INTERVIEW2025.05.13

「学べる」という開放感 — 通信教育課程 山下重人さんインタビュー

edited by
  • 上村 裕香

ページ上部の写真 山下重人さんに卒業証書を届けた芸術教養学科 早川克美教員

 

京都芸術大学では2025年3月、京都・瓜生山キャンパスにて通信教育課程の学位授与式・卒業式が執り行われました。
本記事では、この春に卒業されたばかりの通信教育課程の卒業生・山下重人さんにお話をうかがいました。山下さんは3歳で進行性筋ジストロフィーと診断され、7歳で画家を志し、絵画の個展を開いたり、詩文や音楽を発表したりと精力的に活動されています。2021年4月、本学の通信教育課程に1年次入学され、2025年3月に最短の4年で卒業されました。
(本記事は、文書で質問にご回答いただいたものを再編集して構成しています。)

 

インタビューにご協力いただいた、山下重人さん

 

「同期」と呼ばれて

芸術教養学科の学友たちからの寄せ書き

 

山下さんは幼少期から芸術に関心を持ち、精力的に活動されてきました。40代後半というタイミングで通信教育課程に入学しようと思ったのは「自宅から一歩も出ずに学べる」という仕組みが魅力だったからだそう。

山下さん「京都芸術大学通信教育課程の芸術教養学科は、完全オンラインで学習を完結できます。私は日常的に24時間、介助を必要としており、ペンを持つにもミリ単位の調整が必要です。レポートの提出や教材の取り寄せまでパソコン上で完結できれば、人の手を借りずに継続して学習に集中できます。筋ジストロフィーで50歳前後という自分の年齢や、現在人工呼吸器を装着している状況を考え、入学したときから必ず最短4年で卒業したいと思っていました」

山下さんが卒業された芸術教養学科では、基礎的な芸術の知識から、デザインの考え方、伝統文化、芸術史まで、様々な分野を幅広く学びます。

山下さんが特に印象に残っている授業は、紫牟田伸子先生の編集の授業だといいます。「すべてのものや理(ことわり)は編集によってできている」という言葉に出会い、編集を「人に何かを提供するための知恵」として捉えるようになりました。単に書物をまとめるだけでなく、生活や社会において人が暮らしやすいように工夫することも編集であるという気づきは、卒業研究の土台にもなったそうです。

 

 

山下さんは在学中、学科のオンラインイベントにも積極的に参加し、学友とチャットで交流を重ねてきました。「声が出せないため、イベントではコメントを代読してもらう必要があり、初対面の方に代読をお願いしても大丈夫だろうかと不安でした」と山下さん。しかし、学友に前向きに受け入れられ、不自由なくディスカッションに参加できたといいます。

 

 

山下さん「学友から『山下さんと同期で嬉しい』と言われたことが一番嬉しかったです。私は小学4年生までは普通学校に通っていましたが、それ以降は特別支援学校で学び、同級生たちはみんな二十歳前後で天国へ旅立ってしまいました。ですから、大学で学友に『同期』と呼んでもらえたことは、私にとって特別で忘れられない出来事でした。長年心の奥にしまっていた想いが報われたように感じましたし、オンライン越しとはいえ学びをともにする仲間ができたことが本当に嬉しかったですね」

 

「制限」があるからこその表現

 

山下さんの大学のレポート執筆や絵画・詩の制作はパソコン上で完結しているといいます。制作風景の動画を見せていただきました。市販のペンタブレットをマウス代わりに使い、文字入力には「仮名表(かな文字パレット)」を利用して、一文字ずつ選んで入力しています。

 

——山下さんにとって、絵画や詩といった表現はどんな意味を持っていますか?

山下さん「私の身体には、一般の人よりも特別な『制限』があります。でもその制限を除けば、私もみなさんと変わらず、同じように共感を得ることができる人間だと思っています。ここで言う『特別』というのは『希少』という意味です。見えている世界の違いを埋めて共感を得るためには自分自身を表現し、発信し続けるしかありません。それは、私が特別に人の手を借りなければ明日を生きることができない存在だからです。周囲の人たちに恩返しをするためにも、絵と詩は欠かせない大切な役割を担っています」

また、25年続けているカレンダー制作を通じて、創作は単に自分を表現するためだけのものではないと強く感じるようになったといいます。大学での学びによって、他者への共感や社会とのつながりを重視する創作姿勢がよりたしかなものになったそう。

そうした創作姿勢の変化もあり、芸術教養学科の卒業論文では、1970年に創刊され地域住民の健康増進と福祉向上を目的に、地域で活動する保健師を対象とした情報を発信する専門誌『地域保健』について、デザインの視点から考察しました。

 

——「卒業研究」のレポートを執筆するにあたって『地域保健』について考えを巡らせたことは、作品制作に影響を与えましたか?

