
1 変なゲーム
ここ数年、「変なゲーム」が増えている
というと、迷作駄作といった、いわゆるクソゲーと揶揄されるかもしれないが、ここで述べる変なゲームとは、独自性の高いインターフェースや体験デザインなど、ポジティブな意味合いでの変を指している。
そして「普通のゲーム」とは、例えば敵を倒すとか謎解きをするといった、昔ながらの一般市場に流通する娯楽ゲームであると仮定する。
本稿では、芸術大学でゲームを研究する立場から、従来のゲーム観を揺さぶる”変なゲーム”や、それを取り巻く教育・展示の実践を紹介する。
京都芸術大学キャラクターデザイン学科の私のゼミでは、「最初にストーリーとキャラクターを考えるのは禁止」と伝えており、学生たちが面食らうところから授業がスタートする。学科名称の通り、キャラクターをデザインしたくて入学してきたのだから当然の反応であろう。
ゲームキャラクターとは、我々ゲームプレイヤーと画面内に映し出される仮想身体、そしてそのインタラクションの中に介在する概念であると定義している。つまり、ゲーム内に表示される登場人物のキャラクタービジュアルを指すわけではない。
授業の中では、まず学生の研究計画書を読んだうえで、体験デザインの面白さに対してOKを出したものから順次ビジュアルデザインについて検討するよう指導している。
遊びが人を夢中にさせるメカニズムを理解し、それがどんな触り心地で、何のメタファーで、どんな風に面白くて、最終的にそれがどんな体験を提供する装置なのかを考えるために、社会的なテーマに向き合う形で研究計画書を作成する。その基盤ができ、意義ある研究だと判断したものから順番に制作に入る。そんなちゃぶ台返しがゼミの中で繰り広げられていく。
徹夜で仕上げてきたものであろうと、面白くないものはダメなので、何度でもちゃぶ台をひっくり返す。その視点でゲームを追求していくと、使い古された技術に対して現代の価値観を作家の主張として盛り込むという流れが自然と出来上がる。
これは、ゲームの神様こと元任天堂開発部長であった横井軍平氏(1941-1997)の哲学「枯れた技術の水平思考」に基づくものである。
私自身、過去にコンシューマーゲームの開発を行ってきた中で、一般的に売れるゲームとされる王道路線の娯楽商品開発に多く関わってきた。そこではヒットの法則に則って販売戦略を含めて企画開発を行う。ところが、京都で毎年夏に開催されるBitSummit(世界最大級のインディーゲームの祭典)に出品されている世界各国の独自性・新規性に溢れた野心的な「変なゲーム」たちとの衝撃の出会いから、「これだ!」と考えを一新。
何に対してどんな風に触れると新しい体験になるのか。面白さを追求することは人間を追求することであると考え、ゼミの方針も改めた。

