INTERVIEW2025.10.27

京都

卒業生のいるお店 — 京都市左京区・保存食lab / フォー屋さん(美術工芸学科卒業生・増本奈穂さんインタビュー)

edited by
  • 上村 裕香

全国各地で活躍する京都芸術大学の卒業生たち。旅先でふらっと立ち寄ったお店で「このお店のオーナーさん、もしかして京都芸術大学の卒業生?」なんて偶然の出会いもあるかもしれません。

この連載では、卒業生が営むお店を、卒業生へのインタビューを通してご紹介します。お店をはじめたきっかけや、学生時代の学び、今後の展望についての質問を通して、卒業生の想いやこだわりを深く掘り下げます。きっとそこには、本学で培った感性や学びが、いまもなお息づいているはず。気になるお店があれば、ぜひ実際に訪れて、新たな発見とあたたかな繋がりを体験してみてください!

保存食lab(京都府京都市)
増本奈穂さん
保存食lab / フォー屋さん 店主
2004年 京都芸術大学 美術工芸学科卒業

日常の困りごとを解決するためのアイデアが商品に

京都市左京区・出町柳。本学からも自転車で行ける距離にある、京阪・出町柳駅から徒歩5分ほどの住宅街に「保存食lab」のアトリエ兼直売所はあります。
店内には、瓶や袋に詰められた大小様々な保存食が並んでいます。店の中央には食卓のような大きなテーブルとキッチン。ほっと落ち着く雰囲気と、研究室の中に迷い込んだようなワクワク感がある店内です。
保存食labでは、京都の北部に位置する京丹後の自家菜園で大切に育てた野菜や果実を、厳選した調味料やスパイスと合わせ、ひとつひとつ手作業で作っています。それぞれの家庭の味を壊さず、ひと匙加えることでお皿の上で調味する“もう一つの美味しい”を提案し、日々実験と研究を繰り返しています。今回は、保存食labの店主で、本学美術工芸学科の卒業生でもある増本奈穂さんにお話をうかがいました。

——大学では美術工芸学科で陶芸を専攻されていたそうですが、大学卒業後はなぜ飲食業界に?

増本さん:実は大学時代からケータリングの活動をしていて、卒業後、事業として本格化させました。友人の展覧会のオープニングパーティーに料理を持っていったのがはじまりですね。陶芸コースで器を制作する中で、作った器に料理を乗せたり、料理を並べるテーブルクロスを作ったりといった、空間をデザインすることに興味を持ちはじめました。卒業制作は、カニをあしらった器のシリーズを制作して、卒業制作展ではその器を使ったパーティ空間のインスタレーションを行い映像で発表しました。

——在学中から、食事をする空間をデザインすることに興味があったんですね。ケータリング事業を続けながら、「保存食lab」をはじめたきっかけは?

増本さん:結婚して子どもが生まれたことがひとつの転機でした。子どもが小さいときは、子どもの味覚に合わせないといけないので、辛いものやアジアっぽい味のものが食卓に出せなくなるんですよね。なんだかぼんやりした味のものしか食べられなくなった時期があって、自分の料理だけを「味変」できるなにかがほしいなと思ったんです。お皿の上で調味できるものを考えたのがきっかけです。そのときに作った瓶詰めの柚子胡椒を友人にあげたら「これすごく美味しいよ、フリーマーケットで売りなよ!」と勧めてくれて、実際にフリーマーケットで何種類か売ってみたらとても好評でした。同じ年頃の子どもがいるお母さんにすごく買ってもらえて、「同じ思いをしている人が多いんだな」と感じました。

その後、2016年に保存食labとしての活動を本格化させました。実家のある京丹後の畑で育った野菜を使い、余剰野菜(生産段階や家庭で消費しきれずに残ってしまった野菜)を廃棄することなく美味しく食べられる保存食として販売しています。味の濃い調味料ではなく、「その家庭の味に寄り添う」調味料を目指していると増本さんは話します。


本当に美味しいものを提供するために

増本さんが新たな展開として2023年に開いたのが京都市・北大路にある「Palmela(パルメラ)」という店舗。2024年9月から2025年3月までは週3日の昼限定で「フォー屋さん」の営業をしていました。2025年4月からは「保存食lab」の直売所でフォーを提供しています。
季節の野菜をたっぷり使った、色鮮やかなフォーは大人気で、1日に30人以上のお客さんが来店するほどだといいます。澄んだスープにあっさりとした米麺を使ったベーシックなフォーや、ネギと生姜、青山椒などをベースにした緑色のスープを使うフォーなど、季節に合わせて色々なバリエーションのフォーを提供しています。

——「フォー屋さん」を開いたのには、どんなきっかけがあったんですか?

増本さん:もともと、フォーが個人的にすごく好きだったんです。年齢的にもうどんやパンなどの小麦食品は食べると重たく感じるようになってきたのですが、米粉でできたフォーはあっさり軽やかで食べやすいと感じるようになってきて。また、現地の方がやっているフォーのお店ほど、化学調味料を多く使っているイメージがありました。本当に自分が美味しいと思うフォーを作って、提供したいなと思ったのがきっかけです。

——出町柳という土地で直売所を開くことの良さや、この地域のお客さんの特徴を教えてください。

増本さん:学生時代から左京区に住んでいて、情報への感度が似たような方が住んでいる、懐深い地域という印象があります。お客さんはいい意味で「オタクっぽい」というか、研究者気質、職人気質な方が多いですね。このお店も少しわかりにくい場所にあるので、たまたま見つけて立ち寄る人より、ここを目当てに来てくれるお客さんが多く、何度も繰り返し来てくださっている常連さんもいらっしゃいます。

——現在、保存食labの商品は直売店と、関東圏のお店で販売されていますが、インターネット販売をしていない理由はなんですか?

