INTERVIEW2023.03.07

文芸

通信制大学院「文芸領域」 (2023年4月新開設)辻井南青紀 領域長にインタビュー。― 文芸表現学科の学生が届ける瓜生通信

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  • 京都芸術大学 広報課

2023年度、京都芸術大学 大学院は生まれ変わり、完全オンラインの「芸術専攻(通信教育)」が新設される。
「学際デザイン研究領域」「コミュニケーションデザイン領域」「芸術学・文化遺産領域」「写真映像領域」「美術・工芸領域」「文芸領域」の6つに分かれ、個人的な研究・制作を、オンラインをとおして指導・サポートする。

今回は「芸術専攻(通信教育)」の中でも「文芸領域」に焦点を当て、辻井南青紀 領域長よりお話を伺った。
2022年度より京都芸術大学 大学院の改編に携わり、文芸の新しい学び舎を構想している辻井先生。
2021年度までは京都芸術大学 文芸表現学科の教員をされており、文芸分野での活躍を志す学生と向き合い続けてきた。

本記事は、京都芸術大学 文芸表現学科の学生がインタビューと執筆を担当し、文芸を学ぶ学生ならではの視点から、文芸を学ぶこと、書き継ぐことについて掘り下げていく。

(取材・文:文芸表現学科 2年 多田千夏)


― 通信制大学院「文芸領域」はどういった特徴がありますか。

完全オンラインで文芸を学べるということの最大のメリットは、場所を選ばずに誰でも学べるということです。授業は好きな時間に動画を視聴することで進めていき、たとえば演習科目(ゼミ)などの場合は、平均して月1回程度のオンライン・スクーリングの実施で、受講学生同士の交流も促進されます。授業課題や授業といった実際のカリキュラム内容は、通年でだいたい12〜14単位とライトに設定してあるので、たとえば働きながらでも、本格的な研究・制作を行っていくことができます。
年齢や居住地、職業、国籍などを問わず、幅広い層の方々が、オンライン上で学びを経験することが出来、オンライン・スクーリングの場やウェブなどを通して、学生のみなさんそれぞれの経験や知識を持ち寄り、お互いに高めていける場になることを期待しています。
 

― 京都芸術大学には学士課程の4年制大学もありますが、違いは何でしょうか。

学士課程では4年間という時間がありますよね。そこでは、制作上の実践的な学びのほかに、ご自身が何を学び、創作していくのかという模索をしたり、どのように制作に臨むかという覚悟を決める時間も含まれています。こうした試行錯誤の道のりを経てこそ、ある程度明確な研究や制作のテーマを定められるのではないでしょうか。
一方、私たちの通信制大学院「文芸領域」に学びに来られる方は、そのようなプロセスは、ある程度、大学のみならず、これまでのご経験を通じて歩んで来られ、ご自身の目標を明確にしつつある、あるいはそうした意志をお持ちの方と想定しています。

これまで教員として指導に携わる中で、私なりにずっと問うてきたことがあります。
「書くこと」を通して人生を切り拓いてゆきたい、本気でそう願う方々にとって、いったい、「喉から手が出るほど欲しいもの」とは、何なのだろうか。
それは、ご自身の制作物をより良くしていくための、実践的な気づきを、多角的に得ることではないか。


―「実践的な気づき」とは、具体的にはどういったことでしょうか。

われわれ教員も、学生の皆さんとまったく同じで、「書くこと」や編集制作においては、日々試行錯誤し続けていますから、学生のみなさんがお書きになられたり制作した作品を読めば、いったいどれほどの努力と苦労があったか、まるでわがことのように、身に染みてわかります。

けれど、「よくがんばりました」「きっとあなたのためになります」などと、創作姿勢を承認するだけでは、創作や制作の進歩に限界がある。少し考えてみると一目瞭然なのですが、みなさんが書いたり制作したものを実際に受け取る側の「一般読者」は、まったくそうではないからです。読者という存在は、「こりゃダメだ」と思ったら、もうそこから先は読んでくれません。みなさんご自身が、読者の身になって考えてみれば、ご自身という読者はきっとそういう存在ではないかと思います。

