SPECIAL TOPIC2025.04.02

京都アート

「じゃぶじゃぶ池」のさざ波に身を任せる - DOUBLE ANNUAL 2025 アニュラスのじゃぶじゃぶ池/omnium-gatherum

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  • 京都芸術大学 広報課

DOUBLE ANNUALは、京都芸術大学が主催し、東北芸術工科大学が協力する、両大学の選抜展だ。


選抜展といっても、本展は学生から提出された作品を単に選んで見せるというだけの展覧会ではない。学部生・院生から作品プランを募集し、ディレクターによる審査を経て参加アーティストが決定される。国立新美術館での展示に向けて、ディレクターの助言をうけながら展示作品を制作してゆく。本展に先駆け、12月には両大学でプレビュー展を実施し、翌年2月の本展に向けて制作中の作品を展示・公開。講評を受けたうえ、さらなるブラッシュアップの機会を設けていた。現役のキュレーターとして活動するディレクターからのアドバイスもさることながら、会場構成や作品搬入や照明などのインストールもプロフェッショナルがサポート。このように、若きアーティストにとって東京での貴重な展示のチャンスとなるだけでなく、およそ一年にわたる教育プロジェクトとしての側面も持つ展覧会だ。

 

本年度は体制を一新し、展覧会の新たなディレクターとして京都芸術大学側に堤拓也(インディペンデント・キュレーター)、東北芸術工科大学側に慶野結香(青森公立大学 国際芸術センター青森 主任学芸員)が就任した。2017年から携わる片岡真実が引き続き監修を務め、89組の中から11組(最終的に展示を行ったのはうち10組)のアーティストを選考した。また、アーティストだけではなく、制作のサポートからアーカイヴ、テキストの執筆など、展覧会をつくるためのさまざまな実務を担うアート・プラクティショナーも両大学から選抜されている。展示のキャプションや、会場に掲示されたDOUBLE ANNUALのプロジェクト概要と記録をまとめたテクストとグラフィックはアート・プラクティショナーによるものだ。

 

募集時のテーマはomnium-gatherum(ごちゃまぜ)。選抜されたアーティストをふまえ、展覧会タイトルは「アニュラスのじゃぶじゃぶ池/omnium-gatherum」となった。見慣れない単語の連なりからなるこのタイトルは、「輪」を意味する「アニュラス」に、公共の遊び場としての「じゃぶじゃぶ池」を組み合わせたもの。「ごちゃまぜ」になった多彩な表現に、人びとを招き入れる公共的な役割を託す、本展に限らず美術館や展覧会という場のひとつの理想的なあり方を端的に表現した一言といえよう。


さて、いよいよ会期スタートを翌日に控えた2月21日(金)、関係者向けに開催された内覧会を取材した。監修の片岡、ディレクターの堤・慶野両氏による概要の解説と、アート・プラクティショナーが聞き手となって作家によるプレゼンテーションが行われた。

ざっと会場を俯瞰してみる。大きな展示空間に、仮設壁は最小限。とくに、入ってすぐの空間には、作品同士の明示的な区切りはなく、立体やペインティング、映像、パフォーマンス、テクスト、アーティストによるリサーチ資料や参考文献等々を組み合わせたインスタレーションが大勢をしめている。

そんななかから、いくつか筆者の個人的な観点から興味深かった作品をピックアップして紹介しよう。

出色は、圧倒的な物量でコレクティヴな旅の軌跡をインスタレーションに昇華したModern Angels《いきあたりばったりキャンプ》(東北芸術工科大学)だろう。DOUBLE ANNUALへの出展をめざして結成されたMAは、この展覧会の趣旨をふまえて山形―東京―京都のあいだを旅して、タイトルどおり「いきあたりばったり」にさまざまなプロジェクトを行ってきた。旅/活動の中で生起していくひとつひとつのプロジェクトは素朴でときにナンセンスなものばかりだが、その一見する無邪気さよりも興味深いのはインスタレーションとしての性格だ。プロジェクトの記録は、会場内に点在するさまざまな仮設空間――音楽をプレイするためのステージ、パーティション、個室……――として再構築されている。開かれきらず、むしろ区切り、半分閉じるような不安定な空間のなかに配置された記録は、みかけのポップさに反して、誰かのプライベートな領域へと足を踏み入れるような緊張を覚える。いわばそれは、無意味さや無秩序さのなかにひそかに漂う、コレクティヴと他者、あるいはコレクティヴのなかの個同士のあいだに生じる緊張を追体験するようでもある。

 

 

