INTERVIEW2016.08.28

京都アート教育

晩ごはんを一緒に食べるのなんて、日本人だけだよ。 −植島啓司(宗教人類学者) [おとなにきく。 #1 ]

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  • 片山 達貴
  • 石倉 史子
  • 加藤 菜月
  • 中川 希乃
  • 溝邊 尚紀

京都造形芸術大学 情報デザイン学科1年生の石倉史子さんが、今気になる人、会ってみたい人に会いに行く「おとなにきく」。毎回多彩な人生の先輩を訪問し、素朴な疑問を投げかけます。第1回は宗教人類学者 植島啓司さんの元へ。2016年4月、京都造形芸術大学に入学し、生まれ育った島根県、そして家族と離れ一人暮らしをし始めた石倉さん。植島さんに「家族」について尋ねました。

 

 

出雲大社からエチオピア。石倉さんが探る植島啓司。

 

ふみこ:私、島根県出身なんです。植島先生は出雲大社について長く調査されているんですよね。きっかけはなんですか?

植島:お、島根出身ですか。かれこれもう、2~30年間は調査しています。きっかけはその構造に興味があったんです。出雲大社は本殿の上座が参拝者ではなく西を向いています。一般的には拝む人の方を向いているのが自然ですが、そっぽを向いちゃってるわけです。不思議でしょう?
以前、出雲大社の普段は入れない中の方まで入れる機会がありました。一番奥まで見に行ったら、本当に上座が西を向いていた。ちょうど海の方向です。おそらく神様は海から来たんでしょうね。出雲大社の祭神であるオオクニヌシは、海の神様だから。

ふみこ: オオクニヌシが鮫の上を飛んだ白うさぎを助けるっていう神話ありますよね。なんだっけな、「因幡の白うさぎ」だ! あと、私の地元の神話には黄泉比良坂があります。家が黄泉比良坂から本当に近いんです。遊びにいけるくらいの距離。

植島:黄泉比良坂にはどういう物語があるか知ってる?

ふみこ:イザナギっていう男の神様とイザナギっていう女の神様がいて、このふたりの神様がいろんな神様を生み出すんだけど、火の神様を産んだ時にイザナミが死んでしまう。どうしてもイザナミが恋しいイザナギが、死んだ人が行く黄泉の国に行って、イザナミの言葉を無視してイザナミの姿を見てしまうんです。イザナミの体はすごいありさま。「こんな姿みて欲しくなかった!」と怒ったイザナミが追いかけてくるので、イザナギは大きな石で黄泉の国の入り口をふさいでしまうって話です。

植島:すばらしい、その通りです。でも、日本書紀で別の記述があるのは知ってる? イザナミとイザナギが黄泉比良坂を出たところで菊理媛神(くくりひめのみこと)という白山信仰に関わる女性の神様が出てくるんです。彼女が仲裁に入ることでそれまで大げんかしていたイザナギとイザナミが、けんかをやめるというストーリー。でも、日本書紀の中には菊理媛神が「なにか」をいったとしか書かれていない。そこでいったいなにを言ったか興味をそそられるよね。僕は、その菊理媛神の一言をテーマに本を書きたくてしょうがないんだよね。

ふみこ:そんな話もあったんですね。なんて言ったんだろう……。わたしなら「子供たちがかわいそうですよ!」っていうんじゃないかな(笑) 。でも島根だけでもすごくたくさんの神話がありますよね。漫画も何冊も出てますし! 神話のなかでお気に入りの神様はいますか?

神話について説明する石倉さん。黄泉比良坂については小学校の頃から教えられていたそう

植島:僕なら「ここはまあまあ落ち着いて」って普通になだめるけどね(笑)。お気に入りの神様はあまり考えたことないなあ。でも、スサノオが好きかな。とても神様らしい神様だと思うんです。雷で人をやっつけたりする。そういう威勢の良い神様って、だいたいどこの神話でも主人公なんですよ。ローマ神話のマルスもそうですね。僕はマルスをはじめとするヨーロッパの神話から勉強していったんです。日本の神話についてはずっと後になってから研究をはじめました。本格的に研究しだしたのは、1990 年くらいからかな。でも日本の仕事を依頼を受けてやり始めたら、やっぱり面白いんですよね。海外に行く日本の研究者は、みんな日本に戻ってくるんですよ。

