今年10月、2022年度の「松陰芸術賞」を受賞した気鋭の日本画家、楊喩淇(よう・ゆき)さんへのインタビューをお届けします。台湾から留学生として来日し、2016年に京都造形芸術大学(現・京都芸術大学)美術工芸学科 日本画コースを卒業後、本学大学院修士課程に進み、現在は博士課程に在籍しながら日本画家として日々、研鑽を積んでいます。2021年には京都における日本画新人賞「京都 日本画新展」で優秀賞を受賞するなど、京都画壇でも活躍し注目を集める楊さんに、在学中に印象的だったエピソードや、制作において大切にしていることを伺いました。
楊喩淇(よう・ゆき) You Yuki
1995年、台湾生まれ。日本画家。
京都造形芸術大学(現 京都芸術大学)大学院修士課程ペインティング領域日本画専攻2020年修了。現在は、大学院博士課程に在籍中。「京都造形芸術大学 卒業制作展/大学院修了制作展 佐川美術館栗和田榮一賞」受賞(2018年・2020年)、「第75回春の院展」初入選(2020年)、「再興第105回院展」初入選(2020年)、「京都日本画新展 2021 優秀賞」受賞(2021年)など、数多くの受賞歴・入選歴で注目を集める。2022年は「再興第107回院展」入選。日本美術院 院友。
https://www.instagram.com/youyuki512/
台湾・日本・京都。『京展』で日本画にのめりこむ。
「松陰芸術賞」は社会活動を活発に行い、すぐれた成果が期待できる卒業生・修了生を表彰する制度。第四代学長 千住博教授を中心に毎年一名を選定し、今後の活動にエールを送るものです。2022年度に「松陰芸術賞」を受賞した楊喩淇さんは、留学生として初めての受賞となりました。
千住博教授による本年度の選考理由では「日本画の国際化」について語られていて、「日本画の担い手に、新しく参入して来た才能のある海外の人たちも加わる、という時代も来ているのだと思います。千年前に中国から渡ってきて、強い中国文化の影響下で雪舟や狩野永徳が生まれ、ここに至った日本画の歴史を考えれば、それはとても自然なことです。その中で、今回の、楊喩淇さんは特に活躍がめざましく、日本画界の期待の星と言われる存在になってきました。」と、楊さんへの激励を贈られています。
まずは、今回の受賞について楊さんに伺ってみると、「大変栄誉な賞をいただくことができ、また千住先生からもありがたいお言葉をいただき、光栄だと感じています。日本画家として認めていただけて、とてもうれしいです」と笑顔で語ってくれました。
2022年度「松陰芸術賞および瓜生山学園賞」受賞者発表
https://uryu-tsushin.kyoto-art.ac.jp/detail/1034
そんな楊さんが日本への留学を決めたきっかけを伺うと、「実は、最初から日本画を志していたわけじゃないんです」と意外な答えが。
「台湾での高校時代、それほどアートについて詳しくなくて。ただ、スタジオジブリの作品が好きで、いつか背景美術の仕事をしてみたいと当時は思っていたので、高校卒業後、日本で学ぶことを決めました。2014年に来日して京都芸術デザイン専門学校のコミックイラストコースで学んでいましたが、日本画への編入を考えたきっかけは、先輩が出展していた作品を観るために京都市美術館(当時)の『京展』へ行ったことでした。その展覧会の日本画部門で、日本画独自の魅力を知ったんです」。
「京展」は、京都市が主催する公募展です。前身の「市展(京都市美術展覧会)」は、市が主催する総合公募展として全国に先駆けて1935年にスタートし、戦後すぐ始まった「京展(京都市主催美術展)」では日本画、洋画、工芸、彫刻、版画、書の6部門にわたって入選・入賞した作品を展示。新人発掘と中堅作家の育成を目指した“新進作家の登竜門”とされてきました(現在は休止中)。さまざまなジャンルの新作が展示される中、日本画の世界に魅了された楊さんは、「日本画に欠かせない『膠(にかわ)』をはじめ、素材の扱い方が台湾の作品とはまったく違っていて、特別だと感じ、もっと深く勉強したいと思い、大学の美術工芸学科 日本画コースへの編入を決めました」と話されました。
先輩と同じ“舞台”で展示できる日を夢見て
続いて、在学中に一番影響を受けた授業について伺いました。
「現在も担当していただいている日本画家の山田伸先生のゼミです。学部生の頃は、日本語をあまりうまく話すことができなかったんですが、それでも言葉の壁を超えて修士課程へ、そしていま博士課程まで進んで日本画を探求し続けてこられた原動力は、“あこがれの気持ち”。先生や先輩たちの制作を間近で観て、作品の作り方、公募展へのチャレンジと実績作り、キャリアの積み上げ方などを学ぶうち、『いつか先輩と一緒に展示を開くことができたら』という強い想いがうまれました。
山田先生からは、日本美術院が主催する『院展』など、団体展への出品をチャレンジし続けることで、作家活動のベースを作っていく大切さを教えていただきました。作家活動は“一人”で描く孤独なものですが、歴史ある団体に所属して活動することで、先生や先輩方と同じ場所で展示できる。私にとってそれは、とてもうれしいことで、励みになること。本気でがんばりたいと思えました」。
現在は「日本美術院」の院友となり、研究会などにも所属して切磋琢磨している楊さん。次のステップについても語ってくれました。
