京都造形芸術大学デザイン学科1回生の石倉史子が、会いたい人に会 いに行く企画「おとなにきく」。毎回多彩な人生の先輩を訪問し、彼女自身が抱 く素朴な疑問を解決していきます。第3回は多数の作品を発表し、表現者であ る志人さんの元へ。御山を案内していただきながら、自然と向き合い、言葉を 紡ぐ志人さんにお話を伺いました。
森と向き合う暮らし。
ふみこ : 志人さんはどのような生活を送っておられるんですか?
志人 : 冬の朝はまずストーブに薪を焼べる事から始まりますね。 その後は除 伐、間伐を任されている御山へ向かいます。日没前には山を下ります。山仕事は雨の日や雪の日はお休みなので晴耕雨読です。 詩の制作に行き詰まると、子供の手を引いてホダ場に行き、しいたけやなめこが出ているか見に行ったり、蕗の薹をはじめ山菜を一緒に穫りに行ったり。鉛筆を削ったり、鉈を研いだりしています。夜は子供達が寝静まった後は一人、土蔵に籠り、録音をしたり、物書きをしたり、樹木医学の勉強などをしています。此の地は松茸が有名な場所なのですが、近年ものすごいスピードで赤松が枯れていて、ナラ枯れ、松枯れが目立ちます。松茸山整備も行っているのですが、どんどん枯れていきます。 勿論松茸もあがらなくなってきています。土壌中の菌の研究や、赤松と周辺雑木の相関関係など、研究課題は無数にあります。蔵の中は、走り書きした裏紙が散乱していたりと、狂人の部屋の様になっている時もあります。他に、田んぼや庭の草刈もしますよ。先日も近所のおばあちゃんから「家のイ チョウの木を切ってもらえんか」という相談がありました。そうした地域の方々 の依頼に応えるのも大事な仕事のひとつです。
ふみこ : 地域の方からも頼りにされているんですね。ご自宅の内装もそうした伐採した木材を利用しているんですか?
志人 : 全部地元の木ですよ。ここでは無いものは買わないで自分で造るんです。 戦後に祖父母が長野県に自分たちの手で家を建てたんですよ。五右衛門風呂と 薪ストーブがある昔ながらの日本家屋です。小さい頃からそうした祖父母を見 ていたことで、不思議と今の暮らしに違和感はありません。とはいえ、今でこ そ京都の山間部で暮らしていますが、実は生まれも育ちも東京都新宿区。 都会で生まれ育ったんですよ。
ふみこ : ええ!現在とは対極の生活圏ですね。都会と田舎、両方で暮らしてみ
てどちらが「自分に合う」と感じますか?
志人 : 山間部に暮らしているから都市生活を拒絶しているわけではなくて、都 市と森、どちらも好きなんです。学べることはそれぞれ違い、それぞれの良さがあります。たくさん刺激を受けて学んでいくために も、両方大事にしていたいと思っています。極端な思想で「こうでなくてはい けない」と縛る必要はなく、いつでも「美味しそう」「嬉しそう」「楽しそう」 という純粋な興味や好奇心をなくしたくはないと思っています。ただ、暮らし の中で重きを置いているものがなにかと問われたら、「言葉」と答えます。山 での暮らしも、都市での暮らしも、全ては「言葉拾い」に繋がっているんです。
言葉拾い
志人 : 雨が強くなってきましたね。でも、今日の空模様ならもう少しでやむでしょう。少し木陰で待ちましょうか。
ふみこ : こういう時間に言葉を探しているんですか?詩を拾うというか。
志人 : 日々の生活の中で、ふと言葉が浮かぶことがありますよね。気になり出 したら止まらないような言葉です。その言葉を何十回何百回とぶつぶつ唱えて みるんです。そのうち、だんだんと「意味」ではなく「音」になってきて、言 葉の「粒子」のようなものがどこに行こうとしているか見えてくるんです。例 えば「雨」。雨が降って、葉っぱを伝って地面に落ちて、小さな水の流れができ て、やがて集まって川をつくっていく、それが海へ、というふうに。傍から見 れば何遍も言葉を唱えるなんておかしな行為かもしれないけど、もはや癖です ね。ひとつの言葉がどこに向かっていくのか、その言葉とどんな言葉が関わり を持とうとしているのか、数珠繋ぎのように言葉を探していくっていうのがと ても面白いことなんです。
ふみこ : 言葉拾いは志人さんのたくさんの「発見」そのもののように思えます。 そして見つけた言葉が他の言葉を導き出す呼び水になっているんですね。拾っ た言葉をつなぎあわせて志人さんの詩ができているんですか?
志人 : 何度も口ずさんでいるうちに、言葉にリズムが生まれたり、拍子が生ま れる瞬間があります。そうだな、例えば......「例えば」って言葉。その言葉に どんな言葉を結びつけていくかは人それぞれです。意味から連想する言葉でも いいし、音からでもかまいません。そこから派生する因果関係に思いを巡らせ ることでいろんな言葉が思いつくんです。一度やってみましょうか。「たとえば」 という言葉からここ(山の尾根)で何か言葉は思い浮かびませんか?
ふみこ : たとえば、たとえば、たとえば...うーん、なんだろう。
志人 : 「あおげば」とか。あおげば、となったら仰ぐのはなんだろう、って思っ たら「あおぞら」。それから、今そこに生えている「はこべら」。
ふみこ : うわあ!ごきょう、はこべら...あ!「かぞえた」!
志人 : 「かぞえた」、いいですね。「かぞえうた」でもいいな。その言葉にたどり つくまでに頭の中で何度も同じ言葉を唱えたでしょう?
