比叡山延暦寺と共鳴する「一隅を照らす」教え
2019年11月2日から4日まで、天台宗総本山の比叡山延暦寺で開催された「照隅祭(しょうぐうさい)」に合わせて、京都造形芸術大学美術工芸学科のヤノベケンジ教授と制作プロジェクトに参加する10人の学生、京都伝統文化イノベーション研究センター(KYOTO T5)の学生が奉納展示を行った。
「照隅祭」は、「一隅(いちぐう)を照らす運動」50周年を記念して、広大な比叡山延暦寺を舞台に、奉納展示の他、音楽イベントやワークショップ、フードマルシェなどから構成されたアート&カルチャーイベントである。「一隅を照らす」とは、開祖、伝教大師最澄が書いた僧侶の教育方針や修行規則、『山家学生式(さんげがくしょうしき)』の冒頭の一節で、現在でも天台宗の基本的な心得の一つとなっている。延暦寺では厳しい修行を続けるとともに、それぞれが生きる場所で灯となって周囲を照らすための社会啓発や、国内外の災害支援や教育支援、環境保全など行う運動を積極的に展開してきた。
今回、京都造形芸術大学は、比叡山延暦寺の活動に共感、共鳴し、奉納展示をさせていただくことにした。展示場所は、根本中堂など中心となる寺院が建ち並ぶ東塔(とうどう)エリアの大書院と、北に1㎞ほど離れた西院(さいとう)エリアの「にない堂」(常行堂、法華堂)である。
「にない堂」は、向かって左の常行堂は阿弥陀如来、右の法華堂は普賢菩薩を本尊としたお堂の総称で、同じ形をした二つのお堂が渡り廊下でつながり、合わせ鏡のように対となっている。ともに1595(文禄4年)に建てられ、国の重要文化財に指定されている。かつて弁慶が渡り廊下に肩を入れて担(にな)ったが、どちらにも偏らなかったことから、「にない堂」と呼ばれるようになったという。
常行堂では8月頭から10月末まで90日間、食事と沐浴以外は寝ずに「南無阿弥陀仏」と唱えながら、阿弥陀如来像の周囲をまわり続ける「常行三昧」の修行が行われる。「にない堂」の近くには浄土真宗の宗祖、親鸞聖人の修行地跡が残っており、往時からの修行の厳しさが偲ばれる。通常内部は公開されていないので、お堂の前と内部に展示させていただく今回の奉納展示はまさに特別な機会であった。
人類を危機から守るための2体の守護獣
ヤノベは事前調査に訪れたとき、常行堂から「南無阿弥陀仏」という修行者の声を聴いたという。その際、生半可な気持ちでは「にない堂」の前には置けないと心を新たにしたと語っている。そして、「にない堂」からインスピレーションを受け、現在の地球環境の悪化、人類の分断・対立、国際紛争などから世界を守るための守護獣として、獅子と狛犬が対となる像を置くことを構想した。
「狛犬」は、もともとは古代オリエントから渡ってきたものだが、エジプトのスフィンクスや仏像の前には獅子として表現されてきた。しかし、日本で仁王像のように、阿吽が対となり、片方は口を開けた獅子、片方は角が生え口を閉じた狛犬となった。現在では両方合わせて狛犬と言われている。対となって切り離せない形に「にない堂」との相似を感じたのだ。
90日間という厳しい修行に見合うよう、大学内の共通工房ウルトラファクトリーに籠って祈りを込め、プロジェクトに参加した10人の学生とともに巨大な2体の彫刻《KOMAINU―Guardian Beasts-》を作り上げた。基本的な造形や顔をヤノベ自ら制作し、肩や足などのステンレスの貼り付けを学生が担った。また、ヤノベが制作した獅子像の尻尾を参考に、狛犬像の尻尾の造形も学生が担当した。
そして、常行堂の前には修行に合わせて、立っている狛犬像を置き、法華堂の前には座っている獅子像を置いた。修行中、何度も心が折れそうになる僧侶が自らの灯を振るい立たせ、また、学生たちの行くべき道を照らして成就させ、さらに、争いの絶えない社会と、荒れ狂う自然環境から人類を守ってくれるよう願いを込めた。
高さ3m、重量200㎏に及ぶ巨大彫刻であるが、「にない堂」の前にぴったりとはまっていた。南面する「にない堂」に樹齢数百年の樹々の隙間から差し込む光を反射し、赤い眼を光らす守護獣は、朱に塗られた「にない堂」と不思議なほど相乗効果が生まれていた。期間中、多くの観光客や登山客、参拝者が訪れ、「にない堂」と《KOMAINU―Guardian Beasts-》を見た人々はその迫力に感嘆の声を上げていた。短い期間の展示であったが、きっと人々の心にも灯を与えたことだろう。
