私にとってアニメーションは人生そのもの─「国際アニメーションデー 2022 in 京都 ―ミハエラ・パヴラートヴァさんと共に―」
- 京都芸術大学 広報課
10月28日は、世界で初めてアニメーションが一般公開された日として知られています。国際アニメーションフィルム協会(ASIFA)は、記念すべきこの日を国際アニメーションデー(IAD)と制定。2002年から各国でイベントを開催してきました。日本では、ASIFA日本支部(ASIFA-JAPAN)が主体となって2005年からIADへの参加が続いており、今年は京都(本学)と厚木(神奈川工科大学)の2ヶ所でのイベント実施および、「広島国際アニメーションフェスティバルVR写真展」が開催されました。このレポートでは、本学の特別プログラムとして行われた「IAD 2022 in 京都 ―ミハエラ・パヴラートヴァさんと共に―」の模様をお届けします。
国際アニメーションデー(IAD)2022 in 京都
https://www.asifa.jp/iad22/jp/kyoto/index.html
ミハエラ・パヴラートヴァ Michaela Pavlátová
ミハエラ・パヴラートヴァは、チェコ共和国出身の映画監督。ミハエラの短編アニメーション作品(『言葉、言葉、言葉』、『レペテ』、『トラム』など)は、アカデミー賞ノミネート、アヌシー映画祭 クリスタル賞、ベルリン映画祭 金熊賞、広島国際アニメーションフェスティバル グランプリなど、国際映画祭で数々の賞を受賞している。2021年には、長編アニメーション『マード 私の太陽』を完成させ、アヌシー、東京、ザグレブ、グアダラハラなどの国際映画祭で受賞したほか、2021年度ゴールデングローブ賞にもノミネート。アニメーション以外にも、実写映画『フェイスレス・ゲーム』(2003年)、『ナイト・オウル』(2008年)などを監督し、サンセバスチャンやカルロヴィヴァリなどの国際映画祭で受賞している。
また、ミハエラは、プラハの芸術アカデミー映画テレビ学校(略称:FAMU)のアニメーション学科長を務めている。
ミハエラさんのホームページ
http://www.michaelapavlatova.com/
「IAD 2022」の公式ポスターに込めた想い
サラリーマン、ボディビルダー、ピエロ、肩車をする男たち─「IAD 2022 in 京都」のポスターには、人々が寄り集まったさまがユーモラスに描かれています。こちらはチェコのアニメーション界を代表する作家、ミハエラ・パヴラートヴァさんが「IAD 2022」のためにデザインしたポスターをもとに、コルソ・ヴィジェガス・ミリアムさん(本学修士課程1年生)が京都版を作成したものです。IADでは例年、一人の作家がベースとなるポスターデザインを担い、それを元に世界のASIFA支部がそれぞれの内容に応じてポスターを作成します。
「IAD 2022 in 京都」では、第一部でミハエラさんの短編アニメーションの代表作を上映したのち、第二部ではご本人によるオンラインレクチャーを実施しました。レクチャーのタイトルは「MY ANIMATED UNIVERSE」。このタイトルについて、ミハエラさんは次のように切り出しました。
「アニメーションでは、喜び、悲しみ、そして人生のすべてを語ることができます。私の人生のすべてが『アニメーション』という言葉に込められているんです。『IAD2022 in 京都』のポスターを依頼されたときに思ったことは、『とにかく楽しいポスターをつくりたい!』ということ。このポスターでは人生を表現していて、生きる上ではユーモアが大切だと言いたいんです。
アニメーション作家は新しい宇宙(Universe)を生み出すことができます。だからでしょうか、アニメーションを制作することは、私にとって麻薬みたいに中毒性が高い行為なんです。どんなに美しいものも恐ろしいものも描けてしまうので。私がアニメーションを制作するとき、家族や友人との時間も忘れて没頭してしまうことがあります。ですから、私にとってアニメーションは最良なものであると同時に最悪なものでもあります。それが『MY ANIMATED UNIVERSE』なんです」
ミハエラさんの歩み
