REPORT2020.06.08

アート

ウルトラプロジェクト・オンライン説明会 ― 新しい芸術教育の可能性を切り拓く

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  • 京都芸術大学 広報課

共通造形工房ウルトラファクトリーが実施する実践演習

京都芸術大学の全学年・学科共通の造形工房ウルトラファクトリーは、毎年、第一線で活躍するアーティストやクリエイターがディレクターとなるプロジェクト型実践演習、ウルトラプロジェクトを実施している。もともと、ウルトラファクトリー全体のディレクターを務めるヤノベケンジが、大学時代に活躍する先輩の制作を手伝いながら、実践的な技能や心得を習得していったことをヒントに、実践演習のプログラムとして構築したものだ。今でこそ、プロジェクト型の実践演習は少なくないが、ウルトラファクトリーが始めたときは芸術大学でも画期的な仕組みであった。

photo : Nobutada OMOTE


例年、名和晃平、やなぎみわ、増田セバスチャン、淀川テクニックなどのアーティストやクリエイターがプロジェクトを実施しており、2010年代に隆盛した芸術祭を影で支えていたと言っても過言ではない。すでに10年以上続けられており、このウルトラプロジェクトに参加したくて入学した学生も少なくない。ウルトラプロジェクトを通して、ディレクターと一緒に働くようになった学生や、関連組織に就職するケースも多くみられる。実践形式の授業の中で、学生の能力は飛躍的に向上し、一流のアーティストやクリエイターと働く技能や心得などを得ていくため、各ディレクターや企業にとって不可欠な戦力になることも多いのだ。また、ウルトラプロジェクト経験者から、芸術祭に参加やコンペに勝ち抜きデビューし始めるアーティストや新規独立したギャラリスト、デザイナーなど次代のアートシーンを担う人材が続々と誕生している。

学生とともに《SHIP'S CAT》を制作するヤノベケンジ
西陣織「細尾」とのプロジェクト「MILESTONES(マイルストーンズ)」の商品開発
「ニッポン画」を提唱する山本太郎とのプロジェクト
美術家の⽮津吉隆が経営し企画運営を⾏う「kumagusuku」に関わるプロジェクト

毎年、4月になると大学の大教室でウルトラプロジェクト説明会が開催されており、会場いっぱいに集まった学生に対して、定められた時間の中でプロとして魅力的なプレゼンテーションをする各ディレクターの技量も見ものだ。世界中で活躍するディレクターのプレゼンテーションを聞くだけで、今年のアート業界の動きが把握できるという面白さもある。

毎年盛況となるウルトラプロジェクト説明会


オンライン化したウルトラプロジェクト説明会

そのような恒例のプロジェクト説明会であるが、今年は様子が異なった。ご存知のように、新型コロナウイルスの影響により、大学は閉鎖されており、プロジェクト説明会どころか、すべての授業が遠隔で実施されている(5月末現在)。ウルトラファクトリーはいち早く、その動きに対応し、オンライン説明会を開催することにしたのだ。6月からは在学生へのデジタル出力(レーザーカッター、UVプリンター等)のオンライン対応サポートも始めるという。時代に即したプロジェクトをサポートしてきたウルトラファクトリーの面目躍如といったところだろう。YouTubeの限定公開で配信されたオンライン説明会は約300人を超えて視聴され、オンラインによるディレクターのプレゼンテーションは例年にも増した熱気に包まれていた。

それが実現可能になったのは、今年からウルトラプロジェクトのディレクターとなった山城大督の存在も大きい。山城は、近年、映像作家、アーティストとして、さまざまな芸術祭に参加したり、展覧会を開催したりしている。また、かつて山口芸術情報芸術センター[YCAM]でエデュケーションプログラムの開発を担当していたため、テクノロジーを駆使し多くの人々を指揮するワークショップ運営などに精通している。ヤノベは、今年から本学の専任講師となった山城の能力を高く評価していた。そして、オンライン時代に向けて、ウルトラファクトリー自体をバージョンアップさせるために、ウルトラプロジェクトのオンライン説明会の指揮を山城に託したのだ。それを受けて、山城はウルトラファクトリーのスタッフと共にオンライン配信の準備をしてきた。

