REPORT2023.12.25

独学者が「国民的作家」となる過程と秘密に触れる「松本清張記念館」[収穫祭 in 北九州]

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  • 京都芸術大学 広報課

 通信教育課程では全国津々浦々に在学生や卒業生がいることを生かして、2000年度より在学生・卒業生・教員の交流と学びを目的とした「秋の収穫祭」という催しを開いています。その名のとおり、2018年度までは実りの秋に各地より厳選した4会場において実施されてきましたが、2019年度からは秋だけでなく1年を通して8会場で開催しています。

 収穫祭では、全国様々な地域の特色ある芸術文化をワークショップや特別講義を通して紹介することや、公立私設を問わず美術館や博物館の社会への取り組みや発信、また開催中の展覧会を鑑賞することなどを行っています。

 今回は2023年10月14日に福岡県北九州市で行われた収穫祭について、担当した写真コース・勝又公仁彦教員からの現地報告をご紹介します。

 ※本文中のクレジット表記のない写真はすべて筆者による撮影です。

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 まだ暑さの残る10月14日の土曜日、2023年度の第7回の収穫祭が北九州市立松本清張記念館で開催されました。小倉は清張の本籍地でした。

 

 記念館は小倉城の廓内、勝山公園にあります。小倉駅からもほど近く、市内を南北に流れる紫川を天然の堀割としています。

 紫川にかかる人道橋を渡って勝山公園に入るとそこには小説家の森鴎外の文学記念碑がありました。

 すでに消えかかった文字もあり、小倉の人々からいかに長い間、文学が愛されているかを彷彿とさせます。

図らずも北九州市市政60周年ということもあり、土曜日の城内は様々なイベントが行われ、多くの人々で賑わっていました。

 なぜ清張ではなく鴎外の文学碑が小倉城内にあるのか、そんな疑問を持たれた方もおられるかもしれません。その謎を解くためにも公園内を進んでいくと、記念館の手前の本丸跡には旧第十二師団司令部の正門・鉄門跡が静かに佇んでいます。ここは鴎外が第十二師団の軍医部長として勤務していた場所でした。

 松本清張のごく初期の作にして芥川賞を受賞した『或る「小倉日記」伝』には森鴎外が小倉に赴任していた際に書かれた「小倉日記」の一部が引かれています。鴎外全集が編まれた際には行方不明であった「小倉日記」はその後発見されますが、小説の設定は発見前の段階で主人公は小倉時代の鴎外の事蹟を調べることがライフワークになっています。そのような小倉と鴎外と清張との結びつきの強さを感じながら、記念館へと向かいました。

 

   

 北九州市立松本清張記念館は清張の七回忌に合わせて1998年に開館。設計は宮本忠長。今年は開館25周年にあたります。

 受付では、北九州市在住の参加者たちから市内の見所や案内を多数収めたお手製のパッケージが配布され、強い地元愛が感じられました。

(撮影:梶原 誠太郎先生)

 収穫祭ではまず北九州市立松本清張記念館の学芸担当主任である中川里志先生による特別講義「国民的作家 松本清張と松本清張記念館」が行われました。

北九州市立松本清張記念館 学芸担当主任 中川里志先生 (撮影:事務局)

 特別講義では松本清張の3つの関心領域、文学・歴史考古学・ジャーナリズムがどのように醸成されていったかを生い立ちとともにご紹介されました。当時は進学率が高くなかったため今とは感覚や環境が違うとはいえ、向学心が強かったにも関わらず、尋常高等小学校以降の教育を受けられなかったことから生まれる学習欲と、自学自習の努力に反して、学歴がないことで希望していた新聞記者にはなれなかったことなど、清張の挫折やコンプレックスについても語られました。一方で手がけたことは全てものにする努力の天才ぶりと多才さについてもお話しされ、小説を書きながら続けていた図案の仕事でも、長崎在住の九州デザイン界の重鎮であった中山文孝からデザインを続けることを望まれたり、資生堂のデザインなどでも著名な山名文夫から将来を嘱望されたデザイナーとして認識されるなど、多面的な才能を開花させていたことが語られました。

50名ほどの参加者が真剣に講義に耳を傾けていました。

 その後、館内の説明と見学に移りました。特別展の「清張福岡紀行」と常設展示です。

福岡県内の各地と作品との関連を紹介する展覧会です。
常設展示室の入り口には刊行された書籍による高い壁面が。現在でも多くの著作が書店に並ぶのは同世代の作家の中では随一。

 

メモをとりながら、展示に観入る参加者。(撮影:梶原 誠太郎先生)
年譜と資料が併置されたメディアウォール。

 