ふみこ : はい、何度も。詩をつくるって、机と向きあってひねり出すものかと 思っていました。こんな日常生活から生まれるものなんですね。たしかに自然の中はいろんな言葉とひらめきに溢れていて、机に向かっているよりもよほど クリエイティブな環境なのかもしれません。
志人 : 山から得られるインスピレーションには終わりがありません。「これで終わり」と自分で決めることはできますが。
ふみこ : 今日山に登って、小さい頃を思い出しました。私は田舎育ちだったのでよく友達と獣道を探して遊んでいたんです。久しぶりに山道を歩きましたが、 全然思うように進めませんでした(笑)。でも、だんだんと昔の感覚を取り戻した気がします。足がかりになる木の根っこを見つけながら登っていく感じ、懐かしい。
志人 : 山の登り方と生き方、考え方は似ているかもしれませんね。「山に登ろう」 と決めて、整備されている道を行く人もいれば急な斜面をよじ登る人もいる。 木に登って木から木へ猿のように飛んでいく人もいるかもしれない(笑)。山の登り方や降り方にはルールなんてありません。最短距離を歩く人、安全性を優 先する人、誰も歩いたことのない道を探す人、さまざまです。今日は誰もが歩 きやすい安全な道を選びましたが、それだと見えてくるものや拾える言葉は、 誰もが見つけられるものに限定されてくるかもしれませんね。道の選び方には、 実にその人「らしさ」が現れるものなのかもしれませんね。
ふみこ : 私、なにも考えずに安全な道を歩こうとしているかもしれません。誰もが歩きやすい道を歩くことが良いことだと思い込んでしまっているのかも。 道の選び方は人それぞれだし、新しい道をつくり出すことも不可能じゃないは ず。私には私の道があるんだって思ったら、ちょっと気が楽になる気がします。
志人sibitt
詩人/作家/作詩家 独自の日本語表現の探求により-ことば-に秘められた全く新しい可能性を示す- ことばの職人-
京都国際舞台芸術祭 2016 では松本雄吉(維新派・演出)内橋和久(音楽・演 奏)『PORTAL』の舞台にて主演を担う。音楽表現のみならず舞台芸術、古典芸 能の分野でも活躍する国内外から注目を集める表現者。 2017年2月、子どもたちのための音楽博覧会「ほくさい音楽博」に講師として 参加予定。
<過去の主な共演者(順不同)>
スガダイロートリオ、谷川俊太郎、KID KOALA、DJ Q-BERT、DJ KRUSH、 こだま和文、DJ KENSEI、SHING02、DUBMASTER X、鈴木勲、詩人・長沢 哲夫、近藤等則(敬称略)他数々の表現者との共演を経験。
<近年の表現活動>
・演出家・俳優セミナー2014
『演劇大学 in 福岡』 会場:福岡市民会館 講師:志人
福岡文化芸術振興財団,日本演出者協会
・映像芸術祭"MOVING"2015プレイベント京都五條會舘
キネマ旬報シアター/宮永亮 + 志人出演
主催:MOVING実行委員会 共催:京都芸術センター 協力:みずのき美術館
助成:公益財団法人 花王芸術・科学財団 公益財団法人 三菱UFJ信託地域文化財 団
・十五夜ノ宴 古事変奏集団 語り/志人 会場:萬福寺(益田市東町) 平成27年度 文化庁 地域の核となる美術館・歴史博物館支援事業
・志人×浪曲師:日本浪曲協会副会長 佐藤貴美江(さとうきみえ)師匠 会場:渋谷 uplink
・sound tectonics 15 sound&lyrics 会場:YCAM 山口情報芸術センター
降神として出演
・KYOTO EXPERIMENT 京都国際舞台芸術祭 2016 SPRING
林慎一郎(脚本)×松本雄吉(維新派・演出)×志人(主演)×内橋和久(音楽・演奏) 『PORTAL』にて主演を担う
会場:ロームシアター京都サウスホール
主催:京都国際舞台芸術祭実行委員会(京都市、ロームシアター京都、公益財団法 人京都市音楽芸術文化振興財団、京都
芸術センター、公益財団法人京都市芸術文化協会、京都造形芸術大学 舞台芸術 研究センター)
・古事変奏ダンスプロジェクト2016 『三猿富士踊』:会場:武蔵野芸能劇場
語り部として参加
志人 facebookオフィシャルページ
<文:石倉史子、取材:米川実果、片山達貴、写真:瓜生通信編集部>
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石倉 史子Fumiko Ishikura
1997年島根県生まれ。京都造形芸術大学 情報デザイン学科情報デザインコース2016年度入学。高校時代からグラフィックデザインに興味があり、デザインを基礎から学んでいる。好きなアイドルグループは乃木坂46。
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片山 達貴Tatsuki Katayama
1991年徳島県生まれ。京都造形芸術大学 美術工芸学科2014年度入学。写真を学ぶ。カメを飼ってる。
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米川実果Yonekawa Mika
1996年滋賀県生まれ。京都造形芸術大学 情報デザイン学科2015年度入学。デザインが地方に対してできることに興味があり、京都を中心にイベントなどの企画に関わってきた。人生のお供はくるりと穂村弘。
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溝邊 尚紀Naoki Mizobe
1994年福岡県生まれ。京都造形芸術大学 情報デザイン学科2013年度入学、同学科2016年度卒業。瓜生通信チーフデザイナー。主に舞台演劇や展覧会、地域振興のグラフィック・エディトリアルを中心にデザインの活動を行っている。クライアントワークに加え、原理的なデザイン技法に基づいた作品を制作する。