
JR大阪駅前「大阪富国生命ビル」地下2階〜4階に広がるアトリウム空間「フコク生命(いのち)の森」で、京都芸術大学の学生18名が制作した巨大壁画《想い出ライト》を展示中です(8月31日まで)。
何気ない日常の中で交わす言葉や、誰かとの記憶を思い返し、道ゆく人々の心にぬくもりを届けることを目指しました。
2025年の夏、18名の学生たちが手がけた巨大壁画のテーマは「想い出ライト」。
昨年の「人生(ひといき)トキメキ」から引き継がれた想いに、新たな光が宿ります。今回は、制作の裏側と学生たちの思いを伺いました。

フコクアトリウム空間プロデュースプロジェクト 2025
京都芸術大学では、富国生命保険相互会社と産学連携をさせていただき、
例年に引き続きここ「フコク生命の森」に展示する作品を制作しました。
学年、学科問わず計18名の学生が一丸となり、
目に見えないつながりを想い出というかたちで表現しました。
想い出を辿ると、その時間を共にした相手の姿が心によみがえります。
私たちはそれをつながりだと考え、背景は絵画表現の印象派から
着想を得て無限に広がる宇宙として表現しました。
私達は印象派の表現をそのまま用いるのではなく、
本作の重要な二つのモチーフである電球とモールス信号に着目しました。
これらに使われている表現方法を背景にも応用することで
作品全体に一体感を持たせています。
公開制作では、星の光と電球のフィラメントを描きました。
星の光は上からパールホワイトとラメクリアダイヤモンドという
2種類の絵の具を使って煌めきを表現しました。
電球のフィラメント部分はモデリングペーストという
立体感が出せる素材を使用しています。
凹凸によって落ちた影が輪郭をはっきりとさせることができると考えました。
今回は、試行錯誤を重ねながら50種類近くの色づくりを行い、
どの部分を見ても楽しめるような作品に仕上げることができました。
制作:京都芸術大学プロジェクトメンバー
佐藤風綺 森穏 蜂谷凛花 WANGYIXIN 柴田優来 氷見朝香 鳥屋尾明日香 大塚撫子 本間晶 近藤和 佐藤月香 中原ほのか 山本咲彩 夏亦然 久山和花 福田吏沙
指導教員:山内庸資先生
マネジメントスチューデント:一木彩希 坪根生京
マネジメント教員:森岡厚次先生

想い出ライト
名前のない感情や何気ない日々の連続、交わした言葉の温もり——
見えないつながりの中で、私たちは生きています。
想い出は形にはならないけれど、ふとした瞬間に胸の奥を震わせ、
記憶に残り続ける大切なものです。
想い出がふとよみがえるとき、私たちは人とのつながりを再び感じるのです。
本作では熱を帯びて輝く白熱電球を、
色褪せることのない “想い出” の象徴として描きました。
中のフィラメントには、人と人とのつながりや記憶が、
光をともす原動力のように宿っています。
電球の周りに広がっている赤、青、黄の線と点は
モールス信号として作品に組み込まれています。
そこには「ありがとう」や「いってらっしゃい」といった、
日々の暮らしの中で何気なく交わされる言葉たちの意味が込められています。
背景の表現は、19世紀後半のフランスで生まれた印象派から着想を得ています。
また同時期に発明された電球との時代的な重なりも意識しています。
印象派とは、現実の一瞬の光や風景を、
主観的な視点でとらえようとした絵画運動です。
本作のテーマである「目に見えないつながりを可視化する」という試みは、
印象派が追求した「目に見えるものの奥にある感覚を描く」という姿勢と
通じるものがあります。
もし、あなたがこの壁画の前でふと足を止め、
見えない誰かや忘れかけていた記憶を思い出したなら——
それは、作品とあなたのあいだに生まれた、
新たな “つながり” かもしれません。
誰かとの記憶やつながりが、あなたの心に、そっとぬくもりを灯しますように。
それぞれの思いを形にする「空間プロデュース」
フコクアトリウム空間プロデュースプロジェクトは、JR大阪駅前にある大阪富国生命ビルの地下2階から地上4階にわたる吹抜けアトリウム空間「フコク生命(いのち)の森」をアートでプロデュースする社会実装プロジェクトです。
梅田駅や大阪駅を利用する人にとって、ここは待ち合わせスポット。ホワイティうめだや大阪駅地下街にも通じるこの場所はいつも人で賑わっています。芸大生ならではのアイデアや表現力を活かして、夏には平面作品、冬には立体作品でアトリウム空間を演出しています。
今回、18名の学生たちが制作したのは[縦2m、横約9m]の大作です。
作品がどのように生まれ、どのように形になっていったのか。今回は、制作の中心を担った4名のリーダーと、プロジェクトを支えたマネジメントスチューデント2名にお話しを伺いました。

