
2025年8月1日(金)〜3日(日)、京都市勧業館みやこめっせにて、稲盛財団主催の「こども科学博」が開催されました。「こども科学博」は、わくわく楽しみながら科学にふれる体験を通して、世界の「不思議」に気づくきっかけを提供する、夏休み恒例のイベントです。今年のテーマ「体感するからだ」のもと、会場は多くの親子連れで賑わいました。

中でも、ひときわ長い行列を作ったのが、京都大学iPS細胞研究所(CiRA)と京都芸術大学キャラクターデザイン学科のコラボレーションによる体験コーナー「きみの細胞を育てよう!」と「キャラ・で・工房」です。イベント初日の開場直後から、たくさんの子どもたちがブースに殺到。想像以上の大盛況ぶりに、イラストを描くテーブルを急遽増設するほどの賑やかな幕開けとなりました。
「キャラクター」の定義から考えた半年間
京都芸術大学キャラクターデザイン学科と「こども科学博」との関わりは、同学科の植木豊教授がかつてNHKに在籍していた時代に遡ります。植木教授は10年ほど前に「こども科学博」の立ち上げそのものに携わった、いわば生みの親の一人。大学へ移った後もその縁は続き、今回、企画・制作のNHKエデュケーショナルから声がかかったことで、プロジェクトが始動しました。

今回のプロジェクトが本格的に動き出したのは、イベントの半年前である2025年の1月。細胞や臓器を子どもたちにキャラクター化してもらおうと考えた学生たちの前にまず立ちはだかったのは、「キャラクターとは何か?」という根源的な問いでした。
「子どもたちに何かを教えるためには、まず自分たちがその本質を理解しなければなりません。『キャラクターとは何か』を再定義するのは、本当に難しかったです」
そう語るのは、キャラクターデザイン学科 植木ゼミのリーダーであるの多田紗菜さん(キャラクターデザインコース|3年生)です。数ヶ月にわたってゼミメンバーで議論を重ね、たどり着いたのは、「何かを意図して作り出したなら、それはもうキャラクターだ」という結論だったとか。

「例えば『優しい』という性格をキャラクターに持たせるなら、『なぜ優しいのか』という背景や理由を考える。その思考プロセスこそがキャラクターデザインなんです」
一方、CiRAが抱えていたのは、「iPS細胞という、目に見えずわかりづらい存在を、どうすれば子どもたちに楽しく伝えられるか」という大きな課題。仲を取り持ったのは、NHKエデュケーショナルでした。京都芸術大学の細胞のキャラクターとコラボすることで、課題は一気に解決。
こうして「iPS細胞をわかりやすく、楽しく伝える」今回のワークショップが出来上がりました。
本物にふれる! まるでゲームのような体験ブース
ワークショップは、CiRAが担当する科学実験パートから始まります。京都芸術大学の学生たちも運営スタッフとして参加し、CiRAメンバーと協力しながら子どもたちの体験をサポートしました。

まず、子どもたちは「ガチャガチャ」を回します。どの細胞になるかわからない「ガチャ」のランダム性は、まさにあらゆる可能性を秘めたiPS細胞そのものを表現しています。

出てきたカプセルを開けると、中には1枚のカードが。細胞のイラストの上に、謎めいた文字がバラバラに書かれていて、このままでは内容が読み取れません。そこで子どもたちは、カードを読み解くための「ミッション」に挑戦します。

テーブルに向かい、まるで研究員のように、本物の実験器具を手に取る子どもたち。ここで挑戦するのは、カードに隠された細胞の名前を見つけ出す謎解きミッション。iPS細胞が様々な姿に変わる、本物の「分化」の過程をゲームにしたものです。
最初のミッションは、ピンセットや薬さじを使い、色とりどりの「栄養ボール」を、細胞を模した容器に入れること。ここで選んだボールの色が、謎を解くための1つ目の「カギ」になります。次に、本物のピペットを使って「栄養液」をそっと垂らすと、その玉の色が2つ目の「カギ」に。