情報デザイン学科卒業生の青柳美穂さんによる、美しいポスター
Design : Miho AOYAGI

 

アーティストのアトリエから配信される臨場感

山城は、5月12日(木)18:00からスタートするオンライン説明会のため、17:30頃から、「Stay Home」しているディレクター陣に対してZoomを使って入念にチェックする。マルチ画面には、プレゼンテーションをするヤノベケンジ、山城大督、増田セバスチャン、柴田英昭(淀川テクニック)、山本太郎、細尾真孝、矢津吉隆、BYEDIT(多田智美・竹内厚)、やなぎみわ、名和晃平らの顔が次々映し出されていく。そして、一人ひとり音声のチェックをし、バックヤードではスタッフにより、それらをYouTubeに配信するための動作確認が行われていく。初めてとは思えない手際の良さに驚くが、山城はこの日のために映像配信に強いエンジニアのサポートを受けていたという。例年は、大会場に著名なアーティストが一堂に会するという興奮があるが、今回はそれぞれのアトリエなどの現場から中継するという、別の意味での臨場感があった。

最初に、当日進行係のマネージメントスタッフの青山真樹によって、数日前にオンライン説明会を実施することにしたこと、そのために配信画面のデザインを情報デザイン学科講師の見増勇介に協力を仰いだこと、スタッフが短期間で準備をしこの日を迎えたことなどが明らかにされた。ディレクター陣も、負けじとオンラインプロジェクトにあわせて、パワーポイントやドキュメント映像を新にまとめあげたという。

そして、青山により各時7分でプレゼンをし、1分前にベルを鳴らすこと、チャット機能で質問すれば回答するなどの当日の進行が説明された。次に、ヤノベが新入生についての挨拶と、「想像することは何でも創造できる」というコンセプトのもと開設されたウルトラファクトリーと代名詞であるウルトラプロジェクトについて解説を行う。その後、Zoomを使ったマルチ画面に10組11人のディレクターが映し出され、全員が揃う映像は壮観であった。そして、一人の画面に切り替わり一人ずつプレゼンテーションが行われていく。

マルチ画面に10組11人のディレクターが映し出された。配信画面のデザインは、情報デザイン学科講師の見増勇介によるもの

 

現在の状況をふまえ、未来に対応するプロジェクトの数々

ヤノベケンジは、今年、京都市京セラ美術館の展覧会「STEAM THINKING - 未来を創るアート京都からの挑戦 アート×サイエンス GIG」(内覧会のみで中止)で、大野裕和(本学美術工芸学科3年生)と共同制作を行い、巨大彫刻とヴァーチャルリアリティを融合させたインスタレーション《生命の実》を展示したが、今回それを発展させ、ヴァーチャルとリアルを自由に行き来する彫刻作品のプロジェクトを発表した。


そして、今年初参加の山城大督は、ウルトラファクトリーをオンライン化するプロジェクトUFO(ULTRA STUDIO ONLINE)を立ち上げ、インターネット配信のための「ULTRA  STUDIO」を開設し、ネットワーク型のスタジオを作ることを発表した。
 

廃材を使ったアート作品で知られる淀川テクニックの柴田英昭は、ZINEやTシャツ、バッジなどのグッズやネットを介したワークショップの実験、新聞切り抜きによるコラージュを使った川柳、コラージュ川柳などのプロジェクトを発表した。
 

エンタメ・アート・ファッションと幅広く活躍する増田セバスチャンは、国境、宗教、性別を超えて広がるコンテンツである「KAWAII」を、日本発の文化として一過性の現象ではなく、思想・哲学として確立するための「カラフル・ラボ」をオンライン化することを発表した。説明会の1週間前に増田が打ち出した「KAWAII TRIBE(カワイイ族)」という宣言は、すでに8か国語に訳され、さまざまな地域・言語からハッシュタグで発信されているという。オンラインで、リサーチやインタビューなどによるアーカイブを構築し、リアルでは冊子や映像、グッズなどを制作したりしていく。将来的にはNYでの展覧会や世界規模のオンライン会議を目指すという。

