INTERVIEW2016.08.30

マンガ・アニメ映像

僕は、夢を天秤にかけ続けてきた。 ―森田修平(アニメーション監督・演出家) [私がきた道 #1]

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  • 木下 花穂
  • 顧 剣亨
  • 近藤 良和
  • 三木 生
  • 横山 優佳

社会のさまざまなシーンで活躍する社会人たちに人生の道のりを聞く「私がきた道」。第1回は、2014年に「九十九(つくも)」で米国アカデミー賞 短編アニメーション部門にノミネートされたアニメーション監督・演出家の森田修平さんに話を聞いた。

実現しなかった企画が、自分を助けてくれる

アニメーションの制作はどのように始まるのですか?

脚本の執筆やキャラクターのデザインといったクリエイティブの前に、企画書をつくって予算を確保しなくてはなりません。どんなストーリーで、どんなキャラクターが活躍するのか、これからつくろうとする作品がいかに「おもしろい」ものなのかをプレゼンテーションするんです。
アニメーションの制作には何億というお金が必要になります。ただ「つくりたい」だけでは誰もそんな大金を出してはくれない。原作付きの作品だとある程度人気が読めるので予算がつきやすいですが、オリジナル作品となるとさらに難しい。僕は世に出た作品の何十倍もの数の企画書を書いてきました。一本の企画書で10センチもの厚さになったこともあります。

 

それだけの企画書を書いて通らなかったらショックは大きいでしょうね……。

とても悔しいですよ。ですが、無駄にはならない。僕は「九十九」*1をはじめとした「妖怪モノ」の作品が大好きなので、他にも妖怪をテーマにした企画をいくつも立ててきました。日の目を見た企画なんてほんの数えるほどで、ほとんどはつくることさえできないまま段ボール箱にしまわれています。一見するとただの徒労に見えるかもしれませんね。
僕が少年時代から憧れ続けてきた大友克洋さんがご本人も含めて4人のクリエーターを監督に「SHORT PEACE」というオムニバス映画をつくる話が出てきたときに、運よく声をかけてもらいました。そのときに書いた企画書は、驚くほどスムーズに通ったんですよ。「付喪神」をテーマにした作品だから、自分の好きな「妖怪」とも親和性があったんですね。今まで膨大な量の企画書を書いてきたから、アイデアが湯水のように沸いてきました。頭をひねって搾り出したアイデアは、知らず自分の血肉になっています。いつか自分を助けてくれるものなんです。

「九十九」最初期からの企画書や設定画、絵コンテなど。キャラクターの表情や背景など細部に至るまで設定されている

監督という仕事の役割を教えてください。

監督のもっとも重要な仕事は「判断」です。クオリティにどこまでこだわるかも監督がすべき判断のひとつ。指示をもとにスタッフから上がってきた作画やキャラクターに対して、一言「OK」と言ってしまえば仕事は終わりです。ですが、よりクオリティを上げる道があるならそれにチャレンジしたい。例えば「九十九」では塗りのテクスチャに和紙を使いましたが、あれもチャレンジです。和紙を一枚一枚スキャンして取り込み、「これは髪の毛に合う」「こっちはひょうたんにぴったり」といった風にひとつひとつ選んで貼り込んでいったのでたいへんな手間でしたが、「モノ」をテーマにする「九十九」らしい表現ができたと思っています。

 

そういった多彩なアイデアは、どのように浮かんでくるのですか?

大事なのは意識することだと思っています。例えばあるシーンをもっとよくしたいけどなかなかアイデアが浮かばないとき、そのシーンのことを電車に乗るときもテレビを見るときも、常に頭の片隅に貼り付けておくんです。そうすると、日常生活を送るなかで普段なら気付かないであろうことが見えてくる瞬間があって、それがアイデアに繋がる。これは加減がすごくむずかしくて、付箋のように軽く貼り付けておくのがポイントです。シリアスに思い詰めてもアイデアは生まれないし、辛くなるだけだから。特にテレビアニメの場合は1本の作品にかける制作のスピードがとてつもなく速く、求められるアイデアの数も段違いに多い。思い詰めている時間なんてないので効率よくアイデアを生まなくてはいけません。ただ、お酒を飲んでいるときのひらめきはあんまりアテにならないですね。「思いついた!」とはしゃいでも、だいたい翌朝に確認すると「なんだこれ……」って愕然としちゃう。

