緞帳が上がった瞬間、私は思わず「やばい……」と呟きました。
コンサートの一曲目は、小林幸子さんがニコニコ動画に「歌ってみた」を投稿し、今では十八番となっている『千本桜』。目の前には舞台の幅いっぱいにドレスの裳裾を広げ、遥か高みから私たちを見下ろす小林幸子さんのお姿が。
照明をめいっぱい受けて眩く輝くスパンコールは、まるで鳳凰の纏う炎のよう。まさに「ラスボス」の名にふさわしい威容です。
それが、京都鴨川音楽祭2023「小林幸子コンサート」の幕開けでした。
京都鴨川音楽祭2023とは?
京都鴨川音楽祭2023は、京都芸術大学情報デザイン学科クロステックデザインコースの授業の中から生まれた、今年で3回目を迎えるイベントです。
今年度は【伝統と革新のダイアローグ: 三世代で楽しみ、京都から新しい挑戦と出会いを生む音楽祭】をテーマとし、「小林幸子コンサート」を企画しました。
コロナ禍を通し、今まで「当たり前」だと思っていた人とのつながりが「当たり前」ではないということに気付いた学生たち。
そのことが「自分たちも両親や祖父母と一緒の思い出を作る時間が少なくなっている」現実を見つめ直す機会となり、生まれたテーマが「三世代で楽しめるコンサート」です。
そして、学生たちがそのテーマにふさわしいと考えたアーティストこそ、小林幸子さんだったのです。
好評に終わった「和菓子と楽しむ叡電」企画
コンサート当日。春秋座への入口の近くには、京都音楽祭のTシャツを着た学生たちが、ショーケースの前で何やら呼び込みをしていました。「和菓子と楽しむ叡電」チームの学生たちです。
京都市内の和菓子店6店とコラボレーションし、叡山電車にある17の駅やその地域の魅力を最大限に味わう企画です。駅と地域をモチーフにした新たな感性で表現した美しい限定和菓子を創作し、そのうちの六種類を叡山電鉄出町柳駅改札横で販売しました。
「和菓子、さっき出町柳駅のほうで完売しちゃったんです」と語るのは和菓子チームのリーダー、建木 紫邑さん。「売りはじめる前から三十人近く並んでくださって……四十分で全部なくなりました。春秋座では冊子だけしか売れなくて……」
ショーケースの中には、実際に販売をした六種類の和菓子が置かれていました。売り切れてしまったのは残念でしたが、盛況だったようでよかったですね!
舞台裏に潜入!
リハーサルが終わり開演が近付く舞台裏では、クロステックデザインコースの学生たちが忙しそうにお弁当の準備をしていました。開演は17時。腹ごしらえをしておかなければ、終演まで気力を保つことはできません。
目を引いたのは、ケータリング(※舞台技術者や演者が補給ができるようお茶やコーヒーを準備してある区画)のところにある「MU COFFEE」という立札。気になって訊ねてみると、タイから留学しているRATCHATAJAROENTAD PONRAWITさん(ニックネーム:ムーさん/クロステックデザインコース・4年生)の卒業制作なのだそうです。
タイと日本を行き来するような仕事をしたいという思いから、地元タイのコーヒーを発信したいと考え活動しているムーさん。様々なイベントでドリップやコーヒー豆の販売をしています。
取材をしていると、コンサートに出演するジャグラーのボンバングーさんがケータリングにやってきました。「このコーヒー、学生さんがされてるんですよ」とお伝えすると「へえ~!」と驚きの表情。
ビジネス・テクノロジー・クリエイティブをつなぐクロステックデザインコースでの取組みから生まれた素敵な卒業制作ですね。ムーさん、これからもがんばってください!
