信教育は、誰かに見張られているわけでも、毎日強制されるわけでもない。そのぶん、自分の意思で、どう学ぶかを決めないといけない。でもだからこそ、本当に“学びたい”という気持ちが強くなっていくのではないでしょうか。
アートで希望を届けたい──未来を見据える目と、次世代へのメッセージ

——現在、水上さんはご自身のギャラリー「Galeria 卓」での創作・展示を続けておられます。これからどんな場にしていきたいですか?
「私にとってギャラリーは、“作品を見てもらう場所”であると同時に、“希望を届ける場所”でもあります。また制作の場であり交流の場でもあります。時には制作の過程なども見てもらいながら地域の人とも仲良くなれたらと思います。そしていろんな人に、絵の前でほんの少しでもやさしい気持ちになってもらえたら、それが何より嬉しいです」
制作のためにいろいろなところへ行って取材をされていますが、今年いかれた沖永良部島での取材では「人のやさしさ」に触れた体験も創作に影響を与えているといいます。
「現地で出会った方々が『何かできることがあればしてあげたい』と自然に言ってくださって。その温かさにふれて、私も人のためにという思いやりの心を大切にしたいと改めて思いました。そしてその心も作品に反映させたいと思いました。
水上さんが絵筆に込めるのは、技術だけではありません。そこには「今、ここに生きている」という確かな実感と、「未来に届けたい願い」が宿っています。
——最後に、これから表現を志す人、通信教育で学ぼうとしている人にメッセージをお願いします。
「思うように進めない日もあると思います。時間がかかっても、うまくできなくても、続けることに意味があると信じてほしいです。私自身、失敗もたくさんしてきました。でも、失敗は成功の基です。新しいものが生まれたり、もっと深く考えるチャンスなんです。ふんばって続けていくなかで、必ず少しずつ前に進んでいけるんです。」
「“真剣に遊ぶ”という言葉を私は大切にしています。絵を描くときも、楽しくてたまらない。でもその楽しさは、本気で取り組んでこそ得られるものだと思うんです」
TOYPのプレゼンテーションで語った水上さんの言葉——
「私の作品を見た人の心が優しくなって、世界が平和になることを夢見ています」
それは決して理想論ではなく、水上さんが日々の創作のなかで本気で願い続けていること。
一枚の絵にこめた祈りが、やがて誰かの心に届き、また別の誰かへとつながっていく。
その静かな連鎖こそが、アートの力であり、水上卓哉さんの歩みそのものなのだと思います。
水上さんの語りのなかには、通信教育での学び、家族との二人三脚の日々、そして絵に向き合い続ける真摯な姿勢が、折り重なるように息づいていました。
「ゆっくりでいい。マイペースでいい」。その言葉が、これから学ぼうとするすべての人へのやさしい灯火になりますように。



展覧会情報
水上卓哉さんの個展が開催されます。
”水上卓哉絵画展 「自然を敬い人を愛す」”
会場:名古屋栄三越 8階 ジャパネスクギャラリー
会期:2025年10月30日(木)~11月5日(水)
”水上卓哉絵画展 「いのちのうた(仮)」
会場:ガレリア織部(岐阜県多治見市)
会期:2026年3月21日(土)~4月1日(木)
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