REPORT2023.02.02

文学で見る韓国と日本 ―韓国文学トークイベントに参加して― 文芸表現学科の学生が届ける瓜生通信

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  • 京都芸術大学 広報課

京都芸術大学 文芸表現学科 社会実装科目「文芸と社会Ⅴ」は、学生が視て経験した活動や作品をWebマガジン「瓜生通信」に大学広報記事として執筆するエディター・ライターの授業です。

本授業を受講した学生による記事を「文芸表現学科の学生が届ける瓜生通信」と題し、みなさまにお届けします。

(取材·文:文芸表現学科 2年 麝嶋彩夏)

 

「여러분 안녕하세요-!!!(みなさーんこんにちはー!!!)」
韓国語の飛び交う空間に、軽快なアナウンスが響き渡るここは一体?

写真提供:駐⼤阪韓国⽂化院

2022年10月23日(日)、大阪の中之島会館ホールにて駐大阪韓国文化院さんにより開催された韓国文学トークイベント。韓国と日本、お隣同士の国でありながら違うところが多くあり、また似ているところも同じくらいあります。

今回は、このイベントの様子と合わせて、韓国と文学に関心のある私、文芸表現学科2年の麝嶋彩夏がイベントに参加してどんな学びを得たのか、お届けしたいと思います。

 

悲劇と喜劇が交錯する『アーモンド』

私自身、韓国という国に関心があり、韓国をもっといろんな視点で見てみたい!との思いからイベントへの参加を決めました。韓国料理や韓国ドラマなど今や日本でも人気ジャンルとなりましたが、実は韓国文学の存在もまた「韓国ブーム」の火付けに一役買っているのです。普段、学科の授業で密接に関わっている「文学」と私の好きな「韓国」という国が、どのようなつながりを見せているのか、探りに行くような心持ちで入場しました。

284席ある会場の座席に観客たちが所狭しと座っている空間を見た瞬間、「私の同志がいらっしゃる!」と胸が躍りました。日本にいながら韓国の文化と触れ合う機会はなかなかないのですが、ここではみな同じように韓国を知りたいと思い、韓国と触れ合いたいと思っているのだということを実感させてくれます。

写真提供:駐⼤阪韓国⽂化院


本イベントでは、イベントナビゲーターを務められる翻訳家のきむふなさんを筆頭に、同じく翻訳家の矢島暁子さん、書評家でもあり京都芸術大学 芸術学部 文芸表現学科の専任講師である江南亜美子さん、そして、小説『アーモンド』『三十の反撃』の作者である韓国人作家ソン・ウォンピョンさんがご登壇されました。ソン・ウォンピョンさんは、このイベントに合わせ韓国から大阪入りされたばかりとのことで、「おおきに!」と覚えたての関西弁まで飛び出します。

翻訳家のきむふなさん。写真提供:駐⼤阪韓国⽂化院


イベントの大きな柱となる『アーモンド』。2017年に韓国で発売されたのち、2019年に日本語翻訳版が出版されました。うつろな目をした少年が特徴的な装丁は、韓国版のデザインをそのまま採用しています。

物語の主人公であるユンジェは失感情症で、生まれつき脳の扁桃体=アーモンドが小さく感情を感じることができません。しかし、かけがえのない友人たちとの出会いや心を突き動かされるような経験を経て愛を知ったユンジェは、徐々に「感情」というものも知ることになるのです。

ソンさんは、『アーモンド』について、「これは私の話です」と話します。「出産して間もないころ、まだ言葉を話せない赤ちゃんとそして赤ちゃんについて何も話せない私が心を通わせる手段が、感情だと気付いたのです。赤ちゃんが笑えば、自分も同じように笑う。自分が泣いたら、赤ちゃんも悲しくなる。言語を超え、感情で疎通をするということを不思議に感じたと同時に、『上手く感情が表現できない人もいるのでは?』とリサーチを進めました。そうして生まれたのが、まさにユンジェです」。

作家と映画監督というふたつの顔を持つソンウォンピョンさん。photo©OhGye-ok 写真提供:駐大阪韓国文化院


失感情症という病気はあまり聞き慣れませんが、感情というのは我々がもつ共通の認識です。感情を芽吹かせるという意味でもユンジェは私たちに新しい気づきをくれる一方で、私たちとなんら変わりない等身大の若者なのです。

ちょうど、小説の日本語翻訳に挑戦したいと本を探していた矢島暁子さんは、吸い寄せられるように『アーモンド』を手に取りました。「読みやすい文章で、悲劇と喜劇の交錯が描かれている。間違いなく、日本で読者の心を掴むだろうなと感じました」。

