京都芸術大学 文芸表現学科 社会実装科目「文芸と社会Ⅱ」は、学生が視て経験した活動や作品をWebマガジン「瓜生通信」に大学広報記事として執筆するエディター・ライターの授業です。
本授業を受講した学生による記事を「文芸表現学科の学生が届ける瓜生通信」と題し、みなさまにお届けします。
(取材・文:文芸表現学科 2年 岡知里)
さまざまな造形加工整備や機材を有する京都芸術大学の制作支援工房「ウルトラファクトリー」。そこでは、第一線で活躍するアーティストやクリエイターが学生とともに活動する実践型授業「ウルトラプロジェクト」が展開されており、学年や学科を問わず多くの学生が参加しています。その活動は多岐にわたり、2021年度では12本のプロジェクトが活動中です。今回は、1688年(元禄元年)創業の西陣織の老舗「細尾」とのプロジェクト「MILESTONES(マイルストーンズ)」の活動を紹介します。
西陣織とは、京都の西陣で生産される先染めの紋織物のこと。先染めの紋織物は、織ってから染めるのではなく、先に染められた糸を複雑に織り上げることで模様ができます。
そのため完成までに多くの工程が必要となり、手間暇のかかる高級な織物です。
「正装なら、染の着物に織の帯」という言葉があります。染の着物の代表が友禅染、織の帯としてもっとも品格が高いのが西陣織の帯です。
「細尾」は創業300年を超える老舗でありながら、西陣織の技術を活用した革新的なテキスタイルを展開し、常に新しい挑戦を続けています。このプロジェクトでは、「細尾」が所蔵する約2万点の帯図案をデジタルアーカイブ化し、それを帯以外のデザインに活かして世の中に展開していきます。
図案とは、あらかじめ模様や配置など装飾上の工夫を下絵に表し、設計したもの。いわば着物や帯の設計図です。
2014年に始動して2022年に9年目となる「MILESTONES」。いま、どんなデザインが展開されているのでしょうか。
プロジェクト会議に参加させていただくとともに、「細尾」12代目の代表でありプロジェクトのディレクターである細尾真孝さんにお話をうかがいました。
プロジェクトのはじまり
「お声がけいただいたときには、産学連携みたいで興味深いし、他のウルトラプロジェクトのディレクター陣も面白いと感じました。自分には何ができるだろう、何かやってみたいと考えるところからはじまりました」。
「細尾」所蔵の帯図案約2万点は50年前に手掛けられたもので、当然のことながらすべてが紙ベース。その財産を未来につなげていくためには、デジタルアーカイブ化していく必要がありました。紙ベースの帯図案を高解像度でスキャンするところから合成まで、ひとつひとつ手作業で行われています。初期ではアーカイブとリサーチがメインだったものの、アーカイブが1万点を超えたあたりから、それをどう世の中に接続させるのかという段階に入っていきました。
帯図案から焼き菓子をデザイン
今年度では、これまでのプロジェクトでのリサーチやアーカイブ化された帯図案を元に、細尾の本社併設のラウンジで提供される予定のクッキーのデザインに取り組んでいます。
まず、学生たちはクッキーのリサーチからはじめました。どんな種類があるのか、その製造法など他社のクッキーを細かく分析します。それから、プロジェクトメンバーの学生3人で1万点以上のアーカイブデータを手分けして確認し、クッキーの型に適した絵柄を選び出します。形のよさや可愛さだけでなく、日本文化を想起させるような絵柄を意識して選出。数十種類もある吉祥文様(縁起がいいとされる動植物や物品を描いた図柄)を探してみたり、日本では四季を大切にする文化があるため、春夏秋冬にカテゴライズしてみたりなど、多角的な視点からアプローチしています。
どの絵柄を使うか決定すれば、図案を参考に自分たちで作成した平面のデザインから3Dデータを作成し、3Dプリンターで型を作成。その型を使い、粘土をクッキーに見立てて試作品を作りました。
パッケージデザインも任されているため、学生たちはクッキーのデザインを考える傍ら、他社のパッケージのリサーチも着々と進めて図案のリサーチから生まれたクッキーであることが伝わるようなデザインを企画していました。
細尾本社での会議にて、新たなデザインを提案するために試行錯誤を重ねる学生たち。頭を悩ませている姿も見られましたが、会議で提案したデザインは高評価を得ていました。
「日本の文様は季節や吉祥文様の意味とも密接に関わっています。MILESTONESによるデザインで、そのことをたくさんの方に知ってもらえたらと思います」。
かさね色目のマカロン
細尾本社の併設カフェ〈HOSOO LOUNGE〉で提供されているマカロンもこのプロジェクトによって生み出されたもの。その名も「かさね色目のマカロン」です。