装いこそ違えど、MAに通じる緊張感があったのは、小坂美鈴《my asterism》(京都芸術大学)だ。自室にあるモノを写真として撮影、平面のイメージとして巨大にプリントしたうえで、細切れにしたプリントを半立体に編み上げ再モノ化する。解説でも語られているとおり、精緻なブツ撮りというよりはカジュアルに撮影されたように見える写真そのものの質もあいまって、プライベートな領域を展示空間というパブリックな領域へ侵入させる(あるいは、パブリックな眼差しをプライベートな空間へ向ける)ような居心地の悪さを呼び起こす。と同時に、編むことで光沢のある印画紙のぬめっとした質感が強調され、浜辺にうちあげられた無脊椎動物のような、あるいは木の肌にはりついた菌類のような佇まいを見せる。眼差しの社会性とは無関係に、モノそれ自体がもつ擬人的な存在感が、生き物とモノの境界線をにじませるような印象も残してもいる。とはいえ、編まれ、縫い合わされて生じた、キメラ的というか、フランケンシュタイン的なオブジェとしての存在感をどのように扱うべきかがいささか宙に浮いているようにも思えた。

 

 

インスタレーションとしての構成についていえば、ファウンド・オブジェクトとして収集したブルーシート、それをモチーフとした絵画、そして、ブルーシートを収集した過疎化が進む地域の現状に関するリサーチの成果を展示する鈴木藤成《Local Resilience》(東北芸術工科大学)をMAなどと同じ線上においてもいいかもしれない。神社や祠などを保護するために山の中になかば朽ちかけながら設置されていたブルーシートは、照明を通じてそれ自体絵画的な質感を主張しはじめる。と同時に、巨大な間仕切りとして空間を別け隔てる機能も持っている。さらにその奥にはペインティングに加えて仮設壁に囲まれた公民館を模した資料展示が用意されている。スペクタクル的でもなければ、情報の多さで成立させるのでもない、言ってしまえば地味なインスタレーションではある。そこに滲む、地域の公民館的な独特な親密さもあいまって、ともすれば漠然とした「社会問題」として消費されかねない現状に対して、地域コミュニティが支える小さな公共の姿をかすかに感じさせる作品たりえていた(その点で、シュルレアリスティックな趣のあるペインティングの果たす役割は存外に重要だろう)。

 

コンセプトの鮮やかさと展示としての明快さという点でいえば、デジタルデータとしての写真と生成AIを題材に人間とイメージの関係を問うニコラス・ヴィオラ《Benjamin doesn't like AI》(京都芸術大学)はかなりスマートだ。印画紙にプリントしたAI生成によるマグショットを模したポートレイト、グリッチしてゆくデジタル・イメージ、写真を手書き及び読み上げ音声というかたちでバイナリデータをアナログに表象しなおすパフォーマンスのいずれも、方法の面でも素材の面でもデジタル・データとしてのイメージが抱える可変性=不安定さを的確に表象する選択がなされていた。一方で、そうした情報技術の側面ばかりではなく、ポートレイトや作者自身による単純労働にも似たパフォーマンス(あるいはヴァルター・ベンヤミンを参照したタイトル)が示すような、アイデンティティと表象の関係や、技術による主体の疎外といった問題へもう一歩深く鑑賞者を誘う演出が欲しくなってしまった。

 


展示された10組を見て、全体の傾向として興味深かったのは、東北芸術工科大学と京都芸術大学ではカラーがはっきり別れていたことだ。東北芸術工科大学からの出展作家はいずれも場所や土地にかかわる文化や記憶を参照している。一方、京都芸術大学はローカルな文脈よりもテクノロジーやコミュニケーションといった、よりマクロなテーマにアプローチする作品が多い。そうした観点から他の作品についても、詳しく紹介していく。

前者についていえば、前述したModern Angels、鈴木らはもちろん、国立新美術館の建つ土地の来歴を参照し、土地が持つ記憶をマテリアルとイメージを通じて呼び起こそうとする栗原巳侑《Ghost of architecture》は、国立新美術館の敷地から採取した土をマテリアルとして用いるペインティングに加え、床にかつて存在した兵舎の図面を復元。ふだんは展示のためのホワイト・キューブとしてニュートラルな仮面を被った美術館の空間に近代日本の痕跡を蘇らせる介入として、マイケル・アッシャーなどコンセプチュアル・アート以後の制度批判としてのインスタレーションを思わせる一方、「ストーンテープ理論」を通じてオカルト/スピリチュアルの文脈へも接近する二重性が興味深い。

 

また、東北の郷土玩具であるこけしにまつわる文献調査とフィールドワークから、伝統文化としてのこけしの歴史と現在を絵画化する篠優輝《こけしの旅》は、当初計画されていた大作の出展はかなわなかったものの、既存の作品とリサーチのための資料を再構成して展示。ヴィヴィッドな色彩に満ち、あたかもコラージュのように様々な場面が混在する画面はこけしというモチーフもあいまってポップ(かつグロテスク)に感じられる一方で、まさにそのこけしによってローカルな文化とのつながりを保持している。