2023年にキャラクターデザイン学科ブログで紹介した学生作品『あっぷあっぷ!!(https://www.kyoto-art.ac.jp/production/?p=169029)』が、問いかけの遊びとしてのコンセプトがとても興味深かった。
遊び方は、70年代後半から80年代前半にかけて流行った『ウォーターゲーム』を想像していただくと分かりやすいだろう。水槽の中にポンプが仕込まれており、外から圧力を加えると水流が発生してプラスチックの輪が水中を舞う。そしてその輪を特定の場所に入れるというシンプルなものが多かった。
そんなウォーターゲームに着想を得て、2023年度のartbit展に向けて制作された『あっぷあっぷ!!』は、普通のゲームではなく現代アートとしての問いかけが遊びと鑑賞を通して体感できる作品になっている。
artbit展とは、簡単に言うと現代アートの中のゲーム性とインディーゲームの芸術性の共通点に着目した展示イベントだ。ゲームそのものが面白いというよりも、遊びとしての新しいあり方を模索するようなものとなっている。
『あっぷあっぷ!!』の制作は、この年のartbit展のテーマである「夏の夜の夢」になぞらえ、夜空の星にどのような夢を託すかという話し合いから企画がスタートした。そして出てきた物語設定が「絶滅寸前の人類が火星へ移住する」というストーリーとなり、ウォーターゲームとして、地球にある宇宙船を水圧で動かし、火星に到着すればOKというシンプルなルールとなった。
仕掛けはこうだ。盤面上に太陽系の惑星が設置されており、ここに予め磁石を埋め込んでおく。そこへ磁石の埋め込まれた宇宙船を打ち上げて遊ぶのである。ここで宇宙船が火星にくっつけば人類が移住できたことを表し、太陽や金星といったその他の星に到着すると、それは失敗、つまり死を表すこととなる。ただし宇宙船は水流によって打ち上げられるので、水の抵抗も加わってなかなか思うようにはいかない。
この作品の面白いところはゲーム性だけではない。磁石で星に付いた宇宙船はそのまま残り、次のプレイヤーはまた新しい宇宙船を打ち上げることになる。つまり、前のプレイヤーがどの星に到着したのかが残っているため、時間が経てば経つほど宇宙船の数が増え、太陽に着地した宇宙船や、見事火星に到着して生き延びた宇宙船の姿を目の当たりにすることができるのである。プレイヤーにとってはゲームの成功と失敗が問われるが、ギャラリーにはその様子をみて何を思うのかという問いかけがそこに生じ、鑑賞者の数だけ物語が広がっていく。
2 変なコントローラー
BitSummit(毎年7月に京都のみやこめっせで開催される世界最大級のインディーゲームの祭典)の名物企画として「変なコントローラー」を扱ったブースがある。
「make.ctrl.Japan(https://makectrl.jp/#link_about)」という企画で、通常のゲーム用コントローラーではなく、光センサーや加速度センサー、人感センサーなどを駆使して、ボタン入力以外の動作を検知してゲームに没入させるという新しい体験を生み出すものである。
その操作性の目新しさ、発想の面白さ、そして何より体験のバカバカしさを含め毎年大勢の人気を集めている。
ゲームの進化とはつまりインターフェースの歴史と進化に比例する。ジョイスティックやジョグダイヤルといった操作にはじまり、パソコンのキーボードを使うゲームが登場し、やがて任天堂のファミリーコンピュータでおなじみの「十字ボタン」のコントローラーが誕生。今ではタッチパネル操作やNintendo SwitchのJoy-Conのようなジャイロセンサーを用いたものが登場した。この操作の違いが新たな体験を生み出し、それが多くのゲームソフトを生み出すことにつながっていった。
2023年11月12日、京都を拠点にゲームを研究する機関である本学及び立命館大学、京都精華大学の教員に呼びかけを行い、三大学合同でのワークショップを開催した。ここでのお題は「変なコントローラーを考える」というものだった。

make.ctrl.Japanのクリエーターとして活動する宮澤卓宏氏と中野亘氏を招聘し、彼らが制作してきた作品の実演を通して、そのメカニズムや発想の仕方についての講義を行った。(https://www.kyoto-art.ac.jp/production/?p=156658)
そして様々なセンサーを搭載した「M5Go」というマイコンモジュールをPCに接続し、電子工作としての新たなゲーム開発の基盤づくりを行うための実習を行った。これまでモニターの中でしかゲームに触れてこなかった学生たちはこの慣れない作業に苦戦していたが、うまく接続することができたチームは歓喜の声を上げていた。「普通のゲーム」から逸脱してこれまでにない手触りのものや、使い古されたものを組み合わせることで全く新しい(と思われる)体験を生み出す第一歩としての手応えを掴んだ瞬間だった。
三大学合同のワークショップが好評であったため、2024年2月18日には第二弾企画としてAIゲームのワークショップを実施した。

この日はゲストに株式会社モリカトロン(https://morikatron.com/)代表取締役の森川幸人氏を招聘し、同社で開発されたAIゲーム『Red Ram』の試遊とAIゲームの未来についてのディスカッションを行った。(https://www.kyoto-art.ac.jp/production/?p=175139)
このゲームは、凶器と被害者の設定を入力するだけでAIがストーリーを構築し、登場するキャラクターも舞台設定も全て画像を生成して実際にプレイ可能なマーダーミステリーのゲームとして出力していくというもの。プレイヤーとなる学生たちは、わざと難しい設定を与え、これに対してAIがどんな仕掛けを生み出すのか、そしてその謎を自分たちが解くことができるのかといった、人間とAIの禅問答とでもいうべき新感覚の遊びに夢中になっていた。
芸術大学の学生にとってAIは未だに否定的な見方をされる場面が多いが、このワークショップではAIとの共存や体験デザインとしての新しい発想法について言及していたため、ポジティブに視野を広げることができていたように感じる。
3 現代アートとの融合
ここまでゲーム研究に関するいくつかの事例を紹介してきたが、近年、artbit展から派生した新たな動きが注目を集めている。
2024年に、渋谷サクラステージに遊び場と題したスペース「404not found」が新設され、インディーゲームクリエーターによる作品発表や交流の場、さらにはゲームや現代アートに関するシンポジウムなど、多彩なイベントが開催されている。
この流れをさらに発展させる形で、BitSummitのスピンオフ企画であるartbit展から「ars〇bit(アーソビット)」が誕生した。(https://www.404shibuya.tokyo/event/arsobit_vol_01/)

