REPORT2026.03.31

教育

1,079名が新たな一歩を踏み出す — 京都芸術大学 通学課程 学位授与式・卒業式レポート

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  • 京都芸術大学 広報課

京都芸術大学では2026年3月13日(金)・14日(土)に京都・瓜生山キャンパスにて通学課程および通信教育課程の学位授与式・卒業式が執り行われ、通学課程814名、大学院修了生265名(うち博士10名)にそれぞれ学位を授与されました。

この記事では、通学課程の卒業式の様子をレポートします。
卒業式は対面とオンラインのハイブリッド型で行われ、全国・全世界にいる卒業生、ご家族のみなさんに向けてライブ配信されました。

卒業生のみなさんの入場が終わると、開式の辞とともに式典がはじまりました。はじめに、本学の理念「京都文藝復興」を本学教員の坂川慶成が朗読しました。

つづいて、卒業証書の授与では、13学科それぞれの学生代表に証書が授与されました。

 

次に、佐藤卓学長の式辞です。佐藤学長は、学生生活でのさまざまな経験を通して、上手くいったこともあれば、失敗や悩みを抱え、悶々とした時期もあったのではないかと卒業生に問い、「その葛藤した時間こそが価値のあるもの、その全てが人生の糧になる」と語りました。
また佐藤学長は、さまざまなことが起きている世の中で、「好奇心」を見失わず抱くことの大切さ、それが世の中をいい方向に変える力になると信じていると卒業生に述べました。
そして最後に大学で過ごした4年間を振り返り、「全てこれからのためになりますから、それを信じてください」とエールを送りました。

来賓を代表し、東北芸術工科大学学長の中山ダイスケ先生からも祝辞をいただきました。

中山先生は「みなさんがこれから向かう未来は、期待とともに不確かさにも満ちています。しかしみなさんは、制作や研究などの学びのなかで、思い通りにいかない不確かさの連続を、よく知っています。そして、それを自分なりに引き受けていく感性を身につけてきたはずです。人生もまた同じで、準備をしていても予想外の出来事が現れます。その目の前に現れた障害の背後にある可能性を拾いあげてほしいと思います」と述べられました。

つづいて、学生サークル「和太鼓 悳(わだいこ しん)」が祝奏として「弾(だん)」を演奏しました。静けさのなかから立ち上がってくる力強い音色は、卒業生への心強いエールとなり、講堂に響き渡りました。

卒業生を代表し、卒業の辞を読んだのは、アートプロデュース学科の岩堀 楽さん。多くの他者と関わり対話を試みた芸術大学での4年間の学びについて、真摯な言葉で語りました。

