『平家物語』を切り口に京の街と人を知る。― アニメーション監督・山田尚子さん:卒業生からのメッセージ
- 京都芸術大学 広報課
一大ブームとなったTVアニメシリーズ『けいおん!』や、第40回日本アカデミー賞優秀アニメーション作品賞を受賞した映画『聲の形』を手がけたアニメーション監督、山田尚子さんへのインタビューをお届けします。京都造形芸術大学(現・京都芸術大学)美術工芸学科洋画コースを卒業した後、アニメ制作会社「京都アニメーション」に就職し、数々のヒット作を手がけた山田さん。2022年1月12日からは、フジテレビ「+Ultra」ほかにて放送がスタートした『平家物語』で監督を務め、古典文学の名作が初めてTVアニメ化されるとあって話題を集めています。京都で育ち、学び、また、京都が舞台となった作品も数多く手がける山田さんに、『平家物語』制作のエピソードや、クリエイションで大切にしていることを語っていただきました。
古典のマスターピースに、気軽にふれてもらいたい
『平家物語』といえば、800年もの時を超えて琵琶法師により語り継がれ、後世の文学や演劇に大きな影響を与えた、日本を代表する古典文学。「祇園精舎の鐘の声……」の有名な書き出しを学生時代に暗記したという方も多いのではないでしょうか。物語の主役は、平安時代末期の平家一門。権力・武力・財力あらゆる面で栄華を極めようとしていた平家の一族は、貴族社会から武家社会へ転換する時代に翻弄され、やがて“滅亡”への道を進んでいきます。
激動の15年を描いた軍記物語のマスターピースは、これまでにも伝統芸能や演劇、マンガなど、さまざまな手法で表現されてきましたが、TVアニメ化は今回が初めて。山田さんへのインタビューでは最初に、この壮大な『平家物語』を監督するにあたって、どのような想いをもったのかを聞いてみました。
「古典文学は、何かきっかけがないとなかなか手を出せないジャンルですよね」と、気さくに話してくださった山田さん。
「私自身も今回、『平家物語』に携わることが決まる前から古典になじみがあったわけではなくて、小学生の頃に『百人一首』が好きだったなぁ、というぐらいでした。近づいていくには何となく足が重たい、というようなイメージを古典文学に対してもっていたので、アニメ化にあたっては、『平家物語』が誰にでも“ひょいっとさわれる”存在になったら良いなと考えました。
ただ、ひょいっと気軽に近づけるようにしたくても、学生時代に『祇園精舎の鐘の声……』と暗記した時に感じた、“古典は難しい”というような固定観念がどうしても自分の中にあったんですね。
そんな中、今回の底本である古川日出男さんの現代語訳(『池澤夏樹=個人編集 日本文学全集09 平家物語』/河出書房新社刊)は衝撃的で、読ませていただいた時、これは文章でありながら、音でもあると感じたんです。
先日、古川さんと対談する機会があったのですが、その時のお話でも、『読んでもらったら、そこが琵琶法師のライブ会場になるというのは意識しました』と古川さんがおっしゃっていて。無数の琵琶法師の大セッションが物語の中で繰り広げられて、読み進めるうちにその音の響きやうねりに巻き込まれていくようで、本当に驚きました。古川さんの現代語訳でふれた『平家物語』の世界は、言葉というもの自体が音色を奏でているかのようで、物語に込められた意味を言葉で理解するというより、感覚的に伝わってきた感じで。この経験は、アニメにしていく上での一つのヒントになりました。」。
800年前を生きた人の「人となり」を想像する
古典にある種のハードルを感じる視聴者を、物語の世界へ引き込むために特に工夫されたことや、苦心されたことを伺うと、
「大切にしたのは、“登場人物の人となりを探りたい”という気持ちでした。物語に登場する人物は平清盛や後白河法皇のように、歴史の授業で一度は聞いたことがある有名な人から、名前も知らなかった人物まで、いろんな人がいました。歴史的事実よりも、その時代を生きていた人の想いや考え方、美学に寄り添ってみたいと思いました。 『この人ならこういう時、どう立ち回るのかな』『こんな時なら、どう感じるのかな』といった感じで。時代考証の専門家にもチームに入っていただいて、当時の思想や立ち振る舞いについていろいろとお話しを伺いました。なんだかんだ言ってもやっぱり、どのキャラクターも一人の“人”。時代は違えど、根っこにある人間らしさは自分たちと変わらなかったりして、まるで遠い別世界のお話のようだと思っていたものが、とても身近に思えるようになりました」。
京都に生まれ、京都で学んだ山田さん。『平家物語』の制作では慣れ親しんだ京都でも数多くのロケハン(下見)を行ったそうです。その時のエピソードを伺うと、
「京都に住む方なら“あるある”の話だと思うんですが、歴史的に有名な場所って、観光客などでいつでも人が多いイメージで、機会がないとなかなか行かなかったりします。たとえば清水五条や嵐山も今回のロケハンで行きましたが、いつもなら人の多さに近づくのをやめていたような場所でしたので、実は初めて訪れたところも何か所かありました。いままで知らなかったのがもったいないくらい、興味深いところがたくさんありました。
アニメ制作においてのロケハンは、作品世界を考えるために大切な作業です。登場人物たちがどういうところにいたのかを確認したり、スケール感をつかんだり、建築物の場合は構造や素材を確認したりもします」。
「ただ、平安時代当時のものって、いまではほとんど現存しないんですね。当時の建物はほとんどが木材で、さまざまな理由から火の手があがると、すぐに燃えて焼失してしまう。それこそ、天皇が住んでいた『内裏(だいり)』があった場所も、平安時代は現在の京都御所よりもっと西の、千本通沿いだったそうなんですが、幾度となく火災で焼失して、同じ場所では再建されなかったそうです。
