京都芸術大学 文芸表現学科 社会実装科目「文芸と社会Ⅴ」は、学生が視て経験した活動や作品をWebマガジン「瓜生通信」に大学広報記事として執筆するエディター・ライターの授業です。
本授業を受講した学生による記事を「文芸表現学科の学生が届ける瓜生通信」と題し、みなさまにお届けします。
(取材・文:文芸表現学科 3年 井関こころ)
皆さんは日ごろ、地名を意識することはありますか。京都芸術大学は北白川瓜生山に建てられた大学です。「北白川」ですから、川が地名の由来になっていると推測することはできますが、詳しく知っている人は少ないかもしれません。読んで字のごとく、白川の北に位置する地域が北白川と呼ばれています。
白川は、滋賀県大津市から京都府京都市にかけて流れている川です。源流のある比叡山の花崗岩は石英などを多く含んでおり、白い砂を敷き詰めたように見えることから白川という名がつけられたと言われています。白川流域で採取できる白川砂は、その美しさゆえに京都の歴史的建造物には欠かせないものとなっています。
白川の源流を探して
さて、今回は白川の源流から下流に向かって川をたどっていこうと思います。旅の開始地点は滋賀県の比叡平という地域。ここに向かうまでは白川に沿うようにして京都から大津へ抜ける道が舗装されており、山中越えと呼ばれています。
比叡平は1960年代からニュータウンとして開発がすすめられ、今では住宅街になっています。それまでは山だったわけですから、わき出た水が白川の源流になっていたのでしょう。現在では水路が作られており、自然が川を形成することはなくなっています。川をたどった先では、人工的に水が堰き止められていました。
道を挟んだ向かい側には、大きな池があります。おそらく山に降った雨などが流れ込んでできた池なのでしょう。先ほど白川の名の由来は花崗岩由来の白い砂だと書きましたが、この池にはまさに白い砂が流れ込んでいます。
地域の方にお話を伺ったところ、砂は毎年数メートルずつ道路側に押し寄せてきているそうです。いつかこの池も、白い砂で埋まってしまうかもしれません。住宅地ができる前は、この池も白川の一部だったのでしょうか。
今回は、この場所を白川の源流と仮定して、下流に向かって旅をしていこうと思います。
白川をたどる旅、スタート
北西の方を眺めてみると、細い川がずっと遠くまで流れています。このあたりは元の川の流れを変えることなく、水路のようにコンクリートで加工されていました。この水路がなければ、雨が降るたびに道が川のようになってしまうのでしょう。コンクリート造りになっているので白い砂を確認することはできませんが、以前は白川の名の通り、綺麗な白をしていたのかもしれません。
さらに1㎞ほど下流へ向かうと、川の周りの景色が大きく変わります。建物がなくなり長い道が続いている中、そばの山の中を川が流れているイメージです。ここでようやく、白川が白川と呼ばれるに至った理由を実感することができました。
草木の緑と、白い砂のコントラストがとても美しいですね。
大きな石に水が当たって波が立つと、さらに水の綺麗さを感じることができます。
さらに下流に向かってみましょう。このあたりには、寺院や温泉などもあり、時間がゆったり流れているような気がしてきます。白川ですが、こちらは再びコンクリートによって周りを固められています。近くに人が住んでいる地域は、川も舗装されていることが多いようですね。しかし、川の底には綺麗な白い砂を確認することができます。
少し道を進むと、ついに山を抜けます。先ほどまでは両側を木に囲まれていましたが、もう周りは民家ばかりです。ということは……。そうです、やはり川は舗装されていますね。と言っても、山を流れていたときとは川の様子も大きく変わっています。数㎞手前までは高低差が激しく流れが急でしたが、ここまでくると水はゆったりと流れています。地図を確認してみても、これまで蛇行していた川が直線的に流れ始めているのが分かるのではないでしょうか。
このあたりも川というよりは水路のような見た目をしています。このまま住宅地を南へと向かっていきましょう。
琵琶湖疎水と合流
京都市動物園あたりまでくると、川が真っすぐ西向きに流れ始めます。なんと、白川はここで琵琶湖疎水と合流するのです。疎水の両脇には桜並木が続いているので、春には船からお花見をすることもできます。
さて、細かった川幅は急激に広がり、水の色も大きく変わります。白川は少し白っぽく見える透明でしたが、疎水と合流してからは濁った緑色になっています。白川らしさはなくなってしまったかもしれません。
と言っても、数百m先に再び分岐点があります。疎水が作られるまでの間は、ここまで白川が繋がっていたのでしょうか。