開演前には学長や「SHIP’S CAT」の生みの親であるヤノベケンジ教授らが小林幸子さんの楽屋へご挨拶。その列には卒業生のお二人がいらっしゃいました。
お二人が手に持っていたのは、KYOTO T5(京都伝統文化イノベーション研究センター)が生み出した人気商品のひとつ、「HANAO SHOES」。京都芸術大学とのコラボレーションの思い出になる、素敵なプレゼントですね。
三世代の絆をつなぐコンサート
一曲目「千本桜」のあと、地上に降り立った幸子さん。「小林幸子コンサート」をここまで作りあげてきたクロステックデザインコースの学生のお二人と担当の先生が舞台に上がり、コンサートについてのトークが始まりました。
幸子さんは学生からの依頼を受けたとき、「私でいいの?」と思ったのだそうです。しかし、学生たちの話を聞くうちに納得し、このコラボレーションが実現しました。
また、このコンサートのために作られたという全長約4メートルの「SHIP’S CAT」が中央に鎮座していました。元はと言えば、パパ・タラフマラ『ガリバー&スウィフト −作家ジョナサン・スウィフトの猫・料理法−』(2008年・春秋座)の舞台美術として製作された猫の彫刻。15年の時を経て、「SHIP’S CAT」として舞台に帰ってきました。
「この子はなんていう名前ですか?」と幸子さんに急遽(!?)話を振られたヤノベケンジ教授。幸子さんから名前を取って、「さちネコ」というそうです。
コンサートはさだまさし作詞作曲の『茨の木』や中島みゆき作詞作曲の『幸せ』などの名曲の数々から、果てはビッグバンドの名曲『シング・シング・シング』に合わせた演者紹介や、シャンソンの名曲『愛の賛歌』まで……
幅広いジャンルでありながら、いつも「私はいま確かに小林幸子の歌を聞いている」という気持ちになるのは、「幸子節」と言うべき確固たる表現の成せる業でしょう。
ヤノベケンジ教授は一人のアーティストとして小林幸子さんと真っ向勝負をするような気持ちでこの「さちネコ」を作ったそうです。
「『ヤノベケンジ』という名前が出ている限り、適当な事はできない。プロとして、小林さんに敬意を払い、自分のできる精一杯の事をやりました。このコラボレーションを見て、学生たちに何かを感じてもらえたらと望んでいます」。
「私がデビューした『ウソツキ鴎』の頃を知っておられる方はさすがにおられませんよね?」
ほぼ満席の客席にそう問いかけると、ちらほらと手が挙がりました。ところどころに「幸子様愛してる」等と書かれたうちわや、ペンライトを振るファンの姿も見えます。普段の春秋座ではあまり見ない光景です。
休憩を挟んで後半。舞台上には京都芸術大学附属高校生が作った「瓜生山ねぶたーツナガリー」と、和太鼓が置かれていました。京都芸術大学の和太鼓サークル「和太鼓 悳」とのコラボレーションのはじまりです。
『大江戸喧嘩花』を共に演奏し、ソロステージに挑む「和太鼓 悳」の皆さん。小林幸子と同じステージに立てるという喜びを一心に表現するような活き活きとした演奏に、客席からも喝采が湧きました。
「ザ・演歌」とも言うべき名ナンバーを歌い上げフィナーレを迎える前に、小林幸子さんの来歴を伝えるビデオが映し出されました。
天才少女として華々しくデビューしたもののその後次第に仕事が減り、思うように歌を仕事にできない日々が続いた幸子さん。しかし『おもいで酒』のヒットをきっかけに再び人気を取り戻していきます。
そして、アンコールではふたたび『千本桜』。「和太鼓 悳」のメンバーたちが客席で和太鼓を叩く演出に客席も熱狂し、素晴らしい幕切れとなりました。
数えきれないほどの早着替え、生のバンドにダンサー、ハイクオリティな音響と照明……プロの本気をまざまざと見せつけられた二時間半でした。
終演後、ロビーに立ってお客様をお見送りしていると、おばあちゃんおじいちゃんとご両親と一緒に来ているであろう学生さんたちの姿を沢山見ることができました。
すばらしい「三世代をつなぐコンサート」となった京都鴨川音楽祭2023「小林幸子コンサート」。これからもクロステックデザインコースは、社会と芸術を技術で橋渡しとなるような取組みを発信していきます。
(文:天谷 航)
京都鴨川音楽祭「小林幸子コンサート」曲目
第一部
・千本桜
・しろくろましろ
・もしかして Jazz ver.
・風といっしょに
・茨の木
・幸せ
・Sing Sing Sing
・青空の破片
第二部
・雨月伝説
・大江戸喧嘩花
・和太鼓 悳 ソロ演奏
・おもいで酒
・とまり木
・やんちゃ酒
・雪椿
アンコール
・千本桜
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