学生の皆さんは、まだお気づきではないかもしれませんが、そういう厳しい世界に飛び出していこうとしているのです。
そこで、ご自身の創作・制作物が社会に出たとき、いったい広い意味での読者にどう届くのだろう、どのように読まれ、受け取られるのだろう、といった観点、「自己客観視する力」を培う手立てを、この「文芸領域」では用意します。
 

― 自己客観視をする力……。具体的にはどういったことがありますか。

「文芸領域」では、演習科目(ゼミ)の指導の場は「小説創作」と「編集制作」に大別されますが、「自己客観視」の難しさについて、なるべく具体的なイメージを持っていただけるように、ここでは「小説創作」のジャンルを例にとります。

「小説創作」の領野では、たとえば既存の文学賞の「下読み委員」などの経験がある方、あるいは小説を客観的に評価する力量と経験をお持ちの方たちを中心にした、「目利きチーム」(仮称)なる仕組みを準備しています。
「下読み委員」とは、小説新人賞に応募された作品を一番初めに読み、選考する人たちで、若手の小説家や書評家、ライター、文学研究者などの方々が務めることが多いようです。言い換えれば、小説の「目利き」のような存在です。

新人賞に応募したご経験のある方なら想像がつくことと思いますが、通常では、最終選考まで残ったり、あるいは選考に通ってめでたく受賞したりしない限りは、主催の出版社から何も連絡はありません。これを「まるでブラックホールだ」と受け止める向きも、決して少なくないようです。多大なエネルギーを費やし、ベストを尽くして書いた自分の作品の何がいったい悪かったのか、あるいはほんとうは良かったのか。具体的には、どこが、どうだったのか。こうしたことがよくわからないまま、いたずらに作品を書き連ねていくと、創作のエネルギーを大きく浪費するように思われてならないようなことも、きっとあると思います。

どんな作品においても、どの部分・要素が優れていて、どんな課題を残しているのか、ということは、実はある程度はっきりしているはずです。こうしたことを、書き手自身が、助けをかりつつも最終的には自分の力で理解し、自作を少しでも良くしていくこと。私たちは、こうした「自己客観視」の力と営みを、文芸創作において大変重要な力だと認識しています。

ここでは小説の創作を例に挙げていますが、編集制作の分野でも同様のことが言えます。作ろうとお考えのものが、いったい社会の中でどう読まれ、受け止められるのか、どのようなメッセージとして読者という存在に確かに届くのか。実作を通して、こうした認識を深めていくことが大切だと考えています。


― 文章を書くのは一人での作業が多いので、「自己客観視」が難しいものかもしれません。

確かにおっしゃる通りです。本学の文芸表現学科でもカリキュラムの中で実施されている、重要な試みがあります。
文芸創作や編集制作など、それぞれの領野に分かれたゼミ内、またゼミ間を横断した学科全体で、学生自身が書いた作品や制作物を互いに読み合って、感想や意見を述べ合うのみならず、「もしも自分だったらここをこう書く」とか、「この部分が素晴らしかった」などと、作品をよりよくするために考えられるアイディアなどを交換する、開かれた場を持ちます。これを「合評」と言います。

私たちの通信制大学院「文芸領域」では、参加する学生のみなさんが、それぞれのご自身のテーマをしっかりと持ちつつ、では「読者」という存在に向かって、何をどのように表現し、形にし、伝えてゆけばいいのかという可能性を追求します。この目的のために、より実践的な合評を行います。
入学なさったあかつきには、この「合評」という有意義な機会を、ぜひともご自身の作品をより多角的に「自己客観視」し、より高めていくために、ご活用いただければと思います。
 

― かなり厳しい場所になるのでしょうか……?