 

他方、後者に関しては、たとえば入ってすぐに鑑賞者を出迎える菱木晴大《現代聖域》(京都芸術大学)は、衣服から工業製品まで廃材からなる巨大な注連縄だ。日本の信仰(神道)を参照しつつも、廃材を通じて現代社会を支える物質的な条件に言及する作品だが、全長5メートルほど、重さにして数百キロに及ぶという同作品の物理的な存在感は凄まじい。具体的なインスピレーション源は熊野本宮大社の注連縄だが、その場所の歴史性よりも、むしろ伝統的な信仰の象徴を読み替えて、私たちの暮らしそのもののスナップショットとして機能させている。

 

日本の消費社会の象徴としてのコンビニエンスストアにチベット医学の考え方を組み合わせたパフォーマンス型のインスタレーションItsushi Group(⽥英凡、流夢、ウィハンコ・ニコラス・ポール)《Marumart》は、日常的に手に入るジャンクな大量生産品から「薬」をつくりだすというアイデアが秀逸で、インスタレーションに用いられているオブジェやハンドアウトもとても魅力的。コンビニというインフラに支えられる日本社会に対するコメンタリーであると同時に、架空の企業というツイストを通じて多文化の混淆を実演する、一種のスペキュラティヴなフィクションになっていた。

 

 

また、同心円状に設置されたヴェールに囲まれた領域を、シンプルなセンサーによって半自律的に動作するおもちゃがひっきりなしに動き回るDbl.RT FW《Free Humanity》(黄安琪、曾旭鹏)は、現代の情報環境における個と群衆のあり方を皮肉かつユーモラスに重ね合わせる。キーキーと雑音を発しながら動いては他の個体やフレームにぶつかりささやかなカオスをつくりだすおもちゃの姿には、インターネット上で居丈高に振る舞う「ネット弁慶」の姿も投影しているという。しかしもっとも興味深いのは、フラットなひとつの空間ではなく、いくつかの同心円に区切られていることだろう。国家をはじめさまざまな権力によるファイアーウォールがネットワーク上に迷宮を作り出し、コミュニケーションのアーキテクチャがフィルターバブルを発生させる……等々、情報空間のいびつさを端的に表現していた。

 

地面に置かれた環状のロープに沿って3人のパフォーマーが歩き続けるのにあわせてロープを変形させ、移動してゆく張子宜《Happening Performance FLOW》は、パフォーマンスのルールも、展示されているその記録映像もごくシンプル。個々のパフォーマンスは自ずとその場所や人とのインタラクションを中心となり、サイトスペシフィックな性格をもつ。一方で、パフォーマンスそのものは可搬的で、さまざまな場所で実践することができる(事実、展示会場でも会期中にパフォーマンスが行われている)。私‐あなたの二項関係から抜け出す最小限の「社会」を内包するパフォーマンスが場所と関わる記録映像はそれ自体興味深く、本展に限らない継続的な展開や、自律した映像作品としてのポテンシャルも感じた。

 

ジャンルも技法も違えば、ローカルからグローバル、あるいはプライベートからパブリックまで、扱っている空間的・時間的・社会的スケールも異なる作品が集まった本展には、「じゃぶじゃぶ池」的な公共性そのものを寿ぐというよりは、むしろ遊びの過程でうまれ、増幅したり打ち消し合ったりするさざ波を肌で感じるような、エネルギーの交換の面白さがある。

それはもしかすると、この一風変わった教育プログラムが持つ特徴なのかもしれない。今回作品・展示として結実した制作活動が、どのようにそれぞれの作家へとフィードバックされていくかは未知数だ。なにしろ、鈴木藤成のように二度目の参加を果たした者がいる一方で、出展したアーティストのなかにはDOUBLE ANNUALへの参加を前提に組んだユニットもある。だからこそある種刹那的でもある「ごちゃまぜ」のパワーが満ちている。一方で、プロフェッショナルのサポートを得ながら一年がかりで磨いてきただけあって、見応えのある展覧会へと結実しているのはたしかだ。両大学のカラーの違いも、間違いなくアートを学ぶ学生にとっては豊かな経験と刺激になっただろう。本展が各々の「これから」につながるひとつの土台になることを祈りたい。

(文=imdkm(いみぢくも) 写真=冨田了平)

 

imdkm(いみぢくも)
ライター。山形在住。DJやビートメイクもたしなみつつ、ポピュラー音楽を中心に音をめぐる表現について幅広く執筆やインタビューを行う。単著に『リズムから考えるJ-POP史』(blueprint、2019年)。

 

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