 

「完璧がない」というおもしろさ

短編から長編、劇場作品からテレビアニメーションとフィールドを限定していない印象があります。

例えば「東京喰種 トーキョーグール」*2「FREEDOM」*3など、大人数で規模と予算の大きな作品をつくるときのおもしろさと、少人数で短い作品をつくるおもしろさはちがいます。僕はどうせなら両方を味わっていたい。性格ががめついんですよ(笑)
少人数の作品は、なかなか世の中に広がらないもどかしさは否めませんが、スタッフ間のコミュニケーションは密に取れるし、実験的な表現にもチャレンジできます。例えば「九十九」で取り入れた和紙のテクスチャのような実験は、大人数の現場ではむずかしい。一方、大人数でつくる規模と予算の大きな作品は、たくさんのお客さんから反響がいただける醍醐味がある。どちらも代えがたいやりがいがあるんですよ。

YAMATOWORKS内部の資料スペースには、自身やスタッフが手がけたものも含めて小説や漫画、映像作品などさまざまなものが並んでいる

これまでのご自身の作品で、一番の自信作は?

常に最新作です。最近だと「東京喰種 トーキョーグール」は長編アニメーションを最後までやりきることができたし、タイトなスケジュールでもしっかりと考えながら取り組めたと自負しています。ただ、満足はしていない。それはどの作品も同じです。自分の思い描く完璧な作品はつくれないということは、映像のおもしろさであり怖さでもあります。つくり終えると必ず「ここが足りなかった」と気づいて、その気づきをモチベーションにして「次はもうちょっとこうしよう」と奮起するんです。きっと、完璧な作品ができてしまうとそこでやめちゃうんじゃないかな。ゴールのないことが、おもしろさなんですよ。

絵コンテを描く森田さん。作業は絵コンテからすべてデジタルで行われている

現場でコミュニケーションをとる上では気をつけていることはありますか。

自分たちが取り組んでいる作品を「おもしろい」と信じて、その魅力を伝えることです。おもしろくないと感じるなら、おもしろいと思えるまで手直しをしなくてはいけない。スタッフの人生の一部分を借りて作品をつくっているわけですから、自分で「つまんない」と思うようなものをつくらせることはできません。

 

いつも頭の中に天秤がある

「九十九」で米国アカデミー賞短編アニメーション部門(Short Film(Animated))にノミネートされたことは、ご自身のキャリアにどういう影響がありましたか?

企画も通りやすくなったし仕事も増えました。ですが僕自身は変わらないでいようと思っています。作品に対して大きな評価をいただくと、自分がかたくなっていくと感じる瞬間があって。それは「FREEDOM」のときにも感じたことです。「FREEDOM」は莫大な予算のかかった非常に大きな作品で、幸いとても良い評価をいただくことができました。でも、それは自分だけの功績ではないと肝に銘じなくてはいけない。監督って勘違いしてしまう環境にいるんですね。当時の僕は作品の人気を自分の人気と勘違いしてしまい、身構えてしまって自由につくれなくなってしまった。だからアカデミー賞にノミネートされたときは、評価されたのは僕ではなくスタッフ一丸となってつくりあげた「九十九」という作品だと肝に銘じました。だからこそ、次作ではハードだと言われているアニメ制作業界でもとりわけハードなテレビアニメである「東京喰種 トーキョーグール」を選べたんです。

 

森田さんは世界が注目するアニメ制作の最前線で活躍をされていますが、学生が世に出ていくためのアドバイスがあれば聞かせてください。

いつも頭の中に天秤があるんですよ。僕が学生だった頃、アニメーションという先のわからない業界に飛び込むことに親から反対されていました。そのときに“安定したサラリーマンになること”と“クリエイティブで食べていくこと”、自分が進む道を天秤にかけました。チャレンジすることを選んだから、今僕はここにいます。ですがもちろん甘い夢だけ見ていたわけではなく、現実的に厳しいと言われる業界にあえて自分から飛び込むことでどういう未来が待っているかは細部までシミュレーションした上で選んだつもりです。
進む道を天秤にかけたのはその一度ではありません。「カクレンボ」*4をつくったとき、僕は23歳でした。実はあの作品、500万の借金をしてつくったんですよ。
アニメ制作の現場に入るまで知らなかった僕もよくなかったのですが(笑)、業界の慣習に則ってまずは制作経験を積んで演出を務めて……と段階を踏むと、平均して40から50歳で初めて監督になれる。「それでは遅すぎる」と、国民政策金融公庫にプレゼンテーションして制作費を借りました。自分が良いと思うものをつくって、それがダメなら一般企業への就職も考えなくてはならないと思っていました。今振り返っても「賭け」だったと思います。

