2018年のこの欄の記事には、「京都造形芸術大学では、瓜生山の能舞台近くから大文字を間近に見ることができて壮観である。その日、大学では近隣の有縁無縁の霊を送る法要が執り行われる」と書いた。それが、今年はまったく異なる状況となっている。2年前と大きく変化したのは、第1に大学の名称で、今年の4月から「京都芸術大学」になった。墨書するときには「京都藝術大學」である。次に大文字の日の計画である。有縁無縁の霊を送る法要は同じように、ただし参列者を絞って行われた。そして能舞台近くから点火に祈ることは中止した。
人は五感を研ぎ澄ませて生きている。今、遠隔システムで授業が行われているが、芸術の学習には遠隔講義による「見る」と「聞く」だけでは伝わらないことも多い。見ると聞くの2感による情報よりもはるかに重要な情報が、他の3感によって得られる。「味わう」「嗅ぐ」「触れる」ことによって自然についての理解を深め、脳に蓄積された知恵を総合して、それをもとに第六感を働かせることが、創造するために重要である。もちろん言葉で情報の一部を伝えることはできるが、例えば、人類は言語以前に音楽という共通言語を持っているように、言葉だけでは伝わらない情報も多い。
京はいま息詰めてをり大文字 森 澄雄
学生が安全な環境のもとで五感による学習ができるように、さらに安全な環境のもとで実習し、作品の制作ができるように、今、キャンパスには、さまざまな工夫が実行されている。味わうことに関して、食堂では人間館1階のカフェでも、昼食にカレーを提供できるようになっている。秋には何とか食堂を再開したいと準備している。白川通に面しているカフェVerdiでは、持ち帰りのメニューも用意している。朝出勤するとコーヒーを焙煎する薫りもある。人と人との接触はないようにしているが、その他の触れる場所には、次亜塩素酸水で消毒できるように、要所に器具を設置してある。8月には通信教育部の、例えば博物館学芸員の資格を得るために欠かせない対面授業での実習も、工夫に工夫を重ねて実施した。
人類の大きな特徴であることのひとつに、食物を再配分して移動させ、調理して一緒に食事を楽しむということがある。同じものを味わいながら触れあうことによって、相互の信頼関係を築くというような状況が今はない。また、繁殖を目的として群れを作るだけではなく、知の蓄積をもとにチームワークで映画や演劇を産み出すというような人類の特徴もある。そのようなことが可能な状況が、早く戻ってくることを願って、今年も大文字の法要が静かに行われた。
手を合はせ無口なる婆大文字 和夫
(文:尾池和夫、撮影:高橋保世、広報課)
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尾池 和夫Kazuo Oike
1940年東京で生まれ高知で育った。1963年京都大学理学部地球物理学科卒業後、京都大学防災研究所助手、助教授を経て88年理学部教授。理学研究科長、副学長を歴任、2003年12月から2008年9月まで第24代京都大学総長、2009年から2013年まで国際高等研究所所長を勤めた。2008年から2018年3月まで日本ジオパーク委員会委員長。2013年4月から京都造形芸術大学学長。2020年4月大学の名称変更により京都芸術大学学長。著書に、新版活動期に入った地震列島(岩波科学ライブラリー)、日本列島の巨大地震(岩波科学ライブラリー)、変動帯の文化(京都大学学術出版会)、日本のジオパーク(ナカニシヤ出版)、四季の地球科学(岩波新書)、句集に、大地(角川)、瓢鮎図(角川)などがある。
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高橋 保世Yasuyo Takahashi
1996年山口県生まれ。2018年京都造形芸術大学美術工芸学科 現代美術・写真コース卒業後、京都芸術大学臨時職員として勤務。その傍らフリーカメラマンとして活動中。