映画やドラマなどの映像化やリメイクが現在も続いていることが、作品の刊行が継続していることにも繋がっています。
今回の収穫祭の企画意図は私の北部九州を中心とした古代史への関心からでした。
常設展示の終盤には東京の自宅が再現されています。
旅行や遺跡の調査などの際に使ったカメラ。視力が低下した清張がメーカーに依頼し、シャッタースピードなどの液晶表示が大きく見やすくなるように改造されています。
書斎も亡くなった時のままに再現されています。
絶筆及び未完に終わった『神々の乱心』の最終掲載号。
(撮影:事務局)
見学後の質疑応答の時間。本質的な質問が数多く寄せられ、充実した討議となりました。

 冒頭で触れた『或る「小倉日記」伝』の主人公はハンディキャップを負いながら独自に鴎外の小倉時代を調査し、研究を重ねていきます。他の多くの作品の主人公も幼少期の困難から、様々な努力を重ねる設定になっています。時代や境遇や社会的情勢は違えど、自宅学習の時間も長い通信教育部の学生たちは日々ある種の独学に取り組んでいると言えるのではないでしょうか。清張の時代に本学の通信教育部があったなら、彼は入学していたのではないだろうか?もし入学し、卒業していたら、彼の作品世界は変わっただろうか?変わらなかっただろうか?などという妄想を抱きながら、小倉の街を後にしました。

会場の椅子を片付けた後、教員と残った参加者とで記念撮影 (撮影:事務局)

※北九州市立松本清張記念館は原則全館撮影禁止となっており、今回は特別な許可を得て撮影しております。

(写真コース 教員 勝又公仁彦)

参加学生の感想

「松本清張の創作の世界にふれて」

私は北九州市の小倉で生まれ育ったが、恥ずかしながら松本清張のことはあまり知らなかった。清張は42歳から作家としての活動を始めたそうだ。幼少期から何に興味を持っていたのか。どのような下積み生活をしてきたのかなどを松本清張記念館の中川先生が教えてくださった。

清張は小説好き歴史好きな子供だった。生活は貧しく大学を卒業していないため新聞記者になれず学歴差別を経験したという。入社した朝日新聞では広告の版下を作成したり、商業デザインを学んだりして美的センスを磨いていった。やるからにはプロフェッショナルを目指し、ポスターコンテストでは賞を取った。いつも好奇心、探求心があり、領域に自分を閉じ込めない脱領域の作家とも言われた。推理小説家、歴史家、ジャーナリストなど3つの目を持ち、努力することを楽しむ心を持っていたという。昭和30年代に受験のための学習雑誌に寄稿した「努力せよ、才能の花は開く」という言葉が印象的だった。
小倉時代の蓄積は清張の作家活動の源流となっている。それが東京ではなく半生を過ごした北九州市に記念館が建てられた理由だと知り胸が熱くなった。今回の収穫祭では普段の生活ではなじみのない、清張という存在の一端を垣間見ることができ充実した時間となった。また、松本清張記念館に足を運んでみたいと思う。

(對尾裕子 芸術学科アートライティングコース 2022年度生)

in 小倉『松本清張記念館』を訪ねて

10月14日、晴れ。

バスを降りたら小倉城でお祭りが開催されていた。天守閣が立派に聳える小倉城の敷地内角地に記念館はあった。
記念館は松本清張の為してきた文章が小説だけでなく、考古学の歴史についても専門的に活動したという、ノンフィクションライターの顔も私に教えてくれた。記念館が出来た当初、作品のデータベース化を進めたので沢山の作品の情報を端末から閲覧出来る。しかしオープン時のままなので新たに編集する必要もあるそうだ。
清張の研究会や朗読研究会も定期的に開催されており、未だに衰えない人気がある。
同館で出版している『松本清張研究』というムック本は1999年に創刊準備号が、2000年には創刊号が出た。毎年1号ずつ出るようだ。
館長の説明&質問会の中で『伊豆の踊り子』と『天城越え』の比較について話があり、ムック本の創刊準備号にも掲載されてることを紹介してくれたので購入した。創刊号は清張と鴎外の特集で、それも購入。
期間ごとに開催されてる特別企画展のムック本も多数出版されており、在庫のあるうちに欲しいものは購入しておきたいと思った。
その中で『清張文学と世界文学』という過去タイトルのムック本に清張作品の外国語への翻訳をされた作品の表が載っていて、どんな国の言葉にどの作品が翻訳をされてきたのか気になってこちらも購入。
いつか外国語に翻訳された清張の本を見てみたい。
終わりに、本を読まなくなってきている現代人に向けて、日本語原文と外国語翻訳本を読み比べる楽しさ等を伝えたり、ドラマ化や映画化された作品の同タイトルの別々のものを比較して違いを楽しむ事などを知ってもらえたら、原作本を読みたいと興味を持ってもらう事を目的とすれば、きっかけとして凄く活用出来ると考えた。
なぜならば私自身もその様にして作品へ興味を持ち、原作本を読もうと思った過去が幾度となくあったからである。

(齋藤幸子 芸術学科アートライティングコース 2023度生)

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