REPORT2024.03.06

アート

「お祭り広場」から「育てる広場」へ。想像力を育む文化・子育て複合施設「おにクル」とヤノベケンジの《SHIP’S CAT》

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  • 京都芸術大学 広報課

「育てる広場」を体現した文化・子育て複合施設「おにクル」

「おにクル」と言う名前を聞いたことがあるだろうか?

茨木市の新しい文化・子育て複合施設で、昨年11月26日に開館した。「おにクル」という一風変わったネーミングは、一般公募で寄せられた約2700件の案の中から市民投票で選ばれたもので、市内に住む当時6歳の子供が命名したものだという。茨木市には、大江山を拠点にした酒呑童子の家来で茨木出身の鬼「茨木童子」をモチーフにしたキャラクター「いばらき童子くん」がいて、さまざまな街のサインに使われているため馴染み深い。そのような「鬼」でも来たくなる場所という想いが込められている。

茨木市は大阪市内にも京都市内にも近い交通の便のよい郊外都市である。西にあるJR茨木駅と東にある阪急茨木市駅までは約1.5㎞、徒歩15分ほど離れている。その中央あたりに南北に通る道があり、その周辺に茨木市役所や消防署、公園などが集積している。今回、市民会館や消防署の屋上にあったプラネタリウムの老朽化に伴い、茨木川緑地に文化と子育て支援を融合した複合施設が「おにクル」というわけである。

おにクル外観

茨木市文化・子育て複合施設 おにクル

総工費約165億円、地上7階建、延べ床面積は約2万平方メートルの巨大プロジェクトであり、その中には大ホール「ゴウダホール」や多目的ホール「きたしんホール」、プラネタリウム、図書館、子育て支援施設など、文化と子育てに関する機能が集積している。設計した中心人物、伊東豊雄は、安藤忠雄らとともに「野武士」と称された建築家で、キャリアのはじめは個人住宅が多く公共建築を手掛けるのは遅かった。しかし、1990年代以降、「せんだいメディアテーク」「多摩美術大学図書館」など国内でもユニークな構造を採用した建築で有名になり、建築界のノーベル賞とも称されるプリツカー賞やヴェネツィア・ビエンナーレ金獅子賞を受賞している。

東京を拠点に国際的に活躍しており、一般の人でも国立競技場の再コンペで隈研吾のチームと争ったのは記憶に新しいと思うが、意外なことに大阪での公共建築はなかった。それが茨木市で非常に洗練された形で実現されたことは喜ぶべきことだろう(「おにクル」は、伊藤豊雄設計事務所と竹中工務店による設計)。実は伊東は、大阪万博で《エキスポタワー》を設計した菊竹清訓事務所の出身で、大阪万博にも参加している。しかし、『太陽の塔』が注目を集め、最新の建築群が関心を持たれてない状況を見て建築の在り方に疑問を持ったという過去があるという。

「おにクル」のコンセプトには、「育てる広場」「共創の中心地」「実験場・見本市」「日々何かが起こり、誰かと出会う」というキーワードが掲げられているが、奇しくも大阪万博の「お祭り広場」のコンセプトや機能と極めて近い。伊東は「建物の中を公園のように自由に歩き回っていろいろな使い方ができる」「各階の機能は“縦の道”によって互いに融け合い」と指摘している。構造的には、7階のフロアにさまざまな機能を持たせ、中央に円筒のような吹き抜けの穴をあけ、広場や公園を内包するように周遊できる仕組みになっているのだ。縦に伸びたスパイラルの広場といってもいいかもしれない。「お祭り広場」と異なるのは期間限定ではなく、人々を育てる、人々が育てるという点だろう。

1階には「まちのなかの森もっくる」と「カフェ」、2階には「一時保育室」「こども支援センター」「子育てフリースペースわっくる」「えほんライブラリー」「おはなしのいえ」などがあり、低階層に交流するプラザや子育て支援の機能を充実させている。中階層にはスタジオや音楽ホール、高階層にはライブラリー、さらにコワーキングスペースや市民活動センター、最上階にはプラネタリウムが設置されており、まさにすべてを詰め込んだ複合文化施設といってよい。

なかでもサイン計画や照明、カーテンなどの各設備にはスペシャリストが参加し、アーティストとしては「子育てフリースペースわっくる」に山城大督(アートプロデュース学科専任講師)の映像インスタレーション「ワンダーウォール」や南側の巨大な壁面には、宇宙の運行をプログラミングした、名和晃平(大学院芸術研究科教授)の巨大なリング状の彫刻が恒久設置された。「ワンダーウォール」には大きな緑の円と、赤い三角、その間に小さな青い水玉が描かれており、上から落ちてくる光が、それらに降り注ぎ輪郭に沿って、下に落ちていく。手を壁に近づけると光の玉が集まってくるという仕掛けで、子供たちが光の玉を取ろうとしたり、集めようとしたりしてひっきりなしに遊んでいる。