増本さん:いまはすごく便利な時代ですよね。インターネット上に商品のきれいな写真が並んでいて、スクロールして指先ひとつで買える。そういう消費活動の中で購入してもらっても、多分1回買ったら飽きてしまうと思うんです。逆に、手に入らないものほどその商品がほしくなるっていう心理もありますよね。気になるけど買えない、どうやったら買えるんだろう? そういう状況のほうが、お客さんは商品のことが気になるし、飽きないし、また新しいものを作ったら、また買いに行きたいなって思ってもらえるんじゃないかなと思っています。


季節の野菜の美味しさを瓶に閉じ込めて

現在は、「フォー屋さん」の営業日に保存食labの直売店もオープンし、フォーを注文せず、保存食labの商品だけを買うこともできるようにしています。フォーを食べるときの卓上には、保存食labの自家製調味料が4種類ほど並び、お客さんが自由に「味変」できる工夫も。もちろん、気に入った調味料は購入してご家庭で楽しんでいただくこともできます。
華やかな柑橘の香りを思わせる山椒香油や、パクチーの根から抽出した旨みと香りが特徴の自家製ラー油、青唐辛子を使った味噌やナンプラー漬け、スイートチリソースなど、その季節に採れる野菜の美味しさを活かして、調味料を日々製造、販売しています。

——商品を新しく開発するとき、大切にしていることはなんですか?

増本さん:わたしは、保存食は「美味しい時間を止めてあげる」ものだと思っているんです。保存食と発酵は同じように思われることが多いですが、実際はちがいます。発酵は菌の力を使って時間を進ませることで美味しくしている。でも、わたしが作る保存食は、塩や砂糖、酢の力を借りて、その食材の「美味しい時間を止めてあげる」イメージで、美味しい時間を保存するものだと思って作っています。

——お店の将来の夢や目標はありますか?

増本さん:わからないです(笑) 「フォー屋さん」もいつかやりたいとは思っていましたが、こんなにすぐにできるとは思っていなかったので。きっかけがあってはじめたら、ありがたいことにたくさんの方に来ていただけて驚きました。やりたいことはこれからもどんどん変わっていくと思います。

——これまでの経験を活かしながら、また新しい挑戦をされるんですね。学生時代の経験がいまの仕事に活かされていると感じることはありますか?

増本さん:美意識ですね。美意識がないとやっていられないと思います。料理ができる人が世の中にたくさんいる中で、わたしが勝負するには、テーブルの上の美意識や演出がとても重要なんです。例えば、ケータリングでは毎回その会のコンセプトやテーマを聞いて、メニューを考えます。アーティストの方にケータリングを提供するなら、その方の膨大な作品を見て、提供する相手の情報を収集し、要素を自分なりに読み解いて料理を作るんです。それは学生時代から「コンセプトに対してどう向き合うか」を考えて作品を制作してきた経験が生かされていると思います。「やるからには極めたい」という職人気質なところがあって、その原点はやっぱり大学時代ですね。大学時代は自由に、ひとつのことに向き合える時間をもらえたので、それは本当にありがたかったなと思います。

——ホームカミングデーではどのような料理をご提供いただけるのでしょうか? また、参加する卒業生へのメッセージがあれば教えてください。

増本さん:ホームカミングデーでは、小さいサイズのフォーと、いつもケータリングで出しているようなフィンガーフードを提供します。いまも陶芸コースの同窓生とは連絡を取っていて、お店に来てくれる友人もいます。ホームカミングデーに来てくれるかはわかりませんが、会えたらいいなと思います。

毎年11月頃に開催されるホームカミングデーでは、昨年度に引き続き、今年度も全国各地で活躍する卒業生がホームカミング懇親会(立食パーティ形式)でお料理を提供してくれます。ぜひ、ほかの「卒業生のいるお店」についてもチェックしてみてください!

 

【お店について | information】
保存食lab / フォー屋さん
〒606-8301
京都市左京区吉田泉殿町68-24
営業時間:11時半〜14時半
定休日:原則、金・土・日・月曜日。毎月のオープン日は公式SNSで随時お知らせしています。
SNS:https://www.instagram.com/hozonshokulab/
HP:https://hozonshokulab.xyz


【卒業生の紹介 | introduce】
増本奈穂(ますもと なほ)
京都府京丹後市出身。京都芸術大学美術工芸学科陶芸コース卒業。
卒業後、ケータリング事業を開始。2016年から「保存食lab」を本格的にはじめ、京都市左京区にある出町柳のアトリエを拠点に活動。京丹後の自家菜園で育てた素材を用い、瓶詰めの保存食を製造・販売する。2023年には左京区・北大路に「Palmela(パルメラ)」を開業し、現在は「フォー屋さん」の運営も行っている。

 

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  • 上村 裕香Yuuka Kamimura

    2000年佐賀県生まれ。京都芸術大学 文芸表現学科卒業。2024年 京都芸術大学大学院入学。

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