(取材・文:文芸表現学科3年生 西村瑠花)
京都芸術大学 文芸表現学科 中村純ゼミ(編集・取材執筆)では、「ことばと芸術で社会を変革する-SDGs(※)の実践」をテーマに取材執筆をして、発信する活動を行っています。
※SDGs(Sustainable Development Goals)
2015年9月の国連サミットで採択された「我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030アジェンダ」において記載されている2016年から2030年までの国際目標。地球上の誰一人として取り残さない(leave no one behind)持続可能な世界を実現するための17のゴール・169のターゲットからその目標は構成されています。
※京都芸術大学SDGs推進室:https://www.kyoto-art.ac.jp/info/research/sdgs/
2019年度後期授業では、大阪 鶴橋、京都 崇仁・東九条などの地域へ学生が実際に足を運び、インタビューやフィールドワークを行っています。今回は「東九条マダン」。記事は2019年の東九条マダンに基づいています。2020年は、新型コロナウイルス感染対策の観点からWEBで開催されることとなりました。
みんなが一つのマダン(広場)に集う民族交流の場
東九条マダンとは、京都駅から南にある東九条で毎年11月初旬に開催されている地域の祭り。「いこかつくろか東九条マダン」をコンセプトに、在日コリアンを中心に、老若男女、様々な人が参加している祭りです。「マダン」とは、韓国語で “広場” という意味。「東九条で、韓国・朝鮮人と日本人がマダンに集い一つになって、みんなのまつりを実現したい」そんな思いが込められ、「東九条マダン」と名付けられています。
パレードから始まり、様々な演目がステージで発表されました。農民が豊作を祈願したり、豊作を祝ったりする際に演奏される、朝鮮半島に古くから伝わる伝統芸能であるプンムルノリ。子供から大人まで、幅広い年齢層の方が、チャンゴと呼ばれる少し重そうな太鼓を抱え、楽しそうに叩いているのが印象的でした。
他には、ノレチャラン(のどじまん)に、地を表す打楽器と天を表す金属楽器が独特の三拍子を奏でるサムルノリ。伝統的な仮面劇の継承が民衆文化運動として取り上げられたことから発展した、韓国現代演劇の一つであるマダン劇。そして、朝鮮相撲のシルムなどがありました。マダン劇は特に多くの観客が集まり、大いに盛り上がりました。
ステージ以外にも、様々な屋台や展示物なども出ており、ステージと屋台を行ったり来たりしながら楽しむことができました。屋台だけでも種類がたくさんあり、可愛い形のお菓子や美味しそうな匂いがする飲食店から、貸衣装のお店、雑貨を売っているお店などがありました。
展示物では、ハンセン病に関する物や、朝鮮半島の伝統的な仮面の展示などがありました。朝鮮半島の仮面の展示をしていた方から、仮面に関する歴史の話や、日本の鳥居の起源について教えていただくなど、文化やその背景を知ることにもつながりました。また、朝鮮半島に伝わる様々な遊びを体験できるコーナーでは、子供たちが楽しそうにシャボン玉をする姿や、遊ぶ姿も見られるなど、老若男女が楽しみながら学ぶこともできる祭でした。
東九条マダンの始まり
東九条マダンは、1983年から始まった大阪の生野民族文化祭(民族的自覚を養うことを目標に1983〜2002年まで大阪市生野区で開催された祭り)を見た、東九条出身の在日コリアンの青年が「東九条でも祭りをやろう」と呼びかけたのが始まりです。東九条地域は京都駅のすぐ南側に位置するにもかかわらず、在日コリアンが多く住む地域であることなどから、開発や行政による都市整備から取り残された地域の一つでした。一方で、日本社会で様々な生きづらさをもった人たちが生活基盤を築いたり、支援する人たちのグループがあるなど、多文化共生が芽生えつつありました。その中で、自分たちを解放する、個人を解放して表現する場として作り上げたのが「東九条マダン」です。
東九条にいるさまざまな考え方や生き方、希望を持った人たちの意見を交えながら、どのような祭りを東九条の祭りとして、地域の祭りとして発信できるのか、そして自分たち一人ひとりが解放されるものであるかを考え、作っていったと言います。1986年に東九条を拠点に「京都でもマダン劇をやろう」といって結成したグループ「ハンマダン」が、楽器や芝居を引っ張りました。
そして何度も議論を重ね、さまざまな困難を乗り越え、ようやく1993年に第一回の東九条マダンが開催されることとなりました。マダンの冒頭の入場パレードやプンムルノリ、マダン劇、朝鮮相撲は、以後27年間途切れることなく続いているのだとか。当初は、東九条が在日コリアンが多く住む地域であることから、差別視されるなど、なかなかうまくいかなかったようですが、諦めずに「表現する場」を作った方々の努力がここまで受け継がれている、ということが、27年間続いていることに表れているように思います。
