REPORT2023.10.16

天才建築家ガウディの創造を知る[収穫祭 in 東京国立近代美術館]

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  • 京都芸術大学 広報課

 通信教育課程では全国津々浦々に在学生や卒業生がいることを生かして、2000年度より在学生・卒業生・教員の交流と学びを目的とした「秋の収穫祭」という催しを開いています。その名のとおり、2018年度までは実りの秋に各地より厳選した4会場において実施されてきましたが、2019年度からは秋だけでなく1年を通して8会場で開催しています。

 2023年6月13日から9月10日まで、スペインの天才建築家アントニ・ガウディ(1852-1926)と彼の代表作サグラダ・ファミリア(1883-)の全貌を伝える企画展が東京国立近代美術館で開催されていました。現在、この展示は滋賀県の佐川美術館に巡回中で、その後は愛知県の名古屋市美術館に場所を移す予定です。絵画や彫刻の企画展とは異なり、建築の展示は多くありません。とくにガウディの作品に焦点を当てたものは珍しいと考え、7月15日(土)に東京で実施される収穫祭の会場に東京国立近代美術館を選びました。収穫祭の目的は、学生・卒業生・修了生・教員の交流であり、日本の各地で実践されている芸術にかかわる諸活動を現地で体験学習することです。

 ガウディの知名度と人気によって当日は多くのみなさんにお集まりいただきました。新型コロナウイルス感染症が一定の収束状態になったことにより、できる限り多くのかたに参加していただけるように、会場と内容そしてスケジュールを考えました。ミニレクチャーを実施する講義室の収容人数は最大140名です。参加を希望していただいたかたにはすべて出席していただけると考えていましたが、定員を大幅に越える応募があり、残念ながら抽選をおこなって多くのひとに参加をお断りしなければなりませんでした。心よりお詫び申し上げます。また、猛暑のなか参加してくださったみなさんにお礼申し上げます。この報告記事では、ミニレクチャーを担当しました通信教育課程リベラルアーツセンターに所属する加藤志織が、その内容、ガウディ展の展示状況、参加されたみなさんの様子などについてご紹介いたします。

ガウディとサグラダ・ファミリア展の案内

ミニレクチャー

 おそらく一般のひとに知っている建築家の名前を尋ねたら、ガウディ(1852-1926)という回答を多く耳にすることでしょう。ガウディの人気はこの建築家の故郷であるスペインだけではなく、他のヨーロッパ諸国やアメリカはもちろん日本を含むアジアでも浸透しています。その理由は、一度見たら忘れることのないユニークなデザインにあると考えられます。ガウディの建築の特色は、何といっても色鮮やかで豊かな曲線によって構成されている点でしょう。しかし、それだけではありません。そのデザインに人びとは、人間的な温かみや生物的な柔らかさや優しさを感じて魅了されるのです。しかも、ガウディの建築はその魅力を雄弁にわれわれへと伝えてくれます。建築の歴史や理論に精通していないひとでも、瞬く間にガウディの建築に心を奪われるのです。しかし、ガウディの奇想天外な建築がどのように生み出されたのか、そのデザインの源泉については、実は一般的にはあまり知られていません。この度の企画展はそれを明らかにしてくれます。また、ミニレクチャーはこの企画展を理解するための事前準備的な位置づけとなります。

 これまでに述べてきたように、ガウディの建築は世界中の人びとに大人気ではありますが、建築の歴史をある程度知っている者にとっては、その才能・業績については十分に認めつつも、建築史における彼の位置づけについてはやや微妙です。なぜなら、その建築は当時ヨーロッパを席巻していたアール・ヌーヴォーの地方(スペイン)版であり、そのデザイン理論を引き継いで新たな段階へと導き、後世に大きな影響を与えるような展開はみられなかったからです。例えば、20世紀の建築に多大な貢献をしたフランク・ロイド・ライト(1867〜1959)というアメリカの建築家がいます。ライトはガウディよりも15歳若いのですが、二人の活動時期は重なっています。このアメリカ人建築家が設計したロビー邸(1909、シカゴ)は直線によって構成されたシンプルなデザインで、装飾性を抑えた点が特徴でした。やがて、こうした機能性を重視した様式が20世紀に世界中に広まることになり、ガウディのような生物的で流麗な装飾によって形作られたデザインは少しずつ姿を消していき、その後を継ぐ者が多数現れるようなことにはなりませんでした。