ふみこ:たくさんの国を調査されてきたんですよね。

植島先生:100カ国くらいは行ったかなあ。数え切れないくらいです。次に行きたいのは南極かな。南極観測船が出るウシュアイアまでは行ったんだけどね。アルゼンチンの南の果てがすぐ南極とつながるんですよ。そこまでは行ったことあります。なんせ寒いんで(笑)。 ちなみに、一番のお気に入りの国はエチオピアですね。エチオピアは、アフリカの中で唯一植民地にならなかった国。だから、独自の文化を持っているんです。面白いんですよ。そして、エチオピアだけがアフリカの中で、イスラム教じゃなくてキリスト教です。しかも、位置的にもエジプトの少し南側でいろんな文化の通り道なんです。でも、料理は一番まずかったですね(笑)。まずいけど大好き。

ふみこ:たくさんの国を訪問した経験から、自分の教え子に伝えたいことはありますか?

京都の書店 恵文社前にて。「圧倒的な品揃えの良さだと思う。ここの本棚の並びは、プロフェッショナル中のプロフェッショナルですね。」と話す植島さん

植島:空間って、ただの無じゃなくてアンジュレーション(うねり)があるんです。例えばゴルフでパットを打つと地形の影響で曲がったりするでしょ? 空間にもそういうものがあるんです。さっきの話しの出雲大社もそうですけどね。神聖な場所へ行くと調子が良くなったり、はたまた行くと病気になるような場所があったりするんですよ。僕の授業では、そういう場所へ積極的に連れて行ってます。今年も新入生は伊勢に連れて行きましたね。それと、京都と奈良の境の木津川にも行きました。あとは、僕自身もいろいろと作品をつくったりしていて、それを学生に見せたりもしてますね。

ふみこ:あっ、≪ハグマシーン≫の写真を友達から見せてもらいました。友達がかわいいよ!って見せてくれたんです。植島さん、笑顔でハグしてました!

 

ハグマシーン

植島:あはは(笑)。あれは、分厚い木の枠組みがあって、そこから手だけ出してハグするっていうものです。体はまったく触らないんだけど、手だけがお互い触れ合ってる。真ん中についている聴診器から相手の心音が聞こえて、僕の心音も相手に聞こえるようになってる。相手がドキドキしてるのが感じられるようになってるんです。あと≪水の神センサー≫というのもつくりましたね。部屋にセンサーを仕込んでおいて、入ると部屋中が青い水の中になってしまうっていうものですね。あとは、部屋中がモンスターに覆われるという作品もつくった。たくさんつくってるね。そういうのは宗教人類学とあんまり関係なく、やりたいからやってる感じです。

 

「結婚という制度には矛盾がある」植島さんが提案する、これからの家族。

 

ふみこ:植島さんとお話をする前に、友達に自分の家族の変だと思うところについて質問してみたんです。その中に、最近両親が忙しくなって晩御飯の時間がみんな合わないから、家族ひとりひとりが食べた晩御飯を写真に撮ってLINEでシェアするっていう人がいました(笑)。その友達は、離れててもみんなの状況がわかるから良いって言ってました。植島さんは家族そろって晩御飯を食べていましたか?

植島:それ「今」っぽいかもね。とても良いと思います。ただ、世界的に見れば晩御飯を一緒に食べるのは日本人だけだったりするんだよね。他のアジア圏でも家族団らんなんてしていない。お母さんなんて台所の隅っこでちょこちょこっと食べて終わり。強いて言うならお祭りのときだけで。僕も家族で一緒にご飯は食べないな。ほとんど旅してるか、一人で食べてるか、麻雀しながらカレーライス食べてるか。そんな感じだから(笑)。

ふみこ:私の家族は、できるだけ一緒に食べることにしています。でも高校で塾に通いはじめて、私ひとりで食べていたこともあります。私の家族では、晩御飯って家族を支える柱みたいな感じがするので、少しさみしい気持ちもありました。

