東京の一等地、GINZA SIXに現れた宇宙空間に炸裂する猫たち
2024年4月5日、GINZA SIXの中央部の吹き抜けに、宇宙船に乗った巨大な猫、そこから飛び出す無数の猫のインスタレーションが公開されて、大きな反響を呼んだ。瞬く間にSNSでは大量の写真が投稿されている。それは現代美術作家、ヤノベケンジ(美術工芸学科 教授・ウルトラファクトリーディレクター)の《BIG CAT BANG》(2024)という作品だ。来年夏まで展示される予定である。4月5日の開館前には、ヤノベとディレクションを手掛けた後藤繁雄(大学院 芸術研究科教授)による記者会見と内覧会が開催された。
もしその空間を知らずに見たら思わず「何だこれは!」と叫んでしまうだろう。理解を超えた作品であるし、その上、あまりに精巧にできているので、明確な設定があることも感じることができる。しかしそれが何なのかはわからない。そのような驚きと疑問が、瞬間に訪れるから知性や感情も超えて爆発してしまうのだ。
松阪屋銀座店跡地にGINZA SIXができたのは2017年。今までの百貨店のイメージを塗り替え、その名の通り銀座6丁目に誕生した複合商業施設は、ハイブランドだけではなく、文化を発信することをアピールするために、館内のさまざまな場所にパブリックアートを設置するほか、中央の吹き抜けの空間には、世界の第一線で活躍しているアーティストやデザイナーに委嘱し、インスタレーションを展示してきた。第一弾の草間彌生の赤い水玉が塗られた白いカボチャが浮いているイメージを覚えている方も多いだろう。その後、ダニエル・ビュラン、ニコラ・ビュフ、塩田千春、クラウス・ハーパニエミ、吉岡徳仁、名和晃平(大学院芸術研究科 教授)、ジャン・ジュリアンと空中展示ならではの展開をみせてきた。
後藤が、7周年になる今年、白羽の矢を立てたのがヤノベケンジだ。それには大きな理由がある。GINZA SIXは、銀座の新しいシンボルとなり、インバウンド・ブームに乗って、多くの国内外の観光客が来ていたが、2020年から3年間はコロナ禍のため、海外からの渡航者がほとんど来られなくなった時期もある。その間、東京オリンピックの延期やロシアによるウクライナへの侵攻、さらにイスラエルとハマスの紛争が起こるなど激動の時代をくぐりぬけてきた。そして2025年に大阪・関西万博が控えるなか、1970年に岡本太郎が大阪万博で打ち立てた《太陽の塔》のような、強い希望と創造のエネルギーを発信できるのは誰かと探したとき、ヤノベケンジしかいないと思った、と後藤は語る。
1965年に生まれたヤノベは、1971年、大阪万博跡地に隣接する茨木市に引っ越し、パビリオンが無残に解体されていく現場を遊び場として育った。突然現れた未来都市が、瞬く間に消えていく現場を「未来の廃墟」と名付け、何もなくなった場所だから何でもつくれるのではないかと思ったという。とはいえ、《太陽の塔》は残り、建築家・丹下健三が設計した「大屋根」や磯崎新のつくった全長13mの演出ロボット《デメ》や《デク》もしばらく放置されており、強く想像力を刺激された。
ヤノベは、1990年の生理食塩水に満たされた隔離タンクの中で瞑想できる彫刻《タンキング・マシーン》でデビューして以来、日本のサブカルチャーで育まれた美学を、現代アートの中で表現すると同時に、1997年に原発事故後のチェルノブイリに自作の放射線感知服を着用して探訪した《アトムスーツ・プロジェクト》(1997~2003)や東日本大震災・福島第一原発事故後に希望のモニュメントとして制作した巨大な子供像《サン・チャイルド》(2011-2012)など、現在の社会的問題をモチーフに制作し続けてきた。
では、今回の《BIG CAT BANG》はどのような意味があるのか?
