『源氏物語』とのゆかりも深く、平等院はじめ数々の華麗な歴史遺産を懐に抱く宇治の町。表通りは宇治茶の専門店が軒を並べ、賑わいを見せているが、一本裏へ入れば意外に静かな住宅街だ。その一角にある一軒家で「杣」(そま)は週3回だけ店を開く。
寺尾紗穂の澄んだ声が低く流れ、窓際には小さなカフェスペースがある気持ちのいい店内。奥のカウンターにはすべて天然酵母で作られたパンが並び、ふくよかな匂いを立てている。パン屋なのに靴を脱いで板の間に上がるという珍しいスタイルだ。
小さな空間には何組ものお客さんが列をなし、順番を待って数種類のパンを買った。オーブン焼成のカンパーニュ、同じ素材を薪窯で焼いたカンパーニュ、ズッキーニのピザ、クミンを練り込んだ古代小麦のパン、ほうじ茶のドーナツによもぎのあんパン……。
お話を聞きたかったが混雑ぶりにいったん諦め、まずは気持ちのよい宇治川べりまで、周り中にいい香りを放つ温かい紙袋を抱えて歩いた。ベンチに座り、待ちきれずによもぎのあんパンをパクリ。よもぎの香り高さやあんの美味しさもさることながら、思いがけないほどの生地のずっしり感に力強さとこだわりを感じる。


たったひとりで店を切盛りするのは羽田真紀子さん。小麦もあんこにする小豆も、農家からの直接仕入れを中心にしているという。小麦の一部は自ら石臼で挽き、北海道産の小豆を土鍋で炊いてあんこを作る。店の入り口には、契約している農園で育てられた色艶のいい有機野菜もずらりと並ぶ。
「農家さんと直接やりとりすると今年は不作だった、何々が原因だったという話も聞くことができるので、自然にも地球にもより関心が出てくるんですね。本当はもっとじかに土に触れるような生活ができたらいいんですけど」
天然酵母が人に教えてくれること
天然酵母は酒粕から。長年つきあいがあり、古式製法で玄米酒を作っている酒造・寺田本家から取り寄せている。
「微生物が人間に生き方を教えてくれるという考えを持った酒蔵なんです。4年前、初めて蔵を訪ねてみたんですが、昔ながらのやり方で、皆で歌をうたいながら酒造りをされているんですよ。まるで微生物たちに子守唄をうたっているみたいに感じられました。この酒蔵では、子供たちが蔵に入ったり納豆食べたりするのもOK。他の菌を制限したり恐れることなく、酵母という見えない微生物との対話や調和を大切にされている。すべてを受け容れ、誰もが心から健康になることを目指す姿勢が素晴らしく感動しました。私もそうありたいと思っています」
店はヴィーガン志向だが、それ以外を否定するわけではない。知識に頼るよりは体でパンを感じてほしいと熱く語る。
「目にした情報だけでグルテンが悪者にされたり、全粒粉や米粉にばかりこだわる人がいるけれど、人の体はそれぞれですから捉われすぎるのはどうかと。私としては、頭ではなく、魂で喜びながら食べてほしいんですね。だからあまり健康健康と強調しないようにしていますが、じっさいうちのパン生地は、小麦、酒粕酵母、天日塩、御霊水とシンプルな材料が基本なので、卵や乳製品などのアレルギーの方も喜んでくださっています」



宇治の住宅街に自分の店をオープンしたのは4年前。ここに漕ぎ着けるまでには、長い紆余曲折があった。パン屋開店につながる最初の体験は15年以上前の沖縄で。大宜味村でフーチバーなど健康にいい食材を使う長寿料理の店に裏方として関わり、自然と暮らす生活を知った。その後沖縄のパン屋やカフェでの仕事を経て、りんご、長芋、にんじん、玄米などを酵母とする複雑な味わいのパンの魅力に目覚めた。
「自分のやりたいパンができそうだな、という気がしたんですね」
関西に戻り、結婚離婚も経て、今は3人のお子さんを育てながらパン作りに精を出す。通常はオーブンで焼くが、月数回、宇治田原町の山中に入り、空き家に設えられた薪窯でも焼いている。前の職人が去ってから十年放置されていたものを、大家さんのご好意で使わせてもらっているという。
薪窯で学ぶ火との対話
「教えてくれる人がいるわけではないから手探りで、最初の頃は真っ黒焦げにしたりして、薪をずいぶん無駄にしていました。薪をたくさん入れれば火が強くなると思ったら、逆に詰め込みすぎて空気が通らなくなり失敗したり。いろいろやってみてやっとわかってきた感じですね。
たとえばなかなか温度が上がらへんなと思って一個の薪をひっくり返したら一気にガーンと100度も上がるとか、火ってすごく不思議なんですよ。窯の温度は十分なのに生地がまったく発酵しないとか、逆に窯の温度が上がらず生地が入れられないとか、季節によっても違うので振りまわされるんですが、自然の中で作るってそういうことやなと。昔の人のパン作りって本来そうだったはずだし、今のように人や発酵機がコントロールするものではなかったはずで、そういったところに面白さがあるのでやめられないんです」
取材後、帰宅してから食べてみた薪窯のカンパーニュは、一番奥に入れたというだけあり木の香りが移っていた。同じ素材であっても、オーブン焼成とは質感も香りも大きく違う。薪窯のものは内側に水分を留めており、全体にみっしりした印象があるのだ。薪で焼いているのは、ライ麦と全粒粉を5割入れるというこのカンパーニュ、それに古代小麦の全粒粉100パーセントのパン、全粒粉30パーセントのパン・オ・セーグルの3種。
「古代小麦はローマ時代から改良されずに今につながっている。昔の記憶を留めていると言えますね。こういうパンを食べることで、昔に立ち返る時間が持てたらいいなというのが私の裏テーマです」