アニメ業界ってよく「給料が安くて長時間労働」って言われてますが、必ずしもそうとは限らない。実力のある人間は若くても驚くほどの額をもらっています。要は「求められる」かどうか。
僕が比較的早いスピードで監督という立場で仕事ができるようになったのは、いつも頭の中に天秤を持ち、思考をフル回転させて早い段階で進むべき道を選び続けたからだと思います。自分の置かれている状況を分析して「このままではダメだ」と思うなら、アクションを起こさなくてはなりません。もちろん現実問題としてたくさんのリスクはあると思いますが、夢と天秤にかけてどちらが重いのか、自分の責任で判断するんです。

 

 

*1 「九十九」 2013年公開の短編アニメーション。第86回米国アカデミー賞 短編アニメーション部門にノミネート。キャラクターデザインに桟敷大祐氏。原作である大友克洋氏の漫画作品と同名のオムニバス短編アニメーション集「SHORT PEACE」収録。
*2 「東京喰種 トーキョーグール」 2014年放送のテレビアニメ。2015年に放送された第2期「東京喰種 トーキョーグール√A」の監督も森田氏が担当している。
*3 「FREEDOM」 日清食品カップヌードル35周年記念のプロジェクト作品。2006年から2008年にかけてCMシリーズが放送され、あわせてOVAの制作もされた。
*4 「カクレンボ」 2005年、個人制作ユニットYAMATOWORKSの作品として制作された。監督・絵コンテ・演出・CGI・編集を森田氏が担当。キャラクターデザインに桟敷大祐氏。東京国際アニメフェア2005 一般部門優秀作品賞受賞。国内だけに留まらず、カナダのファンタジア映画祭2005 ショート映画部門でも金賞に輝くなど世界で高い評価を受ける。

 

<文:木下花穂、取材:近藤良和、横山優佳、写真・動画:顧 剣亨、動画編集:三木生>

森田修平 Shuhei Morita

京都造形芸術大学情報デザイン学科2001年卒業。アニメーション監督・演出家として多くの作品を手がける一方、気鋭のアニメーション制作会社「YAMATOWORKS」の代表を務める。日清食品カップヌードルのCMプロジェクト作品として制作された「FREEDOM」(2006)は東京国際アニメフェア2007オリジナルビデオ部門 優秀作品賞、第7回映像技術賞 技術奨励賞を受賞。近年では「九十九」(2014)にて第86回アカデミー賞短編アニメーション部門にノミネート。大学在学中にアニメーション制作会社「神風動画」の立ち上げに参加、同時に「STUDIO4℃」にも在籍するなど、卒業前から活躍している。

 

  • 木下 花穂Hanaho Kinoshita

    1996年愛媛県生まれ。京都造形芸術大学 情報デザイン学科2016年度入学。ジャンルを問わずさまざまな芸術分野に興味があり、そのなかで情報デザインを学ぶ。尊敬するデザイナーは佐藤卓。

  • 顧 剣亨Kenryou GU

    1994年京都府生まれ。京都造形芸術大学 美術工芸学科2014年度入学。写真を主なメディアとしてコンテンポラリーアート作品を学び、制作。好きなことトップスリーは「料理を作ること」、「食べること」、「寝ること」。

  • 近藤 良和Yoshikazu Kondou

    1996年徳島県生まれ。京都造形芸術大学 情報デザイン学科2015年度入学。映像編集が好き。コトをつくるためのデザインを学びに来た。好きなデザイナーは佐藤オオキ。

  • 三木 生Sei Miki

    1997年大阪府生まれ。京都造形芸術大学 情報デザイン学科2016年度入学。メディアデザインに興味をもちデザインを基礎から学ぶ。趣味は映画、テレビ、音楽鑑賞。

  • 横山 優佳Yuka Yokoyama

    1995年京都府生まれ。京都造形芸術大学 文芸表現学科2014年度入学。編集を専攻し、主に取材、ルポルタージュ、雑誌編集などを学ぶ。趣味は日本酒探訪。

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