京都芸術大学に併設された京都芸術劇場の劇場「春秋座」では、毎年京都芸術大学の学生を対象にフロントスタッフ・ステージスタッフのアルバイトを募集しており、アルバイト希望者に向けたツアーが開催されました。
劇場専属の制作スタッフや舞台技術スタッフを擁するほどの劇場を教育機関の内側に用意している大学は、そう多くありません。京都芸術劇場は、2001年にわが国の高等教育機関としてははじめて実現した、大学運営による本格的な劇場です。
京都芸術劇場の存在は学生たちの学びにおいてどのような役割を果たしているのでしょうか。また、京都芸術大学はどうして、大規模な劇場を運営し続けているのでしょう。
今回は、京都芸術劇場を運営する京都芸術大学舞台芸術研究センターの皆さんが実施した、募集に応募した学生たちに向けた「春秋座」見学ツアーの様子をお届けします。
「押隈」に込められた想い
今回、春秋座の中を案内してくださったのは、京都芸術大学舞台芸術研究センター プロデューサーの井出 亮さんです。ツアーは人間館の扉から始まります。
入口の脇のチラシラックには、公演情報や年間プログラムが立てられています。また、公演に関連するミニ展示が行われることも。チケットもぎり台や受付が設置されるガラス張りの明るい空間を通り抜けると、お客様の待機・休憩スペースとなるホワイエに。
ホワイエには「押隈」(俳優の隈取(メイク)を公演後に布に押し付けて写したもの)が飾られています。
春秋座は、当時本学の副学長を務め、手づから学生たちに歌舞伎を教えていたという三代目 市川猿之助の「歌舞伎を上演できる本格的な劇場を作りたい」「学生に学び舎にいながら感動する心を知ってほしい」という強い希望のもとに実現した劇場です。
感動する心を知ることがその後に役立つ――そういった理念から、京都芸術劇場は学生たちに気軽に触れてもらえるような特別料金を設定しています(瓜生山学園生会員・登録無料)。
劇場には仕掛けがいっぱい
ツアーはいよいよ春秋座の中に移ります。
互い違いに並べられた座席は、視界が遮られることがないようにという安心の設計ですね。また、足元が広々としているのも魅力です。
客席には花道を設置することができ、花道に役者が飛び出す前の控えの間となる鳥屋(とや)や、天井の近くには宙乗りのためのワイヤー機構もしつらえられています。
舞台上には、開館に合わせて京都芸術短期大学(2001年に京都造形芸術大学に統合)の学生たちが作ったという緞帳が吊られています。当時、緞帳制作に関わった卒業生が訪ねて来られたこともあったそうです。
春秋座では舞台美術や照明を吊るすバトンの上げ下ろしを機械ではなく手引きで行っています。これにより、舞台美術の転換の速さを変えられるのだそうです。
また、客席前方にはオーケストラ・ピットを設置することもでき、生演奏によるオペラ・ミュージカルの公演を実施することもできます。そう、春秋座は歌舞伎をはじめとする古典芸能だけでなく、演劇や音楽・ダンス公演もできる、すごい劇場なんですよ。
舞台の上にもたくさんの仕掛けがあります。
舞台に登ると、袖幕(そでまく)によって隠され客席から見えないところに、沢山のものが置いてあるのがわかります。
また、舞台には、セリ(役者が舞台の下から登場したり舞台の下へと退場するための昇降機構)や回り舞台という機構が備え付けられています。
ツアーのみなさんに混じって、実際に乗せてもらいました。
まずは、回り舞台です。11段速で速度を変えられるというこの機構。最初は中くらいの速度で回してもらい、それから最速にしてもらいましたが……速すぎる。これは、ちょっとしたコーヒーカップくらい速くないですか?
