INTERVIEW2017.05.24

京都デザイン

迷いの中から決断していく行為の連続。-橋本和美(ロク 店主) ―おとなにきく。 #4

edited by
  • 石倉 史子
  • 片山 達貴
  • 米川実果

京都造形芸術大学情報デザイン学科1年生の石倉史子さんが、会いたい人に会いに行く企画「おとなにきく」。毎回多彩な人生の先輩を訪問し、彼女自身が抱く素朴な疑問を解決していきます。第4弾は京都で生活用品店「ロク」を営む橋本和美さんの元へ。いよいよ2年生になった石倉さん。モノとの関係の築き方や、モノを選ぶ上での考え方について、橋本さんにお話をお伺いしました。

 

 

当たり前にそばにあるもの

 

ふみこ:お店には、器や調理器具、文具などいろいろなものがありますね。ここに並んでいる商品は、どのように探しているんですか?

橋本:お店用に探すと無理をしてしまうので、始まりは、開店するとき家で普通に使っていたものと同じ商品を揃えました。使っていくと少しずつ腑に落ちていく感覚があるのですが、それが重なって傍にあることが当たり前になったときに、商品として店頭に加えても良いかなと。商品は私がよく知っているものしか置いていないんです。家にも同じものがあるんですよ。

ふみこ:普段の生活で同じものを使っているんですね!暮らしの中で良いと感じたものを置いているってことですか?

橋本:もっと身近な感覚で持っていて当たり前、というような......。例えば、家に親や兄弟がいるのって当たり前のことですよね。家族に対して「わあ、今日も居てくれてる!」 なんて、日常的に感じることはないはず。それと同じ、無意識の感覚なんです。だから、お店にいるときもすごく落ち着いていられるんです。

 

使い込まれた金属棚の上には、橋本さんが各地から買い付けた陶器や生活用品が並ぶ。

 

ふみこ:商品が置いてある棚や入れ物は、ビンテージ家具みたいですごく可愛いですね!これも、橋本さんが見つけてきたものなんですか?

橋本:ほとんどが、私の実家にあったものです。石倉さんみたいに、「これ、いいですね」って言ってくださる人がたくさんいらっしゃって、その言葉を聞くとすごく嬉しくなります。もし、新品の状態がそのモノのピークであったとしたら、モノを持つことって、どんどん悲しくなっていきますよね。でも、使っていくうちに錆が出たり傷がついたりして、それでも「いい風合いだ」と思えたら使い込むこと、長く持つことが楽しく感じられます。この棚を「いいですね」と言ってくれる人はきっとそういうふうに考える人たちで、私と価値観が似ているんだな、と思えてとても嬉しいんです。

ふみこ:確かに、このお店で売っているものって、使えば使うほど味が出てくるものがたくさんある気がします。私にはまだ、長く使おうと思えたものがあまりなくて......。

橋本:無理に長く使おうと思わなくていいと思いますよ。そうやって意識しちゃうと、強迫観念が出てくるので(笑)。自分との相性を考えて買う方がいいと思います。飽きちゃったり長く使わなかったとしても、そのときの自分にとって一番いい選択をした事実は残りますから。

 

買って満足しない買い物

 

お母さんにプレゼントを贈ることに決めた石倉さん。お母さんについての話をしながら、何を贈ろうか考えをめぐらせる。

 

ふみこ:橋本さんが、長く使うことや自分との相性を意識して買った最初のものって何だったんですか?

橋本:家具ですかね。20代の頃に、ダイニング用のテーブルと椅子、一人掛けの椅子を買いました。そのときは本当にこれが自分に合っているかなんてことはわからなかったです。値段もそこそこしましたから、十分によく考えて買いました。今ではそのときの決断に満足しています。「あのときの自分が、きちんと自分に合うものを選べていた」と、そのときの自分を好きになるような気持ちです。

ふみこ:これまで、自分の価値観でモノを選んで、使ってみたときに「あ、しっくりくるな」って満足したことってあるのかなあって考えてみたんですが、あんまりないなあと思いました。結構、買うことに満足しちゃってます。

橋本:お店では「足りていなかったり、使う想像ができる物を手に取ること」をお客さんにお勧めしているんです。所有することの満足度が一番高かったら、買ったときがピークになってしまうので。

ふみこ:それなりのお金を払って買うものだから、使うことに対する意識も変わるんですかね。私の実家は家具屋なんです。地元の小さな家具屋さん。お客さんも地元の方だったり、お得意さんのおじいちゃんおばあちゃんばかりで。昔は「どうしてチェーン店みたいに、流行りの可愛くて、安い家具を売らないんだろう」って思ってました。でも、友達の家に行ったときに、「これ、ふみこちゃんのとこの家具だよ」って教えてもらって実際に何年も使ってくれているのを見たり、使ううちに調子が悪くなってきたところをうちで修理して、何世代にもわたって使ってもらっているのを見る機会があって、それはとても嬉しいことなんだなって思いました。そうした買い物に似ている気がします。満足するというより、わくわくする買い物。なんだか、ドキドキします。私もそう思えるようになりたいです。