かさね色目とは、平安期の貴族の衣装に見られる雅な色づかいのこと。十二単で知られるように、平安時代、身分の高い人々は着物を何枚も重ね、その配色を楽しんでいました。かさね色目のリサーチからはじまり、最終的に着物の表地と裏地という関係性をマカロンの上と下の部分に置き換えるという発想に至ったそうです。
春夏秋冬の4種類のフレーバーが季節に合わせて展開されています。四季の移ろいを大切にし、季節に合わせて着物の配色を楽しんだ当時の人々の美意識が感じられますね。
「面白いのが、マカロンは洋菓子で本来季節感がないものなんですね。その中に季節感を入れると『あれ、なんだろう』と思ってもらえる。そこを紐解くと、かさねの色目というのがあって。ただおいしいじゃなくて、その背景にある日本の文化に接続できるカギというか、ヒントが実はその中にあるようなものとなっています」。
帯だとどうしても見る人が限られてしまう。手書き図案を帯以外のデザインに展開していくのは、日本の文化や着物の文化を多くの人に知ってもらうためだと細尾さんは語ります。
京都伝統工芸ミュージアムでの展覧会
4月23日(土)より、みやこめっせの地下にある京都伝統産業ミュージアムにて、このプロジェクトの展覧会MILESTONES-余白の図案-が開催されます。
展覧会に合わせた企画も展開されるそうです。それも、A Iによって図案を全部ラーニングさせ、コンピューターが新たな図案を書き出すことができるのかという実験。
「図案にはそれぞれ独自のリズムと美しさがあります。それをなんとか抽出して展開していくために、テクノロジーともかなり掛け合わせながらやっていくというのを主におきながら、プロジェクトの今までの活動とその意味を問い直していくような展覧会ができたらと考えています」。
改良を重ねていくため、今回見せていただいたデザインのまま商品化されるとは限らないそうですが、学生たちが考えたデザインはクッキーとパッケージどちらも素敵で、発売が待ち遠しいです。
受け継がれていくMILESTONES
プロジェクトは2022年に9年目を迎え、図案のアーカイブは約1万6000点というところまでたどり着きました。細尾さんは、デジタルアーカイブ化の作業にようやく終わりが見えてきたと話します。
「プロジェクトがスタートしたときは、未完の世界遺産サグラダ・ファミリアのような、終わりがどこになるかというところからはじまって。年間で1000点もアーカイブ化できなかったところから、だんだん皆さんのチームワークでスピードも上がってきて、だいたい年間2000点ほどのペースになってきています。このペースでいくとあと2年か3年で終わるのではないかと思っています」。
サグラダ・ファミリアはバルセロナにあるアントニ・ガウディの建築作品。1882年に着工がはじまり完成まで300年以上かかると言われていたものの、およそ150年、つまり当初の半分の工期で完成する予定であることが発表されました。その理由として、近年のIT技術を駆使することで手探り状態だった建設方針がクリアになったことが挙げられます。3Dプリンターやコンピュータによる設計技術により、進捗はかなりスムーズに。MILESTONESプロジェクトともリンクする部分があります。
プロジェクト名「MILESTONES」には、ひとつひとつマイルストーン(目標地点)を置いて、それを達成していくという意味があるそうです。
私たちが生まれてくる以前の先人たちが手がけた図案を受け継ぎ、未来にバトンをつないでマイルストーンを置いていくという強い意志が感じられます。
アーカイブ化の作業は終わっても、ウルトラプロジェクト「MILESTONES」の挑戦はまだまだ続いていきます。さらなる活躍にご注目ください。
細尾真孝
株式会社細尾 代表取締役社長
MITメディアラボディレクターズフェロー
一般社団法人GO ON代表理事
株式会社ポーラ・オルビス ホールディングス 外部技術顧問
1978年生まれ。1688年から続く西陣織老舗、細尾12代目。西陣織の技術を活用した革新的なテキスタイルを海外に向けて展開。ディオール、シャネル、エルメス、カルティエの店舗やザ・リッツ・カールトンなどの5つ星ホテルに供給するなど、唯一無二のアートテキスタイルとして、世界のトップメゾンから高い支持を受けている。また、デヴィット・リンチやテレジータ・フェルナンデスらアーティストとのコラボレーションも積極的に行う。
岡知里
2001年京都生まれ。
2020年京都芸術大学文芸表現学科に入学。
編集を学ぶ。本や漫画を読むことがなによりも好き。
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