この2つの「カギ」に従って、カードに散らばった文字をシールで隠していくと……最後には「しんけい」「きんにく」といった、自分の育てる細胞の名前が魔法のように浮かび上がってくるのです。

「以前はクイズ形式の企画を試したこともありましたが、子どもたちにとっては、やはり自分の手を使い『本物』にふれる体験が何より大事。だからこそ、今回はあえて、本物の実験器具を使ったミッションにこだわりました」と、CiRAの担当者は狙いを語ります。
ブースの一角には、iPS細胞の実物を顕微鏡で覗けるコーナーもあり、「本物」へのこだわりが随所に見られました。

子どもの創造性が爆発する「お絵描き」の魔法

ミッションを終え、自分の細胞カードを手にした子どもたちが向かうのは、隣の「キャラ・で・工房」ブースです。テーブルには色とりどりの画材が並び、学生たちが描いたキャラクターの見本パネルが創作意欲を刺激します。
ここで鍵となるのが、学生たちが作り上げた「プロフィールシート」。細胞の形を示すイラストとともに、「名前」や「せいかく」、「好きなもの」「苦手なもの」「くちぐせ」といった項目が用意されていて、自由に書き込めるようになっています。

「『描けそう?』と聞くと、『難しい』と答える子も少なくありません。でも、このプロフィールシートで性格や口癖などの『設定』を先に考えると、みんな自然とキャラクターの姿を思い描けるようになるんです」と学生は言います。

この仕掛けは、コミュニケーションのきっかけにもなりました。「ちょっと悩んでしまう子もいて、そういう子の気持ちをどう引き出すかが私たちの腕の見せ所。子どもと同じ目線に立ってラフに話しかけ、一緒に悩むことで、その子だけのアイデアが生まれる瞬間を何度も見ました」と、別の学生は現場での工夫を振り返ります。
ある女の子は、人気漫画・アニメ『はたらく細胞』が大好きで、もともと細胞に興味があったと話してくれました。彼女が育てたのは「きんにく」の細胞。プロフィールシートに「口癖は『マッスル』」と書き込むと、迷わずペンを走らせました。完成したキャラクターは、顕微鏡写真を参考に筋肉の繊維が印象的に描かれ、色使いも工夫されています。


「見えるものを写し取る段階から、色使いや形に自分なりの工夫を加える段階へ。『模写』を超えて『キャラクターデザイン』が始まる、まさにその瞬間が目の前で繰り広げられています。とても勉強になります」と語る学生も。論文を読んだり、理論として学んだりしたことを現実で体験できるのは、貴重な機会です。
そしてワークショップの最後には、子どもたちにとってのちょっとしたご褒美が待っています。描き上げたイラストをスキャン担当の学生に渡すと、「かわいいね!」「すごい!」と褒められ、少しはにかみながらも嬉しそうな表情に。スキャンされた自分のキャラクターが、ブースの壁にどんどん貼り出されていく様子を、誇らしげに見つめる子どもたちの姿が印象的でした。


プロジェクトが灯した、学生たちと社会の未来
当初の予想をはるかに超える大盛況に、学生たちは嬉しい悲鳴を上げました。「子どもたちが、私たちの想像以上に真剣にキャラクターの名前や設定を考えてくれることに驚きました。まだ小さな子どもだからと、軽く考えていた自分が恥ずかしくなったほどです」と、ある学生は語ります。子どもたちの反応をダイレクトに感じる体験が、学生たちの大きなやりがいと学びにつながりました。

キャラクターデザインという分野が、科学という異なる分野と連携することで、社会に新たな価値を生み出せる。「きみの細胞を育てよう!」と「キャラ・で・工房」は、そのことを肌で感じるプロジェクトでした。子どもたちの笑顔と、壁一面を埋め尽くした個性豊かなキャラクターたちが、その可能性を何よりも雄弁に物語ります。
今回の経験は、デザインの持つ力を再認識させ、学生たちが未来のクリエイターとして社会と関わっていく上で、かけがえのない財産となったに違いありません。
今回、キャラクターデザイン学科の学生が描いたイラスト


(文=瀬良 万葉)
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