ビジュアルから生まれたテーマ―想い出ライト

「今回のテーマは、ビジュアルから着想を得ました」
そう振り返るのは、佐藤月香さん(イラストレーションコース|1年生)です。
「通常、プロジェクトでテーマを考えるときは、クライアントからの要望から掘り下げて決めることが多いと思いますが、今年はビジュアルから発想していくアプローチを取りました。それでも、富国生命から要望のあった『目に見えないつながりを可視化する』は重視されました」
リサーチを進める中で、学生たちは「つながりって、温かいものだよね」という気づきを得ます。そこから「温かいもの」について調べていくうちに出会ったのが白熱電球でした。
「温かさとつながり、その両方を備えているのが白熱電球だったんです」と佐藤さんは語ります。
また、「ありがとう」や「いってらっしゃい」と背景の線のデザインでモールス信号で表現しようとしたことには深い想いがありました。
「つながりって、挨拶から始まるんじゃないかって思っていて。壁画に『いってらっしゃい』という背中を押す言葉を込めました。目に見えないつながりを可視化して、何気ない日常の中の『ありがたさ』を伝えたかったんです」
印象派から着想を得た背景表現

作品のもう一つの特徴は、背景表現に取り入れられた印象派の要素です。鳥屋尾明日香さん(総合造形コース|1年生)が制作過程を語ります。
「もともと絵の具を重ねて点描でタッチを集め、厚みのある絵を作りたかったんです。背景は宇宙をイメージしています。それを印象派風にデザインに落とし込み、モールス信号を表す線にしようとなりました」
興味深いのは制作の順序です。印象派風の表現が先にあり、そこにモールス信号というアイデアが後から追加されました。

「点描の印象派を線にしたらどうだろう?と思って。そこにメッセージを込められるモールス信号のアイデアが生まれたんです」
背景に印象派の技法を応用することで、白熱電球やモールス信号といったモチーフが作品全体に溶け込み、一体感のある仕上がりとなりました。
18名を支えたマネジメントスチューデント

18名の制作を支えたのは、MS(マネジメントスチューデント)の存在でした。プロジェクト全体を統括する先輩として、昨年はメンバー、今年はMSとして参加した坪根生京さん(クロステックデザインコース|3年生)はこう語ります。

「MSとして心がけていたのは、先を読んで先手を打つこと。『このまま進むとハプニングが起こるかもしれない』という状況を予測し、先生やメンバーに情報共有しました。起こりうる問題を事前につぶし、メンバーが集中して作業できるようサポートしました」
同じくMSの一木彩希さん(キャラクターデザインコース|3年生)は、「自分が去年プロジェクトに参加して得たものが大きかったので、今度は後輩を支える側として、学科の枠を超えた人脈やスキルを得られるようサポートしたかった」と語ります。