《太陽の塔》と《SHIP'S CAT》
《太陽の塔》は、丹下健三が設計した、高さ約35mの「大屋根」を突き破った全長約70mの「ベラボーな」ものとして知られている。それは岡本太郎がテーマ展示プロデューサーとして手掛けたテーマ館の一部であり、最初のコンセプトに「生命の樹」があった。全長約291mの巨大な大屋根と地上を結ぶものとして「生命の樹」を着想し、5大陸を表す5つの塔を構想したが、最終的に3つの塔を立てることになる。その中央が《太陽の塔》であり、内部に「生命の樹」を内包していた。塔内展示になった「生命の樹」は、原生生物からクロマニョン人まで、生物を模型にして、巨大な樹に取り付け、過去・根源の世界から吹きあがる「生命のエネルギー」を表現した。そして、未来・進歩の世界は、右の手から大屋根に登れるようにして、空中展示として大屋根の中で表現した。過去を表す地下展示では、地球にいのちが誕生し、心が生まれる過程を表現している。「生命の樹」は、2018年に岡本太郎記念館館長の平野暁臣がプロデューサーとなった内部再生事業によって修復され、再び見られるようになった。
ヤノベは、岡本太郎や「生命の樹」がテーマである《太陽の塔》を継承するならば、さらにその根源まで遡り、宇宙の誕生、つまりビックバンから考えるべきだと思ったという。それは「芸術は爆発だ!」と語っていた岡本太郎のオマージュでもある。岡本太郎は、1970年の大阪万博の際、楽観主義的な未来技術のデモンストレーションが繰り広げられる中、一人未来とは逆の過去や根源を向いた塔を建てた。それをど真ん中でやることが対極主義を掲げる岡本太郎の態度だったといえる。実際、21世紀には科学技術の進歩によって、多くの問題が解決されると信じられていたが、21世紀になって現れたのは絶望的ともいえる分断と対立、人間が引き起こした自然の脅威、そのため滅亡するかもしれない厳しい現実である。
それでもなお、みんなが見るだけで希望や勇気が湧いてくるような作品はできないか。ヤノベが考えたのは、壮大な宇宙誕生から現在までの物語に、自身が現在制作している《SHIP'S CAT》のシリーズと岡本太郎の《太陽の塔》を織り込むことだった。
実は《SHIP'S CAT》はGINZA SIXと同じ2017年に生まれている。そして、その年の冬、GINZA SIXの蔦屋書店で展示されているのだ。《SHIP'S CAT》の第一号は、博多のホステルのためのパブリックアートとしてつくられた。ヤノベは、日本最初の人工港「袖の湊」のある博多には、船に乗って猫も来たのではないかと考え、「船乗り猫」をモチーフに若者や人々の旅を見守り、福を運ぶ猫として《SHIP'S CAT》と名付けた。実際、博多を起点にした遣隋使や遣唐使でも、大切な仏典や仏具をネズミなどの害獣から守るために猫が乗せられたと言われている。
猫は古代エジプトではすでに船に乗せられており、そこから地中海沿岸に広まった。また、古代エジプトでは大量の猫の像や猫の頭部をした神様もつくられている。大航海時代には、船体や貨物を傷め、疫病を流行らせるネズミを駆除するために乗せられ、世界中を旅するようになる。その際、長い航海において船員の心を癒す友やマスコットとなり、天候や未来を予知する能力があるとされたため神様のようにも扱われてきたのだ。
《SHIP'S CAT》の宇宙服や水中服に見えるヘルメットやスーツは、水が嫌いな猫が水中でも潜ったり、若者が生きる時代には、宇宙にもついて行けたりするように、人々の旅や若者の冒険を誘ってほしいと願いを込めている。《SHIP'S CAT》シリーズは博多を皮切りに、福島、京都、大阪、東京、広島、香川に加え、パリ(フランス)、上海(中国)、広域市(韓国)、屏東県(台湾)など世界各地で展示されたり、恒久設置されたりしてきた。特に、2021年には、2022年に開館した大阪中之島美術館のシンボルとして、《SHIP’S CAT(Muse)》が設置され、多くの人々に知られるようになった。
地球外から生命を宇宙猫が運んでくる壮大なストーリー
ヤノベが着想した物語はこうだ。宇宙の誕生ビックバンから地球に生命が育まれる過程において、《太陽の塔》のような宇宙船に乗った宇宙猫が、さまざまな星を探訪し、地球を発見して「生命の樹」を植えてきた。そして、ビックファイブと言われる、5度の生命絶滅の危機を助け、人類の誕生を見守ったが、力尽きてなくなった。しかし、今我々のそばにいる猫は、その子孫で、千里丘陵に残る《太陽の塔》は動かなくなった宇宙船の姿かもしれない…。つまり、わたしたちが猫を愛でたり、船乗り猫《SHIP'S CAT》が「旅の守り神」のように扱われるのもその遺伝子を継ぐからでもあるというわけだ。
