INTERVIEW2026.03.31

文芸

在学中に87本の記事を執筆! 小説家上村裕香さんと瓜生通信 ―本学大学院修了・瓜生通信ライター卒業記念 文芸表現学科学科長山田隆道先生との対談企画!

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  • 京都芸術大学 広報課

本学文芸表現学科クリエイティブ・ライティングコース在学中に著書『救われてんじゃねえよ』で小説家デビューを果たした上村裕香さん。昨年12月には3冊目の著書となる『ぼくには笑いがわからない』が発売されました。

小説家デビューの翌年2023年10月から、本学WEBマガジン瓜生通信のライターとして、なんと87本の記事を執筆。本学大学院修了を機に京都を離れる上村さんに、これまでに携わった記事に関する取材の思い出や、ライター、小説家としての生き方について在学中のゼミ担当教員、文芸表現学科学科長山田隆道先生と振り返ってもらいました。


瓜生通信での活動のきっかけ

――在学中に瓜生通信の学生ライターとして記事を書くようになったそうですが、そのきっかけはなんですか?

上村さん:2年生の春頃に、広報課から文芸表現学科に「記事執筆にチャレンジしてみたい学生いませんか」って公募があって、そこで手を挙げたのがきっかけですね。山田先生の推薦もあり、そこから学生ライターとしてお仕事を受けるようになりました。初めて記事を書いたのはその翌年の10月です。

山田先生:学生ライターとして、記事の執筆を任せても、きっと問題なく仕事をしてくれるだろうという安心感と、一定の期間、取材をして、記事を書くという経験を積むことですぐに戦力になるだろうという期待もあって、推薦しました。


――小説家としてのデビュー後に瓜生通信のライターとしての活動も始めたんですね。実際に瓜生通信の記事の取材、執筆をしてみて、ライターとしての執筆活動と、小説家としての執筆活動とでは違いはありましたか?

上村さん:一対一で質問項目を決めて臨むというのは、ライターだからこその取材方法です。同じ情報を得るための取材であっても、小説のための取材では、なにもわからない状態で取材対象の方のいる環境に飛び込んで、実際に体験してみるという方法を取っているので、取材への準備とか、その方法には違いがあります。小説を書くために取材で得た情報は、一回咀嚼して登場人物に乗せていくという過程が必要なので、大学の広報記事を書くために求められる情報の扱い方とはまた違う部分だと思います。


上村さんの記念すべき瓜生通信ライターとしての初仕事!

芸術という終わりなき学びの、新たなはじまりの地。―2023年度 京都芸術大学 秋季卒業式のご報告 | 瓜生通信
 

――瓜生通信は在学生の活動を取り上げることも多いですよね。そこから広がる交友関係や気づきはありましたか?

上村さん:先日卒業制作展を観に行ったときに興味を持った論文を書いているアートプロデュース学科の学生さんがいて、話してみると私が初めて書いた瓜生通信の記事で取材をした方だったりとか。学内で取材をするなかで、こんなクリエイターが在学していたんだという発見もありましたし、彼らの活動を知って、繋がりを持つなかで、自分の視野も広がったと思っています。

 

上村さんの推し瓜生通信記事①

映像の言語で思いを届ける — アニメーション映画『きみの色』公開記念! 山田尚子監督・髙石あかりさんインタビュー | 瓜生通信

京都造形芸術大学(現・京都芸術大学)美術工芸学科洋画コースの卒業生でもある山田尚子監督の2024年当時の最新作、映画『きみの色』の公開にともなう、主演を務める髙石あかりさんを交えたインタビュー記事です。

――プロとして活躍している卒業生との取材は緊張しましたか?

上村さん:私はクリエイターが好きな人間なので、山田尚子監督との取材は印象的でした。取材当日、アドリブでインタビューを進めなくてはならない場面もあり、めちゃくちゃ緊張したのを覚えています。

 

――大学の広報記事としての瓜生通信の取材のなかでも、「学生ライター」としての視点と、「小説家(あるいはクリエイター)」としての視点、どちらも求められる立場として意識したことはありましたか?

