REPORT2022.02.16

文芸

変わり続ける⽇本伝統 ― 文芸表現学科の学生が届ける瓜生通信

edited by
  • 京都芸術大学 広報課

京都芸術大学 文芸表現学科 社会実装科目「文芸と社会Ⅱ」は、学生が視て経験した活動や作品をWebマガジン「瓜生通信」に大学広報記事として執筆するエディター・ライターの授業です。

「文芸表現学科の学生が届ける瓜生通信」と題し、これから約3ヶ月に渡って授業を受講した学生による記事をお届けします。

(取材・文:文芸表現学科 2年 中村朗子)

 

京都芸術大学にて2021年10月16日から2021年11月20日にかけて開催された『推し世絵』展覧会。今回、この展示の設営から開催、そして終了までを文芸表現学科二年生の中村朗子が密着取材させていただきました。
一体どんな展覧会で何が行われていたのか、伺ったお話しをもとにこの展覧会を私、中村朗子がレポートさせていただきます。
ニッポン画家である山本太郎先生をはじめ多くの学科の学生が参加した『推し世絵〜ニッポン画×浮世絵プロジェクト』、その型破りな展示の在り方に日本の伝統文化への新しい風を感じます。

浮世絵を「推す」プロジェクト

『推し世絵』展のメインイベントはなんといっても「推し世絵総選挙」だ。
今回この展覧会で展示されている浮世絵は全て豊原国周による作品だ。

豊原国周は明治時代に活躍した役者絵を得意とした浮世絵師で、その作品は浮世絵の主流であった江戸時代よりも近代だということもあり、色も瑞々しく配色もカラフルで時計や洋傘などの現代的なモチーフも登場する、非常に新鮮なインパクトのある浮世絵だ。
この京都芸術大学にはその国周作品が実は千点以上もコレクションされているのだが、残念ながらその知名度は低い。

国周作品の面白さと存在を知ってもらうため、ニッポン画の提唱者である山本太郎先生が立役者となり学生と共に始めたのが、この『推し世絵〜ニッポン画×浮世絵プロジェクト』というわけだ。
この展覧会では複数の国周作品が展示されており、その中で一作品を「推し」として来場されたお客さんに投票してもらう「推し世絵総選挙」はこの展覧会の大目玉と言えるだろう。

なんでも国周が得意としていた役者絵というのは現代で言うところの「スターのブロマイド」や「推しを描いたファンアート」と近いものらしい。
そこで大学に眠っている数々の浮世絵を盛り立たせるために考案されたのが「推し世絵総選挙」なのである。

ニッポン画×浮世絵とは

「ニッポン画」とは山本太郎先生が提唱している、古典絵画と現代とが組み合わさった絵画のことだ。
こう聞くと堅苦しく難解な現代アートのようなものを想像してしまうかも知れないが、実際の「ニッポン画」はコミカルで新しく、ときには作品の中に皮肉のようなスパイスもあって、思わず笑ってしまうような洒落もある、一度見ると忘れられない強烈な作品だ。

「ニッポン画」は現代の京都の街並みにインスパイアを受けて生み出されたもので、神社・仏閣などの古い伝統とファストフード店やカラオケ店などの現代の建築物が入り混じる、伝統と俗物が共存するその街並みは、「ニッポン画」の中で「鶏を抱きかかえて微笑んでいるケンタッキーフライドチキンのカーネルサンダース」や「伝統的な松の絵の中の信号機」のように表現されている。

日本画の伝統的な技術を使って描かれている日本の現代の風景やモチーフは衝撃的で、いつのまにか西洋の技術に取り込まれている現代の日本への皮肉も感じられる。
その古いものと新しいものが交錯している様子は、江戸時代の伝統的な技術を守りつつ、近代の絵の具にモチーフで浮世絵に挑んだ豊原国周の作品と近しいものがあるかもしれない。

また、そんな国周作品に山本先生自身も強い衝撃を受け、今回の展覧会では国周作品で使われている三枚絵構図を、本来ならば偶数でしか構成されない屏風絵に奇数である三枚絵構図を取り入れて作品を作っている。
そこには、まさに「ニッポン画×浮世絵」の世界観が体現されていた。

浮世絵をどうやって「推す」?

浮世絵を「推す」と言っても、来場する観客の大半は浮世絵の専門的な知識が無いことも多いだろう。かくいう私もその一人だ。
だが、今回の展覧会には「浮世絵の堅苦しく古いイメージを打破し、見る人に身近に感じてほしい」という気持ちが込められていることもあって、その展示スタイルは斬新で惹きつけられるものがあった。
この展覧会の展示の見どころはキャプションだ。

展覧会でのキャプションといえば、作品名に制作者名、制作された年度や画材、時代や作品背景が事細かに書かれているものだが、今回の展示ではキャプションに「# ハッシュタグ」が使用され、まるでインスタグラムの投稿のようなキャッチーさで作品展示がされている。
このキャプションの文がまた秀逸で「# 菅原道真を大宰府に左遷させたアイツ」と時代背景を匂わせるものや「# 睨み」「# 空摺りで狐の毛並みを表現」など絵の見どころを簡潔にわかりやすく、そして面白おかしく紹介してくれる。

また芸術を学ぶ学生が数多く所属している京都芸術大学での展示ということも相まって、自身の作品制作に展示でのインスパイアを活かして次に繋げてほしいと、キャプションにはその浮世絵で使用されている色の組み合わせがわかりやすいよう、カラーチャートまで記載されている。