ヤノベは記者会見では、「妄想ストーリー」と語っていたが、実は、近年発見されてきている科学的事実も参考にしている。1970年当時は地球に生命が誕生したのは、地球上の物質によるものだとされていたが、近年では「パンスペルミア説」と言われる地球外起源説も有力な仮説が現れている。「パンスペルミア」とは、汎用のパン、精子や種、種撒きを意味するスペルミアとの合成語である。2022年、日本人研究者が、太陽系の最古の隕石から、生物のDNAやRNAに含まれる核酸塩基5種類(ウラシル、シトシン、チミン、アデニン、グアニン)を発見したと発表している。
地球外の物質と地球内の物質が組み合わさり、生命が誕生した可能性が示唆されたのだ。人類や動植物、ウイルス、菌類に至るまで生命体の共通の祖先を、ルカ(LUCA、Last Universal Common Ancestor)という。今回ヤノベが《太陽の塔》を模した宇宙船に命名した名前はLUCA号である。つまり、地球外から宇宙の種が運ばれたという、パンスペルミア説をイメージしているのだ。
ヤノベはそのようなストーリーを考え、生成AIを使って、ショートムービーをつくった。ヤノベはその壮大なストーリーの最初である、宇宙猫が宇宙全体に「生命の樹」を植えるために宇宙中を飛び散るその瞬間を、GINZA SIXの巨大な中央吹き抜け空間で表現したというわけである。
後藤繁雄が企画・編集を手掛けたメイキングブックには、岡本太郎記念館の館長である平野暁臣とヤノベケンジの対談が収録されている。平野は、岡本太郎の秘書兼養女であり、公私のパートナーであった岡本敏子の甥である。長年、万博を始めとしたさまざまな展示を手掛けてきたディスプレイのプロフェッショナルでもある。平野は、岡本太郎とヤノベケンジは全く違うと指摘する。岡本太郎は、作品に意味やメッセージを含めないが、ヤノベは分厚いストーリーをつくってそこにメッセージを込めているからだ。しかし、二人が対極にあるからその対峙や衝突が面白いし、とんでもなく大きく、馬鹿げているものであり、世間体などを気にせず、そのまま自分を社会に突き出している部分は共通点があると指摘する。
また、核が炸裂するその瞬間を捉えた《明日の神話》(1969)と同じように、いのちの種が飛翔するその瞬間を捉えたという点において似ている部分もある。生と死という反対ではあるが、構造的には同じである。思えば、ルネサンス以降の絵画は、神話や聖書といった、物語のあるシーン、瞬間を捉えたものが多かった。それは、ダ・ヴィンチの《最後の晩餐》( 1495 -1498)、ミケランジェロの《最後の審判》(1535-1541)などはその典型例だろう。古典主義的な物語性は、モダニズム以降排除されたが、漫画や映画など大衆芸術には継承された。ヤノベは、ベラボーなものを社会に打ち出す点において岡本太郎の遺伝子を継承し、物語性を日本のサブカルチャーから継承したといえるだろう。
岡本太郎と共作したヤノベケンジの最高傑作
ヤノベは、自身の今までの作品の中で最大であり、最高傑作と語る。その圧倒的な空中展示は、まさに今までにないものかもしれない。中央には、《太陽の塔》を模した巨大な宇宙船LUCA号が吊り上げられ、その上には大きな宇宙猫が乗っている。対角線状に、LUCA号から2匹の大きな宇宙猫が外に向かってジャンプしている。さらに、約400体もの小さな宇宙猫が一斉にジャンプしている状態が、インスタレーションとして表現されている。
LUCA号の中央部分や腹部・首に付けられている円形窓からは巨大な宇宙猫が顔を覗かせており、手の部分にも手が上下に開いて、その穴の中から宇宙猫が顔を出して、今にも飛び出しそうである。後方のジェットノズルの中央にも宇宙猫が顔を出している。さらに細かいのは、《太陽の塔》の登頂部にあたる「黄金の顔」に猫の耳がついていたり、背面部の「黒い太陽」も猫の顔になっているところだ。驚くのは、このとんでもないインスタレーションの3DCGによるプランイメージと、実際のインスタレーションを見た感覚がほとんど違わないことだ。もちろんバルーンでつくられているが、その再現度の高さ並大抵ではない。メイキングブックと比較したらよくわかるだろう。
小さな宇宙猫は、《SHIP'S CAT》シリーズのカプセルトイを制作しているキタンクラブが今回のインスタレーションのためにフィギュアを制作しており、こちらも精度が高い。さらに、このインスタレーションを実現した、展示技術も素晴らしい。実は、この空中展示は、営業しながら設営が行われるため、2階にあるブランドショップの上に足場を組み、閉店後から営業まで3日間設営を繰り返して完成したという。途中トラブルもあったようだが、その完成度には目を見張るしかない。小さな宇宙猫は、空調によって少しずつ揺れており、それがまたプランイメージとは異なる、生命のゆらぎを感じさせている。
