SPECIAL TOPIC2026.06.19

映像

トライベッカ映画祭で日本人初の快挙——映画学科卒業生・坂西未郁監督が語る映画「メモリィズ」の魅力と学生時代、そしてこれから

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  • 上村 裕香

柄本佑さんが主演を務める映画「メモリィズ」で長編映画監督としてデビューした本学・映画学科の卒業生・坂⻄未郁(さかにしみいく)監督が、6月3日~14日に開催された第25回トライベッカ映画祭にて、フィクション部門の最優秀新人長編監督賞を受賞しました。日本人の受賞は史上初の快挙です。

坂西監督は、大学時代に制作した短編映画『すこしのあいだ』でISCA映画祭2013最優秀作品賞、卒業制作『夜のこと』で京都造形芸術大学最優秀学科賞を受賞。大学卒業後は、助監督やメイキングカメラマンとして映画に携わってきました。

 

坂⻄未郁

1992 年、東京都出身。京都造形芸術⼤学(現:京都芸術大学)映画学科卒業。⼤学時代より映画制作を始め、短編映画『すこしのあいだ』『夜のこと』などを制作する。『すこしのあいだ』において、ISCA(INTERNATIONALSTUDENTS CREATIVE Awards)映画祭2013最優秀作品賞を受賞、『夜のこと』において、京都造形芸術⼤学最優秀学科賞を受賞。
大学卒業後、助監督(⽯井裕也監督『⽉』『茜⾊に焼かれる』など) やメイキングカメラマン(⼟井裕泰監督『花束みたいな恋をした』『⽚思い世界』など) として映画に携わる。80年代から90年代にかけて、⽇本の⾳楽シーンにミュージックビデオという分野を定着させた⻤才、映像ディレクター・映画監督の坂⻄伊作を⽗に持つ。自身もAwesome City Club「勿忘」などのミュージックビデオを監督。本作品が待望の⻑編映画監督デビュー作となる。

待望の長編映画監督デビュー作である本作は、家族の記憶と記録をテーマにした映画です。柄本さん演じる雄太が九州の田舎町へとやって来たのは、足を骨折した義父が回復するまで身の回りの世話をするため。義父が営む昔ながらの写真館の仕事を手伝いながら、東京にいる妻と娘との間でスマホで撮った映像を交わす様子から、記録と記憶の連なり、家族の人生という長い時間の流れや、大切な人の存在と不在が浮かび上がってきます。

映画『メモリィズ』

【出演】柄本 佑/穂志もえか/梅沢昌代 伊佐⼭ひろ⼦ 成⽥裕介 占部房⼦/⾹椎由宇/イッセー尾形

【監督・脚本】坂⻄未郁
【撮影】鎌苅洋⼀ 【照明】永⽥ひでのり 菰⽥⼤輔【写真】江森康之 【美術】渡辺⼤智 松﨑宙⼈
【⾳響】⻩ 永昌 【⾳楽】⼩島央⼤
【編集】普嶋信⼀
【⾐裳】⽴花⽂乃【ヘアメイク】豊川京⼦
【タイトルデザイン】葛⻄ 薫
【VFX プロデューサー】⻑井由実
【宣伝プロデューサー】中野朝⼦
【助監督】⽻⽣敏博
【製作渉外】藤⽥充彦
【企画】孫 家邦
【プロデューサー】伊達真⼈ 福岡芳穂 ⼟井智⽣

製作・配給:リトルモア 配給協⼒:ソウルマンワークス 宣伝:ヨアケ 製作協⼒:FOD
特別協⼒:⽵⽥市 2026 年 / ⽇本 / カラー / ビスタ / 5 .1ch / 97 分/©2026LittleMore

全国公開中!

国や文化を越える、映画という「共通言語」

サンダンス映画祭と並び北米を代表する映画祭のひとつ・トライベッカ映画祭で最優秀新人長編監督賞を受賞した坂西未郁監督。受賞の知らせを受けたのは、日本公開初日となる6月12日の朝でした。受賞以上に坂西監督が喜びを感じたのは、現地の観客から寄せられた反応だったといいます。映画「メモリィズ」はどのように生まれ、なぜ大分県の風景を舞台に選んだのか。受賞直後の坂西監督に語っていただきました。

 

「最優秀新人長編監督賞の受賞を知ったのが、トライベッカ映画祭に出席して東京に帰ってきた翌朝でした。その日はちょうど、日本公開が開始される6月12日だったので、運がいいなと思いました。ただ、受賞の喜び以上に、トライベッカ映画祭で現地の観客の方々がくださった感想が嬉しかったですね。ぼくは英語が話せないのですが、みなさん、試写で日本の方が見てくれたときと同じような感想を言ってくださったんです。映画というものが、国や文化を越えた「共通言語」として存在することに、一番喜びを覚えました。