本日は、わたしたち卒業生のために式典を催していただいたこと御礼申し上げます。
この4年間、わたしは絶えず、何かを問われて来ました。その問いは、時に先生方から投げかけられる課題という形で、時に友人たちとの対話の中で生まれる違和感や情熱という形で、私のそばにありました。具体的で、答えらしき答えを導き出せるものもあれば、なんだかよくわからない、なにを問われているのかすらも掴めないまま、どうにか答えようと、答えてみようとしたものもあったと思います。
ここに来る前、わたしは美しいものが好きでした。手でモノを作ることが好きで、自分が美しいと感じられるモノを作り出すことが好きでした。何かを美しいと感じることや、それを好きでいることは、自分を守ってくれる気がしていました。
アートプロデュース学科に入り、自分が信じていた価値は、自明のものではないことを知りました。あらゆる価値はあらかじめ備わっているものではなく、人の手によって、目によって、言葉によって、作り上げられるものであることを知りました。そしてその営みは、自分ひとりの中で完結できないことを突きつけられました。自分の信じていた世界が、その中で育ってきた自分自身が壊れていくような感覚を、何度も何度も感じました。
授業に限らず、沢山の人と、沢山の対話を試みました。時にはお互いの信じる美しさを、醜さを、正しさを、歪さをぶつけ合い、相手を否定し、自分を否定し、泣きました。誰もが尊ぶ「対話」という行為が、今や常套句のように謳われる、「異なる価値観の他者と認め合うこと」が、どれほど苦しいことか知りました。そして、そんな他者と向かい合いながら、お互いの手を借り、目を使い、言葉を交わし合うことで新しい価値を創り上げていくことの喜びを知りました。
わたしには、1年生の時から関わり続けてきた学友がいます。その人はアートの持つ権威性や、文化芸術を享受できる人々の特権性を、美しい理想の世界に引きこもることの自閉性を、激しく批判しました。彼女の冷たい眼差しや鋭い言葉が、自分自身に向けられているように感じられ、彼女に背を向けたくなる時がありました。それでも、わたしを自明化した価値の世界から連れ出してくれる彼女から、わたしは離れることができませんでした。休みの日には、一緒に映画館や美術館に行きました。毎晩のように電話で、貧困や差別や戦争の話をしました。私たちは美しいものを共に享受し笑い合う日々の中で、それを共有できない人々の存在や、美しさだけでは太刀打ちできない問題について考え、感じてきました。
今日、わたしたちは卒業します。わたしたちの未来に、沢山の楽しいこと、面白いこと、嬉しいこと、生きていきてよかったと思えるようなことが溢れていることを願っています。信じています。しかし、そのような願いや、信じていた明日が、大いなる暴力によって一瞬にして奪い去られてしまう可能性について、わたしたちは考えなくてはいけません。今この瞬間も、世界では戦争が起こっています。戦争だけではありません。人が人の手によって殺され、人の目によって差別され、人の言葉によって排除されるという現実が、この世界には確かに存在しています。そのような悲劇は、あらかじめ定められた自然の摂理が引き起こすものなのでしょうか。わたしはそうは思いません。人間が芸術を生み出し、価値を作り上げてきたのと同じように、それらもまた、わたしたち人間によって作り出されているのです。
芸術は、大きな暴力の前で、あまりにも頼りなく、役に立たない道具のように感じられる時があります。芸術なんて単なるお飾りにすぎないという声が、どこからともなく聞こえてきます。そして芸術は、表現は、それを操る人間の意志によって人を殺めたり、人々が紡ぎ積み上げてきたものを破壊する兵器にもなり得ます。「芸術」というフィールドの中で、「作品」という形で生み出されるものの限界に向き合うこと。同時に、形にして、言葉にして、何かを表現することが、現実世界に及ぼす影響の大きさを引き受けること。それが芸術に携わるわたしたちの責任なのではないかと考えています。
わたしはこの4年間で、制作活動を何度も辞めてしまおうと思いました。世界には深刻な問題が山積みであるのに、粘土をこねたり絵を描いたりしている場合かと、自分に問うてきました。
また、自己満足と揶揄されようと、自分の信じる美しい世界に閉じこもり続けること。あるいは、すでに皆の間で共有されている現実社会の問題に働きかける道具として、表現を利用すること。そんな、あまりに極端で不自由な分かれ道に立たされているような気分でした。
しかし、アートプロデュースを学ぶ中で見えてきた世界は、芸術の価値は、そんなに単純なものではありませんでした。重大で深刻な問題を抱える社会の現実。些細な喜びや取るに足らないような悲しみに彩られた個々の日常。人間が持ち合わせている美しさと歪さ。共有できないものを大切にすること。なんとか共有してみようとすること。その中で生まれる誤解や、明らかになる差異を、悩みながら、面白がること。芸術が、表現が、時に道具として役立てられること、時に武器として取り扱われること、時におもちゃとしてみんなで遊べること、使い道はないけれど、わたしたちに「人間が作る世界は美しい」「人間が生きていくことは美しい」と無条件で感じさせてくれる飾りとして、いつもそばにあること。それら全てが分かち難く、矛盾の一言で終わらせられない地続きの問題であるということを、わたしは今、肌身で感じています。
そして、色々なことを言いましたが、わたしはやっぱり美しいものが好きです。しかし、それを好きでいられるのは、心から美しいと信じられるものがあるのは、一度それらを心から疑い、批判し、問い直したからです。見つめて、疑って、価値を問うて、それでも信じてみようと決めたからこそ、ここに来る前よりもずっと、わたしは美しいものが好きになった気がします。
卒業後、自分がどのような形で芸術と関わっていくか、表現を通して、他者に何を伝えられるのかは、まだはっきりとわかりません。今日ここに集っている“みんな”も、まだまだ考えることは山積みなのではないでしょうか。それでも、ここでの四年間を通じて得られたこの実感を、わたしは大切に育てていきたいと思っています。
激しく対立しながらも、背を向けずに向き合ってくれたみんな。自分の世界が崩れていくような不安を、そこに新しい何かを作り上げていく怖さと楽しさを、隣で味わってくれたみんな。本当にありがとう。そして、そんなかけがえのない場と時間をわたしたちに開き、支えてくださった全ての方々、本当にありがとうございました。
長くなりましたが、これを持って卒業の辞とさせていただきます。


2026年3月13日
アートプロデュース学科アートプロデュースコース
岩堀 楽

最後に登壇した徳山豊理事長は、歓送の言葉の前に「みなさんと記念写真を撮ってもいいですか」と提案。卒業生も笑顔で記念撮影に応じました。

※卒業生との集合写真

徳山理事長は、卒業生が入学した頃を振り返り、「コロナウイルスによる影響で、高校の生活が奪われてしまったみなさんに、少しでも学校生活を満喫してもらえるようにという思いで、みなさんをお迎えしました。

この4年間、宮川町さんの京おどりが春秋座でおこなわれたり、学生食堂もリニューアルさせていただきました。しかしまだまだ道半ばで、これからもこの大学を良い学校にしたいと思っています。ですから、みなさんも自身が置かれたそれぞれの場所で新しい取り組みに向き合ってください」とこれからの学校づくりへの固い誓いと、卒業生へのはなむけの言葉で締めくくられました。

式典の締めくくりに、学園歌『59段の架け橋』を斉唱しました。京都芸術大学の正面にある59段の大階段を題材にした歌詞に万感の思いを込め、卒業生たちは声をひとつにしました。

卒業式の閉式後には学科ごとに分かれて分科会を行い、卒業生ひとりひとりに証書を授与しました。今回お邪魔した文芸表現学科では、お世話になった先生方から卒業生にはなむけの言葉が贈られました。

そして、瓜生通信の学生ライターとして活動されていた、愛知はなさん、呉谷夏生さん、轟木天大さんに、学生ライターの活動を通して印象的だったことをお聞きしました。

左から 愛知さん、呉谷さん、轟木さん

昨年の卒業制作展の取材をおこなった、呉谷さんと轟さん。

轟さんは「1日かけて記事を執筆したりと、大変なところもあったけど、その分楽しかったです」と語りました。

それにつづいて呉谷さんも「卒展の取材では、いろんな学科の方の作品を見れて楽しかったです」と語りました。

そして、愛知さんは「文芸の社会実装科目301の取材が、初めての取材だったのもあって、すごい印象的でした」と初取材を振り返りました。

卒業後はそれぞれ異なる場所で歩まれていく3人ですが、大学で学んだこと、そして書くことを続けていきたいと語ってくれました。

卒業生のみなさん、この度はご卒業誠におめでとうございます。みなさんのこれからの人生が、実り多く幸せなものとなることを、心よりお祈り申し上げます。お元気で、またどこかでお会いしましょう!

(文:文芸表現学科3年 井野あまね、写真:白井茜 ※印写真:広報課撮影)

 

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