逆に、当時からそれほど変わっていないはずなのは、京都盆地を囲む山々。街の風景は戦乱や天災で何度も焼失してしまいますが、山のある風景そのものは大きく変わってない。そう思うと、平安時代から変わらない京都の“尺度”は、京都盆地という地形から感じられるようでした。きっと『平家物語』に登場する昔の人も、いまの私たちと同じように、山の近さを感じていたんだろうな、と。
そうやって『平家物語』を切り口に、これまで当たり前にすごしていた京都の街が、まったく違う印象をもって見えてくる経験はとても楽しかったですね。それほど歴史を深く知らない私にとって漠然とした存在だった史跡や社寺も、それぞれに意味があるとわかると、一気に楽しめるものに変わる、というか。平家一門の息がかかった場所も京都にはたくさんありますし、京の街をより深く知るきっかけにもなりました」。
いまは、作ることで前向きになれる時代
ここからは、これからアニメーション業界を目指す学生や若手に向けて、在学中や就職時のエピソードを振り返ってお話しいただきました。
京都造形芸術大学(現・京都芸術大学)美術工芸学科洋画コースで学び、卒業後は、質の高い作品づくりで定評のあるアニメーション制作会社「京都アニメーション」に就職した山田さん。
「子どもの頃からアニメが好きで、作品の模写をしたりしてすごしていました。アニメーションという技術により興味を持ったのはチェコのアニメーション作家、ヤン・シュヴァンクマイエルの作品に出合ってから。1コマずつ撮影した映像がつながって、一つの流れになっていく技に心を奪われました。
やがて、自分でもアニメーションを作ってみたいという気持ちになり、大学の就職課に行ってみると、当時、アニメ関連会社から求人情報が来ていたんです。それが京都アニメーションで、これは!と思い応募したところ、ありがたいことに就職が決まりました。なので、アニメーションの仕事ができるようになったのは、大学の就職課のおかげでもあります(笑)。
就職して最初の頃は、ひたすら絵が描けるのがうれしくて、楽しくて。会社に行くのが苦痛になったことはありませんでした。一番はやっぱり、先輩方のエナジーに影響されたことで、一緒に作っていくことが楽しかったですね。仲間がいたからこそ、仕事が楽しく、やりがいにつながっていったように思います。
アニメーターとしてはアニメの楽しさや大変さを知って、演出としてはまた違った方向から映像の研究をして、監督としては見渡すことの大切さを学びました。愛と信念を持って作品に携わることと、公平さのバランス。主観と客観の行き来をとても意識しています。たくさんのスタッフが関わることなので、共に仕事をするみなさんになるべく楽しんでいてほしいな、と思いながら」。
アニメーション業界を志す学生は、年々多くなっています。インタビューの締めくくりに、いまアニメーション業界を目指している学生や若い世代に向けて、伝えたいことやクリエイションの源について話していただきました。
「作りたい気持ちがあれば、いろいろな形で世に出せる時代になっています。いまは作品を世に出すための方法や、制作に必要なアプリケーションがたくさんありますし、実際、すごい表現が世にあふれていて、クオリティの高い作品も多い。それに、作ったものを世に出すと、自分と同じように作りたいものがある人が、こんなにもたくさんいるんだと気づくこともできる。作っていくことに前向きになれる時代だと思います。
ただ、時代の流れがとても速くなっています。変化のスピードも速い。そんな時代の中で私自身は、時代の変化にとらわれすぎず、根を下ろして、ずっと残る普遍的なものを作っていきたいという想いがあります。
クリエイションをする上ではインプットの時間もとても大事ですが、私自身が心がけているのは、自分が『いま!』と思うタイミングに行動すること。映画や本、美術展など、行きたいなと思ったときに見ないと、本当の意味でのインプットにならない気がしていて。自分にとってのタイミングを大切に、行動するようにしています。
もう一つ、インプットという点でいうと、人と話すことは私にとって大事なインプットの時間になっています。友達でも家族でも、他人は、物の見方が自分とは100%違いますよね。違うことそのものがおもしろい。自分にはない考え方にふれると、とてもおもしろく、刺激になりますね」。
(取材・文:杉谷紗香)
TVアニメ『平家物語』
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公式サイト:https://heike-anime.asmik-ace.co.jp/
原作 | 古川日出男訳『池澤夏樹=個人編集 日本文学全集09 平家物語』 河出書房新社刊 |
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監督 | 山田尚子 |
脚本 | 吉田玲子 |
キャラクター原案 | 高野文子 |
音楽 | 牛尾憲輔 |
キャラクターデザイン | 小島崇史 |
アニメーション制作 | サイエンスSARU |
キャスト | 悠木碧、櫻井孝宏、早見沙織、玄田哲章、千葉繁、井上喜久子、入野自由、小林由美子、岡本信彦、花江夏樹、村瀬歩、西山宏太朗、檜山修之、木村昴、宮崎遊、水瀬いのり、杉田智和、梶裕貴 |
山田尚子 Naoko Yamada
アニメーション監督。京都府生まれ。京都造形芸術大学(現・京都芸術大学)卒業後、京都アニメーションに入社し、一大ブームとなった「けいおん!」のテレビアニメシリーズ、劇場版で監督を務める。青春群像劇を得意とし、そのほかの監督作に「たまこラブストーリー」「聲の形」「リズと青い鳥」。「平家物語」はサイエンスSARUとタッグを組んで初の監督作品となる。
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