山城大督《ワンダーウォール》
名和晃平《Cycle》


さらに、2階のテラス部分に突き出している「おはなしのいえ」は、1995年に公開されたスタジオ・ジブリ制作のアニメ映画『耳をすませば』の劇中に出てくる「バロンのくれた物語」の背景画として知られる茨木市在住の画家、井上直久がデザイン案を手掛けた。井上は広告代理店に勤務した後、春日丘高校で美術教諭をしながら、茨木市をモチーフにしたファンタジーの世界「イバラード」をテーマに制作し続けている。実は、高校時代に井上に教えを受けたのがヤノベケンジ(美術工芸学科教授、ウルトラファクトリーディレクター)である。

おはなしのいえ

《SHIP’S CAT》が「おにクル」に迷い込むストーリー「おにクル×シップス・キャットプロジェクト」


ヤノベは、「おにクル」開館にあたり、1年間、その施設を活かして魅力を発信するプロジェクトを依頼された。実は、ヤノベは新しいタイプの美術館のオープニングイベントに携わる機会が多い。

例えば、水戸芸術館の初めてのアーティスト・レジデンス・プロジェクト「妄想砦のヤノベケンジ」(1992年)や金沢21世紀美術館の開館時の「子供都市計画」(2004~2005年)、2022年の大阪中之島美術館の開館には《SHIP’S CAT(Muse)》(2021)を恒久設置し、それ以降、定期的に開催されている芝生広場にマルシェでは、《SHIP’S CAT(Muse)》のキャラクターを継続的に描き下ろしたり、1周年イベントでも《SHIP’S CAT(Speeder)》(2023)を展示したり、レゲエ・ミュージシャン、三木道三との共作絵本『SPACE SHIP’S CAT Zitto & Gatito』(2023)のライブ&トークイベントを開催している。

今回は、今年参加したウルトラプロジェクトの10人の学生と一緒に、「おにクル×シップス・キャットプロジェクト」を立ち上げ、館内全体に《SHIP’S CAT》のストーリーを展開する仕掛けを施した。

《SHIP’S CAT》は、太古から荷物を狙うネズミ退治のために、船に乗って人間と移動し、特に大航海時代以降は「SHIP'S CAT」と称されて世界中を旅した猫をモチーフにした彫刻作品である。長い船旅を癒すマスコットや守り神のように扱われてきたことから、「幸運を運ぶ旅の守り神」として、世界各国、日本各地を巡回し、恒久設置されてきた。

そこで学生たちは、新しい施設である「おにクル」にネズミが迷い込み、それを退治するために《SHIP’S CAT》が来たというストーリーを考え、館内に至るところにネズミのシートを貼り付けた。注意して見ると、トイレの中や図書館の階段などさまざまなところにネズミがいることを発見できるだろう。さらに、《SHIP’S CAT》をモチーフにしたブックカートや《SHIP’S CAT》のワッペンやシルクスクリーンを印刷した図書館職員用のエプロンも制作し、ネズミを追いかけている様子を館内に展開した。

 

ヤノベは新作として《SHIP’S CAT (ONK-1)》(2023)と、《SHIP’S CAT (ONK-2)》(2023)を制作し、図書館の本棚の上と、井上が制作した「おはなしのいえ」の屋根に設置した。本棚の上の《SHIP’S CAT (ONK-2》は、上から図書館で読書している人の本を覗き込んで興味を持ったり、見守ったりしている。《SHIP’S CAT (ONK-1)》は屋根の上に乗り、「おにクル」に来る人々を見守ったり、おはなしの世界へ誘おうとしたりしているようでもある。素材の色が中心の建物に、小さくとも朱色の鮮やかな色をまとっている《SHIP’S CAT (ONK-1)》は、広場からでもよく目立ち、アクセントになっているのが印象的だ。

SHIP’S CAT (ONK-2)
SHIP’S CAT (ONK-1)


「おにクル×シップス・キャットプロジェクト」は、開館時は第一弾としてスタンプラリーをつくり、会場の3か所にあるスタンプをすべて集めると、缶バッチがもらえるというプログラムを実施した。猫の持ち手のあるスタンプもウルトラファクトリーの3Dプリンターで出力して色付けし、スタンプのデザインやキーホルダー付きのスタンプラリーの台紙、缶バッチのデザインや制作などもすべてプロジェクト参加学生の企画によって行われた。用意したスタンプラリーは1週間ほどでなくなったという。

 

