INTERVIEW2022.06.22

文芸教育

吉川学長に聞く、京都芸術大学の魅力 ― 文芸表現学科の学生が届ける瓜生通信

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  • 京都芸術大学 広報課

京都芸術大学 文芸表現学科 社会実装科目「文芸と社会Ⅱ」は、学生が視て経験した活動や作品をWebマガジン「瓜生通信」に大学広報記事として執筆するエディター・ライターの授業です。

本授業を受講した学生による記事を「文芸表現学科の学生が届ける瓜生通信」と題し、みなさまにお届けします。

(取材・文:文芸表現学科 3年 井関こころ)

 

尾池和夫前学長の後を継ぎ、2021度より京都芸術大学学長に就任された吉川左紀子先生。専門は認知心理学で、主に顔や表情に関心を持って研究されてきました。
さて、よく知られる学長の仕事としては、式典での挨拶などが挙げられます。しかし、それらは学長の仕事のほんの一部にすぎません。実際にどんなお仕事をされているのか、学長から見て京都芸術大学はどんなところなのか、お話をうかがいました。

 

学長の3つの仕事

― 学長に就任されてから今まで、実際にどのような仕事をしてきたのですか。

意識的にしてきたことは、大きく分けて3つあります。
1つ目は、大学をよく知ること。まだ学長になって1年余り、よく大学のことを知らないと何もできません。昨年度は、大学をよく理解することを目標にして、大学の沿革が書かれた文書や資料を読んだり、キャンパスを歩きまわったり、いろいろな委員会に顔を出したりしてきました。
2つ目は、先生方とお話しすること。多様な芸術分野のアーティストや研究者である本学の先生方のことを知りたいと思い、ひとりひとりの先生たちと学長室で1時間ほど雑談をしましたね。これまでどんなことをしてきたのか、今何をしたいと思っているのか、などいろいろ教えていただきました。180人近い先生とお話ししたのですが、みなさんのお話しが本当に面白くて楽しかったですし、京都芸術大学についての知識も増えました。
3つ目は、今後この大学をどのように成長させていくのか、どう魅力的にしていくのか、具体的な案を考えることです。芸術大学として重点的に取り組むべきことはなにか、それは実現可能か、優先順位はどうするべきかなど、何度も考え直しながら案を練っている最中です。

 

―「具体的な案」がどういうものなのか、差し支えない範囲で教えていただけますか。

細かいことはまだこれからですが、ひとつには、大学院を今よりも充実させていきたいと考えています。皆さんも、大学院のことはあまり知らないという人が多いのではないでしょうか。本学では学部の4年間を終えた後、そのまま社会に出ていく人が多いですから、大学院は学部と何が違うのか、大学院ではどんなことを学ぶのか、そこにどんな意義があるのか、よく知られていないように感じています。海外の大学では学部よりも大学院のほうが、大学の「顔」なんですよね。本学らしいユニークな特徴のある大学院を作っていきたいと思い、先生方と計画を練っているところです。
それから、教員がもっと仕事のしやすい仕組みをつくりたいと考えています。先生方からは、自身の制作や研究にかける時間が足りない、という話をよく聞きます。このままでは教育にも良くない影響がでるので、どうするのが良いのかいろいろ案を練っています。たとえば、「サバティカル制度」を取り入れる、などです。サバティカル制度というのは、「研究休暇」のことで、事前に申請しておくことで、希望する期間は自身の研究や制作に集中できる仕組みです。以前はこの大学にもあった制度なのですが、今はなくなってしまっていて。あまり目立ちませんが、こういった取り組みも実現したいと考えています。

 

学長の修行

― 学長は、自ら授業もされていますよね。その他の業務だけでも大変だと思うのですが、なぜ授業を担当することになったのですか。

実はもともと授業をする予定はなかったんです。ある日大学の授業の一覧を見ていた時に、心理学の授業が少ないなと感じて。増やした方がいいんじゃないかと思って芸術教養センターに相談してみたら、「じゃあ学長、授業してくださいよ」って頼まれたんですよ。昨年はあまり準備の時間がなかったので、これまで他の大学でやっていた心理学の授業の内容をアレンジして、ところどころに芸術に関係する話も入れる、そんな授業にしました。
学長の仕事をしながら600名近い学生たちに向けて慣れないオンラインの授業をするというのは準備も思ったより大変で、気分としては修行のような感じでしたね。「芸術と心理」という科目で、心理学だけの内容ではないですから、話のテーマをあれこれ考えながら進めています。自分がやってきた心理学について、改めて考える機会にもなっていますね。今年は、昨年の反省点を生かしてもっと良い授業ができるように……と思っていますが、どうなるでしょうか(笑)。

 

前学長の尾池和夫先生が残していったゴリラ。学長室の特等席に座っている。

 