植島先生:高校生や大学生になったら、みんなあまり家に帰ってこないようになるしね。でも、台湾では全員外食することがむしろ自然だったりもする。家でつくるよりも安いお金で食べられるからね。だからといって、家族の絆が薄いことはないと思うな。食事には期待しないで、もっと素直に愛を表現し合ってるんじゃないですか。
ところで、ぼくは人生で恋愛よりも大切なことないと思っています。人を愛することは、動物として生きていく上でなにより大切なことです。例えば女性は恋愛をしているといつまでも綺麗ですよね。僕が大学に入った頃には、みんなすぐカップルになっていましたよ。男の子が30人、女の子が10人くらいで女の子が少なかったんでね。必ずそのうちの10組はカップルになってたなあ。
就職や恋愛、人生でいちばん大切なことは大学生である18歳から20歳の間に起こるじゃない。それはとても重要な問題だよね。人生で大切なことのすべてがそこで起こる。

インタビューを終え、お互い相手にプレゼントしたい本を選ぶ
写真家の本を探す植島さん、自分の興味のある分野から手当たり次第に探す石倉さん

 

ふみこ:そういえば、うちの大学では意外とカップル見ないですね。男子が少ないからかな。じゃあ、もっとアクティブにならないといけませんね(笑)。でも確かに、恋愛している人って髪型を変えてみたり、お化粧したり、オシャレに気を遣ったりどんどん綺麗になっていく気がします。友達の恋話をとか聞いてると、外見だけじゃなくって内面まで可愛くなっている感じします。恋愛ほど相手のことを考えることって他にないかも。結婚にも憧れます。でも最近、離婚のニュースが多いですよね。なんか嫌だなあって思っちゃいます。

植島:その歳でそんなこと考えるの(笑)? まあねえ。今離婚率がものすごく増えてて、3 組に1人が離婚しているんですよ。もしかするとそれは、結婚制度自体が悪いのかもしれない。制度が悪いと犯罪を犯さざるをえないというか。例えば不倫とかね。好ましいことではないけれど、人生では必ずしも一番好きな人が最初に出会う人とは限らないから。今は制度云々って言ってそれを批判するわけにはいけないけれど。まぁいろいろ矛盾が出てきてる。フランスでは結婚する人なんて10%か20%くらいじゃない?

イラストレーターの作品集や絵本、エッセイ集などのコーナーをめぐる石倉さん。「植島さんに、インタビューしていくなかで感じたことを、本というかたちで表現してプレゼントしたい」

 

ふみこ:みんな結婚しないんですか? それとも同棲とか。

植島:同棲というより事実婚のような形だね。ヨーロッパでは結婚制度は殆ど崩壊しているんです。「PACS*1」っていう事実婚みたいな制度があって。お互いが好きで一緒に暮らし始めたら、結婚と同じよう優遇されるようになっています。そうなるとわざわざ結婚しない。みんな子供も産んで育ててるしね。僕は、日本もそうなった方が良いと思う。結婚という制度がなくたって、好きな者同士で生活はできるんじゃないかってこと。結婚って単なる歯止めだから。本当に愛し合ってれば、結婚という形式にこだわらなくても、生涯一緒に暮らし続けることができる。だけど、ちょっとカッときて勢いで別れてしまうこともあることを考えると、それを防ぐためには結婚制度が必要なのかもしれないですね。

ふみこ:その結婚の形もありかも。外国に比べて日本はあまり自由じゃないですね。

植島:そうかもしれない。婚姻届を役所に出してっていうのも実は日本だけだしね。結婚という制度そのものがもう変わってきてるのかも。例えば、晩御飯によって絆が保たれてるんだと考えるのは、そもそも幻想なのかもしれない。でも良い幻想なのかもしれないですけどね。でも僕はもっと重要なこともあると思います。家族って、夫と妻が最小単位という考え方と、母と子どもが最小単位という考え方があるんですよ。母と子供、血で繋がってることが最小単位で家族が成立すると、母方がすごい強くなる。でもどっちかっていうと、母と子どもじゃないですかね。一番強い結びつきは。どんなに愛し合っていても、子どもができたら子どもが最優先になりますから、お母さんは。