上村さん:ただのライター、ただのインタビュアーとして話を聞くというより、「在学生であり、クリエイターでもある」自分だからこそ生まれる質問をするように心がけました。最終的には自分の人生相談みたいになったんですが、やっぱり第一線で活躍する人と話すというのはとても楽しい機会でした。

 

上村さんの推し瓜生通信記事②

表現する仕事を続ける矜持 — 阪元裕吾監督最新作『フレイムユニオン 最強殺し屋伝説国岡[私闘編]』公開記念! 主演・松本卓也さんインタビュー | 瓜生通信

2025年10月に公開された本学映画学科卒業生阪元裕吾監督の『フレイムユニオン 最強殺し屋伝説国岡[私闘編]』で主演を務める松本卓也さんへのインタビュー。阪本監督同様、本学映画学科卒業生である松本さんも、プロの世界の第一線で活躍するクリエイターのひとりです。
 

――小説家、クリエイターとしても、上村さんにとって印象深いインタビューだったんですね。

上村さん:インタビューで話を聞いていくなかで、クリエイターとしての自分にも気づきがありました。それと同時に、「卒業後にこんな活躍をしている先輩がいるんだ!」と、記事を通して、在学生や高校生を勇気づけられるというのがすごく嬉しかったですね。
 

――瓜生通信の記事は在学生の活躍を取り上げる場合もあれば、卒業生やプロとして活躍するクリエイターとのインタビューをすることもあります。トピックの幅が広く、取材対象も広範囲にわたるのが特徴ですよね。それぞれの取材をするうえで、ライターとして心がけていたことはありましたか?

上村さん:大学の広報記事なので、記事のジャンルや取り上げる題材によって一番読んでほしいターゲットにリーチできるように意識しています。卒業生や、クリエイターの活躍を取り上げる記事のターゲットは在学生や高校生で、在学生の活躍についての記事は、高校生を含む社会全体がターゲットであるということを意識して取材し、記事を書いていました。卒業生、クリエイターの活躍については、在学生の将来のひとつのケースであることがわかるような、ある種、希望を与えられる記事になってほしいと思って書いていました。在学生の活躍については、「在学生たちがこんなに頑張っているんです、見てください!」みたいな、大学外の人に学生の頑張りがしっかりと伝わってほしいという思いが強いですね。


在学中の思い出

コロナ禍に本学文芸表現学科クリエイティブ・ライティングコースに入学した上村さん。完全オンライン授業の顔合わせの時間が、山田隆道先生との初対面だったのだそう。上村さんが在学中、ゼミの担当教員だった山田先生と、在学中の思い出や創作について、話してもらいました。
 

――山田先生からみて入学当時の上村さんはどんな印象でしたか?

山田先生:最初は多くいる学生の一人という印象でした。そこから「目立つ1年生」という印象に変わるのは本当に早かったです。上村さんが入学してすぐの5月でした。

 

上村さん:入学してすぐに開講された、小説以外の文章の作法などを学ぶ文芸表現入門という授業で初めて山田先生と顔を合わせました。名前を知ったその日に原稿用紙250枚の小説を山田先生に送り付けたんです。


山田先生:このエピソードからもわかるように、一番強いのは、賢くて馬力のある子という印象です。もちろん、この時点で小説家としてデビューするとまでは思ってなかったですが。1年生の後期に、僕の受け持つ2つの授業でのパフォーマンスを見て、またひとつ段階が上がったという印象を受けました。この子は引き上げたらなにか起こるかもと思い始めたというか。

 

上村さん:ひたすら自分の書いた作品を先生に送ってましたよね。

 

山田先生:送られた作品を読んで指導などもするので、デビューできるんじゃないかと注目はしてました。ただ、まだ1年だったのもあって、ある程度の距離から見守っていたという感じですね。

 

――2年生の後期から、上村さんは山田先生の担当するゼミに所属されたそうですね。
上村さん:ゼミに所属してからは、山田先生が担当教員なので、創作に関する指導の踏み込み方も変わったと思います。所属前は教員と学生だった関係性が、所属後には師匠と弟子になったイメージでした。


山田先生:ゼミに入ってからは、作品に対する評価とか、より面白い、良い作品にするためのアドバイスを、以前より本気で言っていいんだという変化がありました。もうここからは、小説家としてデビューさせようと思って指導してましたね。

小説家デビュー、フリーランスのクリエイターとしての生き方

――「救われてんじゃねえよ」で小説家デビューされて、そこからの師弟関係の変化はあったんですか?