そして、一木さんはメンバーの特性を把握し、挑戦させる方法にも工夫を凝らしたと言います。
「『やったことがないからできない』で終わらせたくありませんでした。パソコンが苦手と思っていた学生が、やってみたらできたというケースも多かったです。嫌い、向いていない作業は押し付けませんが、『未経験ならまず挑戦してみたら?』と声掛けを意識しました」
また、昨年の経験を踏まえ、坪根さんは「責任の所在が曖昧にならないよう意識しました」と話します。
「熱意がある人に負担が集中するのを避け、仕事を分散させることでチーム全体の負荷を均等化しました」
一木さんも、MSとしてどうふるまうか、一歩引いた立場でメンバーを際立たせるよう行動したと振り返ります。
MSの役割は、制作の現場を円滑に回すだけでなく、メンバー一人ひとりの成長を支えることでもあります。昨年の経験を生かして改善点を実践できたことは、大きな財産になりました
また、先生方に近い視点とメンバーに近い距離感を両立する難しさも、今後の自分を支える確かな基盤となりました。
4人リーダー制の挑戦

今年の大きな特徴は、1年生から4人のリーダーを選出し、それぞれが異なる分野の責任を分担する制度です。
資材の発注や管理のリーダーを任された近藤和さん(キャラクターデザインコース|1年生)は、コミュニケーションを最優先したといいます。
「作業を進めるなかで、やることがわからない状況だと、まずコミュニケーションを取ることから始めました。都度報告して、『今こうなんですよ』とメンバー同士で齟齬がないよう、情報共有を心がけました」
部門ごとに作業を進めながらも、全体で認識を合わせることでメンバーの意思統一を図りました。
4人それぞれが責任を持ち、自分の分野を主体的に動かすことで、作業効率と連携が向上。
従来の1人制で起こりがちだった負担の偏りも減り、全員が主体的に関われる環境が整いました。
1年生だからこその挑戦と成長
今年の大きな特徴は、参加者の多くが1年生だったことです。入学して間もない時期に、巨大壁画制作という大きなプロジェクトに挑んだ理由はなんだったのでしょうか。

久山和花さん(舞台デザインコース|1年生)は「普段、こんな巨大平面壁画の制作に関わることがないので、他学科の学生と関われることや企業との連携は貴重な体験になると思った」と参加理由を語ります。
制作を進める中で、デザイン系の学生から配色や構図の考え方を学ぶなど、自分の専門分野では得られない知識を吸収しました。
「先生主導の授業とは違い、自分から動かなければ前に進まない場面が多かったです。プロジェクトに参加するまで、受け身だった自分が積極的に行動できるようになったのは大きな成長です」と振り返ります。
「高校で美術をやっていた人もいるけど、普通科出身で美術を学び始めてまもない人もいました。みんなレベルがバラバラで、最初は大変でしたし、大学のこともわかっていない状態で、しんどいことが多かったです。でも、だからこそコミュニケーションを取って進めることが大切だと学びました」と鳥屋尾さんは振り返りました。
学科を超えた出会いと成長

このプロジェクトでは、学科やコースの垣根を越えて制作を行うことも魅力のひとつ。
イラストレーションコースの佐藤さんは「学科や学年が違っても、みんな優しくて声をかけてくれた。普段の授業では出会えない人たちと仲間になれたのが嬉しかった」と話します。
総合造形コースの鳥屋尾さんは、キャラクターデザインコースの近藤和さんとの出会いを印象深く語ります。
「最初はあまり話すタイプじゃないと思っていたけど、同じチームになって切磋琢磨するうちに、考え方や行動力を尊敬するようになりました」
近藤さんも「学科の授業では作品と先生だけで向き合ってきましたが、このプロジェクトで人との接し方を学びました。鳥屋尾さんのこともお互いを知るうちに、安心して意見を言い合える関係になれた」と振り返ります。
学科の枠を越えた出会いは、制作スキルだけでなく、人との関わり方や新しい視点を得るきっかけとなりました。
新たな技法への挑戦

今回の制作では、電球のフィラメント部分に立体的な表現を取り入れるなど、新たな技法にも挑戦しました。モデリングペースト(メディウムを使い、凹凸による影で輪郭を際立たせています。