翻訳家の⽮島暁⼦さん。写真提供:駐⼤阪韓国⽂化院


時には地元の図書館で資料を集め、それでもわからなければ韓国の友人に尋ねるなど、矢島さんはいろんな人の意見を聞きながら翻訳を進めました。特に、ユンジェの持病である「失感情症」について緻密にリサーチを重ね、京都大学の先生にまで質問したと言います。「日本語に訳すにあたり、失感情症という病気を日本人がどう受け止めるだろうか?と考えました。もしかしたら、当事者がいるかもしれない、と」。

韓国語で出版されたものをそのまま日本語にすることが「翻訳」ではないということに、そこではたと気付かされました。国が違えば、抱える背景も違います。物語を読むことで溝になってしまうかもしれない違いを、わかりやすく置き換える。でも物語の雰囲気は損なわせないようにする。これこそが、「翻訳」のなせる技だと感じました。

こうして、矢島さんの強い信念を込めて翻訳された『アーモンド』は、日本でも瞬く間に大ヒットし、2020年に日本の本屋大賞 翻訳小説部門で見事1位に輝きました。『アーモンド』と、そして2022年度 本屋大賞 翻訳部門 第1位に選ばれた『三十の反撃』。本屋大賞は、オンライン書店を含む書店で働く書店員が、実際に自分で読んでみて「面白かった」「自分の店で売りたい」と感じた本への投票を通じ決定する賞です。そんな本屋大賞において、同じ作家が二度選ばれるということは、類稀なケースとされています。江南さんは、「本屋大賞では、読者がストンと納得できることや、人に勧めたくなるかどうかといった観点が非常に重要になります。同じ作家の作品なのに、読み心地が全く違うというのも、二度選出された理由のひとつと言えるはずです」と感嘆の声を漏らしました。

 

国を超える文学

『アーモンド』は、現在20以上の国と地域で訳され、多くの人々に親しまれています。時々、ソンさんはSNSなどで読者の反応を見る機会があると言いますが、「国は関係なく、その反応は似ている」んだとか。
「悲しいと感じた点や記憶に残った描写も似ていて不思議だと思いますし、文学っていうのは、言語も国境も越える力があるのだと感じます」。

また、他国の作品を読むことが多いというソンさんは、日本の文学について、「読者のひとりという立場から言うと、日本の文学作品は自身のことなのに距離を置いて見ている傾向にあると感じます。爽やかな風が吹くような、そんな清涼感も持ち合わせているのではないでしょうか。一方、韓国の文学作品は、社会の問題について熱く語る傾向にあると実感します。だから作家たちも、その流れを受けて熱く語るのだと思います」と、韓国で活動する作家ならではの視点で話してくださいました。

書評家として、日本はもちろん韓国文学も数多く読んでおられる江南さんも、「韓国の文学は、マイノリティに目線を合わせる場合が非常に多い気がします。そうやって描くことが多いぶん、タブーにも踏み込んでいくケースが自ずと増えているのかも」とソンさんの意見に続きます。

書評家で⽂芸表現学科の専任講師も務める江南亜美⼦さん。写真提供:駐⼤阪韓国⽂化院


差別されることの多い女性という対象をテーマにする作品も増えており、フェミニズム文学として韓国文学を読む人が増えているのもまた事実。ソンさんの著作『三十の反撃』は、まさしくそんな主人公が登場する作品です。

1988年、その当時1番多かったジヘという名前の付けられた主人公は、30歳で非正規社員というどこにでもいる女性。未来に希望なんてなく、しかしながら自分の生きる社会に対し違和感を抱えています。その違和感や世の中の理不尽さに、彼女は「反撃」を試みるのです。たとえ大きなムーブメントにならなくてもよい、間違っていることを間違っていると言うだけでも変化はあるのではないか、と訴えかけます。

イベントでは観客から事前に募集した質問内容に答えていくというコーナーもあり、『三十の反撃』についての質問もいくつかピックアップされました。ソンさん自身の感情が大きく現れているというこの作品は、淡々とした描かれ方も相まってよりそうした要素が際立っているように感じさせられます。

ジヘは既存の家父長制の圧力を受けながらも順応しなければいけないことを悟り一時は諦めモードでしたが、社会変革のための小さな一歩を踏み出すことを決意するのです。しかしジヘも我々と同じ人間、時には怖気づくこともあります。そういった主人公のキャラクターが作品に対する共感を国籍関係なしに得ている要因となっているのではないか、との分析も。

「デモなど社会運動に対して、日本ではあまり積極的でないひともいます。ストライキもしませんよね。でも、声を上げてもいいのではないか?できることをしたらいいのではないか?というメッセージを『三十の反撃』から受け取ることができました。これも支持されている一つの理由だと思います」という江南さんのコメントに、私を含め観客の皆さんも思わず首を縦に振っていました。