それにしても、たった独りで山中に入り、高温の火を炊いていて怖くはないのだろうか?
「怖いのもありましたし、人と一緒だと楽しいみたいな感じもあって、初めは友達についてきてもらっていたんです。でもしばらくしたら、やはり独りで集中したいと思うようになって。火との対話、生地との対話には、他の人と喋ってはいられないほどの集中力が必要なんです。これはもう瞑想やなと思っています。火の波動はすごい。本当に灰だらけになるんですが、自分のメンタルがぐっと上がる感じがしますね」
焚きつけには、柴を拾ってきて使う。近くには弘法大師が見つけたという水源、弘法の井戸があり、そこからもらった水を使用しているという。
職人の手を超え、ひとり歩きするパン
薪窯で焼いたパンは保水力が高いため、オーブン焼きよりカビが生えやすいそうだ。とはいえ、焼いてから何日後にカビが生えたか、お客さんも見ているだろうSNSで発信しているのを目にしたときは正直驚いた。まるで生物の実験でもしているかのよう。
「実験というか、楽しんでいるんですよ。お客さんには『何日保ちますか?』と聞かれたりするけど、こちらもわからないですから。それと、薪窯は輻射熱の火の入り方が面白いんですね。日ごとに味が変わっていって、1週間経ったらもう私が作ったという範疇を超えちゃっている。微生物たちが操ってるというか、もうパンがひとり歩きして、私のものじゃないなっていう次元に行くんです。
だから『美味しいですね』って褒められても、こちらも他人事みたいに『美味しいですよね』って言っちゃう(笑)。それでいつも子供に注意され、『自分の作ったもの、美味しいっていう人いる?』なんて言われるんですが、『でもほんまに美味しいんやもん。かあかが作ったものやけど、あとから何者かがすごいことをしてくれてる』んだって(笑)」

自然に身を委ね、微生物のはたらきに謙虚にしたがう羽田さん。今はリラックスしてパンを作れているそうだ。カウンターに並ぶのは15種類から20種類ほど。買う側からすれば、じゅうぶんに目移りする数なのだが。
「いえいえ、町のパン屋さんと比べると種類は少ないし、新作をポンポン出したりはしないんですけど。他の材料を載せたパンを作るよりは、生地そのものを味わってもらいたいという気持ちが強いんですね。
以前ならよそのパン屋が気になったり、お客さんが来ないのではと心配したりしていましたが、今は子育てしながらできる範囲でと考えているので、まったく気にならなくなりました。売れずに困っていても、最後にお客さんが買っていってくれたり、配送の注文がきたりと何とかなっている。
昭和時代の父親たちは働き詰めだったけれど、お金の豊かさじゃなくて心の豊かさを得るために仕事をしたいし、そういう人がもっと増えたらいいなと考えています。週3回の開店で本当に続けていけるのかと自問したこともあったんですが、でもちゃんと成り立っていますから。子供たちが私の背中をどのように見ているかはわかりませんが、志事をする喜びを見つけてくれたら嬉しいです」
杣とは、自分に立ち還る場所
小さな店はときにダンスや音楽のライヴが行われ、手作り雑貨が広がる空間ともなる。厨房の片隅にはピアノが置かれ、開かれた楽譜が弾く人を待つ。パンを中心とする豊かな暮らしがここには息づいているようだ。
店名の「杣(そま)」とは、辞書的な意味で言えば、中世以来の用法で、寺や仏像を建造するための木材を採る山林または山村空間のこと。羽田さんはこの言葉に「自分に立ち還る場所」との意味を込めているという。
「杣という言葉には、比叡山の修行僧が厳しい山道を登る際に、束の間休める平らな場所、そこに立つと自分に立ち還る場所との意味合いがあったと日本画家の篠田桃紅さんの本で知りました。安定した自分を取り戻すことができる場所という意味も込め、この名前をつけています。売れるかどうかというより、まずは自分の安心基地を作ろうって思ったんです。じっさい、パンを作っているだけで満ち足りて過ごしていられます」
外からの情報に呑み込まれ、自己という存在すら希薄に思えてしまいがちな現在、自然とのつながりを日々確かめながらしなやかに暮らすパン職人の姿に、世界とのあるべき関係の結び方を学んだ気がした。
滋味深く優しい味わいのなかにこころざしが感じられるパンたちである。


(文・写真 大辻 都)
「パンの都」インスタ@cum_panis_kyoto
※写真3点は「杣」提供
【店舗情報】
杣(そま)
京都府宇治市宇治里尻8-9
水金土 11:30-18:00open
京都芸術大学の教員が「今、気になっている」アート・デザインの話題と、週に一度のコラムをお届けします。メールアドレスだけで登録完了、来週から届きます。
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大辻 都Miyako Otsuji
京都芸術大学教授。専門はフランス語圏文学。現在は通信教育部でアートライティングコースを担当している。
主な著書に『渡りの文学』(法政大学出版局、2013年)、訳書にドミニク・レステル『肉食の哲学』(左右社、2020年)、マリーズ・コンデ『料理と人生』(左右社、2023年)などがある。