トライベッカ映画祭の様子
トライベッカ映画祭の様子

現地のお客さんからは、例えば「大分県の田舎を舞台にしたのはなぜか」という質問がありました。この質問に答えるなら、まず、この映画には「野焼き」という大きな意味を持つシーンがあります。実はこの映画には、ぼくの卒業制作の担当教員でもあった映画編集者の鈴木歓さんが、企画段階から参加してくださっていて、初稿を読んだときに「野焼きですべて燃やしてしまうのはどうだ」というアイデアをくれたんです。そこから野焼きが作品の核になっていきました。

いろんな地域の野焼きを見て、大分県の「くじゅう連山」の野焼きが本当に雄大だったので、大分県をロケ地に選びました。それに、ぼく自身が東京生まれ、東京育ちなので、京都に住んでいた学生時代も含めて、どこか「田舎への憧れ」や「帰る場所がない」ようなコンプレックスがあるんです。(大分県の)竹田市を歩いていると、街々で景色が移り変わっていく。例えば、城下町や温泉街、田舎町では、いろんな匂いが混ざっていて、ぼくの思い描く「日本の原風景」のような景色がたくさんありました。それをパズルのように映画の中に組み込んでいけば、なにか普遍的な、全員が思い描く「日本の原風景のような田舎」を舞台にできるんじゃないか、と考えました。

もともとは、九州に住む家族と東京に単身赴任する父親がスマートフォンで映像を送り合う短編映画を撮ろうと考えていたんです。ぼくの中学時代からスマホが普及して、ストレージが増えるごとに無限に写真や動画を撮れるようになってきて、今では、友達がご飯を食べる様子とか、日常の些細な光景を撮っていたりする。決定的じゃない瞬間を、何気なく撮るということが日常になってきている。ぼくはそこに良し悪しをつけたいわけではなく、そういう現実がある、ということを表現したいなと思ったんです。

その後、短編映画の企画はなくなったのですが、今回のプロデューサーである孫家邦さんにお話ししたところ、「長編映画としてやってみないか」と言ってくださって、それが「メモリィズ」の始まりになりました。」


「記憶」と「記録」を描いた映画づくり

「メモリィズ」を鑑賞して印象に残ったのは、カメラやスマートフォンで目の前の光景を「撮る」表現の多彩さ。映画の中盤、義父・誠の写真館で結婚写真を撮影している最中、持っていた白い風船がふっと飛んでいってしまう場面があります。その場の全員が飛んでいった風船の方向を見る中、誠はシャッターを切り続ける。田舎のちいさな「街の写真館」を営む、寡黙な義父のカメラマンとしての本能を見たようで、どこかドキリとするシーンです。坂西監督は、映画全体を通して「対比」を意識していたと言います。

 

「誠の写真館で結婚写真を撮るシーンでは、スマホの写真と写真家に撮ってもらう写真の違いを表現しました。あの場にいる人たちは、結婚という特別な瞬間を残すために集まっている。つまり、「記録しよう」という意識が強く働いている時間なんです。それに対して、撮影の瞬間に、持っていた風船が飛んでいってしまうという出来事は、準備してきて記録しようとした時間ではない。それを誠が記録することで、その二面性や「記録とはなにか」ということを明瞭にできたらなと思っていました。

劇中で雄太と家族がスマホ越しに送り合う映像は、実際にスマホで撮影しています。音もスマホで録ったものだけを使いました。それに対して、本編のカメラは16ミリフィルムで撮影しています。スマホの映像も非常に高画質になってきているので、本編の方はフィルムの質感でやろう、と。

九州で撮影するときには、東京と九州の対比についても意識していました。東京では忙しない空気や寂しさを表現し、九州では自然の音を活かす。この映画は明瞭な物語の起承転結があるような作品ではないので、対比を多く入れることで、観客が記録や記憶について自由に想像してくれるんじゃないかな、と考えていました。

脚本を書くときは、「メモリィズ」であれば「記憶」「記録」「家族」「存在」「不在」といった大きなテーマを念頭に置きながら、自分の実体験や想念をメモしていきます。愚直に掘っていくようなイメージです。そこから、写真館やスマホ、旅行者をアテンドする、といった要素をパズルみたいに組み合わせて、観客が考えるフックを散りばめながら構成していきました。なので、最初は映像的な「見た景色や想念」から始まり、構成していくときには、少しずつ言語化しながら進めていくような感じです。」

 