続いて、話題はミハエラさんの作品紹介へと移りました。ミハエラさんは1961年生まれのチェコのアニメーション監督で、ほとんどの作品が短編アニメーションとしてつくられています。ミハエラさんがアニメーション制作を始めたのは高校時代のこと。大学に進んでからも制作に邁進し、卒業後はそのままアニメーションの世界に入りました。そんなご自身の歩みを振り返って「私にとって制作は趣味みたいなものだからずっと続けてこられたのかも」と語ります。
そんなミハエラさんは、過去に2度だけ長編の実写映画を監督したことがありました。《フェイスレス・ゲーム》(2003年)と《ナイト・オウル》(2008年)です。アニメーションと実写の違いとしては、アニメーションは制作に時間がかかるデメリットがある反面、監督が作品に対して強い力を及ぼすことができるメリットがあると述べます。実写では画面に映る俳優の影響力が大きいのに対して、アニメーションでは監督が思い描いた通りの世界をつくることができるからです。そんなご自身のスタンスは「エゴイストなのかもしれない」と謙遜する一方で、アニメーションでは多くの作業を一人で行うことができるので、集団制作が前提になる実写の現場と比べてとても快適ですよ、と楽しそうに話していました。
アニメーションを教える/教わるということ
ミハエラさんはプラハ芸術アカデミーの映画テレビ学校(FAMU)で教鞭も執っています。ご自身にとって教えるということは「人生の大切な一部分」とのことで、学生たちを湖畔の自宅に招待して親しく交流する様子を紹介してくれました。ミハエラさんのもとからは、多くの優秀なアニメーション作家が輩出されています。なかでも「近年で最も活躍している卒業生」として紹介されるのが、1986年生まれのダリア・カシュチェーヴァさんです。ダリアさんの短編アニメーション《娘》(2019年)は、FAMUの卒業制作として制作されたもの。2019年度アヌシー国際アニメーション映画祭のクリスタル賞や、第46回学生アカデミー賞アニメーション部門での金メダル、そして第18回広島国際アニメーションフェスティバルのグランプリなど、数々の賞を獲得しました。そんなダリアさんは、現在さらなる新作を鋭意制作中とのことです。
教育者/作家としてのミハエラさんの原点は、プラハ工芸美術大学(略称:UMPRUM)にありました。ミハエラさんの学生時代、まだFAMUにはアニメーション専攻がありませんでした。そこでミハエラさんはUMPRUMに入学し、グラフィックデザインを学ぶことでアニメーションのスキルを磨きました。とくに影響を受けたのが、ルーマニア生まれのイラストレーター、ソール・スタインバーグです。スタインバーグの作品では、さまざまな異なるスタイルのイラストが一枚の絵のなかで共存しているため、多彩なスタイルのドローイングを習得することができたと振り返ります。そしてもうひとつ影響を受けたのが、ポーランド出身のズビグニュー・リプチンスキーによる《タンゴ》(1981年)というアニメーション作品でした。ひとつの部屋に人々が出入りを繰り返すうちに、部屋には36人もの男女が敷き詰められることになる。しかしその数は次第に減ってゆき、最後には一人の男の子だけが部屋に取り残されてしまう─。ミハエラさんにとって、この作品は「人生そのもの」に見えたそうです。思わず、冒頭に紹介したポスターのイラストレーションも想起されるお話でした。
相原信洋さんとの出会い
学生時代のミハエラさんに大きな影響を与えた人物のひとりが、アニメーション作家であり、ASIFA-JAPANの元理事、そして本学情報デザイン学科の教授でもあった相原信洋さんです。通訳を通じてプラハで知り合った相原さんは、ミハエラさんにとって「信じられないような人」でした。最大の出来事は、相原さんがミハエラさんにコダックの8mmフィルムカメラ「スーパー8」をプレゼントしたこと。それによって、ミハエラさんは初めて自身でアニメーションを撮影できるようになり、最初の作品を完成させることができました。
その後つくった卒業制作のタイトルは《アルバムからのエテュード》(1987年)。男女の関係性、そしてユーモアとアイロニーをテーマにした作品です。こうした作品のインスピレーションの多くは、身の回りの出来事や音楽などから得られていると語ります。たとえば、第一部で上映された作品《言葉、言葉、言葉》(1991年)や《レペテ 》(1996年)などは、ご自身の結婚生活から着想を得て制作したものです。また、2005年には《チェコからの手紙》というオムニバス作品に、イラストレーターの夫とともに制作した《週末》という作品を提供しました。ミハエラさんの兄弟やその家族が登場するこの作品は、自宅付近の湖や森で撮影したものだそうです。そして2006年にはユーモアを通して欲望を描いた《動物の謝肉祭》を制作、続いて2012年には元々は長編の一部として構想されていたアニメーション《トラム》を発表しました。