お互いに選んだ本を紹介するふたり。植島氏は、IMAのライアンマッギンレー特集号を。石倉さんは、さまざまなおめんが入ったワークボックスをプレゼントした

ふみこ:最初につくられるのが夫婦なのに、後からできた母子の関係の方が強い結びつきだなんて、お父さんが切ないですね(笑)。私も、一人暮らしをし始めて困ったときに電話するのはいつもお母さんですもん。そう考えるとこれからの日本の家族のありかたもヨーロッパのように変わっていくのかもしれませんね。

植島:「PACS」も、日本だと今はまだ同じシステムというのはないけど、似た傾向には進むと思います。面白い話があって。ドイツの政党の選挙でね、ある一人の女性議員が立ったんです。その人が公約で、結婚7年制っていうのを提案*2したの。結婚は7年たったら、必然的に別れるっていう制度。僕はとても良いと思いましたね。7年で必ず別れるんだけど、別れないときは延長すればいいわけですよ。夫婦がお互い「次の7年間延長したい」って言いあえるのは、喜びですよね。別れることが当たり前になると、別れないことは喜びになるわけでしょ。今の日本の常識だと、別れないのが当たり前だから離婚はすごい不益になるでしょ。だから彼女の公約は、考え方としてはいいなと思いましたね。

ふみこ:じゃあ「おじいちゃんまで一緒にいようね」とかじゃないってことですね。「いれたらいいね」みたいな。今日いろいろお話をうかがって、「家族とはこうだ」って考え方は、もう古いように思えてきました。自然じゃないというか。そうじゃなくて、ひとりひとり考え方がちがうように、いろんな形の家族があっていいんですね。それって、夫婦関係だったり恋人関係もそうだし、友人との関係にもあてはまるんじゃないかなと思います!

 

 

 


*1 民事連帯契約の通称。1999年にフランスの民法改正により認められることになった。異性あるいは同性のカップルが、婚姻より規則が緩く同棲よりも法的権利などをより享受できる、新しい家族組織を国家として容認する制度。欧州各国に広まりつつある。

*2 ドイツの政治家ガブリエレ・パウリ氏が、2007年、キリスト教社会同盟(CSU)の党首選に立候補した際の公約。婚姻期間を7年間と定め、期間満了後は夫婦の合意で延長され、そうでない場合は自動的に関係が消滅するというもの。

 

植島啓司 Keiji Ueshima

京都造形芸術大学 空間演出デザイン学科・学科長 教授
東京大学文学部卒業。東大大学院人文科学研究科(宗教学専攻)博士課程修了。シカゴ大学大学院留学。ニュースクール・フォー・ソーシャルリサーチ客員教授、関西大学教授、人間総合科学大学教授など歴任。1980年から『男が女になる病気』(朝日出版社)『分裂病者のダンスパーティ』『ディスコミュニケーション』(リブロポート)など領域横断的な研究に取り組むとともに、日本および世界の聖地の研究を続ける。1990年から91年までNHK『35歳』キャスター、NHK-BS「少女神クマリとの出会い」『素晴らしき地球の旅』、『私の聖地』(荒川修作氏と共演)、『世界わが心の旅』など多数の海外取材番組に出演する。近著に『処女神』(集英社、2014年)がある。

 

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    1991年徳島県生まれ。京都造形芸術大学 美術工芸学科2014年度入学。写真を学ぶ。カメを飼ってる。

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    1997年島根県生まれ。京都造形芸術大学 情報デザイン学科情報デザインコース2016年度入学。高校時代からグラフィックデザインに興味があり、デザインを基礎から学んでいる。好きなアイドルグループは乃木坂46。

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    1995年大阪府生まれ。京都造形芸術 情報デザイン学科2013年度入学、同学科2016年度卒業。グラフィックデザイン全般を学ぶ。好きなこと・ものは映画鑑賞、愛犬。

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    1994年福岡県生まれ。京都造形芸術大学 情報デザイン学科2013年度入学、同学科2016年度卒業。瓜生通信チーフデザイナー。主に舞台演劇や展覧会、地域振興のグラフィック・エディトリアルを中心にデザインの活動を行っている。クライアントワークに加え、原理的なデザイン技法に基づいた作品を制作する。

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