上村さん:教員と学生、師匠と弟子にもうひとつ、クリエイターとクリエイターという関係も加わるという感覚がありました。師匠と弟子として小説を面白くさせるという部分とまた別に、作家として、フリーランスとして仕事をする人として、同じようにフリーランスでやっていく人を育てるという別のフェーズも強くあったなと思います。


山田先生:3、4年はそうだね。もちろん小説の指導もするけど、でもそれだけじゃないというか……売文業で生きていく、クリエイティブで生きていくというのは、一次産業ではないわけですよね。医者でもないし、ご飯をつくるわけでもない。悪い意味ではなく「虚業で蔵をたてていくということがどういうことなのか」みたいなところまで踏み込んでいったのがデビュー後から大学卒業までの2年間でした。

上村さん:瓜生通信で記事を書くというのも、フリーランスのライターとしての働き方のひとつなわけですよね。小説の新人賞を受賞したけど、単行本が出るまでにはあと何年かかかるという時期に、フリーランスとしてどう生計を立てていくかということの一環として、この瓜生通信の記事を名刺代わりにして他のライターのお仕事をいただいたりするという。
 

「クリエイティブ・ライティング」

――当時の上村さん自身の変化について、山田先生はどうご覧になってましたか?

山田先生:「クリエイティブ・ライティング」をするときに持つべき観点が増えていったという印象です。その観点をわかっている学生は、実はすごく少なくて、実際には八角形になるくらいにたくさんあるんですが、良くて3つ理解してるくらいで。それは文章力だったり、馬力であったり、他にもいろいろあるんですが、同時にいくつもの観点で物事を考えるなかで、それを小さい多角形で紡ぐというより、大きな多角形のなかで無数のトピックスを繋いでいく。多角形の角、観点が増えれば増えるほど、円に近づいていくように、バランスをとりながらその数と、範囲を広げていくというか。


――円に近づくと聞くと、丸くなっていくという印象を受けるのですが……

山田先生:芸大生、大学生って、まだ尖って角が取れないという子が多くて、「丸くなる」というのをダウンサイジングの意味で捉えがちなんですが、それが逆で。角を取ることが「丸くなる」ということでは決してなくて。尖れば尖るほど、考えるべきことを増やしていけば増やすほど、その角の増えた多角形は大きくなって、やがて丸に近づいていくんだということです。


――「丸くなる」は「角が取れる」ということではないんですね。

山田先生:人は本来、その角(観点)が増えるほど丸くなっていって、それが大人になっていくということでもあって。だから上村さんの場合は、その角を理解して、広げていくということが彼女の創作における大きな変化だったといえると思います。


――上村さん自身は、山田先生の言う「多角形」を意識されたことはありましたか?

上村さん:直接的に意識したことはありませんが、山田先生の作家としてのスタンスを見て学ぶ部分はありました。瓜生通信で記事を書く際にも、取材前に入念な準備をして、取材当日、少なくとも翌日には原稿を提出することを目標にしてましたね。

山田先生:多分ボケてるんです。そんなことをする人いないだろうなって。

上村さん:それはありますね。

山田先生:客観的にみて、小説家も作家も、ライターもたくさんいるじゃないですか。だから、その多くの作家たちがやらないだろうということを見つけたらやってみる。彼らが右に曲がると思ったら、左にあえて曲がってみるとか。「ボケている」というのは、いわゆる「ボケ」ではなくて、そういう誰かの期待や予想を超えるために自分を客観的に見つめて行動するということです。


――そういう上村さんの「ボケ」エピソードはほかにありますか?