《ぽっかりあいた穴の秘密》増田セバスチャン、2019年
photo : Lovelies Lab. Design Studio


元禄元年、約300年続く西陣織の会社を経営している細尾真孝は、世界的なデザイナーやブランドに西陣織を提供してきた。ウルトラプロジェクトでは会社に伝わる2万点の手書きの図案のアーカイブをデジタル化する(すでに過去の参加学生により1万点以上が実施済)。そして、さまざまなブランドに提供したり、それぞれがプランを考えたりするプロジェクトを展開する。
 

古い技法と新しいモチーフ、ユーモアを組み合わせた「ニッポン画」を提唱する山本太郎は、オンライン上でモチーフを考えて、後期から共同制作を行うプロジェクトを発表した。

 

新たな試みと変わらぬ創作姿勢

kumagusukuという、アートホステルを経営している矢津吉隆は、近年、オーバーツーリズム化し、過剰に観光客が訪れていた京都をめぐる状況の中で、新しい道を模索していた。その最中、新型コロナウイルスにより、大幅に宿泊客が減少したこともきっかけとなりホステルの営業を停止。アーティストが作品を制作する際に出る廃材を「副産物」と呼び、副産物やその加工物の販売のプロジェクトを展開することを表明し参加を募った。


編集ユニット「BYEDIT」の多田智美、竹内厚は、雑誌や書籍、ウェブだけではなく、イベントやワークショップ、地域のプログラムまで幅広く「編集」している。ウルトラプロジェクトでは例年、集まった学生のやりたいことをうまく編集し成果物を作るスタイルだが、今回はオンラインというスピードの速いメディアと、回覧板のような遅いメディアを組み合わせるという方針が印象的であった。


近年、美術家だけではなく、演出家としても活躍しているやなぎみわは、ウルトラプロジェクトでは野外劇場などのプロジェクトを進めてきた。土地、空間、時間、生の身体表現によって成り立つものなので、オンラインだけでは難しいが、次の公演の準備期間として、劇中の字幕や広報物のグラフィックデザイン、 音照映、衣装などのサポートに関心のある学生を募った。

『日輪の翼』2016年8月6日 新宮港緑地
photo : Nobutada OMOTE


伏見区にSandwich(サンドイッチ)という京都最大の現代美術スタジオを運営する彫刻家の名和晃平は、最大で年間100近いプロジェクトを進めている。初期からウルトラプロジェクトとコラボレーションして、「ULTRA SANDWICH PROJECT」を実施しており、すでに16期を迎える。世界的に著名な演出家の舞台美術やAR技術の開発、若手アーティストのオンラインプラットフォームの構築など盛りだくさんのコンテンツを用意した。各自、新たな試みをしつつ、変わらない創作姿勢を示した。

 

21世紀の造形芸術教育の新しい可能性

それぞれ新型コロナウイルスの影響によって、時代が大きく変わるなかで、どのように創造性を発揮すべきか、新しいプロジェクトを介して模索している様子がうかがえた。さまざまなプロジェクトの中から、間違いなく次の時代の潮流を先取りするものが出てくるだろう。学生にとっても、危機の時代にいかにアーティストが対応しているのか実感できる貴重な機会になったに違いない。

1919年に誕生したバウハウスは、先進的な総合造形教育のカリキュラムを打ち立て、その後の世界中の美術・芸術大学のモデルとなってきた。1919年は、スペイン風邪による人類で最初のパンデミックが続いている最中だった。1918年にはグスタフ・クリムト、エゴン・シーレ、ギヨーム・アポリネール、村山槐多など著名な芸術家も亡くなっている(エドヴァルド・ムンクは感染したものの一命をとりとめた)。

今回、約100年後に、新型コロナウイルスによるパンデミックが起きたが、終息には時間がかかる。また、グローバリズム化した社会において第二、第三のパンデミックが何時起こるとも限らない。デジタルネットワーク時代のバウハウス、遠隔による創造教育、集団制作の仕組みが、芸術大学にも求められているといえるだろう。今回の緊急事態宣下のウルトラプロジェクト・オンライン説明会は、ポストコロナ時代の新しい芸術教育の可能性を切り拓くことになるのではないだろうか。

(文・三木学)

 

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