内面を照らす巨大提灯
一方、「にない堂」の内部には、KYOTO T5のアートプロジェクト「一隅を照らす」が展開され、二つの巨大提灯が展示された。KYOTO T5は、京都の伝統工芸に新たな光を当てることを目的に、2018年4月に始動した。2019年4月には、株式会社エイブルが主催する空間デザインのコンペティションを勝ち抜き、イタリア・ミラノで毎年開催される世界最大の家具見本市ミラノサローネと同時期に開催されるデザインの祭典ミラノデザインウィーク2019に出展した。その時展示されたのが南座の大提灯を制作している、提灯問屋の小嶋商店とコラボレーションした、内部に入れるほどの巨大提灯だった。
提灯は通常、中が見られることはない。提灯は「巻骨(まきぼね)」と、竹を割って骨にしたものを1本ずつ輪にして型にはめていく「地張(じばり)」という二つの製法があるが外からは分からない。巻骨は時間がかかり職人も減っているが、中を見るとその違いは一目瞭然であり非常に美しいという。
職人の証言にヒントを得て、KYOTO T5のメンバーは内部を鑑賞できる巨大な提灯を構想した。KYOTO T5センター長の酒井洋輔准教授(空間演出デザイン学科)とともに、コンセプトを掘り下げたとき、「一隅を照らす」という最澄の教えにたどりついたというから、今回の展示は運命的なものであったといえる。
ミラノデザインウィーク2019でも話題となった直径約2mの巨大提灯は常行堂に展示された。巨大サイズの和紙や竹も特別に用意されたもので、提灯の竹には、エジソンの発明した白熱電球のフィラメントに用いられた石清水八幡宮の真竹を使用しているという。常行堂は歩いて修行する空間に合わせて、高さ約1.3mほどの巨大提灯を吊り下げ、電燈を一つ灯して、ほのあたたかい空間を演出した。それはまるで内面の光を見るような体験である。
対となる法華堂は、五体投地や法華経の読誦からなる「法華三昧」が行われており、座ったり、歩いたりすることから「半行半坐三昧」と言われている。法華堂では座る空間に合わせて、高さ約2.5mまで伸ばした巨大提灯を吊り下げ、下には提灯に合わせた円形の畳、茶道具、小さな灯を描いた軸を貼って「提灯茶室」を設え、「一隅を照らす」と茶道の「一期一会」の精神を重ね合わせた。
花の代わりは、照らされた灯と花弁が開いたような提灯の内部である。このお茶席は初公開であり、今回、実際にお茶がたてられるわけではないが、仏と対峙し対話する空間になじんでいた。空間と展示が相まって、本来見えないもの、隠れている大切なものに光を照らす、貴重な試みとなったのではないだろうか。
その他に、東塔エリアの大書院には、《OLD is NEW》として、KYOTO T5が京都の職人たちと制作した、スニーカーに鼻緒を付けた「HANAO SHOES」、漆職人と共同制作したアイスクリーム用スプーンなどユニークな商品が並ぶ。すでに販売されており、「HANAO SHOES」はインスタグラムを見た、女優のエル・ファニングからの購入もあるほど、外国人にも人気だという。また、袈裟や着物を着る仕事の多い京都には、新しいファッション以上に実用のシューズとしても重宝されているという。まさに「脚下照顧」とも言えるイノベーティブな商品である。
内面を見つめる修行と、外側へと向かう慈悲の表現は、双方不可欠なものである。「にない堂」のような修行と「一隅を照らす」運動もまた対である。そして、比叡山延暦寺は、最澄が天台宗を開山し、根本経典を法華経としながらも、密教、浄土、禅の基になる止観などさまざまな仏教の教えを学べる総合大学のような開かれたカリキュラムによって、多くの宗祖を輩出してきた。
京都造形芸術大学もまた、総合芸術大学となるよう時間をかけながら豊富なカリキュラムを作りあげてきた。「藝術立国」「京都文藝復興」を掲げた開学の理念も、「道心ある人を名づけて国宝と為す」という、人材育成による国づくりを目指した最澄の理念と通じる。経験あるアーティストやさまざまな京都の伝統工芸の職人たちとの共同作業も、「一隅を照らす」人材育成の重要な機会であり、その発表の場として比叡山延暦寺はこれ以上ない最高の舞台となったのではないだろうか。
写真:塩見嘉宏(設営風景)
表恒匡(展示風景)
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