山田先生:就職活動に金髪にして臨んだり、授業の課題で、上限なし、400字以上のミニレポートを1万字で提出してきたり。いろいろあります。
上村さん:山田先生が課題を出すときに「上限なしのレポートだからって1万字も書いてくるやつはいないと思うけど」とおっしゃっていたので、これはフリだ!と思って。一生懸命1万字超えようとしてました。

山田先生:そういうところがすごいなと思います。言ってても、分かっててもできることではないですから。
 

――「ボケる」というのが、相手の予想を上回る行動だというのがよくわかりますね。上村さんは「ボケ」ることが大変だと感じることはなかったんですか?

上村さん:ないですね。むしろ楽しいです。課題の話であれば、その1万字超えたミニレポートみたら、山田先生、ニヤッってするだろうなって思ったらできますね。

山田先生:課題に限らず、他のクリエイターがしていないことをやってみる、あえて選ぶということですよね。クリエイターは何をやってもネタにできるわけですから、死ぬこと以外は。


大学卒業、大学院修了、これからの「上村裕香」

――授業の課題、ゼミ、そして小説の執筆と、創作に関わるフィールドで関わりの深いおふたりですが、上村さんの大学卒業後は、山田先生のスタンスも少し変化したんですか?

山田先生:3、4年の頃、ゼミを担当していた頃は小説の個別の指導もしてたけど、卒業してからはもう全くしないですね。
 

――クリエイターとクリエイターという関係が強くなったということでしょうか。

山田先生:上村さんの小説に関する人間が編集者と僕と二人いるのは良くないし、ここからは一人のほうがいいだろうと。やっぱり、在学中の執筆活動の枠とまた違う枠を持っていく方が、上村さんも、小説も化けるだろうと思って。
 

――山田先生が、これからの上村さんに期待していることはなんですか?

山田先生:多分、今、上村さんのことをみんな「小説家」として見てるじゃないですか。でもこうやって瓜生通信でも記事を書くじゃないですか。だから、小説も書くし、シナリオや戯曲を書いたっていいし、しゃべったり、歌を歌ってもいい。最終的に「上村裕香」が肩書になるのが一番いいなと思っています。
 

――最後に、「上村裕香」としてこれからも創作を続けていく上村さんの、これからの創作へのモチベーションについて聞きたいです。

上村さん:自分のなかで創作へのモチベーションはずっと変わっていないです。小説であれば、読者さんや編集者が、自分を面白がってくれる瞬間。瓜生通信の記事であれば、記事自体というより、この大学や取り上げられている人が面白いというのが、読み手に伝わる瞬間。小説、瓜生通信の記事のどちらでも、その小説や記事を読む「誰か」一人に向けて書いています。映画館で言うと、一列目に座っている人に向けて作品を届けるような感覚です。その「誰か」を明確にイメージして書いて、それがその人に瞬発的に面白いと思ってもらえるような、そんな瞬間さえあれば、書き続けられると思います。
 

――「面白い」ことへの貪欲さ、読者を楽しませる意識が書き続けることの原動力になっているのですね。上村さん、山田先生、ありがとうございました。

今回は、瓜生通信のライターとしての上村さんの活動、小説家、ライターとしての上村裕香さんの創作に対する姿勢、クリエイターとしてのモチベーションを、山田先生とのエピソードも交え、紐解きました。上村さんの小説、瓜生通信での記事のなかにも、上村さん独自の世界への目線が散りばめられています。

 

2025年12月から販売されている上村裕香さん最新作『ぼくには笑いがわからない』はもちろん、『救われてんじゃねえよ』、『ほくほくおいも党』も書店、オンラインにて、絶賛発売中です!

これからも小説家として、ライターとして、そしてクリエイターとしての上村裕香さんの活躍に、目が離せません。
4年間にわたる瓜生通信での取材、記事の執筆、おつかれさまでした!

 

(文:文芸表現学科4年 愛知はな)

 

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