INTERVIEW2026.07.07

教育

完成の先を考える。敬天館に込められた学びのかたち ── 新校舎完成に寄せて德山豊理事長インタビュー

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  • 京都芸術大学 広報課

2026年度より京都芸術大学の新しい学び舎として「敬天館(けいてんかん)」がキャンパスに加わりました。

本記事では、本学の德山豊理事長に、新校舎に込めた思いや、学生たちへの期待、これからの大学のあり方についてお話を伺いました。

あえて「何もない」を仕掛けた、敬天館の狙い

敬天館は通学課程の情報デザイン学科の授業で主に使用されるほか、大学の取り組みを社会へ広く発信する「イノベーション・コモンズ」を設置予定です。また、事務局スペースには、企業や自治体が抱える課題を学生のアート、デザインの力で解決する産学公連携プロジェクトの推進窓口である社会実装支援課が入り、企業との連携授業やプロジェクトを推進します。

しかし、敬天館は単なる新校舎ではありません。
德山理事長はこの校舎を「何もないということを仕掛けている」と表現します。
そこには、学生たちに自ら考え、行動してほしいという願いが込められていました。

 

──敬天館を建設された背景には、どのような課題意識や構想があったのでしょうか

「私は大学だけではなく、瓜生山学園全体を見る立場なので、京都芸術大学附属高校や京都芸術デザイン専門学校、京都文化日本語学校やこども芸術大学も含めて、学園の戦略を考えながら、何が必要なのかを常に考えています。それは校舎だけではなく、設備などさまざまな要素です。

そうした中で、教室が不足しているという課題が明確にありました。そのため、学園全体の目指す姿を実現するために、新たな校舎を建設する必要があったのです。

結果的に情報デザイン学科が主に使用していますが、情報デザイン学科のためだけに作った校舎ではありません。本質的な目的は、学園全体のキャパシティを広げ、あらゆる領域の学生・生徒たちが限界なく学べる環境を整えることでした。この場所から新しい可能性を広げてほしいという思いが根底にはあります」

 

──敬天館には、どんな空間の工夫や仕掛けがあるのでしょうか。

学校法人瓜生山学園 德山 豊 理事長

「『何もない』という仕掛けを施しました。敬天館には、オープンスペースが多い。外のテラスも広く取っています。そういう空間を、自分たちで考えて使ってほしい。ただ空間があるんじゃなくて、なぜそこに空間があるのかを考えてほしい。その空間がこんな風に使えると気づける学生が一人でも多く出てきてくれることを願っています」

実際に敬天館を訪れると、まず目に入るのは開放的なオープンスペースです。大きく取られた余白は、用途が決められているようでいて、どこか学生たちに委ねられているようにも感じます。

テラスに出れば、白川通を渡る風と周囲の緑が広がり、校舎の中にいることを忘れそうになります。

「何もない」という言葉は、一見すると不思議に聞こえます。しかし実際に歩いてみると、その余白こそが敬天館の特徴なのだと実感させられました。

しかし、用途が定められていないということは、決して「何をやってもいい」という放任を意味するわけではありません。誰もが自由に使えるパブリックスペースだからこそ、そこに求められる表現のモラルや、アートがもたらす波及効果について、理事長はこう続けます。

「ただ、その時に注意しなきゃいけないのは、自己満足の表現の場で終わってはいけないということです。芸術とはそもそも他人の幸せのためにあります。『自分だけがよければ良い』というわけではなく、クリエーションをどういう風に周りにつなげ、どのようなエネルギーに発展させるのかということが大事。空間を活用した先に何が起こるのか、という未来へのつながりまでイメージして使いこなしてほしいと思います。だからこそ敬天館は、何かを過剰に作り込むのではなく、むしろ『何もない』という仕掛けを施しています」

 

──敬天館という余白のある空間に、学生たちからはどのようなボールが投げられることを期待されていますか?

「例えば、あの空間でコンサートをやるとします。当然、そのまま音を出せば間違いなく近隣の方や教室で授業などしている方に迷惑をかけますよね。そこで『じゃあ諦めよう』ではなく、どうすれば実現可能かを考える。音を出さない『エアコンサート』に挑戦してみたらどうなるか。音を出さないコンサートをやるなら聴き手の頭の中で音を作ってもらえるような、創造力を刺激する企画を生み出せるかもしれません。できない理由を探して諦めるのではなくどうやったら実現できるのか、代替案は何なのかを徹底的に考え抜く。その試行錯誤のプロセスこそが、本物の学びだと思いますね」

 

──敬天館の名称は、「敬天愛人」から来ていると冊子で読みました。思いやりを持ち、切磋琢磨してほしいという願いが込められているそうですが、この考えに至った経緯や想いを教えてください。

「生きとし生けるものに対して、人が『愛』というものをもっと素直に持ってほしいからです。

愛というと、少し照れくさいと受け取られることもありますが、私は、愛ってもっと身近なものだと思っています。

『一期一会』という言葉ひとつとっても、ふとした時に出会った人のことを思い出すことがあります。その気持ちは相手には伝わらないかもしれませんが、そういう一瞬一瞬に愛があると思います。そういう人への愛を大事にしてほしい。

例えば、コンビニの店員さんが次のお客さんのためにそっと商品を並べ直している。その小さな気配りに気づけた瞬間、買い物が少し幸せなものになると思います。相手を思いやる人が一人いるだけで、世界は変わります。

これは作品づくりも同じです。自分の思いを一方的に発信するのではなく、そこに受け取り手の気持ちを汲み取る視点を少し加えるだけで、作品の輝き方は変わります。

敬天愛人の『愛人(人を愛するということ)』は、相手のことも、自分のことも、生きとし生けるすべてのものに愛を持つということ。そういうことを少しでも意識してほしいという思いが『敬天館』には込められています」

 

学生自身が考え、大学全体で表現していく

──以前のインタビューで、「学生には完成させることよりも、その先を考えてほしい」と仰っていました。敬天館の完成というのは、どのようなスタートを切ったと考えられていますか?