最後に、登壇者みなさんで記念撮影。写真提供:駐⼤阪韓国⽂化院


惜しまれつつも終演の時間を迎えたイベント、翻訳家の矢島さんはイベントを振り返り「今後の翻訳の励みになると思います」と目を細めながら締めくくりました。それは私も同じ気持ちで、今回のイベントに参加したことは間違いなく私の糧になると感じました。

ソンさんのおっしゃった言葉に通訳を待たずして聞こえてくる笑い声や歓声、観客の方同士が韓国語で話している姿。そこにいるだけで「もっと、韓国語が上手くなりたい。わかるようになりたい」と、ハングリー精神が湧き上がってくる空間でした。

そして、創作の面でもイベントを通してたくさんのヒントを拾い上げた気がしています。イベントでお話されたように、『アーモンド』の主人公ユンジェは小説に登場するキャラクターでありながら、ソンさんの思いの具現だと言えるのではないでしょうか。「感情」の持つ力を伝えるために、ソンさんはユンジェに自身の思いを託したのです。

「僕はぶつかってみることにした。これまでもそうだったように、人生が僕に向かってくる分だけ。そして僕が感じることのできる、ちょうどその分だけ」。

そうしたことを踏まえて、もう一度『アーモンド』を読み返していると、ユンジェの思いが表出するこの一文が一際輝いて見えました。創り上げたストーリーや取材して得た材料は、「自分自身が、作品を通して伝えたいと思うこと」を叶えるひとつの手段に過ぎません。じゃあ、一体どんなことを伝えたいのか?その本質と向き合うことを惜しまないもの書きでありたいと、このイベントを通して決意を新たにすることができたと思います。

 

<登壇者プロフィール>

きむふなさん

きむふな
翻訳家。韓国生まれ。日韓の文芸翻訳家。和訳にハン・ガン『菜食主義者』、『引き出しに夕方をしまっておいた』(共訳)、キム・エラン『どきどき僕の人生』、キム・ヨンス『ワンダーボーイ』、ピョン・ヘヨン『アオイガーデン』、シン・ギョンスク『オルガンのあった場所』など。津島佑子、柳美里、辻仁成、重松清などの作品を韓国語に訳している。

ソン・ウォンピョンさん photo©Oh Gye-ok

ソン・ウォンピョン
ソウル生まれ。西江(ソガン)大学で社会学と哲学を学び、韓国映画アカデミー映画科で映画演出を専攻。2001年に第6回「シネ21」で映画評論賞を受賞し、2006年には第3回科学技術創作文芸シナリオシノプシス部門で「瞬間を信じます」で受賞。「人間的に情の通じない人間」、「あなたの意味」など多数の短編映画の脚本、演出を手掛ける。2016年に初の長編小説『アーモンド』で文壇デビューし、第10回チャンビ青少年文学賞を受賞。二番目の長編小説『三十の反撃』では第5回済州4・3平和文学賞を受賞。邦訳版『アーモンド』と『三十の反撃』(いずれも矢島暁子訳、祥伝社)で本屋大賞翻訳小説部門第1位に2度輝く。他にも長編小説『プリズム』(矢島暁子訳、祥伝社)、小説集『他人の家』(未翻訳)などがある。

矢島暁子さん

矢島暁子
翻訳者。訳書にソン・ウォンピョン『アーモンド』、『三十の反撃』、『プリズム』(以上祥伝社)、チョ・ナムジュ『ミカンの味』(朝日新聞出版)、イ・コンニム『世界を超えて私はあなたに会いに行く』(KADOKAWA)、キム・エランほか『目の眩んだ者たちの国家』(新泉社)などがある。

江南亜美子さん

江南亜美子
書評家、京都芸術大学専任講師。大阪府生まれ。おもに日本の純文学と翻訳文芸に関し、新聞、文芸誌、女性誌などの媒体で、数多くのレビューや評論を手がける。韓国文学関連としては、『完全版 韓国・フェミニズム・日本』(河出書房新社)、『韓国文学ガイドブック』(p-vine)などに寄稿。共著に『きっとあなたは、あの本が好き。』(立東舎)、『韓国文学を旅する60章』(明石書店)などがある。

 

<記事で取り上げた書籍>

ソン・ウォンピョン 著/矢島暁子 訳/祥伝社
ソン・ウォンピョン 著/矢島暁子 訳/祥伝社

 

<取材・執筆 麝嶋彩夏>

麝嶋彩夏
2021年京都芸術大学文芸表現学科入学、現在2年生。記事やノンフィクションの書き方を勉強中。韓国人の友人と仲良くなったのをきっかけに、韓国に関心を持つように。

 

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