長編アニメーションへの挑戦
短編アニメーションの世界で評価を確立したミハエラさんが「次のステップ」として取り組んだのは長編アニメーションでした。しかし、初めての長編に挑戦するなかで脚本づくりに難航。最終的には、チェコのジャーナリスト、ペトラ・プロハシュコバの小説『Freshta』をベースに脚本を書くことになりました。同書の舞台になるのはアフガニスタン。チェコ人の女性とアフガニスタン人男性の物語です。かつてサンフランシスコに移住した経験のあるミハエラさんは、異国でパワフルに生きる女性の姿に自身の姿を重ね合わせたそうです。しかし、長編の制作現場では多数の人々との協働が必要になるため、当初は自身の意図を伝えることに苦戦しました。「時には妥協も必要でした」と苦々しく振り返りつつも、6年の歳月をかけて《マード 私の太陽》(2021年)が完成。苦闘のかいもあり、同作は第79回ゴールデン・グローブ賞の長編アニメーション映画部門にノミネートされるなど、数々の賞を受賞しました。6年もかけた制作には「疲れ果てました」と話しながらも、「いまは再び長編アニメーションをつくりたいと思っています。なぜなら、長編では90分や120分という長い時間を観客と共有することができ、その時間のなかで複雑な物語を語ることができるからです」と話してくれました。
世界初公開の新作プラン
最後にミハエラさんは、世界初公開の新作プランを紹介することでレクチャーの締め括りとしました。プランのタイトルは《ナイト・トラム》─トラムの運転手の女性をテーマにした構想で、この作品も本質的には「私の人生を語るもの」になるはずだと述べます。
「私は最近『年齢を重ねる』ということについて考えています。たとえば、歳を取るとそれまでとは異なる感情が生まれてくることがあります。年齢を重ねるなかで新たに生まれてきた感情、それに私にとって重要な『笑い』や『歴史』といったテーマを織り交ぜた作品にできたらいいなと。いまはまだスケッチを描いている段階ですが、また6年か7年後に、みなさんに新しい長編をお届けできたら嬉しいです」
柔らかな物腰のなかに、芯の強さとユーモアが入り混じるようなレクチャーをしていただきました。
最後に、参加学生との質疑応答のやり取りを抜粋します。
─アニメーション作家として自立するために必要なことは何でしょうか?
「作品はできるだけシンプルに、メッセージが伝わりやすくするのがいいと思います。個々人で制作状況が異なるのはもちろんですが、私自身はインテリジェンスな一部の人々に向けるのではなく、幅広い人々に向けて作品を届けるべきだと考えているからです」
─アニメーションにおいて、関係性や噂など、実在しないものに形を与える観察能力は、どのように身に着ければいいのでしょうか?
「リアリズムに拘泥してはいけない、ということはいえると思います。私は日常生活からインスピレーションを得ることが多いのですが、たとえば『笑い』や『嫉妬』といった感情をどうすればシンボル化できるのかを考えること、そういう日々の思考が大切になるかもしれません」
─私はメキシコ出身ですが、メキシコではアニメーション制作者は男性ばかりです。女性の作家として、これまでどんな困難に直面して克服してきたのかを教えてください。
「実は私は女性であることでたくさんの恩恵を受けてきたと思っています。先ほどお話しした長編映画でも、女性の監督を起用する必要があることからチャンスをいただきました。また映画祭の審査員をする場合でも『女性の審査員が必要』という理由から選ばれることが多々あります。ですから、現代では女性作家にたくさんのチャンスがあります。その現状を存分に活かして、自分に力があることをアピールしてください!」
「みなさんがアニメーションとともに美しい人生を歩み、個々人の生活が喜びに満ちたものになることを願っています」というコメントとともに、レクチャーは盛況のうちに閉会となりました。ミハエラさん、素敵な時間をありがとうございました!
(文:藤生新)
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