“芸大”のイメージが変わった

― 専門は心理学とのことですが、はじめて「芸術大学」に触れて驚いたことなどはありましたか。

この大学に来るまでは、なんとなくのイメージで、芸大生は、日ごろ絵を描いたり石膏像のデッサンをしたりしているものだと思っていたんです。この大学に来てまず感じたのは、「チームでの作品作りが大切にされている」ということでした。学内でよく見かけるのは、複数名で集まって一緒に作品作りをしている姿です。うちの大学の教育方針として、教員と学生たちとの共同プロジェクトを重視していることも大きいのですが、こうした取り組みが日常的に行われているのは、芸術大学の教育としてとてもいいと感じました。それから、共同プロジェクトにも関連しますが、本学ではアートやデザインの力を実践の中で磨いていく、という姿勢が一貫していますね。これも素晴らしいと思っています。
たとえば、本学をめざす高校生に配る大学紹介の冊子の編集にも学生たちが参加しています。高校生のときにこの冊子を見て、本学を受験することを決めた、という学生さんにも何人か会いました。学生のアイデアが作品制作につながり、それをきちんと社会に向けて発信する。そしてその作品が誰かに届いて、相手の反応がこちらに戻ってくる。こうした一連の流れが学生の間に経験できるということは、卒業後の自分の生き方を考えるときにも役立つと思います。
昨年8月に、NHKの番組『京都五山送り火』の番組が本学からライブ中継されましたが、そのときのセット製作にも驚きました。舞台芸術学科の学生さんたちがセットの製作に関わったのですが、すばらしいできばえでした。撮影当日は、台風がきていて時間ぎりぎりまで撮影場所が決まらず大変だったようですが、先生の指導で学生たちが生み出す作品の水準の高さにいつも驚いています。

燃える伝統を、全国の視聴者へ。 NHK『京都五山送り火』生中継のセットを舞台芸術学科の学生有志が製作!
https://uryu-tsushin.kyoto-art.ac.jp/detail/888

 

学生層の広さと教員の専門分野の幅の広さ

― 他にも、この大学の特徴を教えていただけますか。

そうですね、通学部と通信教育部の両方を合わせると、学生の年齢の幅は驚くほど広いと思います。現在、京都芸術大学には18歳から90歳代までの学生が在籍しています。高校を卒業したばかりの人も、社会に出て働いている人たちも、引退して老後の生活を楽しんでいる人たちも、自分の生活に合わせたスタイルで授業を受けています。今年から通信教育部に書画コースが新たに誕生しましたが、これからもさらにいろいろなジャンルに拡がっていくと思います。三世代がそろって同じ大学に通う、ということも、遠くない将来、実現するかもしれませんね。
学生の年齢層だけでなく、教員の専門分野も本当に幅広いと思いますね。印象的だったエピソードをひとつお話しします。
本学のキャンパスの近くに、初代理事長の徳山詳直さんのご自宅だった場所、瓜生山荘という建物があります。その建物を改装することになったんです。生前、詳直理事長やご家族が大事にしていた家具や調度品、美術品などを整理していたところ、ドイツ製の鳩時計がでてきました。壊れたまま埃をかぶっていたのですが、手作りの木製の仕掛けに味わいがあって、何とかもう一度動くように修理できないかと思って時計屋さんに持って行きました。残念ながら修理はできないと断られてしまって、このまま廃棄するしかないのかと諦めきれずにいたところ、ふと「本学の歴史遺産学科には文化財修復の専門家の先生がいる」と思いついたんです。
そこでさっそく、文化財修復の先生に連絡して、修復ができるかどうか見てもらいました。歴史遺産学科で普段修復を手掛けているのは日本の近世の文化財で、ドイツの鳩時計とは製作年代も製作地も違いますから、ダメもと、という気持ちでした。そうしたら後日、鳩時計のからくりがすべて動くようになって、美しくなった時計がかえってきたんです。定時に窓から顔を出すハトだけでなく、時計の前にいる小さな動物たちもすべて動くようになっていて、本当にうれしかったですね。

 

学長室に飾られた時計。きれいに磨かれた屋根は、光を反射して輝いていた。

 

大学を、大きな家族に

― 最後に、この大学のいちばん好きなところを教えていただけますか。

ひとつを選ぶのはなかなか難しいですが……。先生方ひとりひとりとお話をしたと言いましたが、そのときに多くの先生方が、「うちの大学の学生が好き」と語ってくれたのは印象的でした。そして、もしこの大学を離れることになったら、学生たちと会えなくなるのが寂しい、と。おそらく、学生たちも、そうした先生の気持ちを肌で感じているのではないでしょうか。
私は、この大学全体が、大きな家族のような感覚で過ごせる場になればいいなと思っているんです。通学部だけでも一学年が1000名近い規模の大学ですから、「家族」というのはちょっと荒唐無稽に聞こえるかもしれませんが、不思議とあまり違和感はおぼえません。もちろん、大学は教育という仕事を担う公の組織ですから、実際の家族や親戚とはかなり異なります。ただ、私は最近、教員や職員のみなさんと、親戚づきあいをしているような距離感、親しみを感じることが多いんです。それで、このまま「大家族路線」で進んでいきたい(笑)。芸術大学の学長として、皆にとって居心地のよい、のびのびと学び、活躍できる環境を作ることを目標に、教学の仕事に取り組みたいと思っています。

 

吉川左紀子

1954年、北海道苫小牧市で生まれた。1960年代の冬の北海道では石炭ストーブが使われており、冬が近づくと馬が荷台に石炭を載せて家々を回っていたとのこと。幼少期の思い出は、当時住んでいた社宅の玄関まで、ぴかぴかのピアノが馬の荷台に載って運ばれてきたこと。幼きころの学長はピアノ、お姉さんは絵を習っており、実は幼少期から芸術に親しんでいた。
京都大学教育学部卒業。京都大学大学院教育学研究科博士課程認定退学。博士(教育学)。追手門学院大学助手、助教授、英国ノッティンガム大学客員研究員、京都大学大学院教育学研究科助教授、教授を経て、2007年、京都大学こころの未来研究センターにセンター長として着任(2018年3月まで)。京都芸術大学文明哲学研究所所長。京都大学名誉教授。京都大学フィールド科学教育研究センター特任教授。
2021年度より、京都芸術大学学長を務める。専門は認知心理学。

 

インタビュアー

井関こころ

2002年京都府生まれ。京都芸術大学文芸表現学科2020年度入学。
三度の飯よりゲームが好きだが、食べることもわりと好き。

 

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