 ガウディが活動した時代に建築分野でおこった変化はデザインだけにとどまりません。鉄筋コンクリートやプレハブ工法の誕生、それらによる工期の短縮と巨大な内部空間の創出が可能になります。また工業化社会に変化することによって、工場などの大規模建造物の需要が生じました。言うまでもなく、そこでは経済性や生産性が重視されることになり、建築の装飾は排除される方向性に向かいます。ジョセフ・パクストン(1803-1865)がロンドンで1851年に開催された第1回万国博覧会のために設計したクリスタル・パレス(水晶宮)は、規格化された部材を現場で組み立てるプレハブ工法の先駆けと言われており、ガラスで覆われた巨大な内部空間をもっています。また、ギュスターヴ・エッフェル(1832-1923)のデザインしたエッフェル塔(1887着工・1889完成)は2年1ヶ月余りで建てられています。これらの建築物に対して、サグラダ・ファミリアは完成が目前に近づいてきたとはいえ今なお建設途中です。キリスト教の聖堂であるサグラダ・ファミリアは、伝統的な工法と材料(天然石など)によって長い間建造されてきたために長大な工期を必要とし、それによって費用も莫大になっています(現在は工期を短縮するために鉄筋やコンクリートが使用されています)。ガウディは伝統的な古い時代の建築が終わり、やがて新しい時代の建築が到来してくる境界線上に位置していたと言えるでしょう。ちなみに「サグラダ・ファミリア」とは聖家族(イエス・キリスト、聖母マリア、父ヨセフ)の意味です。聖家族はキリスト教美術では頻繁に取りあげられ、「エジプトへの逃避」などの伝統的なテーマのなかで表現されてきました。

ミニレクチャーの様子

ガウディの創造を探る

 では、ここからは具体的にガウディの創作活動と創造の秘密についてお話しします。彼の独創性を育んだルーツはいくつかありますが、まずはスペインのイスラム建築をあげるべきでしょう。歴史的にスペインの位置するイベリア半島にはイスラム教徒が侵入したために、キリスト教にくわえてイスラム教からも文化的な影響を受けることになりました。そうしたイスラム建築とヨーロッパ世界の建築が混合したものが、幾何学性と直線を特徴とするムデハル様式です。この様式の特質は、ガウディの初期の作品であるカサ・ビセンス(1883-1888)などに見つけることができます。また、同建築には、イスラム教の聖堂であるモスクに設置されたミナレットと呼ばれる塔から着想を得たと思われるデザイン要素が取り入れられてもいます。過去の建築からの影響はこれだけにとどまりません。ガウディは中世のゴシック建築をはじめとして、ヨーロッパの歴史上の建築様式を研究して、それらをみずからの建築デザインにおいて昇華させています。サグラダ・ファミリアに聳え立つ大小さまざまな尖塔や「降誕の正面」の扉口の構成などはゴシック建築を参照した結果と言われています。このように、ガウディの建築には強烈な独創性が見いだされますが、その土台には過去の歴史的な建築の研究が存在することを忘れてはいけないでしょう。

ミニレクチャーの様子

ガウディが学んだのは過去の建物だけではありませんでした。自然を観察し、そこからデザイン的な着想を多く得ています。これは19世紀末から20世紀の初頭にかけてヨーロッパを席巻したアール・ヌーヴォーと共通しています。両者共に、植物をモチーフにした有機的な形態を得意としています。サグラダ・ファミリア内部に林立する柱が樹木をイメージしたものであり、カサ・ビセンスの鉄柵が棕櫚をモチーフにしたものであることが、それを明確に示しています。自然からの参照は植物だけではありません。サグラダ・ファミリアの「降誕の正面」を特徴づける鍾乳洞のようなデザインについても、自然の洞窟から着想を得たと考えられています。このように極めて独創的な創造が、過去の建築と自然、すなわち既に存在しているものの研究によってもたらされたという事実はとりわけ重要でしょう。ヨーロッパの芸術は、過去の名作と自然を手本としてきました。まさに歴史と自然を学ぶ意味はここにあるのです。

サグラダ・ファミリア展

 ミニレクチャー後に、企画展示を鑑賞しました。同展は非常に人気で、当日も入場制限があり、鑑賞待ちの長蛇の列ができていました。会場に入ると、「1ガウディとその時代」、「2ガウディの創造の源泉」、「3サグラダ・ファミリアの軌跡」、「4ガウディの遺伝子」という構成でした。とくに「2ガウディの創造の源泉」では、この建築家がとりわけ執心し、設計に取り入れた「平曲面」(単双曲線面)にかんする説明展示が注目です。難しい理論なのですが、模型等を使用してわかりやすく展示されています。また、「3サグラダ・ファミリアの軌跡」ではサグラダ・ファミリアのさまざまな模型が展示されると共に、この聖堂の「降誕の正面」を装飾している多様な浮彫のモチーフ、「受難の正面」を構成する彫刻群にかんする展示がなされていました。実物のサグラダ・ファミリアではよく見ることのできないものを間近に観察できる点もこの企画展の素晴らしいところです。収穫祭に参加されたみなさんは混み合った会場であるにもかかわらず熱心に最後まで展示を見つめられていました。

