京都・山城地域、新田辺の駅から車で5分ほどの住宅街の一角にひっそりとたたずむ「studio 雲」。京都の食材、生産者のこだわりのつまったお米で結ばれた日本のソウルフード「おむすび」を楽しむことができる予約制レストランです。
「studio 雲」を営むのは、京都造形芸術大学(現・京都芸術大学)彫刻コース卒業生の水口拓也さん。以前、出張専門のおむすび店「山角や」として、「卒業生のいるお店」でご紹介しました。
●2017年に水口さんを取材した「卒業生のいるお店」ページ
http://sotsu-omise.kyoto-art.ac.jp/eat/10/
「山角や」としてご紹介してからおよそ9年の時を経て、京田辺に店舗を構えるスタジオへと営業形態が大きく変わった「studio 雲」。今回は、むすび手である水口さんと、京都造形芸術大学日本画コース卒業生で彼を日々支える妻の玲子さんに、おむすびのコースをいただきながら、お話をうかがいました。
出張専門の「山角や」に加え、新拠点「studio 雲」の挑戦へ



取材当日、この日はあいにくの雨模様でしたが、「studio 雲」の窓からは木々がのぞき、静かで心地よい空間が広がります。
築60年の古民家を、日本的思想をベースに、職人さんとともに改修。「おむすび屋」としての用途にこだわらず、妻の玲子さんが手がけるセラピーのスタジオとしても使用するなど、どんな姿にでも変化できるのがその魅力です。
営業形態の変化、それに伴う新たな拠点づくりについて、庭で収穫された梅と大原の赤紫蘇の自家製ジュースをいただきながら、じっくりとお聞きしました。

以前は東京にお住まいだった水口さん。全国各地へ出張することの魅力は、その土地、そこで生きる人、そこに根付く食材との出会いにあったといいます。出張スタイルでの営業を通して、さまざまな状況に対応しながらおむすびのクオリティを保ち、パフォーマンスを行うことに徹してきた一方で、逆に、一つ一つのことを掘り下げ、探求もしていきたいという思いが、強くなっていったのだそうです。
そんな水口さんが京都山城に拠点を置くことを決めたのは、小学生になるお子さんの学びの場を考えてのことでした。
拠点を構えたことで、時間をかけて土地の魅力を肌で感じ、地域の食材や生産者の暮らし、こだわりをより深く知ることができるように。全国を巡る「山角や」の機動力に、地域に根差して活動する「studio 雲」という新たな軸が加わったことで、水口さんの表現の幅はさらに広がりました。
京都市内から少し離れた京都山城ならではの視点と、おむすびを食べながら交わす水口さんとの会話も、「studio 雲」の魅力のひとつです。
「芸術」と「生活」のバランス
水口さんは日々、グラフィックデザインの仕事をしながら「studio 雲」を営んでいます。「好き」を追求したおむすびと、クライアントからのニーズに寄り添い伴走する仕事。その双方で力を発揮している水口さんですが、大学卒業当時は、「芸術でどうやって生計をたてるのか」という現実の厳しさに直面したのだそうです。そんなとき、立ち返り見つめ直したのが自身の「日常生活」でした。表現や仕事、日々の行動の根底にある暮らしそのものに焦点を当てることで、直面した壁を乗り越え、現在のスタイルへ辿り着いたといいます。
おむすびの仕事だけでも、デザインの仕事だけでも、今の暮らしは成り立たないと水口さんは語ります。芸術と生活を隣り合わせで考えたとき、お金は切っても切り離せない軸となります。好きなことを続けるための経済的な支えとしてのデザインの仕事は、現在の安定した生活の基盤を作っています。
「得意」を生かしたデザインの仕事で暮らしの軸を保ち、おむすびという「好き」を追求しながら、暮らしに沿って店をブラッシュアップしていく。その傍らで家族との穏やかな生活を守る。「得意」「好き」そして「生活」を良いバランスで両立できているからこそ、そのすべてを楽しめているのだそうです。
「こういうことがやりたい」と絶対的で大きな目的を掲げるのではなく、迷いながら、探りながら形作られてきたのが「studio 雲」。水口さんのこれまでの経験とこだわりが詰まった、特別な体験ができる空間です。
「その日来た人」に合わせたコース料理
メニューを一定に定めるのではなく、訪れた人に合わせて料理を考えるスタイルの「studio 雲」。おむすびの器も、それぞれの人のイメージに合わせて水口さんがセレクトします。味だけではない、細部へのこだわりが光るおむすびのコース。この日いただいたコースをご紹介します。