「作家活動のスタイルはさまざまで、私のように団体展に参加して毎年出品する作家は、いまは少なくなっているかもしれません。それでも公募展への挑戦を続ける理由は、学外の人に私の作品を見てもらいたいから。外国人として、この環境の中で成果を出すにはどうすれば良いかを考えたら、やはり学外の方に見てもらえる機会を増やすのが一番だと思います。所属する研究会では後輩もできて、先生や先輩の活躍ぶりにも刺激を受けながら、これからどうやって活動していくかを考えています。来年春には博士課程も修了するので、京都市内でアトリエを構える準備を進めているところです」。
夜の光に照らされた「植物と影」に魅了されて
ここからは楊さんの日本画について、伺っていきます。扱うテーマは一貫して、夜の自然。そのユニークさについて、「松蔭芸術賞」において千住博先生はこのように語っています。
「夜の自然に標準を設定し、そこに咲き誇る繊細で力強い生命を透明感のある美しい空気感と湿度感で迫る作品を描いています。作品はデリケートで詩的です。月の光や水音は本来日本人の得意とするところでしたが、ここに至って、楊喩淇さんはそれを自家薬籠中の物としています。それに加え、どこか悠久のダイナミックさと堂々とした大胆さを併せ持つのは、育った中華文化圏ゆえかもしれません。暗い色を使っていても、絵は決して暗くありません。それは楊喩淇さんの持つ精神の聡明さと知性、色感の良さに加え、生まれ持った心の明るさからではないでしょうか」。
なぜ、夜の自然を描き始めたのかを伺うと、「台湾での生活が、夜行性だったんです」と振り返る楊さん。
「私の家族は夜の観光地で養身館(マッサージやスパのサービスをする施設)を経営していたので、夜は遅くまで起きて翌朝はゆっくり動き始める生活を送っていました。そのような経験から、夕方から深夜にかけて花や自然を観察したり、写生したりするのが日々の習慣になっていました。夕方の光がつくるグラデーションの中にある植物と、その影は、色のコントラストが特に強めで、とても印象に残っています」。
雨をテーマにした作品も多く描かれていますが、それについては、このような背景が。
「台湾は、雨の日が多くて、湿度も日本より高いんです。空気がじめじめしている、というか。雨の中、しずくが付いた花の印象も、強く記憶に残っていますね。
私自身、作品で描くものは、これまでに目にした光景・風景から、美しいと思うもの、きれいだと思うものをモチーフにしています。自然の美しさを描きたいから、人工的で余計なものはできるだけ描かないようにしています。
日本画の画材の扱い方も工夫を重ねていて、いまはアクリル絵具に金属の粉を混ぜて、金属の質感を取り入れる実験もしています。日本画=『箔』のイメージがありますが、あえて箔は使わず、金属粉を使うことで箔とは異なる効果を狙って出せたら、と。新しい表現にも日々挑戦しています」。
自分が信じる「美しさ」を追い求めていきたい
ここまでしっかりと独自のスタイルを確立できたのは、「流行は流行で、作家は作家だから」という言葉のおかげだと言う楊さん。
「この言葉は、山田伸先生がおっしゃっていたんですが、本当にそのとおりだと思います。もしこのインタビューを、これから日本画の世界を目指す若い人が読んでいるとしたら、強く伝えたいのですが、雑誌やSNSで人気を集めている作品を見て、自分が描きたいものを決めるようなことは、絶対にやらないでほしいんです。なぜなら、本気で美術をやりたいのに、その時の流行に流されてしまったら、もったいないと思うから。
いまは美術系のSNSやWebサイトがたくさんあって、世界中のいろんな情報を得られる時代。美術をする理由は人それぞれですけど、お金を稼ぐために人気が出そうな作品を描くなんてサラリーマンと一緒じゃないか、という想いがあります。作家は“サラリーマン”とは違いますし、私は、本当に描きたいものを描いていきたい。だから、同じように美術の道を目指す人には、自分が信じる“道”を諦めず、時代の流行にも影響されずに、“好き”を貫いてほしいですね」。
インタビューの最後に、これから目指していることを伺ってみました。
「私が毎年出品する『院展』をはじめ、国内にはさまざまな公募展がありますが、多くの方にもっと観に来ていただきたいなと思っています。公募展の出品者や観客は年齢層が高めなイメージがあるかもしれませんが、実際はそうではなくて、若い作家がかなりの数、います。特に『院展』は、昔の日本画壇においては評価の指標とされていて―ただ、いまの『院展』には、日本画のすべてがあるわけではないとは思いますが―、私にとっては、最高の日本画を描いて入選することが目標ではなくて、いまの私がもっている技術やスタイルを試す“テスト”のような存在なんです。春と秋の年2回、その“テスト”で認められたら、次の公募展も、またがんばろう、って思える。そんなやりがいが公募展にはあるので、これからも技術を磨いて、作品を応募し続けたいです」。
来春には本学博士課程を修了し、京都市内にアトリエを構えて新たなスタートを切る楊さん。12月13日からは「再興第107回 院展 京都展」が京都市京セラ美術館で開催され、入選した楊さんの作品も出展されています(会期は2022年12月13日〜18日)。日本画の可能性を切り拓く彼女の活躍に、これからもご注目ください!
「再興第107回 院展 京都展」
2022年12月13日(火)〜18日(日)まで開催。会場は、京都市京セラ美術館。ポスターに使用されている作品は、楊さんの恩師、山田伸先生の作品《野分のまたの日》。
https://nihonbijutsuin.or.jp/exhibitions_detail.php?id=102&exhibition_trav_id=102
(取材・文:杉谷紗香)
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