館内の様子(休憩を取りながら移動)

所蔵作品展

 最後に所蔵作品展を鑑賞しました。東京国立近代美術館には近代の日本が生み出した19世紀末以降の造形芸術作品を中心に絵画・彫刻・写真・映像・書などの名品が収蔵されています。その中には重要文化財に指定された作品も数多く含まれており、日本でも指折りの質の高いコレクションを構成しています。所蔵作品展は企画展よりも来場者がやや少なく、余裕をもって作品と向き合うことができました。展示室に入ると正面に原田直次郎(1863-1899)の巨大な油絵《騎龍観音》(1890)がまず出迎えてくれます。この作品を皮切りにして、油彩画・日本画の名品などをじっくりと堪能することができます。収穫祭に参加されたみなさんも、いくつかのグループに分かれて作品にかんする互いの意見を交換されていました。わたしは芸術教養学科の学生さんのグループに混ぜていただいて一緒に展示を見てまわりました。作品に対する多様な見方や意見などを聞くことができてわたしもたいへん勉強になりました。以上が収穫祭の報告になります。

参加学生の感想

『ガウディの軌跡をたどる一日』

 多くの日本人がガウディとサグラダ・ファミリアに心惹かれるのはなぜなのだろう。未完の大聖堂ということにロマンを感じるからだろうか。そんな思いで7月15日に行われた『ガウディとサグラダ・ファミリア展』の収穫祭に参加しました。

 加藤志織先生の特別講義では、ガウディの生きた時代背景、同時代の建築様式や建築家、サグラダ・ファミリア以外のガウディの作品について詳しくお話していただいた。特別講義により展覧会への期待はますます高まり、その高揚感を抱いて会場へ向かった。

 展覧会は「歴史」「自然」「幾何学」をテーマにしており、ガウディが建築を設計する際に、図面以外に模型を作って制作する様子が再現されていた。コローニア・グエル教会堂の逆さ吊り実験、サグラダ・ファミリアの縮尺模型や内部模型、円柱模型など。また、降誕と受難の正面の彫刻やクリプタのステンドグラスなどを間近でゆっくり見ることができるのも展覧会の醍醐味である。

 会場の最後にドローンで撮影された映像を見ることができる。光に溢れた聖堂の内部や鐘塔頂華、マリアの塔が映し出されるとまるで、サグラダ・ファミリアにいるようだ。それらを見ているとサグラダ・ファミリアは永遠に未完の聖堂で、完成の最後の1ピースは、訪れる人のそれぞれの心の中にあるのではとふと思った。

(石坂美和 芸術学科アートライティングコース 2022年度生)

ガウディの建築の魅力

 講堂での加藤志織先生の特別講義は、19世紀の社会的背景や建築様式などが、ガウディの建築にどのような影響を与えたのかという内容で、「自然」「幾何学」「歴史」の3視点からガウディの創造を探る、という美術館の展示とリンクした講義でした。

 当時のアール・ヌーヴォーやアーツ・アンド・クラフツ運動からの影響、ガウディの建築とは対照的なモダニズム建築の存在、中世スペインのムデハル様式を取り入れた設計例など。中でも興味深かったのは、19世紀は地底探査がブームで、ガウディも鍾乳洞や洞窟への関心が高まっていたという点。その話を聞いた後、展示室でサグラダ・ファミリアの降誕のファサードの映像を見ると、アーチから垂れ下がった造形はまさに鍾乳石だと、ドローンで撮影された引きの映像を見ると、聖堂自体がグロテスクな異世界への入り口に見えてきました。

 工期短縮の要因には、天然石だけではなくコンクリートを使用し始めたからで、こちらは賛否両論あるようですが・・・。着工から140年、ガウディの遺志を受け継いだ多くの人が、その時々の問題を乗り越え、この聖堂を完成させようとしている。このことにも魅力と希望を感じた。

 参加させていただき、新たな視点でガウディの建築を考察できた有意義な収穫祭でした。

(伊藤庸子 芸術学科アートライティングコース 2022年度生)

参考文献
鳥居徳敏『ガウディの建築』鹿島出版会、1987年。
鳥居徳敏『ガウディ建築のルーツ』鹿島出版会、2001年。
鳥居徳敏『よみがえる天才6ガウディ』筑摩書房、2021年。
『ガウディとサグラダ・ファミリア展』(展覧会カタログ)、2023年。

(文:リベラルアーツセンター 教員 加藤志織)

 

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