京都芸術大学で出会った映画表現

「メモリィズ」のパンフレットに掲載されている映画評論家の北小路隆志教授(映画学科学科長)の映画批評に、気になる文章がありました。(坂西監督が学生時代に制作し、ISCA映画祭2013最優秀作品賞を受賞した)8分ほどの短編映画『すこしのあいだ』について言及した次の文章です。
<『すこしのあいだ』(2012)ですでに映画作家が強い関心を抱き、『メモリィズ』に直接継承されるのが、切断と接合に凝縮された映画の原理である。>
切断と接合。それは坂西監督が言う「東京と九州」の対比であり、雄太と妻のゆきが別々の場所で過ごすという「切断」とスマホ越しに写真を共有することによる「接合」であり、そしてなにより写真という媒体が可能にする現在と過去の「切断と接合」です。坂西監督に京都芸術大学での学生時代について、伺いました。

 

「振り返ると、「なんでもない日常をどう映画の中に入れるか」というテーマは、大学時代の初期衝動からまったく変わっていないような気がします。『すこしのあいだ』は、電話ボックスで小学生2人が遊んでいるだけの映画なのですが、これはぼくが電話ボックスで見た男女がモデルになっています。自分が見た光景を人に伝えるときに、文章や話し言葉で説明するよりも、映像が一番向いているんじゃないかと思ったんです。同じような光景を、映画であれば視覚的に見せられるんじゃないか、なんでもない日常の光景を見せることで、日常というものを「異化」できるんじゃないか、と。その関心は今も変わっていません。

『すこしのあいだ』

そうした映像表現の豊かさに気づいたのは、大学時代でした。恵比寿映像祭で観たマライケ・ファンヴァルメルダムの作品や、授業で出会ったアッバス・キアロスタミの『パンと裏通り』などは今でも強く印象に残っています。何気ない風景や出来事が、一言では表せないいろんな想像力をかき立てるようなことができるんじゃないかという、その可能性を感じたんですよね。

京都芸術大学に入学したのは、正直に言うと直感でした。東京を出てみたい気持ちがあって、京都の街の雰囲気に惹かれたんです。浪人しようかとも思っていたんですが、「受験だけはしてみよう」と受験してみたら合格して。すると、人間は不思議なもので「呼ばれている」気がしてくるんですよね。それなら行くか、と。そんなシンプルな人間です。

入学してみると、自分よりずっと映画を知っている同世代の仲間たちに出会いました。ぼくには映画を語るための知識や言葉、「映画言語」みたいなものが圧倒的に足りていない、と気付かされました。それを同世代の仲間たちから感じることができたのは、いい経験でした。この人たちともっと話したい、そのためにもっと映画を観なければと思ったんです。

京都は自転車でいくつもの映画館を巡れる町ですから、当時は南区の「京都みなみ会館」まで友人と自転車で50分かけて行って、帰りに観た作品について語り合ったりしていました。その時間は映画の時間が拡張しているようで、特別な時間だったんです。

映画公開後、本学の高原校舎を訪れ、在学生に向けた講演も行ってくださいました

大学では自由にやらせてもらいました。実験映画の監督でもある伊藤高志先生は、あまり縛ることなく、やりたいことをすべて受け入れて、尊重してくださいました。研究者の大澤浄先生の授業では、ぼくたちに映画を見せてくれて、質問するわけではなく、作品をひとつひとつ分解して読み解いて、ぼくの「映画の見方」を作ってくれた。先生方や同級生が、いろんな映画とぼくを出会わせてくれた経験は、今も自分の映画づくりの根源になっています。」

 

「徹底した共同作業」から想像の世界を広げていく

学生時代の話をする坂西監督の表情からは、京都での自由でのびのびとした学生生活や仲間との映画制作に熱中した日々の空気が立ち上ってくるようでした。では、卒業後はどのように映画と関わり続けてきたのでしょうか。質問を投げかけると、坂西監督はやはり少年のように目を輝かせながら、これまでの歩みを語ってくれました。

 

「卒業後は助監督やメイキングカメラマンとして映画に関わってきました。メイキングカメラマンをすることになったのは、卒業制作の講評会に、今回のプロデューサーである孫家邦さんが来てくださったのがきっかけです。孫さんからメイキング映像の仕事をいただき、その現場で出会ったカメラマンの方に撮影助手として声をかけていただいたり、美術部の仕事を紹介していただいたり、さらに監督のもとで学ばせていただいたりと、人とのつながりの中で少しずつ経験を重ねてきました。多くの部署を見ながら、好きな人の背中を追いかけて走ってきたような感覚です。

石井裕也監督や土井裕泰監督の現場で学んだのは、映画が徹底した共同作業だということです。お二人とも自分の世界をしっかり持ちながら、スタッフの意見も、面白いと思ったらすぐに取り入れる方でした。土井監督は、毎回オールスタッフの場で「どんな些細なことでも気づいたことがあれば言ってください」と話していましたし、石井監督もコミュニケーションを通してスタッフからさまざまな意見を引き出していました。

学生時代は4、5人の仲間たちと好きな映画を撮っていましたが、プロフェッショナルの現場では、それぞれのスタッフが意見をぶつけ合って、想像の世界を広げていく。すると、映画がどんどん広がっていく感覚があって、「メモリィズ」でもそうした映画づくりができないかな、と思っていました。

