全国各地でおこなわれている芸術活動を知り、学ぶ
通信教育課程では全国津々浦々に在学生や卒業生がいることを生かして、2000年度より在学生・卒業生・教員の交流と学びを目的とした「秋の収穫祭」という催しを開いています。その名のとおり、2018年度までは実りの秋に各地より厳選した4会場において実施されてきましたが、2019年度からは秋だけでなく1年を通して8会場で開催しています。
芸術とはいわゆる美術、すなわち絵画・彫刻・建築といった造形的な創作物のみを意味するものではありません。地域の風土の中で人間がより良く生きるために生み出してきた文化的な営みは、幅広く芸術とみなすことができます。収穫祭は、私たちの身の回りにあるそうした実践を発見し、芸術のあり方の多様性にふれ、その地域的な取り組みを実地に観察・考察することによって、みずからの生き方の参考にすることを目的としています。そのために、日本の各地に出かけてユニークな芸術活動を体験できる機会を設けています。
2020年度は新型コロナウイルス感染症の流行拡大により、春から夏にかけての計画は残念ながら中止に。秋以後は感染症への対応策を入念に講じた上で順次開催しています。10月24日(土)に岡山県立美術館においておこなわれた本年度初となる収穫祭では、当初60名定員のところを感染対策のため30名へと変更。コロナ禍においても40名を超える申し込みがあり、美術館の業務を内側から知ることができる企画の人気を感じました。今回はその様子をご報告いたします。
岡山県立美術館における教育普及活動
岡山市において長年にわたって地域の芸術文化の発展に尽くしてこられた岡山県立美術館を訪問しました。同美術館は岡山県に縁のある美術作品を収集・展示するとともに、地域の枠を超えたさまざまな芸術活動の紹介などにも精力的に取り組まれています。また、「県民とともに創る美術館」、「創る、学ぶ、集う、守る、繋ぐ」広場の実現を目指して多彩な教育普及活動をおこない芸術文化の発展に長年にわたって貢献されています。
そこで、岡山県立美術館において、美術館教育とりわけ社会の中における美術館の働き(役割)に関する研究と教育普及活動に従事されてきた同館主任学芸員の岡村裕子氏に、「ユニバーサル・ミュージアム-ミュージアムの常識って本当?!」と題したレクチャーとワークショップをおこなっていただきました。
折しも、世界中が新型コロナウイルス感染症の流行拡大により、芸術と美術館の存在意義そして役割が大きく問われています。そんな今だからこそ、地域の芸術文化の発展に寄与されてきた岡山県立美術館の活動から学ぶことは、私たちにとって非常に価値のあることだと考えます。
レクチャー「ユニバーサル・ミュージアム-ミュージアムの常識って本当?!」
ユニバーサル・ミュージアムとは、あらゆる人が、例えば障がいの有無に関係なく楽しみ学ぶことができる場を意味します。そもそも近代以降のミュージアムは、王侯貴族などの私的な蒐集品をその母体として始まりましたが、市民に開かれた公的な性格の強い文化施設です。決して一部の趣味人や教養人だけが出入りを許される敷居の高い場所ではありませんでした。ちなみに、ユニバーサル・ミュージアムの「ユニバーサル」とは、建物のバリアフリー化だけを指すのではありません。性・宗教・人種・民族・文化・年齢の違いを乗り越えて誰しもが利用可能で、そこで学び交流することができる場であることを意味します。
1980年代以降になると「開かれた」ミュージアムを実現するための施策として教育普及活動に注目が集まるようになり、各地でユニークな試みがなされました。岡山県立美術館では、美術に興味をもっていてもさまざまな理由によって来館が困難な人びと(視覚障がい者や小さな子どものいるファミリーなど)を呼び込むための企画がおこなわれてきたことを岡本氏からお聞きしました。例えば、ミュージアムに対する心理的なバリアをなくすための「きっず・ミュージアム・Lab」という子どもを対象としたワークショップ、対話を用いた作品鑑賞や作品に触るハンズオン鑑賞をおこなう「暗闇ワークショップ/触ってみて、みて!」などに関するお話をしていただきました。岡本氏のわかりやすい語り口と豊富な映像資料によって、私たちは時間の経過を忘れてしまうほどそのレクチャーに引き込まれました。
ブラインド・トーク・ワークショップ
そうしたレクチャーを聴講した後に「ブラインド・トーク」というワークショップがおこなわれました。まず、これは2人で1組になり、そのうちの片方がアイマスクを付けます。つぎに、もう一方が言葉によってアイマスクを付けた人物に、美術作品を説明するというゲームです。
私たちは視覚的なイメージを容易に言語化し他者と共有できると考えていますが、それは間違いです。そもそも説明する以前に観察がまず重要。さらに同じモノを見たとしても人によって受けとる印象は大きく異なることがあります。このワークショップは、普段には気づくことのできないコミュニケーションにおけるイメージ共有化の難しさと、私たちが意思疎通をはかる際に、いかに無意識のうちにみずから設けた前提条件に従って言葉を使っているのかということを知らしめてくれるのです。そうした障害を乗り越えるためには、会話をおこなう2人による「尋ねる」・「答える」というプロセス、すなわち事実と解釈の擦り合わせ作業が必要となります。
複雑な視覚イメージによって構成され、いわゆる「正解」のない、多様な意味をもった造形芸術作品は、こうしたブラインド・トーク・ワークショップで用いるのに非常に適した材料と言えるでしょう。いまや美術館は特定の人物・集団・時代・地域・民族等が生み出した視覚イメージに見られる優れた表現形式の美しさや独自性を学び、それらを基にした情操教育を受ける場所だけではないのです。そこは特定の人物・集団・時代・地域・民族等によってつくり上げられた視覚イメージの特異性を知る場所であると同時に、そうした特異性を通して人びとがさまざまな価値観を学び共有する、まさにあらゆる人に開かれたユニバーサルな文化教育施設なのです。
赤松麟作展を鑑賞
最後に岡山県立美術館で開催されていた赤松麟作(あかまつりんさく)の企画展を見学しました。当時の日本洋画界でよく学ばれていたルノワールやコローの作風を思い出させる画家赤松は岡山県津山市に1878年に生まれ、東京美術学校西洋画科に入学すると亡くなる1953年まで、風景画・肖像画・静物画・挿絵・裸婦像、さらには明治天皇の事績を描いた作品も手がけるなど幅広く活動しました。今回はそうした作品を160点あまり(初期の代表作《夜汽車》[1901年/白馬会賞受賞作品/東京藝術大学蔵]や中期の大作《明治天皇津村別院行幸之図》[1937年/大阪市立美術館蔵]など)、鑑賞することができました。まとまった数を一度に見ることが難しい画家の作品に接する貴重な機会となりました。
今回の収穫祭では、岡山県立美術館が地域に由来し、地域で育まれてきた造形芸術の収集・保存・研究・紹介を大切にしつつも、そうしたベーシックな実践の上に、先進的な教育および普及活動を展開されていることを体験できました。
「美術館を知ろう・学ぼう:岡山県立美術館」
開催:2020年10月24日(土)
会場:岡山県立美術館
担当:加藤志織(芸術教養学科)、奥田輝芳(洋画コース)
現地講師:岡本裕子氏 岡山県立美術館 主任学芸員(美術館教育)
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