山下さん「『共感が生まれ、それが原動力につながっていくプロセス』には、創作においても地域保健においても共通点があると感じました。創作と保健活動は一見異なる領域に思えますが、人の痛みに寄り添い希望へと紡ぐプロセスという点では通じるものがあるということを、卒業研究で深く認識しました」

 

卒業証書を手にして

 

卒業時には、通信教育課程の早川克美先生から自宅で卒業証書を受け取られた山下さん。こちらがそのときの様子です。そのときのお気持ちを伺うと「実は、卒業は一人静かに噛みしめて終えようと思っていたんです」と意外な言葉が。自分だけ特別扱いされてもいいのだろうかと葛藤しつつも、実際に早川先生と対面すると、喜びの気持ちが溢れてきたといいます。

 

山下さん「早川先生にお会いしたときには『山下さんのような環境でこれほど積極的に学ばれた方は本学には他にいなかった』と言っていただき、驚きました。この大学の通信教育課程の整った学びのシステムや環境は、これまでの様々な事情を抱えた学生への支援を積み重ねてきた結果によるものだと思っていたからです。今回、私の卒業が本学の方々の励みにもなっていると知って、本当に嬉しく思いました。無事に卒業させていただき、ここまで良くしていただいて……新しい母校へ感謝の気持ちで胸がいっぱいです」

 

——本学での学びを継続するため、励みになったことを教えてください。

山下さん「特別な励ましや支えよりも、『学べる』という開放感こそが私の原動力でした。子どもの頃から芸術が大好きで、いつか専門的に学びたいと願っていましたが、当時は社会の状況的にその希望が叶うことはありませんでした。私はその悔しさをずっと心の奥にしまいこんで生きてきたんです。『学べる』という事実そのものがなににも代え難い喜びで、その喜びがあるから履修のハードルがいくら高くても乗り越えられました」

 

——これから取り組みたい活動や今後の目標は?

山下さん「大学で様々なオンラインイベントや講座に参加し、『コミュニティの大切さ』を実感することができました。この経験は、今後自分の創作分野でもしっかりアンテナを張って活かしていきたいです。限られた状況であることに変わりはありませんが、詩と絵の両方を組み合わせた表現活動を模索し、『自分にしかできない表現とは何か』を追求し続けたいと思います。4年間の学びを通じて生まれたアイデアを形にし、作品を世の中に届けていきたいです」

 

——通信教育課程で学ぶことに興味を持つ人や、瓜生通信を読む方へ向けて、メッセージをお願いします。

山下さん「私は小学生で特別支援学校へ転校し自分の病の現実を知り、美大を目指すことを諦めました。人の手を借りなければ明日も生きられない、そんな私でもこの京都芸術大学で学び、幸せを感じ充実した学生生活を過ごし、それを卒業という形で証明できました。これは広い視野で見れば、みなさんが生活の困難を抱えたとしても『学ぶ機会はすでに用意されている』ことを意味するのではないでしょうか。未来の『かつての私』のような人たちがこの環境に出会えることを心から願っていますし、その希望を次の世代に託したいと思っています。自分が学び、表現することで生まれた共感の輪が、これからも少しずつ広がっていくことを信じています。ありがとうございました」

山下さんの本学での歩みをうかがい、困難を力に変え、自らの思いを表現することで他者とつながる大切さを教えていただきました。通信教育課程での学びは、距離や年齢を越えて「学友」になれる場所。山下さんのことばや表現から生まれた共感の輪が、新たに学びをはじめようとする次の世代のだれかの心にも、そっと灯りますように。

通信教育課程での学びに興味を持たれた方は、京都芸術大学通信教育課程のWEBサイトも併せてご覧ください。

 

 

京都芸術大学 Newsletter

京都芸術大学の教員が執筆するコラムと、クリエイター・研究者が選ぶ、世界を学ぶ最新トピックスを無料でお届けします。ご希望の方は、メールアドレスをご入力するだけで、来週水曜日より配信を開始します。以下よりお申し込みください。

お申し込みはこちらから

  • 上村 裕香Yuuka Kamimura

    2000年佐賀県生まれ。京都芸術大学 文芸表現学科卒業。2024年 京都芸術大学大学院入学。

お気に入り登録しました

既に登録済みです。

お気に入り記事を削除します。
よろしいですか?