東九条マダンには、在日の方はもちろん、そうではない人や、地域の方、地域外の方も、年齢を問わず様々な人が参加しています。韓流スターがきっかけで韓国を好きになった方、楽器を叩いてみたいと参加する方。思いはそれぞれですが、そこから東九条地域やマダンについて知っていくきっかけになるのだと感じました。
元・東九条実行委員長 梁説(ヤン・ソル)さんに聞く、東九条マダンに込められた想い
第一回から東九条マダンに関わっている梁説さん。第一回は運営側ではなく参加者として祭りを楽しんでいたそうですが、年齢関係なくマダンづくりに一生懸命動いている人、楽しんでいる人を見て、自分も何かしたいと思うようになったのが、本格的に関わるようになったきっかけ。特にマダン劇に中心的にかかわり、第25回から第27回までは、東九条マダン実行委員長を務められました。第26回には東九条を飛び出し、崇仁地区でマダンが開催されました。
崇仁地区とは、京都駅の東側に位置する地区です。かつては差別的な扱いを受けていた地域ですが、2023年には京都市立芸術大学が移転するなど、芸術による都市開発が進んでいますが、「どうして崇仁でマダンをする必要があるのか」といった声も聞かれたそうです。「もともとは深いつながりのある地域なのに、行政区割や施策によってできた距離を縮めるのはマダンのような顔が見える祭りなんだ」と梁さんは言います。
梁さんは、マダンは「歴史の厚み」が強さだということ、マダンを通して「世代が繋がっていること」がすごく嬉しいと話されました。夏をすぎると町にはポスターが溢れ、保育園の周辺では子供達の練習が始まり、それを見守る地域の人たち。27年間続いていった歴史の厚みが、地域の様子からも伺うことができます。身内だけで収まらない、外に対して開かれた柔軟性のある祭りであることも、マダンが続いてきた理由の一つなのではないかとおっしゃられました。
「一つひとつ話し合い、しっかりと考えて決めるマダンの形式はこれからも続いてほしい」と、これからのマダンについて話す梁さん。参加する人たちが、その時代、その世代に合わせ、自身でマダンのあり方を考えていってほしい、そう未来を託します。
「自分たちで作りながら芝居をどんどんバージョンアップさせていくこと、それは普通の芝居と同じかもしれませんが。観客と一体化して今の自分たちの現状を表現しようとする、そこに子供たちや若い人たちが参加する、そんなマダン劇にたずさわれて、とてもうれしく思います。マダンには芝居に限らず、会場のいっぱいに自分たちの “今” を表現する大人や子どもであふれています。だから、いまだに沢山の人が来て楽しいと思える祭りができているんだと思います。そういう祭りづくりをこれからもしていきたいと思っています」。
2020年の現在、梁さんは実行委員長は辞めており、「Books×Coffee Sol.」というブックカフェで店長をしておられます。今年はWEB配信が中心のマダン準備とお店のことでお忙しいようですが、東九条地域で京都市立芸術大学や京都芸術大学などの学生たちと、空いた土地で畑を耕すことを始められたとのことです。梁さんは「最近は東九条でこれからの都市のあり方を模索しながら活動している」と話してくれました。
他者を受け入れ協力しあう、多文化共生の姿
東九条マダンに参加し、実行委員長をされていた梁さんのお話を聞いたことで、東九条の方々が、表現を通して作り上げた文化を感じることができました。どんな人でも受け入れる懐の広さ、暖かさが東九条にはあります。多文化共生には、このように他者を受け入れる懐の広さ、みんなで協力しあって何かをする姿勢がとても大切なのだと思いました。
今年の東九条マダンは、新型コロナウイルス感染拡大の関係などでWEB上で11月4日(水)〜11月22日(日)まで開催されます。WEBでの動画配信ですが、今まで続いてきた展示は、京都駅八条口から徒歩15分のところにある「京都市地域・多文化交流ネットワークサロン」で実際に見ることも可能とのこと。ぜひ、みなさんも参加してみてはいかがでしょうか。
Books×Coffee Sol.
京都駅八条口から徒歩7分のところに位置するブックカフェ。本棚に囲まれた落ち着いた空間では、韓国料理やお酒を味わいながら本を読むことができる。
https://www.bookcafesol.com
京都市地域・多文化交流ネットワークサロン
http://www.kyotonetworksalon.jp/index.html
参考
「東九条マダン公式ページ いこか つくろか みんなのマダン」
http://www.h-madang.com/
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西村 瑠花Ruka Nishimura
1999年三重県生まれ。文芸表現学科2018年度入学。文学を通して自分に何ができるか模索中。猫が大好きで、実家の猫に会えない寂しさをよく猫カフェで埋めている。
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後藤 英治Eiji Goto
1998年 岐阜県生まれ。京都芸術大学 文芸表現学科2017年度入学。同学科中村ゼミで、雑誌の編集やライティングについて学んでいる。自主制作は短詩型で、主に短歌。