ヤノベケンジと学生たちの成長 展覧会・トークイベント・ワークショップ

2024年3月2日(土)~3月10日(日)、エントランスホールで「おにクル×シップス・キャットプロジェクト」の一環として「SHIP'S CAT」展が1階オープンギャラリーで開催され、3月3日には1階きたしんホールでヤノベケンジとプロジェクト参加学生によるトークイベント、さらに2階 多目的室C1では、「シップス・キャットブックカート」のミニサイズ版をつくるワークショップが実施された。同時にスタンプラリーの第二弾が実施された。

左=茨木市市民文化部文化振興課の國米 翼 右=ヤノベケンジ

「SHIP'S CAT」展では、ヤノベの作品として《SHIP’S CAT(Speeder)》が館内で展示され、2010年に大原美術館の有隣荘で開催された展覧会「幻燈夜会」の際に制作された貴重な作品《ミニ・ぬすっとマウス》が展示された。その他に、「おにクル×シップス・キャットプロジェクト」で制作されたスタンプラリーやブックカート、エプロンなどの試作から完成までのプロセスを展示し、新たにそれらを大型化して展示された。大型化したブックカートの上には、これも学生たちが制作した茨木市のキャラクター「いばらき童子くん」の木製看板が乗り、その横には、南茨木市駅前にある《サン・チャイルド》(2012)の木製看板も展示された。

実は、「おにクル×シップス・キャットプロジェクト」では、まずカフェショップも入居する「おにクル」にネズミが忍び込み、それを追いかけて「SHIP’S CAT」が登場して退治し、「いばらき童子くん」と仲良くなり、最後に「SHIP’S CAT」と「いばらき童子くん」、「サン・チャイルド」が3人で遊ぶというストーリーになっている。そのストーリーを表すイラストレーションもポスターになって展示されていた。


茨木市市民文化部文化振興課の國米 翼がモデレーターとなったヤノベとプロジェクト参加学生のトークイベントは満員となる大盛況であった。

ヤノベは、自身が6歳の時に八尾市から茨木市に引っ越しし、パビリオンが解体されていく大阪万博跡地で遊んだこと。茨木市にあった祖母が経営していた本屋でたくさんの漫画を読んだこと。小学校の生徒数が多くて分かれたことなど。漫画やアニメ、特撮に夢中になりコスプレをしていたこと。高校時代の自画像、陸上部の時の写真など、詰めかけた多くの茨木市民のために、いろんな想像力を育んでくれた茨木市の思い出を語った。

なかでも、高校時代に美術の教えを受けた井上直久から、現役の作家の制作過程や作家としての姿勢、現実から幻想を立ち上げ融合させることなど多くのことを学び、それが自分の作家人生に大きな影響を与えていると述べた。井上は、実は最前列で聞いており、急にマイクを向けられ戸惑っていたが、「多くの学生を育てた中で、ヤノベ君のような作家が育ってうれしい」と語った。

井上直久氏とヤノベケンジ(撮影:青木兼治)

また、ヤノベは今回、このようなプロジェクトができたのは、参加してくれた10人の学生とそれをとりまとめた花島果椰(アートプロデュース学科)の存在が大きいと語った。4年生である花島は、もともと芸術に関心のない人々にアート作品を見せる「パブリックアート」の課題について卒業論文を書こうと考えており、多くのパブリックアートを制作しているヤノベに相談したところ、それなら実際の作家がどのように考え、制作し、社会と対峙しているか理解するためにヤノベの作家研究を行い、プロジェクトに参加した方がいいと勧めたという。その頃、茨木市からヤノベに「おにクル」のプロジェクトの相談があり、それまでの花島とのやりとりから、担当を任せることでもっと彼女が成長できると考えたという。

右=花島果椰

花島は、さまざまな学科に在籍し、個性の異なる学生をまとめ、窓口となって茨木市の職員とともにプロジェクトを進めてきた。茨木市の職員も花島が全体をまとめて連絡してくれるおかげで、漏れがなく何度もやりとりすることができスムーズに進めることができたと語る。実は花島は、コロナ禍の影響をまともに受けた世代で、アートプロデュース学科というアートと社会をつなぐことを勉強する学科でありながら、入学から数年間、実践的な経験があまりできず、仲間をつくるのも難しかったという。

今回、「おにクル×シップス・キャットプロジェクト」に参加したことによって、社会との実装をするために、クライアントである茨木市、アーティスト、プロジェクトのメンバーをマネージメントするという、不足していたものを短い間ですべて得ることができた。花島は、その間、南茨木駅前に「サン・チャイルド」が立てられた経緯について茨木市職員や市民団体を調査し、今回のプロジェクトと合わせて卒業論文にまとめ優秀賞を受賞した。4月からは広告代理店に入社し、アートイベントに携わることを考えているという。ヤノベは、もし花島が担当者だったとしたら、全面的に信用して仕事をすると語った。