そんなことはまったくありません。「文芸領域」は、みなさんの研究・制作を全力で支えますが、いわゆる「プロ」を育成することに凝り固まっているような場には、決してなりません。
目的意識を持っていただいて創作や制作に臨むことはもちろん大事ではありますが、その目標なるものが、必ずしも、たとえば「プロになって自作を出版する」こととか、「社会的な名誉を得て有名になる」こと、あるいは「創作でお金を得ようとする」ことばかりだとは、まったく考えていません。

私自身のことを振り返ってみて気づいたことですが、作家としてデビューする前の段階、言い換えれば、まだ「自分の内側にある、どんなアイディアや能力を駆使して、どう勝負していいのか」ということが皆目わからない時期というのは、創作を志す人間にとっては、とてつもなく豊かな時間が流れていたはずなのです。何をどう書くか、ということにおいても、どんなジャンルを選択し、どのような道を進んでゆこうとするかということも、先入観や社会通念にとらわれず、かなり自由に試行錯誤し、挑戦することができる時期です。
一日も早く作家になりたい、自分の作品を通して社会の中で勝負を始めたい、と願う方々にとっては、プロの登竜門を通過する前の段階というのは、どうしても気持ちが焦ってしまうものだと思います。けれど、「焦ってしまう」ということも含めて、ひとりの書き手にとっては、とても大切な時期なのです。

この「文芸領域」に集うみなさんが、近い将来、ご自身の書き手としての道を切り拓いていくだろうその後にも、かつて、どんなことに頭を悩ませ、試行錯誤の末、主体的な決断を下してきたのか、という経験から、その先の道行きについて、いろんな手がかりやヒントが得られるはずです。
ある編集者の方に、「作家というのは、ひとり、荒野を行くような人生だから」と言われたことがありますが、まさにそう感じます。その、「ひとり、荒野を行く」際に、結局頼りになるのは、過去の一番苦しかった自分自身が、何を考え、どう決断したか、という、いわば「成功体験」に他なりません。


― 辻井先生ご自身が、ひとりの書き手として考えてこられたことでもあるのですね。

おっしゃる通りです。私自身も、みなさんと同じように試行錯誤の渦中にいます。これから新たに学ぶみなさんには、少なくとも私が経験せざるを得なかったようなバカバカしい苦労はさせたくない、という気持ちがあります。
今書いているよりも、もっといい作品を書こうとしたら、結局のところ、もっとたくさんの優れた作品に触れて、吸収することがどうしても必要になって来るのです。

そうしたタイミングにおいて、われわれ教員は「これを読んでみたらどうか」と提案してみたり、作品をよりよくするために話し合ったり、ヒントを出し合ったりすることももちろんできますが、この新しい「文芸領域」では、さらに重要な学びの機会も作りたいと思っています。
大学を卒業したばかりの若い方々も、すでに社会人として経験を積んでおられるベテランの方々も、せっかく多種多様な方々が集うのだから、それぞれがお持ちの多様な力を互いに持ち込んで、より豊かに高め合っていくことができるのではないか。
授業等は基本的にオンデマンドで実施されますが、受講学生の皆さん相互の、創作上の交流を図る仕組みも考えています。
 

― 働きながら学べるということは、文芸分野ですでに活躍しておられる方も、学びに参画できるのですか?

もちろんです。たとえばアメリカやイギリスの大学などでは、すでに創作者として著作を持つような方々が、文芸創作を新たに学びなおそうと母校へ戻り、若い学生たちに伍して授業を受け、発表し、ワークショップに加わっているようです。文芸創作を学ぶということには、一度デビューしたらそれで終わり、ということではなく、常に学び続けてゆかねば、創作という営みは、きっと続けてゆけない。自身の創作を通してようやく「一点突破」したような書き手であっても、これからもグレードアップし続けるにはどうしたらいいのかと悩んだり、先人の優れた作品に触れて我流で学びなおそうと苦心しているはずです。「プロになったから一丁上がり」ということはなく、締切に追われながらも、もっといい作品に触れたい、もっと新しいことをしたい、と、知的な飢えを抱えていらっしゃる方は、少なくないと思います。そういった方々にとっても、いったん得た知識や能力を棚卸ししつつ、新たな境地で新鮮に学び直すことが可能な場が、必要なのです。