ここまでくると、白川をたどる旅もラストスパートです。
緑色に見えていた水ですが、再び透明な川に戻りました。自然の力ってすごいですね。純粋な「白川」の水ではなくなりましたが、白川の名を冠するに値する美しい流れです。川の周りの景色も、京都らしい落ち着いた観光地の雰囲気に変わってきました。このまま祇園の方へ向かっていきます。
祇園白川
さて、旅の終点の少し手前で紹介するのは「行者橋」です。この名前を知らなくても、一度でも橋を目にした人はよく覚えていらっしゃるかもしれません。なにしろ、向かい側から渡ってくる人とすれ違えないほどに細い橋ですから。幅は60cmほどしかないので自転車で渡るのは少し怖いかもしれませんね。
ちなみに、この橋の正式な名前は「古川町橋」です。しかし、実際には行者橋と呼ばれることも多く、そのほかにも阿闍梨橋、白川一本橋という愛称で親しまれています。
欄干があるわけでもなく、ただ石が並べられただけのこの橋。しかし、その裏には少なくとも江戸時代中期からの歴史があります。
比叡山延暦寺では、昔から「千日回峰行」が行われてきました。比叡山の山中を千日歩き続ける修行で、その距離は4万㎞にも及びます。これは地球を1周するほどの距離ですから、その厳しさは計り知れません。この命がけの修行を終えたとき、満行を報告するために初めに渡るのがこの橋なのです。
非常に簡素なつくりの橋でありながら、積み重ねてきた歴史の重さが感じられますね。周りの柳の木も、風情ある京都の雰囲気を作り出すのに役立っていそうです。白川をたどる旅の中でも屈指の撮影スポットなのではないでしょうか。
さて、最後に紹介するのはこちらの石碑。
昔から祇園白川の美しさは有名で、数多くの歌が詠まれてきました。祇園を愛した歌人である吉井勇も、白川にまつわる短歌を残した歌人の一人です。川沿いには「かにかくに碑」と呼ばれる石碑があり、吉井勇の詠んだ短歌を川の流れと共に楽しむことができます。
「かにかくに 祇園はこひし 寐るときも 枕のしたを 水のながるる」
現在は町の様子も大きく変わり、吉井勇が生きた時代とは白川の見た目も変わってしまったかもしれません。ですが、近くの町家に入り、今なお残る祇園の風情を楽しんでみるのも一興です。着物を着て川沿いを歩いてみるのも良いですね。
川に沿って西へ向かうと、この旅も終了です。ここまで流れてきた白川は、鴨川と合流します。そのまま他の川とも合流しつつ大阪に向かって流れ、淀川へと名前を変えて大阪湾へと注いでいくのです。
ひとつの川を追いかけるだけで、これだけの区間を旅することになるのですね。
風土記とともに地域を歩く
ここまでお付き合いいただいたみなさんに、本を1冊紹介したいと思います。
『北白川こども風土記』という本をご存じでしょうか。この本は1959年に出版されたものです。その特徴は、なんと言っても小学生が作り上げたということでしょう。
北白川小学校の児童が3年もの歳月をかけ、北白川地域の貴重なエピソードをまとめ上げたのです。どのページを読んでいても、こどもの目線ならではの気づきやリサーチ力に驚かされます。出版の翌年には映画化もされているので、ご存じの方もいらっしゃるかもしれません。2020年には専門家たちの研究も追加して復刊され、さらに深みの増した内容になっています。
また、この記事の初めの方に比叡平という地域の説明をしました。白川の源流があると考えられる場所です。比叡平の開発が進められたのが1960年代ですから、この本の内容はそれ以前に書かれたものなのです。今回見つけることのできなかった白川の本来の源流といったことにも触れられています。
町は人と共に生きているので、年月とともに必ず姿を変えていきます。そこを流れる川も、架けられた橋も、やはり町の一部です。たくさんの変化がある中で、変わらないものがあるのもまた面白いですね。『北白川こども風土記』を片手に、北白川地域を歩いてみるのも楽しいかもしれません。きっと今までにない視点で町を見ることができるはずです。
新型コロナウイルスの影響もあり、せっかく京都に来たのにまだ地域のことをよく知らないという人もたくさんいらっしゃるかと思います。授業や制作の息抜きに、あるいはアイデア探しに、近くで旅をしてみるのはいかがでしょうか。
また、皆さんの地元の風土記を片手に、これまで知らなかった地元の新しい顔を探しに行くのも楽しいかもしれません。
この記事が、皆さんが地域を知るきっかけになれば幸いです。
井関こころ
2002年京都府生まれ。京都芸術大学文芸表現学科2020年度入学。
三度の飯よりゲームが好きだが、食べることもわりと好き。
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