総合造形コース1年の鳥屋尾明日香さんは「素材の扱いが難しく、絵の具とは違う筆使いに苦労しました。印象派的な表現にも通じる部分がありますが、初めて使う技法だったので最初は手探りでした」と話します。
佐藤月香さんも同じ課題に直面しました。
「一度は断念しそうになりましたが、『やるしかない』と実験用パネルを4枚作り、2週間かけて試行錯誤を重ねました」
こうした挑戦を経て、昨年からの技術的な進歩も実感できたと佐藤さんは語ります。
「去年は部分的なグラデーションしかできませんでしたが、今年は壁画全体に段階的なグラデーションを施すことができました。来年はさらにクオリティを高められると思います」
公開制作で生まれた心の交流

今回の『想い出ライト』は、来場者の目の前で制作を進める公開制作という形式で行われました。
JR大阪駅前の「フコク生命の森」を行き交う人々が足を止め、18名の学生たちが巨大な壁画を描く様子を見守りました。
来場者アンケートには、作品だけでなく制作過程そのものへの感動が寄せられています。

60代男性からは、
「人生を振り返る中で、これまで出会った人々の記憶が蘇りました。たまたま出会ったこの作品が、自分の『人生の時空ロマン』を可視化してくれたようで感動しました」
という声が届きました。
別の来場者は、
「みんなで協力して一つの作品を作る姿に胸が熱くなりました。それぞれが全力で頑張りながら楽しんでいる気持ちが伝わり、大切な時間を共有できた気がします」
と語ります。
また、白熱電球を思い出の象徴として描くアイデアに驚いたという感想もありました。
制作に携わった近藤さんは「通行される方が足を止めて見てくださったり、声をかけてくださったりして、それがとても嬉しかった」と振り返ります。
佐藤さんも「一生懸命描いている姿を応援してくれる人がいて、それが制作の励みになりました」と話しました。
公開制作は、完成した作品の魅力だけでなく、制作過程を通じた人々との交流や心のつながりを生み出す場となりました。
MSへの挑戦意欲

今回のプロジェクトを通じて、4人のリーダー全員が来年のMS(マネジメントスチューデント)への挑戦意欲を語りました。
近藤さんは「制作中、MSの先輩と長い時間を共にして、その苦労や工夫を間近で見ました。来年は自分がその役割を担い、憧れの先輩のように媒体や技術スキルを身につけたい」と話します。
佐藤さんは「キャプション制作などでMSの先輩のスキルや技術に憧れました。自分を磨いて後輩から憧れられる存在になりたい」と語ります。
久山さんは「技術だけでなく、後輩への接し方やプロジェクトへの姿勢すべてが素敵でした。来年は絶対にMSに挑戦したい」と意欲を見せます。
鳥屋尾さんも「MSの先輩が私たちのために細やかな気配りをしてくれる姿に感動しました。今度は自分が後輩を支える立場になりたい」と話しました。
4人からは来年のMSとして後輩を支えるだけでなく、「このプロジェクトで得られた出会いや成長を、次の世代にも伝えたい」という思いが伝わってきました。
「最初は不安でも、仲間と協力して乗り越えれば必ず成長できる」「学科の枠を越えて新しい視点や考え方に出会える」「迷っているなら飛び込んでみてほしい」——それが4人から後輩へのメッセージです。
想い出の光として

18名の学生たちは、白熱電球やモールス信号、印象派の背景表現を組み合わせて、「ありがとう」や「いってらっしゃい」といった日常の言葉に温かさを込めました。
制作は来場者の目の前で進められ、その姿は多くの人にエールを届けました。
もし、あなたがこの壁画の前でふと足を止めて、見えない誰かや忘れかけていた記憶を思い出したなら。
それは、作品とあなたのあいだに生まれた、新たな“つながり”かもしれません。
誰かとの記憶やつながりが、あなたの心に、そっとぬくもりを灯しますように。
展示は8月31日まで。ぜひ足を運び、この光を感じてください。

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