私たちの「文芸領域」は、社会の中で働きながらでも本格的に学べるようカリキュラムを組んでいます。お仕事と学業の両立でお悩みの方にも、ぜひ、この「文芸領域」という場と機会を活用していただきたいと思います。
また、文芸創作の領野ではあるけれど、小説など物語創作にとどまらず、エッセイやコラム、取材して書く記事、あるいは評論、批評など、様々なジャンルに取り組んでみたいという方のチャレンジも、その後押しができるかと思います。ひとりの書き手が、その人生において、ただひとつのジャンルや文体やアプローチのみで貫き通せる、ということばかりではないはずです。


― これからこの「文芸領域」を卒業するだろう方には、どういう力を身につけてほしいですか?

最終的には、表現者としての自立を、めいめい目指すべきと考えます。大学院という学びの場に集うのは、ある程度はご自身の意志が固まっている方々だとは思いますが、やはり実作活動をしていく中での自立というのは、また異なって来るはずです。
これから先はきっと、次々と壁に直面することでしょう。果たして、そうした障壁を、自分の知恵と力と意志で、どう乗り越えていくのか。こうしたことを、手取り足取りお教えすることはやはり難しいですけれども、可能な限り、授業やさまざまな機会を通じて、一緒に考え、立ち向かってゆきたいと思っています。ゆくゆくは、その中からヒントとなる何かを自力で掴みとっていただき、これから先、書き続けるための糧にして欲しい。どんな困難にも通用するような万能の解決策はおそらくないでしょうが、たとえば、「何かと何かをくっつけてみたら新しい形になる」、といったような試行錯誤を、自発的に試みていただけるような場になるはずです。
 

― 最後に、メッセージはありますか?

ほぼ十年近く前のことですが、この文芸表現学科のイベントでアメリカの作家たちが来日して講演をしたことがありました。その中で、デニス・ジョンソンという作家が、確かこのようなことをおっしゃっていました。
「作家というのは、魂の医者のようなものです。そして物語を書くということにおいては、誰が、何を、どのように書いてもいいという圧倒的な自由が、まずあります」
まさにこの通りだと私は信じます。誰もが、ご自身の目指すところの創作の高みを目指して、この新しい大学院「文芸領域」においでになることを、こころからお待ちしています。

 

辻井南青紀
1967年生まれ。早稲田大学第一文学部仏文専修を卒業後、読売新聞記者、NHK番組制作ディレクターを経て、2000年に『無頭人』でデビュー(朝日新聞社)。その後、『アトピー・リゾート』『イントゥ・ザ・サーフィン』『ミルトンのアベーリャ』(以上講談社)、『蠢く吉原』(幻冬舎)、『結婚奉行』(新潮文庫)など、現代文学からエンタテインメントジャンルまで幅広く執筆。

取材・執筆・写真 多田千夏
2021年度 京都芸術大学 文芸表現学科 クリエイティブ・ライティングコース入学、初年次に辻井先生の授業を受ける。小説、短歌、俳句、詩など広く文芸を勉強中。インタビューとWeb記事の執筆は初めて。

 

本記事では辻井先生のお話を中心にお伝えしています。「文芸領域」についての詳細は、大学院HPをご覧ください。

文芸領域|通信制大学院
https://www.kyoto-art.ac.jp/tg/field/literature/

通信制大学院2023年度開設|京都芸術大学大学院(通信教育)
https://www.kyoto-art.ac.jp/tg/

大学院の新しい専攻体系|京都芸術大学大学院
https://www.kyoto-art.ac.jp/lp/graduate/

 

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