「例えば、絵を描く学生に無地のキャンバスを用意したようなものです。その先をどう描くかは自分たちで考えてほしい。一つ例を挙げると、ADストア(学内の購買)に行って欲しいものがなかったとき、どう行動するかも考えられます。スーパーに買いに行くのか、ネットで注文するのか、それとも置いてもらえるように交渉するのか。そういう選択肢がある中で、自分がどう行動するかは、学生一人ひとりの問題だと思っています。
とにかく考え抜くことが大事だと思っています。私はそのきっかけを提供しているにすぎません。その先をどうするかは、皆さんが学校をどうしたいかという働きかけだと思っています。
波風を立てるのが私の仕事です。場は提供しますが、その先の『あれしたら』『これしたら』まで言い出すと、それはもはや皆さんの学校ではなくて、私の学校になってしまう。それは違うと思っています」


敬天館は、大学の変化の一例に過ぎません。
学食のリニューアルやキッチンカーの導入など、本学では近年さまざまな挑戦が続いています。

そうした取り組みの背景にある考えについて、伺いました。


──大学では新しい取り組みが続いています。こうした変化を生み出す原動力は何でしょうか?

「学生たちを愛しているからできることですね。そしてもう一つは、その変化を受け止めて、『何かやってみよう』と思う学生がどれだけ出てくるかという期待があることです。
例えば、学食のスタッフの方がお弁当を作ってラウンジで販売しているあの移動式屋台は、一昨年卒業した学生たちが、『こんなことをやってみたいんですけど、いいですか?』と提案してきたことから始まったものなんです。
ただ、私は簡単に『いいよ』とは言わないので、どうすれば実現できるのかアドバイスを繰り返し、彼らが考え抜いて完成させたものです。
お茶会にも使える工夫が凝らされた素晴らしい屋台ですが、今ではお弁当売り場になっている。それは少し寂しい。

大切なことは、『なぜこれがあるんだろう』というアンテナを高く上げて、電波をキャッチして新しい使い方を考える人が増えていかなければ、いい発想も単発で終わってしまいます。

敬天館も同じで、『なぜこんな名前なんだろう』と興味を持ってほしい。この記事を読んだ人の中から、『これってどうなんだろう』と考える人が一人でも二人でも増えていく。そうすることで学校は面白いものへと進化していくし、学生のための学びの場として成長していくと私は思っています」


──学食のリニューアルも、その一環ですか?

「そうですね。私は食育は大事だと思っているので、皆さんが食べるものに対しても、
作り手の愛があるということを感じてほしい。お腹を満たせれば何でもいいというわけではなく、自分の身体に少しでも良いものを意識して摂ってほしいなと思います。

リニューアルした学生食堂の様子。画像をクリックすると記事が読めます

学食で言えば店長ともよくコミュニケーションを取ります。どの大学の理事長よりも学食の店長と話をしているんじゃないかな。

学内で寒い夜に遅くまで制作を頑張る学生のために、『夜鳴きそばをやろう』とかいろんなことを提案しています。店長も学生に愛のある方なので、一緒になって考えてくれます。

ただ、学生たちから『今年はこうなんだ』で終わってしまうのは少し寂しい。学生自ら、やってほしいことを提案してくれてもいいし、『自分たちでやらせてください』と提案してみる。そういう積極性をもってほしいですね」

 

──以前、学内プロジェクトについて、「完成の先まで考えてほしい」と仰っていました。敬天館が完成して数年後、学生たちにどのような変化が起きてほしいですか?

「あちこちで、面白いことを言いだす学生が増えてきたらいいんじゃないかと思います。
例えば学園祭。今は毎年決まったことを続けていますよね。でも私からすると、そろそろ『何か変えてみよう』と言いだす人が出てきてほしいなと思っています。

例えば、『ピロティの大階段を使った大規模な演劇をやります』、みたいな学生が出てきたら面白いじゃないですか。

別に敬天館ができたからどうこうという話ではないんですが、常に学びの中から、そんな発想をする学生が出てきてほしい。大学全体が表現の場になっていってくれたらいいなと思います」

 

 

「何もない」という仕掛けが施された敬天館。

しかし、その余白は決して空白ではありません。学生たちが自ら考え、行動し、新しい挑戦を生み出していくための可能性の余白です。

德山理事長が繰り返し語っていたのは、「完成の先を考える」という姿勢でした。
敬天館は完成しました。しかし、その先にどんな学びや表現が生まれるのか。
その答えは、これからこの場所で学ぶ私たち一人ひとりの「企て」に委ねられています。

この無地のキャンバスに、あなたならどんな最初の筆を走らせますか?
敬天館という名の新しい舞台は、あなたの主体的な挑戦を、静かに待っています。


(文=文芸表現学科4年 千葉美沙希)

 

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