つぎは、セリです。
ゆっくりと下っていく舞台。真横には何やら螺旋仕掛けの大きな機械が見えました。これは回り舞台を回転させるための機械で、三階建てのビルと同じだけの高さなのだそう。江戸時代には人力で回していたというのだから驚きです。
セリで降りた先のことを、奈落と呼びます。見上げると、さっきまで立っていた舞台がはるか上に見えます。「奈落の底に落ちる」ということわざを実感できますね。
でも奈落はそのイメージに反して明るいところです。俳優が次の出番に備えるためにいろいろなところに繋がっていますし、舞台を設営するための沢山の大道具が置かれていたりもします。
例えば、ひな壇を作る平台(ひらだい)です。
古典芸能の所作(踊り)の踏みしめの際に気持ちのいい音が響くようにできている所作台や、階段を作るための台なども。それから歌舞伎劇場で義太夫節をやる際には欠かせない文楽廻し。ツアーを通して、さまざまな装置を見ることができました。
また奈落はオーケストラ・ピットへの入口にも繋がっていますし、階段を登ると鳥屋の入口である鳥屋口(とやぐち)に出ることができます。鳥屋口に張られた幕は、俳優が出ることがわかるよう、わざと音が出るように作られています。
滅多に行かない? 劇場の「上」のほう
ツアー一行はそのまま、客席の2階席に向かいます。
ライブや演劇のチケットを買うとき、なんとなく2階席を敬遠してしまいませんか? でも井出さん曰く、「2階席は俯瞰して見ることもできるし、音が舞台からスコーン! と抜けて聴こえるいい席」なのだそうです。
バルコニー席(2階席の両翼にあるせり出した部分)も、見にくいかと思いきや、意外と舞台のほとんどを見ることができるのです。
また2階席の下手(客席から見て左側)は、吊り機構のワイヤーが真上を走っているところでもあります。舞台上から(ワイヤーに吊られて)飛んできた俳優と目が合うなんて、すごい席ですね。
ワイヤーが延びる先にある照明ブースは、3階にあります。
照明ブースには、大きなピンスポットライトが置いてありました。これは舞台上の俳優を抜く(強い光を当てる)ための照明機材で、手で動かします。動く俳優を追いかけるのは大変なのだそう。
また、吊り機構の入口や出口もここに繋がっています。ここからワイヤーで舞台まで飛んでいくと思って、ガラス窓から舞台を見下ろしてみると……これは、ちょっと怖いです。
「吊り機構を使う演目をやるとき、歌舞伎の役者さんたちは安全祈願をするんですよ。楽屋に神棚が置いてある劇場もありますね」という井出さんのご説明も納得の高さでした。
劇場が、「大学のなかにある」ことの意義
ツアーの一行は1階の客席に戻り、総括がはじまります。
最初にも書いた通り、制作(劇場公演に関わる各種調整や劇場運営を担当する)と舞台技術者の両方を持つ自主運営の劇場が学内にある高等教育機関は多くありません。では、京都芸術大学はどうして、その劇場機能をここまで維持してきたのでしょうか。
「学生のみなさんにとって、京都芸術劇場には三つの機能があります。それは、『観る』『知る』『関わる』です」と井出さんは言います。
観劇を通し、自分の知らなかったことに触れてほしい。感動する心を学生の皆さんに持ってほしい。そして、さまざまな機会を通して実際に関わってほしい――そういう思いから、舞台芸術研究センターのみなさんは京都芸術劇場を運営しています。
フロントスタッフやステージスタッフのアルバイトとして関わることもできますし、公演制作やワークショップへの参加の機会もたくさんあります。また、先日の『京おどり』や毎年恒例の『立川志の輔独演会』をはじめとして、制作・運営として、チラシ・ポスターのデザイン、グッズ制作等で関わることもできるのです。
それぞれの学びを集結させ、京おどりの舞台で披露されるねぶたをつくる — 第74回京おどり in 春秋座
瓜生山学園の皆さん、まずは気軽に息抜きや自分へのご褒美と思って、『観て』『知って』みてください。興味が湧いて『関わり』たくなったら、ひといきに機会に飛び込みましょう!
また、一般の皆さんも、機会があれば是非観劇にいらっしゃって、劇場施設や装置、そして公演を支えるスタッフや学園生アルバイトの皆さんの活躍をご覧になってくださいね。
京都芸術劇場 春秋座 studio21
https://k-pac.org/
(文=天谷 航)
京都芸術大学 Newsletter
京都芸術大学の教員が執筆するコラムと、クリエイター・研究者が選ぶ、世界を学ぶ最新トピックスを無料でお届けします。ご希望の方は、メールアドレスをご入力するだけで、来週水曜日より配信を開始します。以下よりお申し込みください。
-
京都芸術大学 広報課Office of Public Relations, Kyoto University of the Arts
所在地: 京都芸術大学 瓜生山キャンパス
連絡先: 075-791-9112
E-mail: kouhou@office.kyoto-art.ac.jp