靴下が並ぶ棚で足を止める。「お母さんといえばしもやけ。しもやけがすごくなった次の日は、雪が降るんです」

 

橋本:お客さんには、できるだけ買い物に失敗してほしくないと思っています。だから、 商品のことを聞かれたときは長所も短所も全部話します。両方のことをきちんと知った上で、短所がより強く頭に残る人は買わない方がいいと思うんですよね。多分、買ったとしてもその人の生活に合わないから。一方で、その短所が自分にとって大したことではなかったり、長所のほうが大きく感じたりしたら、安心して買えると思うんです。

 

日常の決断と、人生の決断

 

石倉さんが選んだのは、奈良で作られたヘンプ(麻)入りの靴下。橋本さんは「『その人といえば』と考えるのはすごく良いですね。石倉さんがお母さんのことをよく知っていることの表れだと思います」と話す。

 

ふみこ:橋本さんがお店を始めようと思った最初のきっかけは何だったんですか?

橋本:一般的に接客って、モノの長所を伝えます。でも、長く付き合うことを思うと、当たり前ですが善し悪しの両方を理解しておかないといけません。私自身もたくさん経験があるのですが、扱い方を間違えたり、お手入れがわからなかったりすると、知らなかったがゆえにモノを無駄にしてしまうことがあります。モノの両側面を話せる状態であるためには、そのモノをずっと使っているという状況にいなければできないものだと思っていました。そして、その販売方法で仕事をしようと思うと自分の店を始める他なかったんです。

ふみこ:でも、すごい決断ですよね。勤めていた会社を辞めて、自営業を始めるなんて。

橋本:モノがすごく好きなので、私にはこれしかなかったんです。個人事業は失敗する可能性が大いにあるし、食いっぱぐれる可能性だってある。それでも、「納得して充実した仕事ができるかも」と考えたら、自営業とのリスクはさほど気にならなかったんです。

ふみこ:それぞれの選択肢の一般的な長所と短所を挙げてみて、短所が気にならない方を選ぶ......。橋本さんの買い物に対する考え方と一緒ですね。

橋本:決断をするときには両方の側面を見なくちゃいけないな、と思います。まだまだ短い人生ですけど、自分の選択肢に後悔はないです。もし失敗だったとしても、後悔ではなく次への糧になれば無駄ではないですし。でも、そう思うにはきちんと自分で判断したかどうかが大きいと思います。いろんな人に意見を聞いたとしても最後は自分自身で選ばなくちゃいけないということは、簡単ではないはずです。それでも、自分を知って相性の良いものを選べるようになっていくことは自分自身を知る行為でもあって、楽しみになりますよ。

最近、コーヒーに興味が湧いてきたという石倉さん。「将来『これ使ってよかった』とか『買ってよかった』と思えるものに出会いたいです」

 

ふみこ:最後には自分自身で選ぶ......。大学生にはすごく刺さる言葉です。人生もですけど、日用品って、小さな決断の連続なのかもしれないですね。大学生も、卒業に向けて大きな決断があります。そういう大きな決断をしっかり掴み取るために、普段の買い物での小さい決断にも意識をおいてみたいと思います。

 

橋本 和美 Kazumi Hashimoto

ロク 店主
福井県出身。
大学卒業後、会社員を経て京都で生活用品店「ロク」をオープン。
自身が実生活で使っている生活用品を販売する傍ら、各地の産地へ自ら買い付けに向かう。

ロク
京都府京都市左京区聖護院山王町18番地 メタボ岡崎101
http://www.rokunamono.com/

<文:米川実果 取材:石倉史子、片山達貴、米川実果 写真:片山達貴>

 

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  • 石倉 史子Fumiko Ishikura

    1997年島根県生まれ。京都造形芸術大学 情報デザイン学科情報デザインコース2016年度入学。高校時代からグラフィックデザインに興味があり、デザインを基礎から学んでいる。好きなアイドルグループは乃木坂46。

  • 片山 達貴Tatsuki Katayama

    1991年徳島県生まれ。京都造形芸術大学 美術工芸学科2014年度入学。写真を学ぶ。カメを飼ってる。

  • 米川実果Yonekawa Mika

    1996年滋賀県生まれ。京都造形芸術大学 情報デザイン学科2015年度入学。デザインが地方に対してできることに興味があり、京都を中心にイベントなどの企画に関わってきた。人生のお供はくるりと穂村弘。

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