ヤノベは後日談として、毎年、多くの理由でプロジェクトから脱落する学生が出てくる。ウルトラプロジェクトは社会実装プロジェクトの一つなので、行政や企業などのクライアント、あるいは観客などのクライアントがいて、社会的な責任があるため選抜も含めて厳しくせざるをえないところがある。しかし、花島は誰一人脱落させることなく、最後まで面倒をみてプロジェクトを遂行した。だから今回も全員来ていたし、完成して泣いていた学生もいる。花島から見習うことも多かったと語った。

ワークショップのキット制作を担当した佐久間花音

参加学生たちは、展示、スタンプラリーの用意に加えて、午前の部、午後の部の2回、各20人の「シップス・キャットブックカート」ミニサイズ版制作のワークショップを実施しており、そのための準備や実施も大変であった。未就学児を中心とした子供たちが対象であるため、レザーカッターとMDF(中質繊維板)を使ったキットで組み立てられるようにするために、テクニカルスタッフなどのさまざまなアドバイスを受けながらも、佐久間花音(総合造形コース・2年)が試行錯誤して制作した。

普段はユニコーンなどをテーマにしたキャラクターデザインや立体物をつくっているが、今回参加することによってさまざまな技能を習得することができたという。子供たちも色を塗りながらオリジナルの「シップス・キャットブックカート」のミニサイズ版を制作し、満足している様子であった。美術館などが実施するアートラーニングのプログラムと比較してもかなり優れたものになっていた。

《SHIP’S CAT》の新たなる旅立ち

ヤノベはトークイベントの最後に、春から東京・銀座にある商業施設GINZA SIXの吹き抜けで開催される巨大インスタレーション「BIG CAT BANG」の構想や生成AIで制作したショート映像を紹介し、《SHIP’S CAT (ONK-1)》も次に旅先として移動することを説明した。

「BIG CAT BANG」は、パンスペルミア説という生命の起源が、宇宙の外からやってきたとする仮説を展開させたもので、生命の種をまくためのミッションをもった「宇宙猫」が《太陽の塔》に似た宇宙船に乗って、宇宙に旅をし、地球に来て命を育み、その子孫が猫になったというオリジナルストーリーで、インスタレーションはその一場面を表現したものだという。そして、《太陽の塔》は動かなくなった宇宙船の抜け殻という設定だ。それは「生命の樹」を内包している《太陽の塔》をさらに遡る話でもある。実は、最上階のプラネタリウムでも、「BIG CAT BANG」が流されるという。その意味では、未来・宇宙をテーマにした大阪万博のテーマ館の空中展示のようでもある。

生命の旅 原画

また、大阪モノレール「大阪空港駅」構内には「BIG CAT BANG」のシーンを含めて、ヤノベがさまざまな場所で制作してきたパブリックアートをステンドグラス作品にし、《生命の旅》(2024)と名付けた。途中、國米は、ヤノベの作品は、現実と虚構の間を行き来しているようだと指摘し、会場からはワクワクする作品がつくれる理由について質問が飛んだ。ヤノベは、自身が《太陽の塔》や井上から受けた影響もあって、自分の子供時代にワクワクしたことを忘れないようにしている。いつも自分がつくったものを自分の子供時代に見せたいと思っていると語った。現実的にはさまざまな課題が山積みでワクワクすることを自ら止めてしまうことも多いが、茨木の環境や出会いが、ヤノベの想像力を育み、枯らさないでいてくれたことがよくわかるトークイベントであった。

この後のプロジェクトは、できれば多くの市民が自ら率先して参加し、僕らがつくった「シップス・キャットブックカート」などを活用してほしいとヤノベは最後に呼びかけた。まさに、「育てる広場」のコンセプトのように、ヤノベと学生たちが成長するための舞台となり、それがまた茨木市民にフィードバックされるイベントとなったのではないか。

(文=三木 学)

 

「おにクル×シップス・キャット プロジェクト」参加学生

・花島 果椰(アートプロデュースコース・4年)
・高橋 萌(日本画コース・3年)
・カン ナリ(ビジュアルコミュニケーションデザインコース・3年)
・利倉 杏奈(空間デザインコース・2年)
・佐久間 花音(総合造形コース・2年)
・古田‎ 桃子(キャラクターデザインコース・2年)
・山下 奈桜(キャラクターデザインコース・2年)
・川上 つぐみ (ビジュアルコミュニケーションデザインコース・1年)
・森 千愛(クロステックデザインコース・1年)
・山下 隆斗(クロステックデザインコース・1年)

 

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