そして、空中インスタレーションの素晴らしさは、2階、3階、4階、5階の各階のフロアとエスカレーターによってさまざまな角度から見られることだろう。それはまさに、3DCGやバーチャルリアリティを見るわれわれの視点である。しかし、現実にはそのような多視点で彫刻を観察できることはほとんどない。2階のブランドショップの通路から、真上の宇宙船LUCA号から放射状に広がる宇宙猫の飛翔を見るのも大迫力だ。岡本太郎は、高速道路のような交通網が発達したことによって、縄文土器の立体性も発見できると指摘した。実際、《太陽の塔》はエスカレーターでジグザグに昇って「生命の樹」を鑑賞できる構造になっていた。《BIG CAT BANG》は、360度取り囲んで見られるようになっており、まさにデジタル技術の発達によって見えてくる空間的作品といえるだろう。
4階の各コーナーには、フィギュアではなく、《SHIP'S CAT》シリーズの彫刻、《SHIP'S CAT(Flying)》(2024)、《SHIP'S CAT(Clew/Black)》(2023)、《SHIP'S CAT(ONK-1)》(2023)が展示され、間近で見る彫刻のマテリアルを見ながら、中央部のインスタレーションを見ると、実際の重量感のある彫刻が浮いているようにも見えてくるという仕掛けだ。《SHIP'S CAT(ONK-1)》は、昨年オープンした茨木市の文化・子育て複合施設 おにクルのためにつくられ先日まで展示されていた。ヤノベは銀座にショッピングに来ていると冗談めかして語る。《SHIP'S CAT(Clew/Black)》は、「世界最速の彫刻」をコンセプトにした電機自動車の作品《SHIP'S CAT(Speeder)》の助手席に座る作品の一つだ。《SHIP'S CAT(Flying)》は、今回GINZA SIXの展示に合わせて制作された。さらに、岡本太郎記念館から、《太陽の塔》の1/50原型模型が特別に貸し出しされ、展示されている。
平野暁臣からは、岡本太郎の過去の作品をそのまま出すのではなく、岡本太郎が生きているということを示してほしいという要望があったと、GINZA SIXのプロモーション・サービス部の村山晃史は明かしている。北海道出身の村山だが、1970年の大阪万博に実際に行き、《太陽の塔》に衝撃を受けたひとりだ。村山は、多くのブランドも創造の産物であり、根底には同じものがある。日本社会が落ち込んでいるように見えるが、素晴らしい創造のエネルギーがあることを示したかったと述べている。平野は、岡本太郎と「共作」をすることによって、岡本太郎の遺伝子が生きていることを社会に示すことができるし、それを生み出す力のある作家としてヤノベケンジを挙げている。今回、まさに宇宙・生命の旅と同時に、岡本太郎の遺伝子も強く生きていることが実感できるのではないか。
岡本太郎記念館では、2011年、岡本太郎100歳記念として開催されたTARO100祭「ヤノベケンジ:太陽の子・太郎の子」展以来、13年ぶりにヤノベケンジの個展「ヤノベケンジ:太郎と猫と太陽と」(仮)が7月12日〜11月10日に開催され、相互補完的な内容になる予定だ。重層的なストーリーがどのように紡がれるかも目が離せない。
ヤノベは、コロナ禍や気候変動、そして戦争が拡大するなかで、46億年の宇宙と生命の旅をもう一度、俯瞰的に見る必要があると語る。まさに、GINZA SIXでは、永遠と続いてきた生命の旅とその起源を俯瞰することになるだろう。そして、その膨大なエネルギーとそれを象徴する無数の宇宙猫を見ることで、わたしたちが生きる力と行くべき方向を見直すことができるのではないか。
(文=三木 学)
(TOP画像 ヤノベケンジ《BIG CAT BANG》2024 GINZA SIX(東京)撮影:Yasuyuki Takaki)
ヤノベケンジ「BIG CAT BANG」
「太陽の塔」の形をした巨大な宇宙船のLUCA号の背中に「SHIP’S CAT」が乗る。
そして宇宙船からは、数百もの「宇宙猫」が飛び出す。
展示場所 GINZA SIX 2F 中央吹き抜け
展示期間 2024年4月5日(金)~2025年夏(予定)
サイズ 奥行86×幅63×高さ66メートル
協力:岡本太郎記念館
https://ginza6.tokyo/magazine/194788
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