2024年6月23日、通信教育部の「収穫祭」の企画で、千葉県八千代市の老人デイサービスセンター「52間の縁側」に伺ってきました。テーマは「地域に開かれた福祉施設の見学と、ワークショップによるお庭作り」ということで、ランドスケープデザインコースの稲田多喜夫先生に引率いただきました。この施設の建築は大変ユニークなもので、2023年度の日本建築学会賞その他多くの賞(※)を受賞しています。当日は建築設計を担当した建築家の山﨑健太郎さんも来てくださいました。
集合は、地下鉄東西線と直接乗り入れしている東葉高速鉄道の村上駅のロータリー。12時くらいには28名の参加者の方が揃い、現地に向けてバスで移動しました。幅の広い幹線道路を抜け、緑豊かな団地の横を通ってバスが止まったところは、ちょっととりとめのない風景の細い道でした。バスから降りてはみたものの、お目当ての施設がどこにあるのか検討もつきません。ちょっと途方に暮れていると、道沿いの雑木林の中からひょっこりと稲田先生が出てきて、手招きしています。私たちは稲田先生について、暗く湿った森に入っていきました。森の中は思ったより急な斜面で、ときどきずるっと滑ったりしました。みんな足元に気をつけながら下を向いて登っていきます。孤を描くように斜面をゆくと樹冠が切れて光が入り込んできました。足元から目を上げると、びっくりするような光景が目に入りました。
うねるような明るい地面に木造の桟橋のような、まっすぐで長い建物が浮かんでいるのです。これが、今回の訪問先「52間の縁側」でした。おおーっと思いながら草地だったり土だったりする緩斜面を登っていくと、だんだん地面が桟橋に近づいていき、座れるぐらいの高さになってきます。私たちがそこまで辿り着いて一息ついたところで、収穫祭の始まりです。
名前のない部屋が生む自由なつながり「52間の縁側」
この「52間の縁側」をはじめとする「いしいさん家」の運営者であるいしいさん(石井英寿さん)、建築家の山﨑健太郎さん、ランドスケープデザインを担当した稲田先生、庭師で石積みの達人の後藤さん、マネージャーの有希さん、自生する竹の利活用とコーヒーご担当の江渡さん、山羊のつの子さんといった方々が出迎えてくださいました。
山﨑さんから、建築の概要について説明いただきました。リズミカルな柱が日本的にも見えるこの建築ですが、一番興味深く思われたのは、どのスペースも「○○室」といった決まった名前や役割を持っていないということでした。そしていずれの場所も開かれていて、緩やかに繋がっています。繋がりながら、大地との距離には変化があり、いろいろなところに固有の場所の感じが生まれているように思いました。
建物の一番端に、やはり開く仕掛けのある気分の良いお風呂がありました。そのお風呂の説明の時に、いしいさんが話してくださったのは、ここではいろんな人が居合わせることができるということでした。老人デイサービスということになっていますが、お年寄りだけでなく、近所の子どもたちも、統合失調症など精神の病を持っている人も、思い思いにやってきては関わり合っていくような場なのだとのことでした。実際この日も、子どもたちがやってきては池のあたりでわあわあ遊んでいました。いろいろな人たちが、ともにいることができる場所なのです。
庭仕事ワークショップ
施設についてのレクチャーのあとは、稲田先生の説明を受けての庭仕事ワークショップです。この日の仕事は、①竹階段づくり、②草花の植栽、③空石積み擁壁づくりの3つでした。
ですから3班に分かれての作業となりました。とはいっても厳密な班分けではなく、一段落したら他のグループに参加したり、美味しいコーヒーをいただきながら縁側で休憩したりといった、ゆるい感じの設定です。
竹階段は、さっき四苦八苦して登ってきた林の中の斜面に竹の杭を二本打ち、そこにまた竹を横に渡すことで踏み面を造り、それを連ねて階段とするものです。竹はもちろん敷地のその辺での調達です。庭と林の間の垣根も竹でできていましたが、これも現地調達とのことでした。のこぎりで竹を切り、カケヤで打ち込み、縄で結束するという、なかなかの作業です。
草花の植栽は、敷地の通路わきの空いたスペースへの補植です。改めて見ると、もともとの草花も無造作に植えられているようでいて、実は通る人の視線を考えて植えられているのでした。今回手植えしたみなさんも茎を微妙に傾けてみたりなど、さまざまな工夫をされていました。
石積みは、拳から子どもの頭くらいあるようなごつごつした石(富士山方面の溶岩だそうです)を積んで、膝くらいの高さの壁をつくる作業です。これも結構力仕事です。達人の庭師、後藤さんからのレクチャーと実演を見て挑戦しました。水平に並べるのではなく、V字になったところに次の段の石を噛み合わせて強度を出すのがポイントです。石の長い面を石積みの表面で見せたくなるけれど、それを奥行き(控え)として使うことも大事とのことでした。私も挑戦してみましたが、なかなかうまくいきません。次にどの石を使うかも頭を使います。こうしたちょっとした石積みは、手作りの棚田などに普通に見られるものですが、なかなかコツとデザインセンスが求められるものだということがわかりました。
この日は雨が心配されていたのですが、霧雨に時折見舞われることはあっても、そう激しいものとならず、暑すぎることもなくかえって助かりました。霧雨にあわせて隣地から懐かしい香りのする焚き火の煙が流れてきたりして、ちょっと幻想的な雰囲気のなか、作業に取り組みました。
境界線がないということ
緩やかな斜面になっている庭にはせせらぎがあり、一番下流では大きな池となって建築の下に入り込んでいました。ここでは庭と建築が隣り合っているのではなく、重なり合っているのです。池は背の高い水草に囲まれていて、ちょっと密やかな感じもありました。こどもたちが縁側下の柱の間にロープを張って、水面の上を渡って遊んでいました。
庭を見渡してみると、園路舗装きわの縁石とか、排水側溝といった、街の境界線上に見られるようなものはまったくないことに気づきます。
そういえば「縁側」自体、建築と庭のあいだの曖昧な空間の例としてよく挙げられるものでした。
いろんな人たちが自然に顔を合わせ、居合わせることができる場所という、いしいさんの考えを、境界線のない建築とランドスケープが、そのまま表現しているように思われました。「ゾーニング」にこだわっていたら生まれない、いたるところに動きのある空間だったと思います。
作業時間はあっという間に過ぎ、「52間の縁側」をあとにするときは、名残惜しく思われました。なんだか懐かしい場所になっていました。新しくできた竹階段を踏み、ひんやりした林を抜けて道路に出ると、急に夢から覚めて現実に戻ったような気がしました。
マネージャーの有希さんは、一度関わった人はみんな仲間、とおっしゃっていました。階段を作った人、草花を植えた人、石垣を造った人、みんなこの場所と縁ある人になりました。場所に手を入れることで、繋がりが生まれることがある。それが一番大きな収穫だったのではないかと思います。
※「日本建築学会賞(作品)」「JIA日本建築大賞」「グッドデザイン大賞」
(文=芸術教養学科 下村泰史)
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