文化庁の文化芸術活動基盤強化基金の採択を受け、アートとゲームという異なる領域を横断しながら作家を支援・育成し、新たなアートの形を社会に発信していくプロジェクトである。
2025年3月16日には、その第一弾企画として「アート×ゲームの新時代-<遊び>と<芸術>の根源をめぐって」が開催された。現代アートの作家や研究者、教育者、キュレーター、ゲームクリエーターが一堂に会し、メディアやジャンルの垣根を越えて新たな表現の可能性について熱く議論が交わされた。ゲームはアートであり現代アートはゲームであると確信できる濃密なシンポジウムとなった。更にテクノロジーの進化が加わることで、表現の幅はこれまで以上に拡張されていく。
ここで注目すべきは、「遊び」という行為そのものが現代アートの新たな価値を生み出している点である。従来の「ゲーム」という枠組みを超え、インタラクティブな要素や鑑賞者・プレイヤーへの問いかけを通じて、作品は単なる娯楽や鑑賞物ではなく、共創的な体験へと変容している。つまり作家だけでなく、ゲームプレイヤーや参加者もまたアーティストであると再定義できるだろう。
アートと遊びが交差するこの現場から、未来の表現文化が生まれつつある。今後、現代アートと遊びの融合は、私たちの創造性やコミュニケーションのあり方に新たな可能性をもたらすに違いない。
4 これからの遊びの可能性
近年、ゲーム教育を行う教育機関でも、遊びやゲームに対する意識の変化が顕著に現れ始めている。
キャラクター商品としてのゲームソフトが依然として根強い人気を誇る一方で、「インタラクティブである」というゲーム本来の最大の強みと魅力に着目し、遊びの原点に立ち返ったデバイス作りから始める学生が増えてきた。
こうした流れに対応するため、授業としてゲームエンジンの習得を行うだけでなく、電子工作やアナログゲームとの融合や、make.ctrl.Japanの変なコントローラーのような新しい手触りを追求し、人間の本能を刺激する多様なコンテンツ作りを学べる環境が整いつつある。
2023年度に発足した学生向けゲーム学会「EGG(https://eekanji-gg.com/)」での作品展示や研究発表も、従来のゲーム発表会のそれとは大きく様変わりした。
EGGとは、学生の活動支援及びクリエーター同士のコミュニティ形成の場を提供し、プロ・アマを問わずにゲームや遊びに関連する研究成果を発表する交流の場を指す。2023年度は京都コンピュータ学院、2024年度は立命館大学にて開催され、年々その規模を拡張しつつある。

近年はゲームシステムそのものの面白さよりも、インターフェースや体験の新規性を追求する作品が大半を占め、本学からEGGに出品したゲーム作品もすべて特殊デバイスを用いた実験的なものとなっていた。
かつてはゲーム会社への就職を目指してゲームゼミに入る学生が多かったが、ここ数年でゲーミフィケーションやシリアスゲームの価値が広く認識され始め、ゲームがもたらす能動性や創造性を、ゲーム産業以外のあらゆる領域へ応用しようとする動きが加速している。
ゲームは、人と人との対話やコミュニケーションの道具として、今後ますます進化するだろう。人が存在する限り遊びの可能性は無限であり、これからの遊びがどのような新しい価値や体験を生み出していくのか、期待は尽きない。
(文=村上 聡)
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村上 聡MURAKAMI, Satoshi
株式会社スクウェア(現スクウェア・エニックス)で、ゲームデザイナーとして「FINAL FANTASY」シリーズやその他のコンシューマゲームの開発に携わり、その後はフリーランスでのゲームデザイン、脚本執筆、アニメーション制作、PV制作等を行う。
現在はゲーミフィケーションやシリアスゲームの研究を行い、「京都を面白くする」を主軸に、関西でのゲーム系カリキュラムを持つ教育機関と連携した合同プロジェクトを実施している。