・水口さんが育てた人参など京都の野菜のお漬物
・玄米と胡麻 同じ生産者が育てた自然栽培の玄米と胡麻を使用したおむすび。玄米のもっちりと歯ごたえと、胡麻の香ばしさが際立ちます。
・白おくらと赤おくら 伏見で育った白おくらと、生の赤おくらのおかか和えをあしらった一品。つやつやの白米との相性が抜群です。
・自家製しば漬け 大原の赤紫蘇を使用。塩のみで乳酸発酵させており、赤紫蘇の香りと程よい酸味が口直しにぴったりです。
・鮭と薬味の混ぜご飯 鮭、赤紫蘇、茗荷、胡麻を合わせた混ぜご飯のおむすび。鮭の塩味、茗荷の清涼感が絶妙な味わいです。
・古しば漬けとチーズ 1年間熟成させた自家製しば漬けの酸味と、イタリアのチーズによる乳酸発酵のコンビネーション。塩漬けした酢橘(すだち)の程よい塩味と爽やかな香りがアクセントを添えます。
・うずらの卵とローズマリー うずらの卵の焼き目の香ばしさ、ローズマリーの豊かな香りが口いっぱいに広がります。
・焼きおむすび茶漬け いりこと昆布の香り豊かな出汁の餡と、添えられたつるむらさきの夏らしい香りが広がる、締めにぴったりのほっとする一品です。






ペアリングでいただいた日本酒は千葉県の寺田本家が醸す発芽玄米酒「むすひ」と「香取」。
瓶に詰めてから時間の経過とともに二次発酵が進む、生きている日本酒「むすひ」は鮭のおむすびとともに。同じ酒蔵で作られた「香取」は、酒蔵がある地名が由来の日本酒。同じ作り手の日本酒でありながら、まったく毛色の異なる豊かな香りが楽しめます。
馴染み深い食材でも、組み合わせによって、新たなおいしさに変化する。どこか懐かしい料理「おむすび」のまだ見ぬ可能性に出会うことができる、新鮮な体験になりました。
一品ごとに味覚、嗅覚、視覚で堪能できるのはもちろんのこと、食材の生産地、生産者のこだわりなど、水口さんご夫婦のお話から食の裏側を知ることができるのも、大きな魅力です。食という文化をもう一度しっかりと見つめ直す、貴重でゆったりとした時間を過ごすことができます。
「おにぎり」ではなく「おむすび」
毎年、11月23日、勤労感謝の日に伊勢神宮をはじめとする全国の神社で執り行われる新嘗祭(にいなめさい)では、その年の新米が神前に奉納されます。五穀豊穣に感謝する新嘗祭のように、日本では古来から、「お米」との深い関わりを持つ暮らしが伝統として受け継がれてきました。

日本の食の軸ともいえる「お米」を扱う水口さんは、同じ材料、同じ調理法であって「おにぎり」ではなく「おむすび」という名称を使います。水口さんが「おむすび」にこだわるのは、「結ぶ」という言葉の持つ「縁」や「出会い」の意味が、「山角や」時代から「studio 雲」に至るまでの活動理念と深い関わりを持っているからです。
予約制レストランだからこそ大切にしたい「縁」。
料理名へのこだわりからも、水口さんのお仕事への真摯な姿勢が伝わってきます。
「studio 雲」のこれから
グルメサイトへの掲載もなく、看板すら存在しない「studio 雲」。紹介でつながり、訪れる客と店主という関係性を超えた、「その先にある景色」を一緒に作りたいーー。そんな水口さんの願いが、この空間には込められています。
水口さんの新たな展望は、オーベルジュとしての展開です。京都山城地域をはじめとする京都の食材を活かしたおむすびの提供や、ゆったりとした空間での宿泊を通じ、この土地の魅力を最大限に伝えることを目指しているのだそうです。
「おむすび」がつなぐ、食や土地、そして人との縁。訪れた人が日々の暮らしへと意識を向け、新たな可能性と出会える空間、それが「studio 雲」です。人と人との繋がりや、食への感謝から生みだされるエネルギーを糧に、これからの「studio 雲」もまた、しなやかに進化を続けていくのでしょう。
水口さんは、2026年10月31日(土)に開催される本学ホームカミングデーにも出店されます!
美食とともに新たな縁を結んでみてはいかがでしょうか。
(文=愛知はな、撮影=Oto Hanada)
【お店について | information】
studio 雲
営業時間 要相談(完全予約制)
お問合せ:https://kumo.kyoto/contact
【卒業生の紹介 | introduce】
水口 拓也 (みずぐち たくや)
1980年京都府生まれ。京都造形芸術大学彫刻コース卒業。卒業後は沖縄の大学院に進学し、その後東京のグラフィックデザイン会社に就職。プロデューサーとしてカタログ、Web、パンフレット、パッケージデザイン、イベント企画などを手がける傍ら、2012年から出張専門でオーダーメイドのおむすび屋「山角や」をスタート。2025年からは京田辺市で予約制レストラン「stuidio 雲」を営む。
京都芸術大学 Newsletter
京都芸術大学の教員が執筆するコラムと、クリエイター・研究者が選ぶ、世界を学ぶ最新トピックスを無料でお届けします。ご希望の方は、メールアドレスをご入力するだけで、来週水曜日より配信を開始します。以下よりお申し込みください。
-
愛知 はなAichi Hana
2000年岐阜県生まれ。2025年度、京都芸術大学文芸表現学科卒業。