今回の作品でも、これまで一緒に仕事させていただいたスタッフに多く参加してもらいました。互いの思考や人柄を理解した状態からスタートできたので、ぼくがみなさんに手助けしてもらったという感覚の方が強く、ありがたかったです。」

 

好きなものを掘り続けることが、自分の強みになる

トライベッカ映画祭での受賞を経て、長編映画監督としての輝かしいキャリアを歩み始めた坂西監督。しかし本人は、「長編映画監督としては1年生」と笑います。そんな坂西監督が振り返るのは、学生時代に出会った仲間たちの存在と、自分の「好き」を追い続けてきた時間でした。芸術を続けるために大切なこと、必要なことはなにか。これから表現の道を歩もうとする学生たちへ、率直な思いを語っていただきました。

 

ぼくは大学の1年生から4年生を経て、社会人一年生になって、助手やメイキングカメラマンとして映画に携わってきました。今は社会人十何年生なのか自分でもよくわからないですが(笑)、長編映画監督としては一年生です。なので、学生の皆さんと同じように、また新しいスタートラインに立っている感覚があります。

あとは、先ほどの話の続きで言うと、「近くにいる仲間」という存在が大学時代は本当に大きかったですね。小中高までは、地域によって学校が決まるから、同じ方向を向くことはなかなか難しい。でも、大学は同じ芸術を志す学生が集まってくる場所だから、横の繋がりができやすいし、肩を組める——そんなことを知り合いが言っていて、本当にそうだなと思いました。
今回の映画でも、ぼくは学生時代の友人や先生に制作中、脚本の段階から相談していました。同級生たちはトークショーにも来てくれて、彼らが面白かったと言ってくれたことが、本当に嬉しかったです。

トークショーの様子

映像作品を作り続ける上で大切にしていることは、「辞めないこと」じゃないかな。続けるためには、「楽しそうなところにいる」というのが大事なのかなと思っています。興味を持ち続ける、というのと、あと明確にひとつあるのは「自分が好きなポイントが、自分のストロングポイントになっていくように意識する」ことですかね。学生時代には、好きな映画と作りたい映画が乖離している人もいたかなという印象があるのですが、ぼくは好きなものを掘り続けることが大切だと思っています。

ストロングポイントを見つけることは難しいですが、やっぱり、たくさん観て、自分で探していかないと意味がない。でも、大学は、先生や同級生が同じ方向を向いて考えてくれる場所なので、自分の脳だけでなく、周囲の人の脳も拡張して使えるみたいな感覚が当時はありました。自分がなにを好きで、なにを撮りたいのか。それは、たくさんの作品に出会う中で、必ずわかってくるはずです。

トークショーの様子

ぼくの場合、大学時代に「物語ではない、淡々とした日常」を映画で描こうとしている同級生が少なかったので、それがスタートとしてあります。もちろん、歴史上にはそうした映画はたくさんあるので、ストロングポイントというよりは「好きなもの」に近いのかもしれません。周りと比べたときの自分の特異性を把握して、そこを楽しみながら掘っていければいいかなと思っています。

……と言いつつ、今後は物語を主軸にした映画も撮りたいですし、ジャンルを決めているわけではないです。ただ、どんな作品を撮ったとしても、「坂西未郁の映画だから観たい」と思ってもらえる監督になれたら嬉しいですね。

 

トライベッカ映画祭という世界的な舞台で大きな栄光を掴んだ坂西監督。しかし今回のインタビューで印象的だったのは、その華々しい受賞以上に、映画への純粋な好奇心と、「好きなものを掘り続ける」という誠実な姿勢でした。
6月17日(水)には本学の高原校舎を訪れ、在学生に向けた講演も行ってくださいました。映画制作の現場で培った経験や、長編映画監督として新たなスタートラインに立つ現在の思いを語る坂西監督の言葉は、学生にとって大きな刺激になったことでしょう。
世界へ羽ばたく卒業生の姿は、芸術大学で学ぶ学生たちにとって、未来の可能性を示してくれる道標となります。そして、映画「メモリィズ」には、その原点となった坂西監督の学生時代のまなざしが確かに息づいています。みなさんも、ぜひ劇場でご覧ください。

 

(文=上村裕香)

 

【映画公開情報】

映画『メモリィズ』
出演 柄本佑 穂志もえか 梅沢昌代 伊佐山ひろ子 成田裕介 占部房子 香椎由宇 イッセー尾形
監督・脚本 坂西未郁
https://memorizu.jp/

 

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  • 上村 裕香Yuuka Kamimura

    2000年佐賀県生まれ。京都芸術大学 文芸表現学科卒業。2024年 京都芸術大学大学院入学。

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