明治時代という新しい時代への移り変わりのなかで、海外から新しく輸入された絵具が国周作品にはふんだんに使われたということもあり、その色合いは瑞々しく、激しいビビットカラーなんかもあり新鮮だ。
現代から見ても新たな着想を得られるような作品の数々に影響を受けた学生も多いのではないのだろうか。

近づくほどに魅せられる

今回の展示会場を訪れて驚いたことは、ずいぶんと接近して作品を鑑賞することができるということだった。
美術館や博物館によくある仕切りのようなものは一切無く、狂言の装束や屏風絵に至っては作品そのものをそのまま展示している。

そして面白いことに、作品は近づけば近づくほど新しい発見をさせてくれるものなのだ。
例えば国周作品の浮世絵のいくつかには色が塗られていないのにも関わらず模様が見える部分がある。これは紙におうとつを付ける空摺という技法で、離れて鑑賞していればきっと気づけなかっただろう。他にも浮世絵のまつげや髪、髭が一本いっぽん描かれていることも。
それから特に驚いたのが一番後ろに展示されている大きな松の絵で、松の葉の緑色の部分が光に当たると細かくキラキラと光っていることがわかる。

これは絵の具に天然の岩絵具を使っているからなのだそうだ。岩絵具とは貴石を砕いて粉にし、解いて絵の具にしたもので、松の絵の緑色には孔雀石が使われているのだそうだ。
壁を一面に覆う大きな松の絵の前を歩くたび、キラキラと松の葉が光るのはまるで雨上がりのようにも見えて写真や映像では感じられない、肉眼で見ることでしか得られない魅力があった。
筆の細やかなタッチや絵の具の滲み、画面の凹凸にいたるまで、見逃すことなく作品の個性を味わい、堪能することができる。

また、今回の展示では「レイヤー構造」というものを使っているのだそうだ。

この展示会場では一番奥の壁に松の絵が展示されており、その前に「義経千本桜」に登場する狐忠信が描かれた屏風と京都の能楽師狂言方、茂山千之郎家の茂山童司さんが茂山千之丞へと襲名する際、襲名披露の舞台で使われた装束が展示されている。
つまり松の絵を背景とし、その前に役者を連想させる作品が二点並んでいるということなのだ。
歌舞伎や能、狂言の舞台では、「鏡板」と呼ばれる一番後ろの壁に松が描かれており、その前で役者たちは芸能を披露する。
つまりは「レイヤー構造」が使われているこの展示は、この展覧会の空間自体が能舞台の暗喩となっており、訪れた人々を日本伝統の舞台空間に巻き込んで体感させる、という試みがされているのだ。
この展覧会に訪れたときに感じる親近感や、日本伝統へ触れるハードルが低くなったように感じるカラクリはここからきているのかもしれない。

鑑賞されて、変わり続ける

今回の展示会場を訪れてはじめに目を奪われるものといえば、入り口に入ってすぐの床に寝かされている巨大な屏風絵作品だ。

この作品は画材などと一緒に描きかけのまま寝かされていて、今回の取材の立役者である山本太郎先生がたびたび訪れては、筆の向くままに少しずつ描き足していっている。
描かれている作品は豊原国周の三枚絵構図の作品を三枚絵構図のまま屏風絵にしたもので、三枚絵構図ということもあり、大胆に中心に役者の顔が大きく描かれており、描かれかけの役者は訪れる人々に「睨み」を効かせている。
ちなみにこの豊本国周の三枚絵構図の作品が山本先生の「推し世絵」なのだそうで、この「推し世絵」を描いている制作過程だからこそ見ることができる画材の数々も見どころだ。

山本先生がいらっしゃらないときも画材はそのままにしてあって、そこからは不思議な雰囲気を感じることができる。制作工房と作品展示の会場が一体となっている空間は独特ながら違和感がなく、さながら古いものと新しいものが混じり合うニッポン画や国周作品の世界観のようでもある。

江戸時代と明治、そして令和の作品が日本の伝統を通して繋がりあうことでひとつの空間が成立し、そこに日本独自の「推し」というカルチャーが入ることで伝統文化に対する新しい切り口が見えてくる。
空間そのものがニッポン画のような摩訶不思議な場所に足を踏み出すために必要なのは、日本伝統の知識ではなく「推しを見つけてみようかな」くらいの心持ちだけで案外充分なのかもしれない。

展示されているなかでも常に呼吸をするように変化し続ける、古いものから新しいものへの流れを、文字通り体現している展覧会であった。

 

インタビュアー。

中村朗⼦
京都芸術⼤学⽂芸表現学科2020年⼊学
エッセイを主に書く
余りにも⾚裸々にエッセイを書くため「それ以上深⼊りするな、エッセイにされるぞ」という⾔葉が友⼈から⾶び出す
その友⼈のこともエッセイにした
ファッションとコスメが好き。福岡出⾝のフェミニスト

 

京都芸術大学 Newsletter

京都芸術大学の教員が執筆するコラムと、クリエイター・研究者が選ぶ、世界を学ぶ最新トピックスを無料でお届けします。ご希望の方は、メールアドレスをご入力するだけで、来週水曜日より配信を開始します。以下よりお申し込みください。

お申し込みはこちらから

  • 京都芸術大学 広報課Office of Public Relations, Kyoto University of the Arts

    所在地: 京都芸術大学 瓜生山キャンパス
    連絡先: 075-791-9112
    E-mail: kouhou@office.kyoto-art.ac.jp

お気に入り登録しました

既に登録済みです。

お気に入り記事を削除します。
よろしいですか?